? 4.1話

4.1話

幕間6-3

■10/5 5:00 a.m.

真城朔:不意に。
真城朔:ミツルの胸元で、何かあたたかいものがごそごそと動く気配があった。
夜高ミツル:「んん……」
真城朔:ひたりと熱が寄り添って。
夜高ミツル:その気配に身じろいで、
真城朔:ほう、と息をつく。
夜高ミツル:ゆっくりと瞼が持ち上がる。
真城朔:真城がミツルの胸に顔を埋めて、
真城朔:静かに涙を落としていた。
夜高ミツル:「……おはよ」
真城朔:「…………」
真城朔:「……はよ……」
夜高ミツル:胸元にある頭に、ゆるやかに手を伸ばして。
夜高ミツル:やわやわと、頭を撫でる。
真城朔:撫でられて、瞼を伏せる。
真城朔:頭を撫でる手を大人しく受け入れながらも、泣き止みはしないまま。
夜高ミツル:「……どしたー?」
真城朔:「…………」
真城朔:黙って泣いている。
夜高ミツル:すっかり慣れてきた仕草で、頭を撫で続ける。
真城朔:頬を涙で濡らしながら、
真城朔:「……よくない……」
真城朔:相変わらず要領を得ないことを訴える。
夜高ミツル:頭から頬に手を移動させて、涙を拭う。
夜高ミツル:「……何が?」
真城朔:「……俺が」
真城朔:「ここに、いるのが」
真城朔:「本当は」
夜高ミツル:「俺は、いてほしいよ」
夜高ミツル:「ここに」
真城朔:「本当に……」
夜高ミツル:「俺の隣に」
真城朔:「……よくないんだ……」
真城朔:「よくない……」
夜高ミツル:「よくなくても」
真城朔:「…………」
真城朔:「……よくないのが」
真城朔:「俺は」
真城朔:「嫌だ……」
夜高ミツル:「……我儘に、つき合わせてるよな」
夜高ミツル:「でも、ごめん」
真城朔:「…………」
夜高ミツル:「お前がどんなに戻るって言っても」
夜高ミツル:「俺はお前を離す気、ないし」
真城朔:「……はなして……」
夜高ミツル:「しかもあそこに返すとか、絶対嫌だし……」
真城朔:「だいじょうぶ」
夜高ミツル:「離さない」
真城朔:「だいじょうぶ、だから」
夜高ミツル:「俺が、大丈夫じゃない」
真城朔:「…………」
真城朔:身を縮めて、ミツルの胸に顔を埋める。
夜高ミツル:「お前といたいんだ」
夜高ミツル:「真城」
夜高ミツル:「好きだ」
夜高ミツル:「好き、だから」
真城朔:真新しいナイトウェアをまた涙で濡らしている。
夜高ミツル:信じてもらえるまで言うと、そう宣言したとおり
夜高ミツル:その言葉を繰り返す。
夜高ミツル:「好きだから、離れたくない」
真城朔:繋いだ手を握り締めて、
真城朔:もう一方で、その胸に縋って、
夜高ミツル:繋がれた掌を、強く握り返す。
真城朔:「はなして」
真城朔:「くれたら」
夜高ミツル:「むり」
真城朔:「諦められた、のに」
夜高ミツル:「……離せないよ」
真城朔:「…………」
真城朔:「なんで……」
夜高ミツル:「……9月の、あの時」
夜高ミツル:「お前が、死ぬかもって思って」
夜高ミツル:「それが、自分が死ぬよりも怖くて……」
真城朔:「…………」
夜高ミツル:「……あー、でもそれより前から結構だな」
夜高ミツル:「グラジオラスの時も、」
夜高ミツル:「お前が怪我してボロボロで、連れてかれて、」
夜高ミツル:「どうすればいいのかも分かんないのに、助けないとってそれだけ思って」
夜高ミツル:「あの時も本当に怖かったな……」
夜高ミツル:「お前が殺されるかも、殺されたかもって」
真城朔:「……あの時」
真城朔:「武器なんて、渡さなきゃ……」
真城朔:「もっと、俺がうまく……」
真城朔:やれてたら、と声がくぐもる。
夜高ミツル:「そしたら、机振り回してでも戦ってただろうな」
真城朔:「…………」
真城朔:「……やっぱり」
真城朔:「声なんて、かけるべきじゃなかったんだ……」
夜高ミツル:「俺は、嬉しかったよ」
夜高ミツル:「学校に来て楽しいのなんて、お前がいる時くらいだったし」
真城朔:「それだって、俺のせいで」
真城朔:「……お前はそうでも」
真城朔:「俺のやったことで」
真城朔:「楽しいのが、なくなった人が」
真城朔:「どれほど……」
夜高ミツル:「……うん」
真城朔:「…………」
真城朔:「……今更」
真城朔:「今更だったんだよ……」
夜高ミツル:「……でも、お前がやったことで助けられた人もいただろ」
夜高ミツル:「そうやって考えるのはよくないって、お前は思うかもだけど」
真城朔:「…………」
真城朔:「……何も」
真城朔:「帳消しになんて……」
夜高ミツル:「……ならないけど」
夜高ミツル:「でも、それだって事実だろ」
真城朔:「…………」
真城朔:反論できずに泣いている。
夜高ミツル:あやすように、頭を撫でる。
真城朔:「う……」
真城朔:撫でられて、それを拒めずに、
真城朔:涙に肩を震わせる。
夜高ミツル:「俺は、お前を幸せにしたいよ……」
夜高ミツル:「でも、もし」
夜高ミツル:「どうしても、それが受け入れられないなら」
真城朔:「…………」
夜高ミツル:「その時は、一緒に不幸になったっていい」
夜高ミツル:「お前と一緒なら、それでいい」
真城朔:「っ」
真城朔:ひく、と肩が跳ねて、
真城朔:小さく首を振る。
真城朔:また涙を落としながら、
真城朔:「……ミ、ツが」
真城朔:「不幸なのは」
真城朔:「やだ」
夜高ミツル:「俺も、お前をそうしたくない」
真城朔:「う」
真城朔:「うう」
夜高ミツル:「だから……幸せになってくれたら」
夜高ミツル:「それが、一番嬉しい」
真城朔:「そんなの」
真城朔:「……そんなの」
真城朔:「よくない」
夜高ミツル:「いいんだよ」
真城朔:「よくない……」
夜高ミツル:「お前が許さなくても、俺が許す」
真城朔:「…………」
真城朔:縮めた身体を震わせながら泣いている。
夜高ミツル:「……ゆっくり、考えてくれたらいいから」
夜高ミツル:頭を撫でていた手が、背中に回る。
夜高ミツル:子供をあやすように、背中をさする。
真城朔:「ふっ、……う」
真城朔:「あ」
真城朔:「……っ」
真城朔:ぐしゃぐしゃに泣きながら息の間に音を漏らして、
真城朔:ミツルの胸で泣いている。
夜高ミツル:静かに、背中を撫でている。
夜高ミツル:もう片方の手は、しっかりと真城の手を握ったまま。
真城朔:薄い身体に浮く背骨の筋がミツルの指に手応えとして伝わる。
夜高ミツル:繰り返し、繰り返し、その薄い背中の上を掌が滑る。
真城朔:しゃくりあげるたびに背が大きく震えて、
夜高ミツル:時折、その震える背をとんとんと叩く。
真城朔:撫でられてどうにか、涙に濡れた熱い呼気を吐いて、
真城朔:そうして、吸って。
夜高ミツル:早朝の静かな部屋に、真城の泣き声と
夜高ミツル:掌が布の上を滑る音が、響く。
真城朔:「…………」
真城朔:ミツルの胸に顔を埋めている。
真城朔:少しずつどうにか、呼吸を穏やかなものに整えようと努めながら、
真城朔:泣き濡れた瞳でミツルの顔をちらりと窺った。
夜高ミツル:ずっと真城の様子を見ていたミツルと、目が合う。
真城朔:何かを切望するような色がある。
夜高ミツル:「……どうした?」
真城朔:「…………」
真城朔:ミツルの顔色を窺いながら、何も言えずに唇を震わせる。
夜高ミツル:「大丈夫だから、」
夜高ミツル:「どうしたんだ?」
真城朔:「…………う」
真城朔:「と、……」
夜高ミツル:「……何か、俺にしてほしい?」
真城朔:「…………」
真城朔:図星をつかれたようにかすかに首をすくめる。
夜高ミツル:「……血、足りなかったとか?」
真城朔:首を振る。
真城朔:既に後悔と逡巡の気配が滲んでいる。
夜高ミツル:違った……。
夜高ミツル:「ご、ごめん……」
真城朔:「…………」
真城朔:また首を振る。
真城朔:どこか居心地が悪そうに視線を迷わせている。
夜高ミツル:「……えっと、じゃあ」
夜高ミツル:背中に当てていた手を、おずおずと動かして。
真城朔:ミツルの顔を見上げた。
夜高ミツル:真城の身体を、軽く抱き寄せる。
夜高ミツル:「こ、こう……?」
真城朔:「!」
真城朔:「…………」
真城朔:一瞬だけ身体が強張って、
真城朔:それからすぐに力が抜ける。
真城朔:ミツルの胸に身を委ねて、瞼を伏せる。
夜高ミツル:先程までよりも更に、二人の身体が重なり合う。
夜高ミツル:心臓が早鐘を打っているのに、真城は気づくだろうか。
真城朔:昨晩までのような柔らかさはない。
夜高ミツル:それでも、触れた部分の温かさは同じで。
真城朔:胸に頬を寄せて、かすかに微笑む。
夜高ミツル:抱きしめる腕に、強く力を込めたい衝動に駆られるが
真城朔:寄り添うことに安堵を見出して、熱を分ける。
夜高ミツル:それに身を委ねたが最後、歯止めが効かなくなってしまいそうで。
真城朔:「……っと」
夜高ミツル:結果としてゆるくではあるが、それでも確かに腕の中に真城を抱いている。
夜高ミツル:「……ん?」
夜高ミツル:なにか言ったか?と
真城朔:「ミツ」
真城朔:「もっと……」
夜高ミツル:「……」
夜高ミツル:「…………」
夜高ミツル:それを今我慢してたんですけど…………。
真城朔:ふにゃふにゃとした声で求める。
夜高ミツル:それでも、求められると応えてやりたくなる。
夜高ミツル:3秒数えて、覚悟を決めて、それから
夜高ミツル:ゆっくりと、真城を抱く腕に力を込める。
真城朔:「ん、………」
真城朔:更に抱き寄せられて、
夜高ミツル:真城の身体を、腕の中に閉じ込める。
真城朔:同じようにミツルの背中に腕を回して、しがみつく。
真城朔:重ねた掌に、握る手に力を込めて。
夜高ミツル:「……っ、」
夜高ミツル:そうなるともう離れがたくて、離したくなくて、
夜高ミツル:そればかりか、もっともっとと求める気持ちが強く湧いてきて。
夜高ミツル:抱き寄せる腕に、更に力が入る。
真城朔:熱がなお募る。
夜高ミツル:心臓は、ずっと早鐘を打ち続けている。
真城朔:抵抗なくその抱擁を受け入れて、ミツルの胸に顔を埋めて、
夜高ミツル:身体が熱いのが自分のものなのか、密着した真城の身体から伝わるものなのか、
夜高ミツル:それさえ分からない。
真城朔:今もなお泣いている。
真城朔:「……ミツ」
夜高ミツル:「……うん」
真城朔:「俺、は」
真城朔:「こうしてるのが」
真城朔:「……しあわ」
真城朔:「せ」
真城朔:「で、……」
夜高ミツル:「……!」
真城朔:「…………でも」
真城朔:「されたい、けど」
真城朔:「……でも」
真城朔:「…………」
真城朔:胸に顔を寄せる。
夜高ミツル:「俺、も」
真城朔:またほろほろと泣きながら、
真城朔:「……良くないのに……」
夜高ミツル:「俺も、こうしてるのが」
夜高ミツル:「幸せ、だよ……」
真城朔:「…………」
真城朔:「……良くないのに」
真城朔:「良くないのに」
真城朔:「ミツが」
真城朔:「……ミツも、そうなら」
真城朔:「…………」
夜高ミツル:「……そうだよ」
真城朔:脱力して、息をつく。
真城朔:「……どうしたら」
真城朔:「いいんだ……」
真城朔:困ったように泣いている。
夜高ミツル:「……俺は、」
夜高ミツル:「これからもずっと、こうさせてほしい」
夜高ミツル:「こうして、いたい……」
真城朔:「…………」
真城朔:「……よくないのに……」
真城朔:消え入るような声。
夜高ミツル:「そうしたいんだ……」
真城朔:「…………」
真城朔:ミツルの抱擁に身体を預けたまま、黙り込んでしまう。
夜高ミツル:背中に回った腕には、強く力の込められたまま。
夜高ミツル:「……好きだ」
夜高ミツル:思わず、という様子で言葉がこぼれる。
真城朔:「……っ」
夜高ミツル:「好き」
夜高ミツル:「好きだよ、真城」
真城朔:ぴくりと肩を跳ねさせる。
真城朔:「……それは」
真城朔:「それは…………」
夜高ミツル:「好き、なんだ……」
真城朔:「…………」
真城朔:「……う」
夜高ミツル:答えを求めずに、ただその感情を吐露する。
真城朔:「と、でも」
真城朔:「でも…………」
夜高ミツル:「……無理に、応えなくてもいい」
真城朔:「…………」
夜高ミツル:「受け入れられなくても、いいから」
真城朔:ほろほろと涙を落としている。
夜高ミツル:「真城」
夜高ミツル:「真城……」
真城朔:「……ミツ」
真城朔:「ミツ」
夜高ミツル:それでも声色は、求めるような切実さを含んで。
真城朔:その名を呼び返してしまう。
夜高ミツル:「真城……」
真城朔:既に密着しきった身体を更に寄せようと身動いで、
真城朔:でも、これ以上は叶わないで。
真城朔:それが切なくて、目を伏せた。
夜高ミツル:名前を呼び合いながら、
夜高ミツル:自身の中心が、熱を持って主張し始めたことに気づく。
夜高ミツル:気づいて、困ったように腰を引く。
真城朔:「……?」
夜高ミツル:「いや、その……」
夜高ミツル:気まずい声。
真城朔:首を傾げている。
夜高ミツル:「……たっ、てる、から」
真城朔:「…………」
真城朔:涙の量が増えた。
真城朔:勢いを増して、目の端を伝い落ちていく。
夜高ミツル:「え」
真城朔:「…………」
真城朔:「俺、の」
真城朔:「せいで……」
夜高ミツル:「……えーと、その、大丈夫」
真城朔:「また……」
夜高ミツル:「いや、あのなあ……」
夜高ミツル:「あのな……」
夜高ミツル:「好きなやつと、こうして抱き合ってたら、」
夜高ミツル:「そりゃ……」
夜高ミツル:こうもなってしまうというもので。
真城朔:「…………」
真城朔:「……俺で」
真城朔:「したの、って」
真城朔:「…………」
夜高ミツル:「……え」
夜高ミツル:「はい……」
真城朔:「……どんな?」
夜高ミツル:「え??」
夜高ミツル:どんな???
