4.1話
幕間6-4
■10/8 11:00 p.m.
真城朔:彩花に相談した7日から、翌日8日も真城は布団の中に蹲ったまま。真城朔:8日、深夜。
夜高ミツル:その夜も、籠城を続ける真城に布団の上から腕を回して眠っていた。
真城朔:ミツルが寝入った真夜中に、
真城朔:なるべくミツルを起こさないように、音を立てずに布団の中から這い出る。
夜高ミツル:「ん……」
真城朔:固まる。
夜高ミツル:動いたのに反応して身じろぎ。
真城朔:息を殺してちらりとミツルの様子を窺う。
夜高ミツル:その瞼が重たげに持ち上がる。
夜高ミツル:「……ましろ?」
真城朔:「…………」
真城朔:俯いている。
夜高ミツル:一瞬、寝起きの心地のままぼんやりと真城を見つめて
夜高ミツル:「っ、真城」
夜高ミツル:慌てて、這い出ようとしていた真城の腕を掴む。
真城朔:掴まれて、身体を強張らせる。
夜高ミツル:上体を起こす。
夜高ミツル:「どこ、に」
真城朔:「…………」
真城朔:「……なんでも」
真城朔:「ない……」
真城朔:か細く弱々しい声。
夜高ミツル:「……どこ行く気だったんだ?」
真城朔:「…………」
真城朔:身を竦めている。
夜高ミツル:「行くなよ」
夜高ミツル:「どこにも、行くな」
真城朔:「……そんな、こと」
真城朔:「言われても」
真城朔:「…………」
夜高ミツル:「……行くな」
真城朔:「ずっと、一緒、なんて」
夜高ミツル:腕を掴む指先に力が入る。
真城朔:「そのほうが」
真城朔:「おかしいし」
真城朔:「っ」
夜高ミツル:「おかしくない」
真城朔:「おかしい……」
夜高ミツル:「俺はそうしたいし」
夜高ミツル:「そうする」
真城朔:「…………」
真城朔:「ミツだって」
夜高ミツル:「だから、行くな」
真城朔:「一人で風呂とか」
真城朔:「行くし……」
真城朔:「それと同じで……」
夜高ミツル:「風呂に行くのに、なんでもないとか言わねえだろ」
真城朔:「…………」
夜高ミツル:「……どこ行こうとしてたんだよ」
真城朔:「……なんでもないから……」
夜高ミツル:「ないことあるか」
真城朔:俯いている。
夜高ミツル:「行かせられるわけねえだろ」
夜高ミツル:「あんな話したあとで、」
夜高ミツル:「ずっと返事もしてくれなくて」
真城朔:「…………」
夜高ミツル:「急にどっか行くなんて」
真城朔:「……じゃあ」
真城朔:「なんだと、思った?」
夜高ミツル:「何って……」
夜高ミツル:「出てって、戻らないつもりかと……」
真城朔:「…………」
真城朔:「……それだけ?」
夜高ミツル:「え」
夜高ミツル:「それだけって……」
夜高ミツル:首を捻る。
真城朔:「戻ってくるって言ったら」
真城朔:「放してくれるか」
夜高ミツル:「…………」
夜高ミツル:手は緩まない。
夜高ミツル:首を振る。
夜高ミツル:「……むり」
真城朔:「…………」
真城朔:唇を噛む。
真城朔:「……なんで」
夜高ミツル:「心配だから」
真城朔:「何が」
夜高ミツル:「戻ってくるって言って、来ないかも……」
夜高ミツル:それから、今更のように
夜高ミツル:「もしかして、血が足りなかったり……?」
真城朔:「…………」
夜高ミツル:「それだったら、俺でいいだろ」
真城朔:「……そんなのは」
真城朔:「どうでもいい……」
夜高ミツル:「じゃあ、なんだよ」
真城朔:「……戻ってくるよ」
真城朔:「戻ってくるから……」
夜高ミツル:「なんなんだよ」