真城朔:ぱちぱちと目を瞬いている。
夜高ミツル:「…………」
夜高ミツル:言葉を探して、口を閉じたり開いたり。
真城朔:睫毛にまとわりついた涙が弾ける。
真城朔:「どういう……」
夜高ミツル:「…………触った時の、感じ、とか……」
真城朔:「なんか……」
真城朔:「…………」
夜高ミツル:観念して、言葉を絞り出す。
真城朔:聞いている。
夜高ミツル:「真城が、してたの……」
夜高ミツル:「思い、出したり…………」
夜高ミツル:顔が熱い。
真城朔:聞いています。
夜高ミツル:口の中は渇いてカラカラで。
夜高ミツル:「今の、男の真城とだったら、」
夜高ミツル:「どう、かなとか……」
真城朔:「どう」
夜高ミツル:「……真城が、してた時」
夜高ミツル:「女じゃなくて、男だったら」
夜高ミツル:「とかを……」
真城朔:「…………」
真城朔:小さく頷いた。
真城朔:なにかに。
夜高ミツル:「ミツって、俺のこと」
夜高ミツル:「呼ぶ、声、とか」
夜高ミツル:「うう…………」
真城朔:「…………」
夜高ミツル:何を言わされてるんだろう。
夜高ミツル:間違いなく、人生で今が一番恥ずかしい。
真城朔:「……ミツ」
夜高ミツル:「……あ?」
真城朔:その胸元に頬を寄せた。
真城朔:「する?」
夜高ミツル:頬を寄せられ、身体をこわばらせ
夜高ミツル:それから
夜高ミツル:「…………え」
夜高ミツル:その言葉に、呆然と
夜高ミツル:間抜けな声を上げる。
真城朔:ミツルの顔を見やる。
夜高ミツル:その顔を、じっと見つめ返して。
夜高ミツル:「……」
夜高ミツル:「……い、」
夜高ミツル:「い、のか」
真城朔:「…………」
真城朔:「ミツが」
真城朔:「したくて」
真城朔:「いいなら」
真城朔:「それくらい、別に……」
夜高ミツル:「……したい」
夜高ミツル:「したい、けど……」
夜高ミツル:「……真城、は?」
真城朔:「…………」
真城朔:黙り込んだ。
真城朔:「……いっぱい」
真城朔:「面倒かけてる、から」
夜高ミツル:「……真城は」
夜高ミツル:「真城が、したくないなら」
真城朔:「…………」
真城朔:「……俺には」
夜高ミツル:「……そう、いうのは」
真城朔:「これくらいしか……」
夜高ミツル:「……駄目だ」
夜高ミツル:「違う」
真城朔:「他には」
真城朔:「もう」
真城朔:「何も」
夜高ミツル:「違う」
夜高ミツル:繰り返して、首を振る。
夜高ミツル:「俺は、お前がいてくれるだけでいいんだ」
真城朔:「…………」
夜高ミツル:「そりゃ、したい、けど……」
夜高ミツル:「したいですけど!」
真城朔:首を傾げた。
夜高ミツル:「でも、真城がしたくないなら、」
夜高ミツル:「駄目だ」
夜高ミツル:「それだったら、俺もしたくない」
真城朔:「…………」
真城朔:身体を擦り寄せる。
夜高ミツル:「……う」
真城朔:ミツルが引いた腰にまた密着して、
真城朔:硬いものが当たるのにも構わずに。
夜高ミツル:「や、めろって」
夜高ミツル:「……っ、」
真城朔:「……別に」
真城朔:ミツルの足の間に膝を割り入れる。
真城朔:「大丈夫」
夜高ミツル:身体を寄せられて、また逃げるように引こうとした腰が。
真城朔:「だし」
夜高ミツル:逃せなくなる。
夜高ミツル:「駄目だ……」
真城朔:「……ミツが」
夜高ミツル:「駄目、だ」
真城朔:「したい、なら」
夜高ミツル:うわ言のように、繰り返す。
夜高ミツル:「それじゃ、駄目なんだ……」
真城朔:「…………」
真城朔:じっとミツルの顔を見つめている。
夜高ミツル:「真城が、したいって」
夜高ミツル:「思えないと……」
真城朔:「……じゃあ」
真城朔:「したい」
夜高ミツル:「……っ、それ、は」
夜高ミツル:「俺に、面倒かけてるって」
夜高ミツル:「思う、から?」
真城朔:「…………」
真城朔:黙り込んだ。
夜高ミツル:「……真城」
夜高ミツル:「無理に、返そうとか……」
夜高ミツル:「思わなくて、いい」
真城朔:「…………」
真城朔:「でも……」
夜高ミツル:「大丈夫だから……」
真城朔:「…………」
夜高ミツル:「大丈夫、」
真城朔:「……しちゃえば」
夜高ミツル:「俺は十分、もらってる」
真城朔:「抱き締めるのも」
真城朔:「もっと、気軽かな」
真城朔:「って……」
真城朔:ぼそぼそと抗弁を始める。
夜高ミツル:「……まあ、そりゃあ……」
夜高ミツル:「それは……」
夜高ミツル:そんなことを、言われると
真城朔:「…………」
夜高ミツル:何のために抵抗しているのか分からなくなってしまいそうで。
真城朔:真城の頬が紅潮しているように見えるのは、
真城朔:錯覚ではないと、思える。
夜高ミツル:「……真城」
夜高ミツル:「俺は、お前が好きで」
夜高ミツル:「好きだから、したい」
夜高ミツル:「したい、けど」
真城朔:「…………」
夜高ミツル:「お前が同じ気持ちじゃないなら、それは……」
夜高ミツル:「駄目だと、俺は」
夜高ミツル:「思う、から」
真城朔:「……同じ」
真城朔:「って?」
夜高ミツル:「……真城が、俺のこと」
夜高ミツル:「好きだって、思ってくれて」
夜高ミツル:「好きだから、そういうことしたいって……」
夜高ミツル:「そう……」
真城朔:「…………」
夜高ミツル:言ってて、恥ずかしくなってきた。
夜高ミツル:いや、ずっと恥ずかしい話をしているのだが。
真城朔:「……俺は」
真城朔:「ミツと、同じには」
真城朔:「なれない……」
夜高ミツル:「そ、っか…………」
夜高ミツル:声に落胆がにじむ。
真城朔:「ミツみたいには」
真城朔:「ちゃんと、できないから……」
真城朔:しょんぼりと肩を落とす。
夜高ミツル:「……ちゃんとって?」
真城朔:「……ちゃんと」
真城朔:「誰かを」
真城朔:「好きになったり」
真城朔:「とか……」
真城朔:「……俺は、ダメだし……」
夜高ミツル:「……俺のこと、は」
夜高ミツル:「どう思う?」
真城朔:「…………」
真城朔:黙り込んだ。
夜高ミツル:「俺は、お前のこと、」
夜高ミツル:「好き、で」
夜高ミツル:「真城は、違う?」
真城朔:「……ミツは」
真城朔:「ミツには」
真城朔:「……元気で」
真城朔:「いてほしい……」
夜高ミツル:「……うん」
真城朔:「痛いのとか」
真城朔:「苦しいのとか」
真城朔:「なくて……」
真城朔:「つらいのも、なくて……」
真城朔:涙を零しながら。
夜高ミツル:「うん」
真城朔:「楽しかったり」
真城朔:「嬉しかったり」
真城朔:「そういう……」
真城朔:「だから」
真城朔:「それに」
真城朔:「……俺は、邪魔だ……」
夜高ミツル:「……俺の」
夜高ミツル:「楽しいも、嬉しいも」
夜高ミツル:「真城だよ」
真城朔:「それが」
真城朔:「おかしい……」
夜高ミツル:「おかしくない」
真城朔:「……おかしいんだ……」
夜高ミツル:「おかしくない」
夜高ミツル:「楽しいと嬉しいは、真城で」
夜高ミツル:「真城がいないのが、苦しくて、つらい」
真城朔:「おかしい……」
真城朔:「よくない……」
真城朔:擦り寄せた脚を絡ませながら、
夜高ミツル:「……っ、」
真城朔:「……俺じゃ」
真城朔:「俺には」
夜高ミツル:その刺激に、背筋にぞくりと震えが走る。
真城朔:「見合わない」
夜高ミツル:「……俺は」
夜高ミツル:「真城じゃないと、駄目だ」
真城朔:「…………」
夜高ミツル:「俺がほしいのは真城だけで、」
夜高ミツル:「だから、」
夜高ミツル:「見合うも、見合わないもない」
真城朔:「…………」
真城朔:「……ほしい、なら」
真城朔:「すれば」
真城朔:「いいのに」
夜高ミツル:「だから、それは」
夜高ミツル:「それじゃあ」
夜高ミツル:「俺が、おかしくなってないって、それが」
夜高ミツル:「証明、できない……」
真城朔:「…………」
真城朔:「……証明」
夜高ミツル:「おかしくなってない、から」
夜高ミツル:「好き、だから」
夜高ミツル:「お前が、俺を信じて」
夜高ミツル:「それで、したいって思えるまで」
夜高ミツル:「俺は、耐えられる」
真城朔:「…………」
真城朔:「……こう」
真城朔:ミツルの胸に顔を寄せて、
真城朔:身体を擦り寄せて、抱きしめる。
真城朔:「するのも」
夜高ミツル:「……っ、う」
真城朔:「それまでは、また」
真城朔:「なし……?」
夜高ミツル:……熱に浮かされた頭で、考える。
夜高ミツル:真城は、こうしたくて。
夜高ミツル:俺は、真城がしてほしいことをしてやりたくて。
夜高ミツル:えーと、だからつまり……?
夜高ミツル:俺が我慢すればそれでよくて……?