夜高ミツル:「ちゃんと言えよ」
真城朔:「信じて」
真城朔:「くれない?」
夜高ミツル:「……っ、」
夜高ミツル:「信じたい、けど……」
夜高ミツル:「分からない」
真城朔:「…………」
夜高ミツル:「不安なんだ」
夜高ミツル:「分からないから」
真城朔:小さく笑って、
真城朔:「戻ってくる」
真城朔:「それは」
真城朔:「……今は、保証する、から」
夜高ミツル:「なんだよ」
夜高ミツル:「なんなんだよ」
真城朔:「…………」
夜高ミツル:「言うまで離さねえからな……」
真城朔:「…………」
真城朔:無言のまま、
真城朔:ほろりと涙を零す。
夜高ミツル:「……」
夜高ミツル:腕を掴んだままに、引っ張って。
夜高ミツル:真城の身体を抱き寄せる。
真城朔:「っ」
真城朔:抱き寄せられた身体が強張る。
真城朔:息を止めて、ミツルの胸に手をついて、
真城朔:密着を避けようと腕の中でもがく。
夜高ミツル:構わずに、そのまま抱きしめる。
夜高ミツル:「……なあ、どこ行こうとしてたんだよ」
真城朔:「ひ、……っ」
真城朔:上擦った悲鳴を喉に押しこめる。
夜高ミツル:「言えないけど、戻ってくる」
夜高ミツル:「信じてくれって」
夜高ミツル:「そんなの、ないんじゃねえの」
真城朔:見開いた目から涙を落として黙り込んでいる。
夜高ミツル:「……なんか、用事なら」
夜高ミツル:「俺も、ついてくけど」
真城朔:「…………」
真城朔:首を振る。
真城朔:顔を見られずに俯いている。
真城朔:必死に息を押し殺している。
夜高ミツル:「じゃあ教えろよ……」
夜高ミツル:「何しに行くのかも知らないで」
夜高ミツル:「今のお前を一人にとか……」
夜高ミツル:「無理だよ」
真城朔:「……いやだ」
夜高ミツル:「しかも、隠れて行こうとしてたし……」
真城朔:「いやだ」
夜高ミツル:「……何が?」
夜高ミツル:「言うのが?」
真城朔:「…………」
真城朔:首を竦め瞼を伏せると、その分また涙が落ちる。
真城朔:「だめ」
真城朔:「だめだ、だめで」
夜高ミツル:「……大丈夫だから」
夜高ミツル:「真城」
真城朔:「……いやだ……」
夜高ミツル:「大丈夫」
真城朔:両手で顔を覆う。
真城朔:「う」
夜高ミツル:「……言わなくてもいいけど」
真城朔:「……っ」
夜高ミツル:「そうするなら、離さないからな」
真城朔:「……いやだ」
夜高ミツル:宣言して、真城をさらに抱き寄せる。
真城朔:「――――っ」
真城朔:背を抱く腕に力が籠もるのを、
真城朔:抗えずその胸に顔を埋めてしまって、
真城朔:身体が重なるのに、
真城朔:耐え切れず押し殺していた息を漏らす。
夜高ミツル:腕の中に、その細い身体を閉じ込める。
真城朔:熱を持った吐息がミツルの胸にかかって、
真城朔:そのまま体重を預けて、ミツルをベッドへと押し倒した。
夜高ミツル:「……っ!?」
夜高ミツル:「真城……?」
真城朔:擦り寄せた身体の中心の熱が、
真城朔:屹立したものが布越しにミツルに触れる。
真城朔:びく、と背を跳ねた。
夜高ミツル:それに、気づいて。
真城朔:「っは、…………」
夜高ミツル:気づいた瞬間、体温の上がる感覚。
真城朔:漏れかけた声を押し殺す。
夜高ミツル:「……ま、しろ」
夜高ミツル:その、涙に濡れた瞳が
真城朔:自らの身体を抱いて、背を丸める。
夜高ミツル:微かに漏れた声が、
夜高ミツル:ミツルの熱を煽る。
真城朔:ミツルの熱が上がるのに応じて、
真城朔:同じように熱を募らせて、吐息を吐く。