真城朔:ぴったりと胸に頬を寄せている。
夜高ミツル:こうしてること自体は俺も嬉しくて……
夜高ミツル:「…………」
夜高ミツル:「が」
夜高ミツル:「がんばる、から」
真城朔:「?」
夜高ミツル:「大、丈夫……」
真城朔:「…………」
真城朔:「……ん」
真城朔:小さく微笑んだ。
夜高ミツル:喜んでくれて嬉しい、と素直に感じた。
真城朔:真城の身体が、熱が、ミツルにぴったりと寄り添っている。
夜高ミツル:相変わらず、中心は硬くなったままで。
夜高ミツル:腰を逃せないから、真城にそれを押し当てる形になっている。
真城朔:それには頓着せずに、触れ合っていることを喜んでいる。
夜高ミツル:心臓が、強く脈打っている。
夜高ミツル:身体の重なった部分も、それ以外も熱い。
夜高ミツル:繋いだ掌に、汗が滲んでいる。
真城朔:掌が重ね合わされて、
真城朔:汗の滲んだ肌と肌が、触れる。
夜高ミツル:……もし、このまま
夜高ミツル:真城を組み敷いて、抱いたとしても
夜高ミツル:こいつは、それを許すのかもしれない。
夜高ミツル:でも、それは
夜高ミツル:そんなことを、自分に許せない。
夜高ミツル:これから先も、ずっと真城といたいから、だから。
夜高ミツル:自分の欲望だけに任せて、とか
夜高ミツル:そういうことは、できないし、
夜高ミツル:したくなかった。
真城朔:ミツルの内心を知らずに、真城はその腕の中に収まっている。
夜高ミツル:いつまでだって、待つつもりだ。
夜高ミツル:それまでは、こうしているだけでも、充分
夜高ミツル:充分に、幸せだ。
夜高ミツル:…………それはそれとして、大変ではあるけども。
真城朔:「……ミツ」
夜高ミツル:「……ん?」
真城朔:「…………」
真城朔:「ずっ」
真城朔:「ずっと」
真城朔:「部屋」
真城朔:「いるけど……」
夜高ミツル:「うん」
真城朔:「…………」
真城朔:「……大丈夫?」
夜高ミツル:それがどうしたのかと首をひねる。
夜高ミツル:「ああ」
夜高ミツル:「チェックアウトならまだ先だから」
夜高ミツル:「何日までだったかな……まあ、まだ大丈夫」
真城朔:「…………」
真城朔:「……暇とか……」
夜高ミツル:「?」
真城朔:「飽きた、とか……」
夜高ミツル:「真城がいるし」
真城朔:「…………」
夜高ミツル:「あ、散歩でも行くか?」
真城朔:「……俺」
夜高ミツル:「歩けそうなら」
真城朔:「同じことしか言わないし……」
真城朔:ぼそぼそと漏らしていたが。
真城朔:「…………」
真城朔:「……散歩」
夜高ミツル:「言いたいこと話してくれてたら」
夜高ミツル:「俺は、それで」
夜高ミツル:「それがいい」
夜高ミツル:それから、頷いて
夜高ミツル:「散歩」
夜高ミツル:「D7、今のとこ追っかけてきてねーみたいだし」
真城朔:「…………」
夜高ミツル:狩人仲間情報。
夜高ミツル:ていうかまあフランさん情報でしょう……。
真城朔:須藤の情報も……
夜高ミツル:ははは
真城朔:「…………」
夜高ミツル:「ずっと部屋にいるの、確かになんだし」
真城朔:「……今は」
真城朔:「散歩より……」
真城朔:ミツルの胸に顔を埋める。
夜高ミツル:「まあでも、」
夜高ミツル:「真城がしたいことが、今は」
真城朔:「…………」
夜高ミツル:「俺の、したいことだよ」
真城朔:「……こうしてると」
夜高ミツル:「うん」
真城朔:「嬉しい……」
夜高ミツル:「そ、っか」
夜高ミツル:「じゃあ」
真城朔:「…………」
夜高ミツル:「今は、そうしよう」
真城朔:「…………」
真城朔:「……でも」
真城朔:「嬉しいと」
真城朔:「…………」
夜高ミツル:「俺は、お前が嬉しいのがいいよ」
真城朔:「…………」
真城朔:「……嬉しい」
真城朔:「だけなら」
真城朔:「いいのに……」
真城朔:「よく、ないけど」
真城朔:「…………」
夜高ミツル:「嬉しいのが、いい」
夜高ミツル:繰り返して。
夜高ミツル:すっかり昇った朝日の差し込む部屋で、身を寄せ合う。
真城朔:「…………」
真城朔:「……嬉しいと」
真城朔:「苦しい……」
夜高ミツル:「……うん」
夜高ミツル:「うん……」
真城朔:「嬉しいのに……」
真城朔:「だめだから……」
真城朔:「……ミツを」
真城朔:「我慢、させてるのに」
夜高ミツル:我慢させてるのはちゃんと分かってるんだな……
夜高ミツル:「……いいよ」
夜高ミツル:「ゆっくりでいい」
真城朔:「…………」
夜高ミツル:「時間はあるし」
夜高ミツル:「ちゃんと、待てるから」
真城朔:「……無限って」
真城朔:「わけじゃ」
真城朔:「ない、だろうに……」
夜高ミツル:「……まあ、そりゃなんでもそうだけど……」
夜高ミツル:「でも、大丈夫」
夜高ミツル:「大丈夫だ」
真城朔:「…………」
真城朔:「………………」
真城朔:「……ミツは」
夜高ミツル:「……ん」
真城朔:「してこなくて」
真城朔:「大丈夫?」
夜高ミツル:「……何を?」
真城朔:「…………」
真城朔:挟ませた脚をゆらりと動かす。
夜高ミツル:「っ、」
真城朔:「……我慢」
夜高ミツル:吐息が漏れる。
真城朔:「させたい」
真城朔:「わけでは、ないので……」
夜高ミツル:「…………」
真城朔:「してくるなら」
真城朔:「別に……」
真城朔:「…………」
夜高ミツル:「…………じゃあ、」
夜高ミツル:「お言葉に、甘えて……」
夜高ミツル:実際、虚勢を張ってただけで
夜高ミツル:結構限界ではあったので。
真城朔:頷く。
夜高ミツル:ゆっくりと、密着した身体を離す。
真城朔:名残惜しげにそれを見送る。
真城朔:「……あ」
夜高ミツル:「え?」
真城朔:着替えの新しい方をちらと見て、
真城朔:自分のナイトウェアの胸元に手をかけて。
真城朔:「…………」
真城朔:「使う?」
真城朔:首を傾げた。
夜高ミツル:「つか…………」
真城朔:「…………」
夜高ミツル:「いや、」
夜高ミツル:「大丈夫……」
真城朔:「どうせ」
真城朔:「着替え……ええと」
真城朔:「あ」
真城朔:「下でも」
真城朔:「換えがあるなら……」
夜高ミツル:「いや、だい、じょうぶ、だから」
夜高ミツル:「換えはあるけど!」
真城朔:首を傾げた。
夜高ミツル:純粋にめちゃめちゃ恥ずかしい……。
真城朔:「……じゃあ」
真城朔:「シャワー浴びてからにする」
真城朔:「着替えるの……」
真城朔:そう言って、ごろりと転がった。
夜高ミツル:「……うん」
真城朔:ミツルの寝転んでいた場所に腹這いになる。
夜高ミツル:なんで好きなやつにおかずの心配をされてるんだろうな……。
真城朔:傷の残った素足をぷらぷらと揺らした。
夜高ミツル:繋いでいた手をするりと解いて、ベッドを降りる。
夜高ミツル:「じゃあ……」
夜高ミツル:と、気まずそうにトイレに向かう。
真城朔:横になったまま見送る。
夜高ミツル:今から抜いてくるというのを
夜高ミツル:分かって、見送られるの
夜高ミツル:死ぬほど気まずいな……。
夜高ミツル:そそくさと、トイレに篭もる。
夜高ミツル:未だナイトウェアを持ち上げるそれに、ため息をつく。
夜高ミツル:……性欲は、そこまで強くない方だと
夜高ミツル:思って、いたんだけど。
夜高ミツル:昨夜寝る前に発散したばかりだというのに、そこは固く持ち上がっている。
夜高ミツル:ナイトウェアの前を開いて、下着からそれを取り出す。
夜高ミツル:────する?
夜高ミツル:そう、誘われて。
夜高ミツル:そりゃ、そんなの、したいに決まってるわけで。
夜高ミツル:熱を持つそこを、握りしめる。
夜高ミツル:服越しではなく、直接肌を合わせたい。
夜高ミツル:あの時のように、自分を呼んで求める声が聞きたい。
夜高ミツル:抱きしめて、触れて。
夜高ミツル:もっと。
夜高ミツル:「……っ、」
夜高ミツル:「……、ま」
夜高ミツル:「ま、しろ……っ」
夜高ミツル:真城が、欲しい。
夜高ミツル:さっきまで、あんなに近くで触れていたのに。
夜高ミツル:今はただ求めるばかりで。
夜高ミツル:性急に、手の動きを早める。
夜高ミツル:「──……っ」
夜高ミツル:トイレに、欲望を吐き出す。
夜高ミツル:……そして、なんとなく予想はついていたけど。
夜高ミツル:一度果てただけでは、まだ手の中のものは鎮まってくれなくて。
夜高ミツル:再び、重くため息をつく。
夜高ミツル:まあ、あと2,3回もすれば治まるだろ……。
夜高ミツル:こんなことに慣れてくるのも悲しいな……と思いつつ
夜高ミツル:手の動きを再開した。
夜高ミツル:……
夜高ミツル:…………

夜高ミツル:トイレのドアが開く。
真城朔:ベッドに転がっている。
真城朔:仰向けで。ぼんやりと。
夜高ミツル:ぼんやりしてるな……
夜高ミツル:ぼんやりしているのを見て、ふと
夜高ミツル:「……あ」
夜高ミツル:言って、荷物をあさり
真城朔:「?」
夜高ミツル:一台のスマホを取り出して、真城に渡した。
真城朔:上体を起こした。
真城朔:スマホを渡されて、瞬き。
夜高ミツル:ちなみにさっきまでしてたことからは完全に切り替えることで、気まずさを払拭しようとしています。
夜高ミツル:「それ、お前用に」
夜高ミツル:「契約済んでて、使えるから」
真城朔:じっとスマホの画面を見下ろしていたが、
夜高ミツル:ちなみにロックも何もかかっていない。
真城朔:電源ボタンを押して起動すると、既にメッセージの履歴が並んでいる。
夜高ミツル:「皆川さんと乾咲さん」
真城朔:「…………」
夜高ミツル:「登録してあるから」
夜高ミツル:「あ、俺のもな」
真城朔:「……ん」
真城朔:「…………」
夜高ミツル:「お前のだから、それは好きに使っていいから」
真城朔:もにもにと操作している。
真城朔:その手を止めて、ミツルを見上げて、
真城朔:「……ありがとう……」
夜高ミツル:「ん」
夜高ミツル:「どういたしまして」
夜高ミツル:「あ、あと」
夜高ミツル:「GPS」
夜高ミツル:「俺とお前、それぞれ位置分かるようにしてるから」
真城朔:「…………」
真城朔:「GPS」復唱。
夜高ミツル:「狩りの時とかさ、結構」
夜高ミツル:「あるだろ、はぐれさせられたり」
真城朔:頷く。
夜高ミツル:「そういう時用」
真城朔:「……ミツのとこ」
真城朔:「行けばいい?」
夜高ミツル:「うん」
真城朔:「ん」
真城朔:「……そうする」
夜高ミツル:頷いて。
真城朔:もにもに。
真城朔:スマホを暫く触っていたが、はたと思い当たって、
真城朔:「……俺も」
真城朔:「シャワー、行く」
真城朔:ベッドサイドにスマホを置いた。
夜高ミツル:「ああ、うん」
真城朔:……ついでに転がっていたミネラルウォーターのペットボトルも拾い上げて、隣に置く。
真城朔:未開封。
夜高ミツル:「下着の換え出すわ」
真城朔:「うん」
真城朔:ちゃんとナイトウェアとバスタオルも抱える。
夜高ミツル:それを横目に見ながら、再度荷物の方へ向かい。
夜高ミツル:中を漁って、包装されたままの下着を渡す。
真城朔:渡された。受け取りながら、
真城朔:「……別に」
真城朔:「用事とか、あったら」
真城朔:「外出てても、いいから……」
夜高ミツル:「あったらな」
真城朔:「俺に言わなくても……」
真城朔:「…………別に……」
夜高ミツル:「言うよ」
真城朔:明らかに声のトーンが落ちているが。
真城朔:「…………」
夜高ミツル:「まあ、真城より優先する用事なんか今はないけど」
夜高ミツル:「買い物とかなら、別に一緒に行けばいいし」
真城朔:目を瞬いた。
夜高ミツル:「だから、まあ」
夜高ミツル:「ここにいるから」
真城朔:「……うん」
真城朔:頷いて、一式を抱えてバスルームへと消える。
夜高ミツル:見送った。
真城朔:浴室の扉が開いて閉まる音と、
真城朔:シャワーの音と、聞こえてくる。
夜高ミツル:「…………」
夜高ミツル:連想するものがないではないが、さっき鎮めたばっかりなので
夜高ミツル:さすがに、大丈夫。
夜高ミツル:それより、腹が減ったなと思う。
夜高ミツル:出しっぱなしのメニューをペラペラとめくり、朝食を選ぶ。
夜高ミツル:モーニングセットがあったので、それにした。
夜高ミツル:フロントに電話をかけて、注文を伝えて。
夜高ミツル:そうすると、差し当たってやることがなくなる。
真城朔:昨日よりは時間がかかったが、そう長くかからずに出てくる。
夜高ミツル:椅子に座って、スマホをいじっていた。
真城朔:新しい方のナイトウェアを着て、殺気まで着ていた方は胸に抱えて。
真城朔:さっき。
夜高ミツル:が、真城が出てくればすぐに顔をあげて。
真城朔:バスタオルを頭からかぶっているのも同じ。
夜高ミツル:スマホを机に置く。
真城朔:きちんと乾いていない髪から水滴を落としながら、
真城朔:「……これ」
真城朔:抱えた服に視線を落とす。
夜高ミツル:「ああ、出しとくから」
夜高ミツル:真城が抱えている方を受け取る。
真城朔:「パンツも?」
夜高ミツル:「それは、いい」
真城朔:「ん」
真城朔:渡した中から選り分けた。
夜高ミツル:「そっちはあれだな、あとでコインランドリー行ってくるか……」
真城朔:頷く。
夜高ミツル:今度こそ、ナイトウェアを受け取り。
真城朔:下着を持って立っている。
夜高ミツル:折よく、部屋のチャイムが鳴って、ルームサービスの届いたことを知らせる。
夜高ミツル:「朝飯」
夜高ミツル:と手早く説明して、
夜高ミツル:使用済みのナイトウェアやらをまとめて廊下に出すついでに、朝食を受け取った。
真城朔:ベッドに腰掛けて、それを見ている。
夜高ミツル:部屋の清掃なしで、出しといたらタオルとかだけ取り替えてくれるみたいなシステム。
真城朔:あるな~。
夜高ミツル:部屋の扉が閉まり、朝食の盆を抱えて戻ってくる。
夜高ミツル:よくある、和食のモーニング。
夜高ミツル:ご飯に、味噌汁に、焼き魚。小鉢がこまごまと。
夜高ミツル:それをテーブルに置いて。
真城朔:下着を適当に片付けて、スマホをいじっている。
夜高ミツル:「真城」
夜高ミツル:「こっち来る?」
夜高ミツル:椅子は昨日隣に並べたままだ。
真城朔:「…………」
真城朔:ぱち、と瞬きをして、
真城朔:ワンテンポ遅れてから招かれる。
夜高ミツル:座りやすいよう、少し椅子を引く。
真城朔:並べた椅子に腰掛けた。
真城朔:なんとなく反応は遅いが、動き自体はかなり平常に近くなっている。
夜高ミツル:その髪の水滴の滴ってるのを見て、
夜高ミツル:頭に被ったバスタオルの上に手を重ねて、その水分を拭き取る。
夜高ミツル:わしわし。
真城朔:「……ん」
真城朔:わしわしとされている。
夜高ミツル:水が滴らない程度に拭けたので、手を止める。
夜高ミツル:「……ドライヤー」
真城朔:「?」
夜高ミツル:「あとで、使ってみるか」
夜高ミツル:「備え付けのあるから、せっかくだし……?」
夜高ミツル:「食べたらな」
夜高ミツル:そう言って、自分も腰を下ろして。
夜高ミツル:「いただきます」
真城朔:「……ん」
真城朔:ぼやぼやと頷いた。
真城朔:スマホをいじる手を止めて、ミツルを見ている。
夜高ミツル:手を合わせて、朝食をとる。
夜高ミツル:「……別に、いじってていいぞ」
夜高ミツル:スマホ、と。
真城朔:「…………」
真城朔:「……いじりたくなったら……」
真城朔:いじる、と。
夜高ミツル:「……ん」
夜高ミツル:もくもくと、箸を進める。
真城朔:その様子を見つめている。
夜高ミツル:和食が好きというより、洋食のメニューがなんか腹にたまらなそうだったから選んだんだけど。
夜高ミツル:折角だから洋食にしておけば、真城に昨日と違うやつ食べさせられたなとか思う。
夜高ミツル:セットの中にスープが入ってたので。
真城朔:そんなミツルの思考など露知らず、食べているのを眺めている。
夜高ミツル:まあでも、あんまり頻繁に勧めるのも急かすみたいか……。
夜高ミツル:そんなことを考えながら、食べ進めていき。
夜高ミツル:ほどなく完食する。
夜高ミツル:「ごちそうさま」
真城朔:頷きもせず最後までそれを見ていた。
真城朔:結局スマホには触れていない。
夜高ミツル:見られてたな……
真城朔:ぼーーーんやりみていた。
夜高ミツル:「……じゃ、髪」
夜高ミツル:「やるか」
夜高ミツル:立ち上がる。
真城朔:「…………」
真城朔:「ん」
真城朔:頷いたものの、どうすればいいか分からずに座っている。
夜高ミツル:洗面所に向かい、ドライヤーを取って戻ってくる。
夜高ミツル:キョロキョロと、コンセントを刺す場所を探して。
夜高ミツル:テーブルの近くにそれを見つけて、差し込む、
真城朔:その一挙一動を見つめている。
夜高ミツル:「するかーっつったけど……」
夜高ミツル:「マジで使ったことねえんだよな、ドライヤー……」
夜高ミツル:試しにスイッチを入れると、思いの外大きな音が出てびっくりした。
真城朔:ミツルを振り返る。
夜高ミツル:すぐにスイッチを切る。
夜高ミツル:「すげえ音出る……」
真城朔:「ん……」
真城朔:ふわふわとした相槌。
夜高ミツル:「じゃあ……」
夜高ミツル:真城の背後に立ち、バスタオルを取り去る。
夜高ミツル:「熱かったら言えよー」
真城朔:水に濡れて張り付く癖のない髪があらわになる。
真城朔:頷いた。
夜高ミツル:「あ、聞こえねえかもか?」
夜高ミツル:「聞こえてなさそうだったら、なんか……手を挙げるとか」
夜高ミツル:歯医者か?
夜高ミツル:「まあ、そんな感じで」
夜高ミツル:言って、ドライヤーのスイッチを入れる。
真城朔:また頷く。
夜高ミツル:ドライヤーを、真城の濡れた頭に向ける。
真城朔:真城の方は音にはそう驚かない。
夜高ミツル:熱風が真城の頭にかかり、髪をなびかせる。
夜高ミツル:空いている方の手を真城の頭に当てて、
真城朔:熱風を吹きかけられて、瞼を伏せている。
夜高ミツル:やり方のわからないなりに、髪に指を通したり、
夜高ミツル:なんか……わちゃわちゃとやっている。
真城朔:すべて、
真城朔:なにもかも、
真城朔:ミツルにゆだねてなすがままにしている。
真城朔:抗議の声一つなく。
真城朔:スマホに手を伸ばすこともしなかった。
夜高ミツル:おとなしく身を委ねる真城の髪を乾かしていく。
夜高ミツル:指が、真城の頭の上を滑る。
夜高ミツル:髪を手にとって、そこに温風を当て。
夜高ミツル:また別の箇所に、と繰り返して。
夜高ミツル:タオルドライをしてしばらく経っていたこともあり、
真城朔:騒々しい音にも構わずうとうとと微睡んでいる。
夜高ミツル:不慣れながらにそう時間はかからず、ドライヤーをかけ終えた。
夜高ミツル:頭を撫で回して、濡れた部分が残っていないか確かめる。
夜高ミツル:「……ん」
夜高ミツル:どうやら、ちゃんと乾かせたようだった。
真城朔:うつらうつらと船を漕いでいる。
夜高ミツル:最後にぽんぽんと頭を叩き。
夜高ミツル:「真城」
夜高ミツル:「寝るならベッドに」
真城朔:「……ん」
真城朔:ゆっくりと瞼を上げて、
真城朔:スマホを取って立ち上がる。
真城朔:ミツルを振り返って、
真城朔:「………」
真城朔:「……ミツは?」
夜高ミツル:ドライヤーを置いて、
夜高ミツル:「寝ないけど」
夜高ミツル:「……隣りにいたいから」
夜高ミツル:「そうする」
真城朔:「…………」
真城朔:「………………」
真城朔:視線を彷徨わせる。
夜高ミツル:立ち止まっている真城の傍に歩み寄って
夜高ミツル:「どした?」
真城朔:「……また」
真城朔:「…………」
夜高ミツル:「ああ……」
真城朔:言いづらそうに首を竦めている。
夜高ミツル:「したから……」
夜高ミツル:「それで、大丈夫」
夜高ミツル:「な、はず……」
真城朔:「…………」
真城朔:目の端に涙が滲んでいる。
夜高ミツル:「……それに」
夜高ミツル:「我慢してでも、単純に真城とくっついてて、それだけで」
夜高ミツル:「俺は、それで嬉しいから」
真城朔:「…………」
夜高ミツル:「だから」
夜高ミツル:「我慢はしてるけど、無理はしてないから」
夜高ミツル:「……大丈夫」
真城朔:「…………ん」
真城朔:恐る恐るに、ミツルに身を寄せる。
夜高ミツル:きれいに乾かした髪を撫でつけて
夜高ミツル:その手を、頭から背中へと下ろしていく。
夜高ミツル:身体を寄せ合う。
真城朔:そのまま二人、ベッドにもつれ込んで、
真城朔:真城はスマホはベッドサイドに置いてしまう。
真城朔:ミツルにしがみついて、息をついた。
夜高ミツル:寄せられた身体に両腕を回す。
真城朔:「ん……」
夜高ミツル:腕の中に、真城の身体が収まっている。
真城朔:小さな声を漏らす。
夜高ミツル:暖かい。
真城朔:ミツルの胸に手を添えて、瞼を落とした。
夜高ミツル:寝かしつけるように、背中を撫でる。
真城朔:ぴくりと背が震えて、またミツルにすり寄る。
夜高ミツル:「……」
夜高ミツル:さすがに、さっき発散してきたばっかりなのでまだ余裕がある。
真城朔:静かな呼吸をミツルの胸元で繰り返している。
夜高ミツル:その様子を見つめながら、背中を撫でる動きを繰り返す。
真城朔:「…………」
真城朔:「……ミツ」
夜高ミツル:「ん」
真城朔:「……ミツの人生を」
真城朔:「しばりたくない、のは」
真城朔:「ほんとなんだ……」
夜高ミツル:「……ん」
真城朔:「俺のせいで……」
真城朔:「ミツが不自由なのは」
真城朔:「いやだ……」
夜高ミツル:「縛られてるとか、俺は」
夜高ミツル:「別に……」
夜高ミツル:「やりたいことしか、してないよ」
真城朔:「…………」
夜高ミツル:ここで滞在する中で、何度も口にしていることを繰り返す。
真城朔:「……やりたいこと……」
夜高ミツル:「こうして」
夜高ミツル:「真城の、隣りにいること」
真城朔:「…………」
夜高ミツル:「全部、したいからしてることで」
夜高ミツル:「だから、不自由とかない」
真城朔:「…………」
真城朔:「……我慢は」
真城朔:「させてるし……」
夜高ミツル:「……それは、まあ」
夜高ミツル:「まあ、してるけど、別に」
真城朔:「その我慢だって」
真城朔:「俺がいなければ……」
夜高ミツル:「お前がいなかったらもっとだめになるから無理」
真城朔:「……ううう」
真城朔:呻いた。
夜高ミツル:「我慢してるのだって、だから」
夜高ミツル:「お前がいるからこそって思えば、なんていうか」
夜高ミツル:「幸せな悩み……みたいな……」
真城朔:「…………」
夜高ミツル:「真城がいなくて苦しいのより、全然」
夜高ミツル:「全然だから」