真城朔:身体を抱えて震えている。
真城朔:震えながら、
真城朔:何度も首を振っている。
夜高ミツル:堪らずに、その身体を強く抱きしめる。
真城朔:「あ、ッ」
真城朔:ぞくりと背を震わす。
夜高ミツル:硬くなった中心が、今度は真城に押し当てられる。
真城朔:「ん、――っ」
夜高ミツル:──駄目だ、こんな、これは。
夜高ミツル:真城の答えがまだで、待つって
夜高ミツル:俺は、だから
真城朔:「だめ、だ」
真城朔:「だめ」
夜高ミツル:「──真城」
真城朔:「やだ」
夜高ミツル:「好きだ」
真城朔:「っ」
夜高ミツル:「好きなんだ」
真城朔:「……だめ、だ」
夜高ミツル:「真城」
真城朔:「ミツ」
夜高ミツル:「真城……」
真城朔:「こんな、の……っ」
真城朔:何かを堪えるように背を丸めて、
夜高ミツル:「真城」
真城朔:そのぶんミツルの胸に顔を埋めてしまって、
夜高ミツル:「真城は?」
真城朔:繰り返し首を振っている。
真城朔:「……っ」
夜高ミツル:「俺は、」
夜高ミツル:「真城」
夜高ミツル:「真城のこと、好きだ」
真城朔:「それは」
真城朔:「それ、は」
夜高ミツル:熱を込めて、その名前を呼ぶ。
真城朔:「だって……」
夜高ミツル:「おかしくなってない」
夜高ミツル:「血を吸われると好きになるとか」
夜高ミツル:「あれ」
夜高ミツル:「嘘、らしい」
真城朔:「ちがう」
真城朔:「……ちがう、俺は」
真城朔:「俺のせいで」
夜高ミツル:「俺がお前のこと」
夜高ミツル:「好きで」
真城朔:「俺が、こう」
夜高ミツル:「大切で」
真城朔:「だから」
夜高ミツル:「一緒にいたいのは」
夜高ミツル:「全部、本物だ」
夜高ミツル:「本当、なんだ」
真城朔:「――しッ」
真城朔:「したいのまでは、違うだろ!」
夜高ミツル:「……好きなやつと」
夜高ミツル:「したくなるのは」
夜高ミツル:「普通、だろ」
真城朔:「普通じゃない!」
真城朔:「普通じゃない、普通じゃないから」
真城朔:「じゃない、から、……っ」
夜高ミツル:「普通だろ……」
夜高ミツル:「なんもおかしくねえよ」
真城朔:「ちがう……」
真城朔:「ちがう」
真城朔:「ちがう」
真城朔:「いやだ……」
夜高ミツル:「違わない」
夜高ミツル:「好きだ」
夜高ミツル:「好きだから、」
真城朔:そう訴える声すら、熱に浮かされて舌足らずに
夜高ミツル:「真城が、欲しい」
真城朔:まるで誘うような艶を持ちながら、
真城朔:でも、
真城朔:首を振るのをやめない。
真城朔:とっくに肌は熱をあげて、
夜高ミツル:どんなに拒否されても、真城を抱く腕は緩まない。
真城朔:吐息に情欲を紛らすこともできずにいるのに、
夜高ミツル:熱を持ったまま、身体を抱き寄せている。
真城朔:最後の最後で、踏み止まっている。
真城朔:「やだ」
真城朔:「やだ、やだ、……っ」
夜高ミツル:「……何が」
真城朔:「いやだ」
夜高ミツル:「何が、いや?」
真城朔:「だって」
真城朔:「……ミツまで」
真城朔:「ミツを」
真城朔:「俺が」
真城朔:「おかしく、して……」
夜高ミツル:「だから」
夜高ミツル:「されてない」
真城朔:「みんな」
夜高ミツル:「違うんだ……」
真城朔:「そう、言う」
真城朔:「みんなそう言って」
夜高ミツル:「……」
真城朔:「それで」
真城朔:「それで……」
夜高ミツル:「……うん」
真城朔:「……っ」
真城朔:「そのまま」
真城朔:「そのまま、勘違いしてれば」