真城朔:「……俺が」
真城朔:「いなくても、よければいいのに……」
夜高ミツル:「……」
夜高ミツル:「そんなこと、言うなよ……」
真城朔:「…………」
夜高ミツル:回した腕に、力が篭もる。
夜高ミツル:「お前が」
真城朔:抱き寄せられたのをいいことにミツルの胸に顔を押しつけて、
夜高ミツル:「真城がいないと、駄目だ」
真城朔:静かに泣いている。
夜高ミツル:「駄目、だから」
夜高ミツル:「ずっと、いてくれよ……」
真城朔:「…………」
真城朔:「……俺が」
真城朔:「こんなじゃ、なければ」
真城朔:「よかったのに……」
夜高ミツル:「そんなで、いい」
夜高ミツル:「俺が好きになったのは、ここにいる真城なんだから」
真城朔:「俺は、こんなの」
真城朔:「いやだ……」
夜高ミツル:「…………」
夜高ミツル:自分の身体だからこそ受け入れられない部分もあるだとうと思えば、
夜高ミツル:それ以上は何も言えなくて。
夜高ミツル:ただ、
夜高ミツル:「……でも、好きだよ」
夜高ミツル:「真城が、好きだ……」
真城朔:「…………」
夜高ミツル:それだけを伝える。
真城朔:「……ミツ」
夜高ミツル:「……うん」
真城朔:「ごめん……」
夜高ミツル:「……なんで」
真城朔:「…………」
夜高ミツル:「別に、謝られるようなことは」
真城朔:答えないで、静かに泣いている。
夜高ミツル:「……されてない」
真城朔:「俺が」
真城朔:「あんなこと」
真城朔:「してこなければ、よかったんだ……」
夜高ミツル:「…………」
夜高ミツル:抱きしめる腕に、力を込める。
真城朔:声を殺して泣いている。
夜高ミツル:しなければよかったと、どんなに。
夜高ミツル:どんなに思っても、決してそうはならない。
夜高ミツル:なかったことになど、できはしない。
夜高ミツル:消えない罪を負っている真城を、それでも
夜高ミツル:離したくなくて
夜高ミツル:一緒にいたくて。
夜高ミツル:ただ、強く抱きしめる。
真城朔:止まらない涙がミツルの胸を濡らす。
真城朔:その胸でしばらくぐずり続けていたが、
真城朔:やがて泣き疲れたか全身から力が抜けていき、聞き慣れた寝息を立て始める。
夜高ミツル:寝息の立つのに気づいて、腕の力を緩める。
夜高ミツル:……自分のほうが、
夜高ミツル:自分のほうが、よっぽど
夜高ミツル:真城を悩ませて、苦しませて。
夜高ミツル:自分の隣に、縛り付けて。
夜高ミツル:勝手だと思う。
夜高ミツル:それでも、今更この手を離すことは、どうしても
夜高ミツル:……どうしても、できなかった。

夜高ミツル:真城が寝静まってからも、その細い身体を抱きしめたままに。
夜高ミツル:しばらく経って、起きる気配のないのを確かめてから、そっと腕を解く。
真城朔:涙の跡を残したまま寝入っている。
夜高ミツル:起こさないよう、静かにベッドを抜け出した。
真城朔:「…………」
真城朔:「ん……」
真城朔:身体が離れて、小さく身動ぎする。
夜高ミツル:その声に、一瞬動きを止めて。
真城朔:さらに背を丸めて身を縮める。
夜高ミツル:名残を惜しむようにゆっくりと、ベッドを離れた。
夜高ミツル:D7から連れ出して以来、真城はこうして眠っている時間の方が長いくらいだ。
夜高ミツル:しばらくは起きてこないだろうと見当をつけて、
夜高ミツル:朝食の食器を返したり、自分もシャワーを浴びたり。
夜高ミツル:そんなことを細々と片付けていき。
夜高ミツル:とはいえ、それもそう長く時間のかかることではない。
夜高ミツル:シャワーを浴びて、首にタオルをかけたまま浴室から部屋に戻ってくる。
夜高ミツル:真城がまだ寝ているのを見ると、スマホを取って
夜高ミツル:……取って、またベッドで眠る真城の隣へと戻った。
真城朔:小さな寝息を立てている。
夜高ミツル:頭を撫でた。
夜高ミツル:それから、狩人仲間たちに連絡を取ったり、
夜高ミツル:バベルネットにアクセスしてD7の様子を調べてみたり。
真城朔:襲撃事件に関してはそれなりに情報が出回っているが
真城朔:真城に関しての話は特に流れていないようだった。
真城朔:あと定期的に須藤の動画が貼られてる
夜高ミツル:真城の情報が流れていないのには、ひとまず安心した。
夜高ミツル:須藤には……流石に、多少同情してしまう。
夜高ミツルああいう方向性はちょっと予想してなかったので……。
夜高ミツル:そうしてインターネットの恐ろしさを感じていたが、それもすぐに目新しい情報は追いきってしまい
夜高ミツル:結局スマホを置いて、真城に寄り添って寝顔を眺めたり
夜高ミツル:とろとろと微睡んでは、すぐに覚醒したり。
夜高ミツル:そんな風に、ぼんやりと時間を過ごした。
真城朔:近くにミツルの熱を感じると、
真城朔:もぞもぞと身体をそちらに寄せる。
夜高ミツル:起こさないようにそっと、腕を回す。
真城朔:腕の中ですうすうと眠っている。
真城朔:のが。
夜高ミツル:のが
真城朔:「…………さ……」
真城朔:口の中で何やら小さく寝言を言い始めた。
夜高ミツル:「……?」
夜高ミツル:つい、寝言に耳を傾ける。
真城朔:同時に伏せられた目の端から涙が落ちる。
真城朔:つう、と一筋をベッドへと落としながら、
真城朔:「……かあ、さ……」
夜高ミツル:「…………」
真城朔:おかあさん、と、ささやく声の細さで。
夜高ミツル:その言葉に、胸が痛んだ。
夜高ミツル:罪悪感からか反射的に離れそうになった腕を、再び真城の身体に回して
真城朔:世界に対する後ろめたさを示すように、ますます身を縮めて小さくする。
夜高ミツル:先程より、力を込めて抱き寄せる。
真城朔:そうして静かに泣いている。
夜高ミツル:守るように、腕の中に真城の身体を閉じ込める。
真城朔:ミツルの胸元に顔が埋まる。
真城朔:ナイトウェアの生地がその涙を吸っていく。
夜高ミツル:「……俺、が」
夜高ミツル:「俺は、」
夜高ミツル:「ここにいる、から……」
夜高ミツル:囁くように、語りかける。
真城朔:「……ぅ」
真城朔:「んん」
真城朔:目の前の熱に頬を擦り寄せて、しがみつく。
夜高ミツル:抱き寄せたまま、そっと背中を撫でる。
真城朔:背骨の浮く、いっそ貧相な薄さ。
夜高ミツル:D7での扱いのせいなのか、或いは元から細身だからなのだろうか。
夜高ミツル:背中を撫でる。
夜高ミツル:せめて眠っている間くらいは、苦しさから解放されていてほしいのに。
夜高ミツル:こうしていることで、幾らかは取り去ることができるのだろうか?
真城朔:意識のないままに涙を落として泣いている。
真城朔:時折口が何かを呼ぶようにもごもごと動くが、
夜高ミツル:はらはらと涙を落とすさまを見ている。
真城朔:それが聴き取れる大きさの音になったのはあれきりだった。
夜高ミツル:抱き寄せて、あやすように背中や頭を撫でて。
夜高ミツル:そうして、静かに時間が過ぎていく。

■10/4 5:00 p.m.

真城朔:やがて日が傾き、ホテルの部屋が薄暮れに染まる頃。
真城朔:「…………」
真城朔:頬に涙の跡を残しながら、真城がゆっくりと瞼を上げる。
夜高ミツル:真城を腕の中に抱いたまま、うとうとしていたが
夜高ミツル:真城の起きた気配に、ミツルも目を開けた。
真城朔:もぞもぞと顔を動かし、ミツルの顔を見上げた。
夜高ミツル:「おはよ」
真城朔:「…………」
夜高ミツル:夕方だけど。
真城朔:またぞろ泣き始める。
真城朔:眠っている時と同じような、静かな泣き方。
夜高ミツル:「……どうした?」
夜高ミツル:腕の中の真城を、更に抱き寄せて尋ねる。
真城朔:それには抵抗せずに。
真城朔:「…………」
真城朔:「……やっぱり」
真城朔:「いやだ」
真城朔:ぼそぼそと呟くように。
夜高ミツル:「……何が」
真城朔:「……俺」
真城朔:「認められたら」
夜高ミツル:真城の顔を見下ろす。
真城朔:「受け入れられるのは……」
真城朔:「……間違ってる……」
真城朔:ミツルの腕の中から抜け出せずに、そんなことを訴える。
夜高ミツル:「……そんなことない」
夜高ミツル:「いていいんだ」
夜高ミツル:「ここに、いてほしい」
真城朔:「…………」涙を流しながら、
真城朔:「……たとえば」
真城朔:「D7が、だめなら」
真城朔:「他の……どこか、とかは……」
夜高ミツル:「……ダメだ」
夜高ミツル:「どこにだって、真城を渡したりしない」
真城朔:「…………」
夜高ミツル:「したくない」
真城朔:「……クラブとか、なら」
真城朔:「ちゃんと……」
夜高ミツル:「……嫌だ」
真城朔:「…………」
夜高ミツル:抱きしめる腕に、力が篭もる。
夜高ミツル:あの夜の内なら、或いはそれも受け入れられたかもしれない。
夜高ミツル:だけど、今は。
真城朔:「……誰かに」
夜高ミツル:引き離されて、取り戻した今となっては。
真城朔:「裁かれないと」
真城朔:「おかしい……」
真城朔:「よくない……」
夜高ミツル:「……うん」
夜高ミツル:「お前の言ってること、正しいよ」
夜高ミツル:「正しいけど、俺にとっては違う」
真城朔:「…………」
真城朔:「……正しくないと」
真城朔:「せめて」
真城朔:「これから、でも」
真城朔:「俺は」
真城朔:「許されなくても……」
夜高ミツル:「……裁かれなくても、お前は苦しんでる」
真城朔:涙を零しながら、必死に言い募る。
真城朔:「そんなの」
真城朔:「知ったこっちゃない……」
夜高ミツル:「……大体、裁くったって」
夜高ミツル:「それが、そうできるなら、俺は」
夜高ミツル:「あの日、お前を生かすなんて」
夜高ミツル:「それを、選んでない」
真城朔:「…………」
真城朔:「……やったこと」
真城朔:「黙って……」
真城朔:「それで……」
真城朔:「そん、なのは」
夜高ミツル:「……うん」
真城朔:「……それは」
真城朔:「逃げ、で」
真城朔:「黙って」
真城朔:「隠して」
真城朔:「責められないで」
真城朔:「……のうのうと、なんて」
真城朔:「そんなの」
真城朔:「許される、はずが……」
夜高ミツル:「……狩り」
真城朔:「…………」
夜高ミツル:「しても、帳消しにはそりゃならないけどさ」
夜高ミツル:「何か少しでも良くなればって、糸賀さんも言ってただろ」
夜高ミツル:「そういう風にしていけたら、いいんじゃないかな……」
真城朔:「…………」
真城朔:「でも」
真城朔:「俺は」
真城朔:「責められなきゃ、いけない……」
真城朔:「もっと」
真城朔:「誰にだって」
真城朔:「誰にでも」
真城朔:「その、権利があって……」
夜高ミツル:「……誰に責められなくても、お前が自分で責めてるだろ」
真城朔:「そんなの」
真城朔:「当たり前だ」
真城朔:「……なんの意味もない」
夜高ミツル:「意味ないなんてことない」
真城朔:「…………」
夜高ミツル:「自分のやったことが悪いって分かってて、反省して」
夜高ミツル:「もう二度としなくて」
夜高ミツル:「それは、意味がないことじゃない」
真城朔:「……でも」
真城朔:俯く。
真城朔:「言ったら責められること」
真城朔:「分かってて」
真城朔:「それを、黙ってるのは……」
真城朔:「誰だって」
真城朔:「誰だって、俺のしたことの」
真城朔:「被害者かも、しれなくて」
真城朔:「……そうだったら」
夜高ミツル:「……うん」
真城朔:「俺は、受け入れなきゃ……」
真城朔:「何をされるのも」
真城朔:「何を言われても」
真城朔:「その人にとっては、正当な権利、なのに」
真城朔:「俺が」
真城朔:「俺が、黙ってたら」
真城朔:「わからない……」
夜高ミツル:「……俺は」
夜高ミツル:「そう、させられない」
真城朔:「…………」
夜高ミツル:「誰に真城を責める権利があっても」
夜高ミツル:「もしかしたら、殺す権利だってあったって」
夜高ミツル:「俺はそれから真城を守る」
真城朔:「…………」
夜高ミツル:「……真城が望まなくても」
真城朔:「……言わないと……」
真城朔:「ちゃんと、知ってもらわないと……」
真城朔:「俺が」
真城朔:「俺が、最低なヤツだって」
真城朔:「ちゃんと……」
真城朔:お願いだから、と掠れた声で、ミツルの胸に縋る。
夜高ミツル:「俺が、知ってる」
夜高ミツル:「お前が人をたくさん殺して、悪いやつで」
夜高ミツル:「それでも俺は、お前が大切だから」
夜高ミツル:「……」
夜高ミツル:「ごめん……」
真城朔:「…………?」
真城朔:濡れた目を瞬く。
夜高ミツル:「……きっと、そうさせてやった方が真城は楽なのに……」
夜高ミツル:きつく、抱き寄せる。
真城朔:抱き寄せられて、身体を強張らせる。
夜高ミツル:「真城が誰かから責められたり、ひどいことをされたり」
夜高ミツル:「嫌なんだ……」
真城朔:「……う」
真城朔:「ぅ」
真城朔:ぐずぐずと鼻を鳴らして、唇を噛む。
真城朔:「俺が」
真城朔:「俺が、悪い……」
真城朔:「俺のせいで」
真城朔:「俺のせい、だから」
真城朔:「……っ」
夜高ミツル:「お前のせいじゃない」
夜高ミツル:「俺が勝手なんだ」
真城朔:「そもそも」
真城朔:「俺が、全部……」
夜高ミツル:「……うん」
夜高ミツル:「でも」
夜高ミツル:「俺は知ってて、お前を殺してやるより」
夜高ミツル:「D7にいさせるより」
夜高ミツル:「他の誰に渡すより」
夜高ミツル:「俺が、お前と一緒にいるのを選んだんだ」
真城朔:「…………」
真城朔:「でも」
真城朔:「……でも」
夜高ミツル:「責めていいよ」
夜高ミツル:「俺のこと」
真城朔:「う」
真城朔:「え」
真城朔:「…………」戸惑いにぱちぱちと目を瞬く。
夜高ミツル:「どんなに正しい裁きがあっても、真城を渡せない」
夜高ミツル:「離せない」
夜高ミツル:「……真城が、そうされることを望んでても」
夜高ミツル:「だから、」
夜高ミツル:「でも、」
真城朔:はくはくと唇を動かして、
真城朔:何かを言おうとしては、結局声にならずにいる。
夜高ミツル:言いたいことがまとまらなくて、結局
夜高ミツル:「……ごめん」
夜高ミツル:そう言って。
真城朔:「…………」涙を落としながら、
真城朔:「……ミツが」
真城朔:「謝るのは」
真城朔:「おかしい……」
夜高ミツル:「おかしくない……」
夜高ミツル:「……勝手なんだ、俺は」
夜高ミツル:「お前が望むことをしてやりたいって、そう」
夜高ミツル:「言って……」
夜高ミツル:「なのに……」
真城朔:「……う」
真城朔:「うう」
夜高ミツル:「お前を、離せなくて」
夜高ミツル:「そうなるのが嫌で」
夜高ミツル:「お前がそうされたいって、そうされるのが正しいって言うことも」
夜高ミツル:「叶えて、やれなくて……」
真城朔:「…………」
真城朔:はらはらと涙を落としている。
夜高ミツル:「……責められないといけないのは」
夜高ミツル:「だから」
夜高ミツル:「俺の方なんだ」
真城朔:「ちがう……」
真城朔:「ミツは」
真城朔:「……ミツは、何も悪いこと」
真城朔:「してない……」
夜高ミツル:「正しいこともしてない」
真城朔:「俺のせいだ……」
真城朔:「俺のせいだから……」
夜高ミツル:「……俺だよ」
夜高ミツル:「お前を殺さないで、」
夜高ミツル:「D7から逃して」
夜高ミツル:「こうして、匿おうとして」
夜高ミツル:「全部、俺が決めて」
夜高ミツル:「そうしたくて、やったことだ」
真城朔:「そう、させたのは」
真城朔:「俺が……」
真城朔:「俺がいなければ、ミツは」
真城朔:「そんなことしてない」
夜高ミツル:「そりゃあしてないだろうけど」
夜高ミツル:「俺はこうなってること、後悔してないからな」
真城朔:「……ううう」
真城朔:もはや言葉にもならず呻いている。
真城朔:ぼろぼろと涙を落として、首を縮こめて、
真城朔:唇をかみしめて。
夜高ミツル:依然として、真城を強く抱きしめている。
真城朔:「やだ……」
夜高ミツル:「一緒にいたいんだ……」
真城朔:「ひ」
真城朔:「……ぅ」
真城朔:抱きしめられた身体がふるえる。
夜高ミツル:せめて少しでも、真城を楽にする言葉をかけられたらいいのに。
夜高ミツル:それをできない自分が、どうしようもなく歯がゆい。
真城朔:「……俺」
真城朔:「俺、……だって」
真城朔:「こんな、こと」
真城朔:「D7にいた頃は」
真城朔:「ぜんぜん……」
真城朔:かんがえなかった、と。
夜高ミツル:「……考える余裕がなかっただけじゃないのか」
真城朔:「…………」
真城朔:「……俺は」
真城朔:「自分が、しあわせに、なれるまで」
真城朔:「……ううん」
真城朔:「なれそうに、なるまで」
真城朔:「かんがえなかったんだ……」
真城朔:ぼそぼそと懺悔めいて言葉を漏らす。
夜高ミツル:「……うん」
夜高ミツル:相槌を打って
真城朔:「…………」
真城朔:「だから」
真城朔:「……だから、最低だ……」
夜高ミツル:「今は考えてるだろ」
真城朔:「……考えるように、なった、のは」
真城朔:「だから」
真城朔:「幸せに」
真城朔:「……なりたく、なるから、で」
真城朔:「……俺は、結局」
真城朔:「この期に及んで」
真城朔:「自分のことしか、考えてない……」
夜高ミツル:「……なっていい」
真城朔:ミツルの胸から顔をずらして、シーツに押し付ける。
夜高ミツル:「幸せに、なってほしいんだ……」
真城朔:「……なっちゃ」
真城朔:「だめだ……」
真城朔:「俺は……」
真城朔:「あんな」
真城朔:「あんなこと、しなければ」
真城朔:「しなければ、……っ」
真城朔:「幸せに、なれた、って」
真城朔:「……そんな」
真城朔:「そんな理由でしか」
真城朔:「俺は」
真城朔:「自分の罪を、省みれない……」
夜高ミツル:「……どんな理由でも」
夜高ミツル:「お前はちゃんと、向き合おうとしてる」
夜高ミツル:「目を逸らすことだってできるのに」
真城朔:「…………」
真城朔:少しだけシーツから顔をあげてミツルを窺い見る。
夜高ミツル:「そう思ってるのを、誤魔化さないのが大事なんじゃないかって……」
夜高ミツル:「えーっと、これは」
夜高ミツル:「皆川さんの、別の話した時の受け売りなんだけど……」
真城朔:「?」
真城朔:「……彩花」
真城朔:ぼそりとその名前を呼んで、
真城朔:また涙を落とす。
夜高ミツル:「誤魔化そうとか、忘れようとか、お前はしてなくて」
夜高ミツル:「やったことと、向き合ってる」
真城朔:「……向き合えてない……」
夜高ミツル:「そうしようと、してる」
夜高ミツル:「……俺が、お前を」
夜高ミツル:「裁かれるのから遠ざけようとしてるだけで」
真城朔:「……でも」
真城朔:「でも」
真城朔:また顔をシーツに埋める。
真城朔:「ミツに」
真城朔:「甘えてる……」
夜高ミツル:「いいよ」
夜高ミツル:「俺が、そうしてほしいんだから」
真城朔:「…………」
真城朔:「よくない……」もごもご
夜高ミツル:「いいって」
真城朔:「お前が、俺を」
真城朔:「甘やかしてくれるのを」
真城朔:「分かってて、逃げないのは、……」
真城朔:「……やっぱり、逃げなんだ……」
夜高ミツル:「……逃げても、追いかけるし」
夜高ミツル:「見つけるまで、絶対諦めない」
真城朔:「……追いかけられても」
真城朔:「一度ぶちまけちゃえば」
真城朔:「それで済む」
夜高ミツル:「……っ、」
真城朔:「……それで済むんだ……」
夜高ミツル:「やめろ……!」
真城朔:済むのに、とシーツを握りしめる。
真城朔:「…………」
夜高ミツル:「……俺が、」
夜高ミツル:「俺が、行くなって」
夜高ミツル:「一緒にいてくれって言って、だから」
夜高ミツル:「だから、それは俺のせいでいいだろ……」
真城朔:「……ミツが、何言っても」
真城朔:「俺は、そうできるのに、そうしない」
真城朔:「なら」
真城朔:「それは」
真城朔:「俺が、選んだことで」
真城朔:「俺の責任で」
真城朔:「……俺の、逃げだよ……」
夜高ミツル:「…………」
夜高ミツル:「……逃げでも、それでも」
夜高ミツル:「俺は」
夜高ミツル:「お前がいてくれるのが、嬉しい……」
真城朔:「…………」
真城朔:顔を伏せたまま肩を震わせる。
夜高ミツル:「……一緒に、いたいから」
夜高ミツル:「だから」
夜高ミツル:「二人でやれることを、考えたいんだ」
夜高ミツル:「狩りも、そうだし」
夜高ミツル:「お前が狩りに行く時は、俺も一緒に行く」
夜高ミツル:「一人では行かせない」
真城朔:「……やだ……」
夜高ミツル:「嫌でも」
夜高ミツル:「俺だってお前を一人で行かせるのとか、嫌だし……」
真城朔:「ミツが、危ないのは」
真城朔:「やだ……」
真城朔:「…………」
真城朔:「俺のせい」
真城朔:「で」
夜高ミツル:「違う」
真城朔:「……そんな、の」
夜高ミツル:「俺だ」
夜高ミツル:「俺が、お前の傍にいたいんだ」
夜高ミツル:「大変なことだって、一緒にで」
真城朔:「俺がいなければ」
真城朔:「そんな必要も」
真城朔:「ないのに」
夜高ミツル:「お前にいてほしいから」
夜高ミツル:「そうする」
真城朔:「やだ……」
夜高ミツル:「……ごめん」
夜高ミツル:「でも、そうするよ」
真城朔:「…………」
真城朔:「……なんで……」
夜高ミツル:「俺は、お前がいるのが一番大事で」
夜高ミツル:「そのために、できることをする」
真城朔:「……なんで」
夜高ミツル:「お前に、助けられて」
夜高ミツル:「お前といるのが楽しくて」
夜高ミツル:「幸せで」
夜高ミツル:「お前がいないと、寂しくて」
夜高ミツル:「つらくて」
真城朔:「…………」
夜高ミツル:「苦しくて……」
夜高ミツル:「……もう、離れたくない」
夜高ミツル:強く、抱き寄せる。
真城朔:怯えるように身を硬くしている。
真城朔:押し返そうとその胸に掌を寄せて、
真城朔:なのに、力が入らない。
夜高ミツル:「誰に、お前を渡せって言われても、離す気なんかないし」
真城朔:「…………っ」
夜高ミツル:「もし、お前のことがバレて追われても」
夜高ミツル:「そしたら、どこまでもお前を逃がすし」
夜高ミツル:「ずっと、傍にいる」
真城朔:「……はな、して」
夜高ミツル:「離さない」
真城朔:「はなしてくれれば」
真城朔:「俺は……っ」
真城朔:「だって」
夜高ミツル:「……離せ、ないよ」
真城朔:「望んだら、駄目なのに」
真城朔:「駄目だ」
真城朔:「駄目なんだ……」
夜高ミツル:「望まなくても」
真城朔:顔を覆う。
夜高ミツル:「俺は、勝手にやる」
夜高ミツル:「お前が嬉しいかなってこととか」