真城朔:「まだ、いいのに……」
夜高ミツル:「でも、俺は本当に」
真城朔:「いいはずがないのに」
真城朔:「でも」
夜高ミツル:「ほんとに、好きなんだよ」
真城朔:「ちがう」
真城朔:「ちがう……」
真城朔:「ミツは、ちがう……」
夜高ミツル:「好きだから」
真城朔:「誘ったのだって」
真城朔:「ほんとは」
真城朔:「駄目で」
真城朔:「でも」
真城朔:「でも、……っ」
夜高ミツル:「好きだから、していいって言われた時も待った」
真城朔:涙に声が裏返って、
夜高ミツル:「あれじゃ信じられない?」
真城朔:身を強張らせて、首を振る。
真城朔:「う」
夜高ミツル:「……信じられないなら」
真城朔:「……う、う」
夜高ミツル:「今日だって、我慢できる」
夜高ミツル:「……したいけど」
夜高ミツル:「したくても」
真城朔:「…………っ」
夜高ミツル:「待つって、言ったから」
夜高ミツル:「信じてもらえるまで、何もしないって」
真城朔:自分自身を抱き締めながら、ミツルの言葉を聞いている。
真城朔:「……よくない、んだ」
真城朔:「よくない……」
夜高ミツル:「……何が」
真城朔:「俺が」
真城朔:「俺の、せいで」
夜高ミツル:「だから」
夜高ミツル:「違うって」
真城朔:「誰かが、歪んで」
夜高ミツル:「違うよ」
真城朔:「そんなつもり」
真城朔:「なかった人、だって」
真城朔:「……俺と」
真城朔:「俺が」
真城朔:「俺が、いたから」
夜高ミツル:「……」
真城朔:「……全部、終わって」
真城朔:「終わった後に」
真城朔:「間違いだったって」
真城朔:「わかった、ところで」
真城朔:「もう……」
夜高ミツル:「間違いなんかじゃない」
真城朔:「……間違ってきたんだ……」
夜高ミツル:「間違いなんて言わない」
夜高ミツル:「俺は」
真城朔:「したい」
真城朔:「から、だろ」
真城朔:「……欲がある限りは、そう言える……」
夜高ミツル:「……したいよ」
真城朔:「…………」
夜高ミツル:「……したいけど」
夜高ミツル:「駄目なら」
夜高ミツル:「信じられないなら」
真城朔:深く、息を吐く。
夜高ミツル:「しないって」
夜高ミツル:「お前のこと、好きだから」
夜高ミツル:「ちゃんと、したいから」
真城朔:とろりと瞼をあげて、潤んだ瞳でミツルを見る。
真城朔:「……俺は」
真城朔:「俺、…………」
夜高ミツル:その視線に、一瞬息を呑む。
真城朔:自分の腕を抱いて、唇を噛んだ。
夜高ミツル:「……待てるよ」
夜高ミツル:「お前が、信じてくれるまで」
真城朔:「…………」
真城朔:息を吸って、
真城朔:吐いて。
夜高ミツル:「信じて、とか」
夜高ミツル:「言うのは簡単だけど」
真城朔:だらりとミツルの腕に体重を預けて。
夜高ミツル:「言われる側は、そうじゃないし」
真城朔:無防備に身を委ねて、ミツルを見上げる。
真城朔:その言葉を聞いている。
夜高ミツル:「……?」
夜高ミツル:様子の変化に少し戸惑いながらも
夜高ミツル:「……だから」
夜高ミツル:「俺は、お前のこと好きで」
夜高ミツル:「好きだから」
夜高ミツル:「そういうこと、したい」
夜高ミツル:「したい、けど」
真城朔:「…………」
夜高ミツル:「好きだから」
夜高ミツル:「ちゃんと、大切にしたくて」
夜高ミツル:「無理にとか」
夜高ミツル:「お前が、納得してないでとか」
夜高ミツル:「そういうのは、しない」
真城朔:ミツルの腕の中で、深呼吸を繰り返している。