夜高ミツル:「喜んでくれそうなこととか」
真城朔:「……逃げだよ……」
夜高ミツル:「俺は、俺がそうしたいから」
真城朔:「逃げ、なのに」
真城朔:「……っ」
夜高ミツル:「……逃げでも」
夜高ミツル:「幸せに、なってほしい」
夜高ミツル:「したいんだ……」
真城朔:「はやく」
真城朔:「早く、飽きてくれよ……」
夜高ミツル:「ねえよ、そんなの……」
真城朔:「あるだろ」
真城朔:「……あってくれないと」
真城朔:「困る……」
夜高ミツル:「ずっとって言ってるだろ」
夜高ミツル:「ずっと一緒にって」
真城朔:「わかんないだろ、そんなの……」
夜高ミツル:「わかる」
夜高ミツル:「わかんないけど、わかる」
真城朔:「……んだよ」
真城朔:「それ……」
夜高ミツル:「俺はお前が一番大切で」
夜高ミツル:「一緒にいたくて」
夜高ミツル:「これからも、ずっとそうだよ」
真城朔:「……ずっと、とか」
真城朔:「そんなの」
真城朔:「簡単に……」
夜高ミツル:「……信じられない?」
真城朔:「…………」
真城朔:黙り込む。
夜高ミツル:「簡単な気持ちでなんか言ってない」
夜高ミツル:「ずっと一緒にいたいのも」
夜高ミツル:「いなくなっても探すのも」
夜高ミツル:「一緒にいるために、できることはするってのも」
夜高ミツル:「全部本気で」
夜高ミツル:「……それと」
夜高ミツル:「お前のこと、好きなのも」
真城朔:「…………」
真城朔:「……見捨ててほしいんだ……」
夜高ミツル:「……できない」
真城朔:「飽きて」
真城朔:「嫌って」
真城朔:「愛想、つかして」
夜高ミツル:「無理だ」
夜高ミツル:「無理だよ、全部」
真城朔:「……ミツの方から……」
真城朔:「頼むから……」
夜高ミツル:「……そんなこと」
夜高ミツル:「できない」
真城朔:「頼むよ……」
夜高ミツル:「……無理だよ」
夜高ミツル:「どれだけ言われたって、」
夜高ミツル:「できないもんは、できない」
真城朔:顔をあげて、
真城朔:頬を涙に濡らしながら、ミツルを見る。
夜高ミツル:目と目が合う。
真城朔:切望。
真城朔:必死の懇願。
夜高ミツル:真っ直ぐに、真城を見ている。
真城朔:縋る色に瞳を揺らして、表情を歪める。
夜高ミツル:どれだけ望まれても、それは叶えられない。
真城朔:「…………っ」
夜高ミツル:「……できないよ」
真城朔:「やだ……」
夜高ミツル:「無理だから」
夜高ミツル:「諦めて、くれ」
真城朔:「やだぁ……」
真城朔:首を振る。
夜高ミツル:「離れない」
真城朔:震える腕でミツルの胸を押し退けて、
夜高ミツル:それを留めるように、腕に力を込める
真城朔:「ひっ」
真城朔:「う」
夜高ミツル:「俺から、真城を嫌うとか」
夜高ミツル:「見捨てるとか」
夜高ミツル:「手放すとか」
夜高ミツル:「そういうのは、無理」
夜高ミツル:「できない」
真城朔:「…………」
真城朔:「……ひどい」
夜高ミツル:「……ごめん」
真城朔:「ひどい……」
夜高ミツル:「お前の、望むことを」
夜高ミツル:「叶えてやりたい、けど……」
真城朔:ぼろぼろと涙を落として、顔を伏せる。
夜高ミツル:「それは、どうしても」
夜高ミツル:「どうしても、無理だから……」
真城朔:「ひどい……」
夜高ミツル:「ごめん」
真城朔:涙に濡れた声でうわ言のように、舌足らずに繰り返す。
夜高ミツル:「ごめんな……」
夜高ミツル:繰り返して、真城の身体を強く抱きしめる。
真城朔:「うっ、あ」
真城朔:「ぁ」
真城朔:またぎくりと身体を強張らせて、
真城朔:今はその胸に顔を埋めることさえ躊躇して。
夜高ミツル:それには構わず、真城を抱き寄せている。
真城朔:涙に呼気を乱しながら、身体を震わせている。
夜高ミツル:その震える身体を、どこにも逃すまいと。
真城朔:ひどい、
夜高ミツル:腕の中に、閉じ込める。
真城朔:ひどいとか細い声のたび、
真城朔:自らを裂くように身が張り詰める。
夜高ミツル:ごめん、と答えながら、
真城朔:けれど、それ以上は叶わない。
夜高ミツル:それでも、腕の力を緩めることはなく。
真城朔:振り払うことも、拒むことも。
真城朔:訴える声がか細く薄れゆき、やがて明瞭な音にすらならなくなり、
真城朔:真城は力尽きたように眠りに落ちた。
真城朔:身体に刻まれた傷ばかりは癒えるとも、相変わらず覇気のないままにこんこんと眠る。
真城朔:それが、丸一日続いた。
真城朔:布団にくるまって寝台に臥せる真城からは一切の応答が返らない。
真城朔:スマホに触る様子もない。ただ布団の中に蹲って、一切を拒絶して眠っている。
真城朔:あるいは、放棄している。
真城朔:時折声を殺して啜り泣くさまに丸くなった布団が震えても顔を出さないで、
夜高ミツル:一切起きてこないのを心配して、声をかけたり
夜高ミツル:食事の時には、また隣に来るかと呼びかけ
真城朔:いらえはない。
夜高ミツル:どうしたと問いかけても、一切の反応を得られない。
夜高ミツル:触れようとしても、拒絶されることこそないが
夜高ミツル:これまでのように嬉しそうにすることもなく。
夜高ミツル:そんな状態が丸一日も続くと、流石に不安が大きくなる。
真城朔:ミツルの働きかけには応えず、真城からも働きかけはない。
真城朔:泣く時だって極力声を殺して、辛うじて小さな嗚咽が聴き取れることもある程度。
夜高ミツル:なんの反応も返されないままに、それでもずっと寄り添って、夜は隣で眠った。
真城朔:夜が明けて、ミツルが目覚めても布団を引っ被って眠っているのは同じ。
真城朔:ベッドサイドに置きっぱなしのスマートフォンにもミネラルウォーターにも手を触れた様子はなかった。

■10/7 11:00 a.m.

夜高ミツル:「…………」
夜高ミツル:おはよう、とかけた声にも返事はなく。
夜高ミツル:真城がそうなってから2日目の昼。
夜高ミツル:おそらく真城は寝ているだろう、というタイミングを見て、自分のスマホを手に取る。
真城朔:布団の塊は沈黙しています。
夜高ミツル:おそらく、なのはずっとこの状態なので。
夜高ミツル:寝ているのか起きているのか、よく分からない。
夜高ミツル:LINEを立ち上げて、メッセージの履歴から目当ての人物を見つける。
夜高ミツル:皆川彩花。
夜高ミツル:真城について相談をするのに、真っ先に思い当たったのが彼女だった。
夜高ミツル:『真城のことで相談したいです』
夜高ミツル:『今大丈夫?』
皆川彩花:やたらまんまるい猫が壁際から無言でこちらを覗いているスタンプが帰ってくる。
夜高ミツル:圧を感じる。
皆川彩花:『既読全然つかないし』
皆川彩花:『なんかあったんじゃないかとは』
皆川彩花:『思ってたんですよね』
皆川彩花:『大丈夫ですよ』
皆川彩花:『時間』
皆川彩花:『けっこう暇なので』
皆川彩花:『私も高校ないですし』
夜高ミツル:『スマホ見てないみたいで』
夜高ミツル:『ありがとう』
皆川彩花:『それで』
皆川彩花:『なんの話ですか?』
皆川彩花:同じような猫が首を傾げているスタンプ。
夜高ミツル:『真城が全然話してくれなくて……』
夜高ミツル:『声かけても反応なくて』
夜高ミツル:『ずっと布団被ってて』
皆川彩花:『ええ』
皆川彩花:同じスタンプがもう一度。
皆川彩花:『なんでそうなったんですか』
夜高ミツル:『真城が』
夜高ミツル:『クラブとか、どこかで』
夜高ミツル:『ちゃんと裁かれたいって言って』
皆川彩花:『あー』
夜高ミツル:『俺は、それは』
夜高ミツル:『できない、させられないって』
夜高ミツル:『話をして』
夜高ミツル:『真城と離れるようなことは』
皆川彩花:(考え込む猫のスタンプ)
夜高ミツル:『できない、無理だから』
夜高ミツル:『それをずっと言ってたら』
夜高ミツル:『ひどいって』
夜高ミツル:『泣かれて……』
夜高ミツル:『しまい……』
皆川彩花:(キャトられる猫のスタンプ)
皆川彩花:『それで?』
皆川彩花:『それだけですか?』
夜高ミツル:『あとは、えーと』
夜高ミツル:『裁かれるのは無理でも、せめて狩りとかを』
夜高ミツル:『俺も一緒に行くって言ったら』
夜高ミツル:『嫌がられたり』
皆川彩花:『うーん』
皆川彩花:(考え込む猫のスタンプ再び)
皆川彩花:『それで喋ってくれなくなったんですか』
夜高ミツル:『あと、俺から離れようと思えばできるのに』
夜高ミツル:『俺が甘やかすの分かってて』
夜高ミツル:『それができないのは』
夜高ミツル:『逃げだって』
夜高ミツル:『それに苦しんでた』
皆川彩花:『めちゃめちゃさっくんが言いそうなこといってる』
夜高ミツル:『言ってたから……』
皆川彩花:『ミツルさんなんて言ったんですか』
皆川彩花:『それに』
夜高ミツル:『俺が一緒にいてくれって言ってるからだし』
夜高ミツル:『一緒にいてくれて嬉しいし』
夜高ミツル:『離れても絶対探すって』
夜高ミツル:『そんな感じのことを』
皆川彩花:『まあそうですよね』
皆川彩花:『でも』
皆川彩花:『さっくんやっぱ嫌がるでしょう』
夜高ミツル:『うん』
皆川彩花:『結局何言っても嫌がるんじゃないかな』
皆川彩花:『けっこう』
皆川彩花:『さっくんだし』
皆川彩花:『ずっとそんな感じじゃないですか?』
夜高ミツル:『見捨ててくれって』
夜高ミツル:『飽きて手放してくれって』
皆川彩花:『ああ~』
夜高ミツル:『うん』
皆川彩花:(苦い顔をしている猫のスタンプ)
夜高ミツル:『そんな感じで』
夜高ミツル:『だから、できないって』
皆川彩花:『はい』
夜高ミツル:『傍にいるって、ずっと言って』
皆川彩花:『はいはい』
皆川彩花:『言って?』
夜高ミツル:『無理だって言ってたら』
夜高ミツル:『ひどいって』
夜高ミツル:『泣かせて』
皆川彩花:『うーん』
夜高ミツル:『それから、ずっと黙ってる』
皆川彩花:『うーん……』
皆川彩花:『なんか』
皆川彩花:『外から分かった感じのこと言うのって多分気楽なんですけど』
夜高ミツル:『うん』
皆川彩花:『でもな~』
夜高ミツル:『それでも助かる』
皆川彩花:『さっくんだからな~』
夜高ミツル:『言ってもらえると』
皆川彩花:『ええ~』
皆川彩花:『う~ん』
夜高ミツル:悩んでるな……
皆川彩花:『いや、あの』
夜高ミツル:『うん』
皆川彩花:『結局』
皆川彩花:『なに言われてもさっくん』
皆川彩花:『けっこうダメだと思うし……』
夜高ミツル:『そんな感じはする……』
皆川彩花:『ミツルさんがしたいようにするしかない気がするんですけど……』
皆川彩花:『ひどいって言われて』
夜高ミツル:『したいようにか……』
皆川彩花:『言われたのには、どんな感じなんですか』
皆川彩花:『えーと』
皆川彩花:『ミツルさん的には』
夜高ミツル:『なんていうか……』
夜高ミツル:『ひどいって、それには』
夜高ミツル:『何も反論できなくて』
皆川彩花:『はい』
夜高ミツル:『実際そうだと思う』
夜高ミツル:『真城が裁かれた方が楽になれるって』
夜高ミツル:『そうなんだろうって』
夜高ミツル:『分かってて』
夜高ミツル:『駄目だって』
皆川彩花:(相槌を打つ猫のスタンプ)
夜高ミツル:『でも』
夜高ミツル:『ひどいって思われても』
夜高ミツル:『俺は真城を離す気なんかなくて』
夜高ミツル:『これからも、ずっと』
皆川彩花:(くわっとした猫のスタンプ)
夜高ミツル:『えっ』
皆川彩花:『あ』
皆川彩花:『気にしないでください』
皆川彩花:『相槌みたいなものです』
夜高ミツル:『はい』
夜高ミツル:びっくりした
皆川彩花:女子高生のよくわからないスタンプ使い
夜高ミツル:『えーと、だから』
皆川彩花:『はいはい』
夜高ミツル:『そう、できないなりに』
夜高ミツル:『できる範囲で、少しでも』
夜高ミツル:『真城を楽にできることがあればいいなって思って』
皆川彩花:『そうですねー』
皆川彩花:『それしかないというか』
夜高ミツル:『うん』
皆川彩花:『結局やるのというか』
皆川彩花:『さっくんと一緒にいるの、ミツルさんだし』
皆川彩花:『さっきも言ったけど、したいようにするしかないと思うんですけど』
皆川彩花:『それはそれとして』
皆川彩花:『ちょっと今更ですけど』
夜高ミツル:『うん?』
皆川彩花:『えーと』
皆川彩花:『さっくんが黙っちゃったのの』
皆川彩花:『最後の話がひどいってのですよね』
夜高ミツル:『うん』
皆川彩花:『それで落ち込んでるんじゃないかなあ……』
夜高ミツル:『え』
皆川彩花:『だって言う権利ないし』
皆川彩花:『ないしっていうか』
夜高ミツル:『えー……』
皆川彩花:『ないと思ってるだろうし』
皆川彩花:『あ』
夜高ミツル:『そうか……』
皆川彩花:『さっくんがですよ』
夜高ミツル:『うん』
夜高ミツル:『大丈夫』
皆川彩花:『自罰的になるの大得意ですけど』
皆川彩花:『他人を責めるの苦手というか』
夜高ミツル:『あー』
皆川彩花:『まあ、基本権利ないと思ってますよね』
皆川彩花:『たぶん』
夜高ミツル:『じゃあ、ひどいって言われた時』
皆川彩花:『はい』
夜高ミツル:『ごめんって謝ったのも』
皆川彩花:『えええ』
皆川彩花:『いや』
夜高ミツル:『真城的には、あんまり……』
皆川彩花:『まあ』
皆川彩花:『咄嗟にはね』
夜高ミツル:『ですか……?』
皆川彩花:『わかりますけど』
皆川彩花:『かなりじゃないですか?』
皆川彩花:『なんか思い当たりません?』
皆川彩花:『今までのさっくんとか振り返って』
夜高ミツル:『そうだな』
皆川彩花:(回想する猫のスタンプ)
夜高ミツル:『そうだなー……』
皆川彩花:『完全にめんどくさいんですけど……』
夜高ミツル:『謝ると嫌がられること多いな……』
皆川彩花:『ミツルさんに対しては』
皆川彩花:『特に負い目すごいでしょうし』
夜高ミツル:『俺は俺で、悪いと思って』
夜高ミツル:『だから謝るんだけど』
夜高ミツル:『そうだな……』
夜高ミツル:『そうか……』
皆川彩花:『まあ人間ね』
皆川彩花:『謝っちゃますよね』
皆川彩花:(わかる猫のスタンプ)
夜高ミツル:『謝っちゃうな……』
皆川彩花:『でも、なんていうか』
皆川彩花:『さっくんは基本自分にそういう権利ないと思ってるっていうか』
皆川彩花:『自分を許したり許可したりとかする側に置きたくないというか……』
皆川彩花:『置けないというか……』
夜高ミツル:『うーん……』
夜高ミツル:『難しいな……』
夜高ミツル:『俺は真城を大事にしたくて』
皆川彩花:『難しいんですけど』
皆川彩花:『はい』
夜高ミツル:『だから悪いと思ったら謝るんだけど』
夜高ミツル:『それで傷つけてたなら、なんか』
夜高ミツル:『本末転倒というか……』
皆川彩花:『まあ全然謝らないのもどうかと思いますけど』
皆川彩花:『あんまり、こう』
皆川彩花:『懇願するみたいになっちゃわない方がいいと思いますよ』
夜高ミツル:『あー……』
夜高ミツル:『ああ……』
夜高ミツル:『はい』
皆川彩花:『心当たりあるリアクションだ……』
夜高ミツル:『はい……』
皆川彩花:『まあ難しいのはわかるので……』
皆川彩花:『下手に出すぎるとね』
夜高ミツル:『うん』
皆川彩花:『自分何様だって方に完全に意識行くと思うんで』
夜高ミツル:『気をつけます』
皆川彩花:『難しいと思いますけど……』
皆川彩花:『結局』
夜高ミツル:『難しいな……』
皆川彩花:『ミツルさんのしたいことというか』
皆川彩花:『譲れない部分は決まってて』
夜高ミツル:『うん』
皆川彩花:『それに付き合わせるしかないんなら』
皆川彩花:『自信持ってやった方がいいんじゃないですか』
皆川彩花:『堂々と』
夜高ミツル:『堂々と……』
皆川彩花:『さっくんのペースに乗らないほうがいいですよ』
夜高ミツル:『なるほど……』
皆川彩花:『今のさっくんは疲れてるだろうし』
皆川彩花:『尊重はそりゃ必要ですけど』
夜高ミツル:『うん』
皆川彩花:『だからけっこう無理言ってますねこれ』
夜高ミツル:『言ってって言ったのは俺だし』
皆川彩花:『匙加減の問題になるんで』
皆川彩花:(醤油を放つ猫のスタンプ)
夜高ミツル:『なんとか頑張るよ』
皆川彩花:『頑張ってください』
夜高ミツル:『できることやるしかないし』
夜高ミツル:『うん』
皆川彩花:『私も』
夜高ミツル:『色々ありがとう』
皆川彩花:『応援しかできないので』
皆川彩花:『いえ』
皆川彩花:『あ』
夜高ミツル:『心強いよ』
夜高ミツル:『ん?』
皆川彩花:『えーと』
皆川彩花:『あの』
皆川彩花:『これは』
夜高ミツル:『うん』
皆川彩花:『これは、プルサティラの問題なんですが』
夜高ミツル:『?』
皆川彩花:(花を差し出す猫のスタンプ)
皆川彩花:『私じゃないですが……』
皆川彩花:『あの』
夜高ミツル:前置き長いな……
皆川彩花:『さっくんに血を吸われたら』
夜高ミツル:『ああ……』
皆川彩花:『さっくんのこと好きになっちゃうって』
夜高ミツル:『うん』
皆川彩花:『言ったと思うんですけど』
皆川彩花:『プルサティラが』
皆川彩花:プルサティラが。
夜高ミツル:『言われた』
夜高ミツル:『プルサティラに』
夜高ミツル:はい。
皆川彩花:『あれ、実は嘘で』
夜高ミツル:『え?』
皆川彩花:『別にそういうのは』
皆川彩花:『特になくて……』
夜高ミツル:『え???』
皆川彩花:『ただ、なんていうか』
皆川彩花:『その気になっちゃうみたいな』
皆川彩花:『あのー』
皆川彩花:「その気に……」
夜高ミツル:『その気に』
夜高ミツル:『あ』
夜高ミツル:『大丈夫です』
皆川彩花:『はい。』
夜高ミツル:『はい……』
皆川彩花:(腕を組んで頷く猫のスタンプ)
夜高ミツル:『嘘……』
夜高ミツル:『嘘だったんだ……』
皆川彩花:『ブラフをね~』
皆川彩花:『ブラフでね~』
皆川彩花:『これくらいね~』
夜高ミツル:『そうか……』
皆川彩花:『乗り越えてもらわないとねって~』
皆川彩花:『そういう……』
皆川彩花:『忙しかったから……』
夜高ミツル:『はい……』
皆川彩花:『ばらすの忘れて……』
皆川彩花:『私には記憶だけが残された』
夜高ミツル:『なるほど……』
皆川彩花:(ぷんぷんしている猫のスタンプ)
皆川彩花:『まあ』
皆川彩花:『なので』
皆川彩花:『ミツルさんがさっくんを好きだったり大切だったり』
夜高ミツル:『うん』
皆川彩花:『一緒にいたいと思ったりは』
皆川彩花:『正真正銘ミツルさんの気持ちですよ』
夜高ミツル:『よかった』
夜高ミツル:『真城も不安そうだったし』
夜高ミツル:『俺のことおかしくしたんじゃないかって』
皆川彩花:『うーん』
皆川彩花:『いや』
夜高ミツル:『違ったならよかった』
皆川彩花:『でも』
皆川彩花:『なんかそれ以外の領分に関しては保証しないです』
皆川彩花:『ので』
皆川彩花:『そこがわかんないのはたぶん、あってるので』
皆川彩花:曖昧な言い分
夜高ミツル:『そっか……』
皆川彩花:『でも好意を誘発するまでは行かないですよ』
皆川彩花:『せいぜい性欲だけ!!!!』
皆川彩花:ヤケクソ
夜高ミツル:『えっ』
夜高ミツル:『はい』
皆川彩花:『それだけですので!』
夜高ミツル:『えーっと』
皆川彩花:『たぶん』
夜高ミツル:『はい』
皆川彩花:『そうだったはず』
皆川彩花:『はい』
夜高ミツル:『俺が真城を大事に思うのが』
夜高ミツル:『本当だって』
夜高ミツル:『それが分かれば』
夜高ミツル:『大丈夫です』
夜高ミツル:『ありがとう』
皆川彩花:『いえいえ』
皆川彩花:『不肖プルサティラがややこしくしてすみません』
皆川彩花:『私じゃないですが』
夜高ミツル:『大丈夫です』
夜高ミツル:『真城にも伝えとく』
夜高ミツル:『あんま分かってなかった感じだったから』
夜高ミツル:『その話した時』
皆川彩花:『はーい』
皆川彩花:『っていうか送ったんですけど』
皆川彩花:『見てないんですよね』
夜高ミツル:『あー……』
皆川彩花:『ぜんぜんみてくれない~』
皆川彩花:『別にいいけど』
夜高ミツル:『見ろって言っておきます』
皆川彩花:『元気と余裕ある時に見てくれたら』
皆川彩花:『まあいい感じのときにね』
夜高ミツル:『うん』
皆川彩花:『こんなで大丈夫ですか?』
夜高ミツル:『大丈夫』
夜高ミツル:『色々ありがとう』
夜高ミツル:『助かりました』
皆川彩花:『いえいえ』
皆川彩花:『どういたしまして』
皆川彩花:『また何かあったらお気軽に~』
夜高ミツル:『うん、ありがとう』
皆川彩花:『けっこう暇してますし』
皆川彩花:『余裕なかったらなかったでスルーするんで』
皆川彩花:『ではでは』
皆川彩花:(手をふる猫のスタンプ)
夜高ミツル:『また何かあったら連絡します』
夜高ミツル:それに既読がついたのを最後に、アプリを閉じる。
夜高ミツル:さすがに皆川さんは真城のことよく分かってるな……。
夜高ミツル:と、内心で感嘆する。
プルサティラ:元さっくんのための魔女の記憶引き継いでますし~。
真城朔:布団の塊は微動だにせず転がっている。
真城朔:沈黙。
夜高ミツル:肝心の真城の様子は、変わりない。
真城朔:当の本人は静かなもの。
真城朔:身動ぎ一つせず、
真城朔:自らの気配を殺してさえいる。
夜高ミツル:「真城」
真城朔:「…………」
夜高ミツル:返事が来ないのに構わず言葉を続ける。
夜高ミツル:「俺、どんだけでも待つけどさ」
夜高ミツル:「やっぱお前の顔見て」
夜高ミツル:「そんで、話せた方が嬉しいし」
真城朔:「…………」
夜高ミツル:「待つけど」
夜高ミツル:「大丈夫になったら、出てこいよ」
真城朔:返事のないまま、
真城朔:ただ布団の中で大きく息を吐く気配がある。
真城朔:身を震わせながら、呼吸を整えようとしている。
真城朔:息を、声を、押し殺しながら、それでもどうにか。
夜高ミツル:布団の中の様子を推し量ろうと、じっと視線を注いで
夜高ミツル:その気配に気を配っている。
真城朔:長く時間をかけて、ひどく苦労をした末に、
真城朔:その呼吸が静かになる。
真城朔:ぺた、と布団が気持ち平たくなった。
夜高ミツル:平たい……。
夜高ミツル:なんかこういう生き物みたいだな、とちょっとだけ思った。
夜高ミツル:結局、自分がやりたいことをするしかない。
夜高ミツル:そう言われると、多少は気が楽というか、まあ
夜高ミツル:改めて、腹が据わったような感じがする。
真城朔:相談して腹が据わった一方で、見た目の事態に変化はなく。
夜高ミツル:こればかりは待つしかないな……。