真城朔:逡巡にあかい唇を震わして、
真城朔:視線を落として、ぽつりとこぼす。
真城朔:「……俺は」
夜高ミツル:「……うん」
真城朔:「誰でもいいんだ……」
夜高ミツル:「……」
真城朔:「だから」
真城朔:「ミツはいやだ……」
真城朔:涙で頬を濡らしながら、言い募る。
真城朔:「誰でもいいのに」
真城朔:「誰でもいいことを」
真城朔:「ミツにさせるのは、いやだ……」
夜高ミツル:「…………そっ、か」
真城朔:「…………」
夜高ミツル:「……それでも」
夜高ミツル:「俺は、お前とがいい」
真城朔:力なく首を俯けながら、
真城朔:「……酷くしてくれる方が、いい」
真城朔:「その方が」
真城朔:「俺には」
真城朔:「合ってる」
夜高ミツル:「……それは、できないけど」
真城朔:「そういう誰かが、いい……」
真城朔:「俺を」
夜高ミツル:「……」
真城朔:「大切にしない人が」
夜高ミツル:「そういう奴に」
真城朔:「一番、いい……」
夜高ミツル:「そういう奴の、ところに」
夜高ミツル:「行かせれるわけねえだろ……!」
真城朔:「…………」
真城朔:唇を噛み締めて、俯いた頬に涙を零す。
真城朔:「大切に」
夜高ミツル:「俺はお前を傷つけたくない」
真城朔:「されたら、だめだ」
真城朔:「だめになる」
夜高ミツル:「そういうことをされるって分かってて」
真城朔:「いやだ」
夜高ミツル:「行かせるのも、できない」
真城朔:「いやだ……」
夜高ミツル:「大切に、したい」
真城朔:「助けて」
真城朔:「だれか」
夜高ミツル:「……駄目だ」
真城朔:「だれか、……っ」
真城朔:身を縮めて、震えている。
夜高ミツル:「行かせない……」
真城朔:「つらい」
真城朔:「いやだ……」
夜高ミツル:「……うん」
真城朔:「こんな」
真城朔:「変に、なるの」
真城朔:「誰も」
真城朔:「誰にも、されなくて」
真城朔:「俺」
真城朔:「……っ」
真城朔:「気持ち悪い」
真城朔:「いやだ」
夜高ミツル:「……嫌でも」
夜高ミツル:「駄目でも」
真城朔:「やだ、……なんで」
真城朔:「なんで、こんな」
夜高ミツル:「……そもそもな」
夜高ミツル:「お前が、好きなやつが」
夜高ミツル:「外で、そういうことを」
夜高ミツル:「しようとしてるって」
夜高ミツル:「分かったら、もう」
夜高ミツル:「無理だろ」
真城朔:「……しらない……」
真城朔:「俺は」
真城朔:「俺が、いやだ……」
夜高ミツル:「そうかよ」
真城朔:「最悪だ」
真城朔:「最悪の、気分だ」
夜高ミツル:「それでも」
夜高ミツル:「絶対、行かせない」
真城朔:「いますぐ」
真城朔:「今すぐ、にでも……っ」
真城朔:顔を覆って俯けながら、
真城朔:「だれかに」
夜高ミツル:「……離さない」
夜高ミツル:「離さない、から」
真城朔:「犯さ、れたくて」
真城朔:「……いやだ……………」
夜高ミツル:「……そんなん」
夜高ミツル:「そんなの、聞いて」
夜高ミツル:「離せるわけ、ない……」
真城朔:瘧のように身を震わせながら、ただただミツルの腕の中で泣いている。
夜高ミツル:抱きとめる腕は緩むどころか、
夜高ミツル:尚更に、真城の身体を強く掻き抱く。
真城朔:「!」
夜高ミツル:「……真城」
真城朔:「や――」
夜高ミツル:「真城……」
夜高ミツル:「好きだ」
真城朔:「あッ、ぁ」
真城朔:「っ」
夜高ミツル:「好きだ、真城」
真城朔:びく、と全身が波打つ。
真城朔:排熱もままならず荒い息を繰り返して、
夜高ミツル:「好き、だから」
夜高ミツル:「信じてほしいし」
夜高ミツル:「そうしてもらえるまで、待つし」
真城朔:ぞくぞくと背を慄かせながら、ミツルの腕に縋り付いて、
夜高ミツル:「……他の、誰かにとか」
夜高ミツル:「嫌だ」
真城朔:「ひ」
夜高ミツル:「絶対、嫌だ」
真城朔:「う……っ」
夜高ミツル:「……真城」
真城朔:汗の混じった涙が頬からおとがいをつたって、落ちる。
夜高ミツル:「真城、真城……っ」
真城朔:「ぁ」
夜高ミツル:目の前の相手を求めて、
夜高ミツル:ただ、意味もなく
夜高ミツル:感情に任せて、その名前を呼ぶ。
真城朔:「ひ、………っ」
真城朔:名を呼ばれる都度に抱え込まれた身がびくびくと波打って、
夜高ミツル:「行くな、真城……」
夜高ミツル:「ここに、いてくれ」
夜高ミツル:「真城……」
真城朔:ミツルに縋る腕に力が籠もる。
真城朔:それが、
真城朔:それが最後、
真城朔:名前を呼ばれた瞬間に、爪が立つ。
夜高ミツル:「……っ、」
真城朔:「あ、……――――ッ」
夜高ミツル:爪の立つ痛みに、身体を震わせて。
真城朔:びく、と一際大きく身を跳ねて、背を仰け反らせる。
夜高ミツル:「……!」
真城朔:がくがくと擦り合わせた膝を揺らして、
夜高ミツル:「……ま、しろ」
夜高ミツル:それを見て
夜高ミツル:心臓が、ひときわ強く跳ねる。
真城朔:わけも分からず天を仰いだ首の筋を、汗が垂れ落ちる。
真城朔:やがて身体から力が抜ける。
夜高ミツル:衝動に突き動かされ、力の抜けた真城の身体を強く抱き寄せる。
真城朔:くた、と背を曲げてミツルの胸に頬を預けて、
真城朔:抱き寄せられるままに密着して、
真城朔:「あ」
真城朔:「んん、……っ」
真城朔:またひくりと肩を震わした。
真城朔:荒い呼吸に背中が震えている。
夜高ミツル:密着すれば、屹立した部分が真城の身体に押し付けられる。
夜高ミツル:心臓の音が伝わる程に近く、身体を寄せ合って。
真城朔:息を呑んで、また身が強張る。
夜高ミツル:それでも、それだけ。
夜高ミツル:抱き寄せて
夜高ミツル:それ以上のことは、せずに
夜高ミツル:ギリギリの所で、踏みとどまっている。
真城朔:「…………っ」
真城朔:「みつ……」
夜高ミツル:「……ましろ」
真城朔:肩で息をしながら、熱を孕んだ舌足らずの声で名前を呼ぶ。
真城朔:「…………ぅ」
真城朔:「うう」
夜高ミツル:それ以上を求める衝動を、
夜高ミツル:真城に信じてほしい気持ちが、押し留めている。
真城朔:顔を俯けて、何度も呼吸を繰り返している。
夜高ミツル:「好き、だ」
夜高ミツル:「好きだよ」
夜高ミツル:「真城」
真城朔:乱れた髪が濡れた頬に張りついて、
真城朔:それが引きつるさまを浮き立たせる。
夜高ミツル:少しでも衝動を発散しようとしてか、言葉を口にして
真城朔:「…………」
真城朔:「ミツ」
夜高ミツル:それでも、結局言えば言うだけに思いは募るばかり。
真城朔:「……ミツ、もう」
真城朔:「もう」
真城朔:「……はなして……」
夜高ミツル:「……う、るせ」
夜高ミツル:「離さねえって……」
真城朔:「いかない」
真城朔:「いかない、から」
夜高ミツル:「…………」
真城朔:「ほんとうに……」
夜高ミツル:「……ん」
夜高ミツル:「……わか、った」
真城朔:「……こう」
真城朔:「してると、…………」
真城朔:「…………」
夜高ミツル:恐る恐る、腕の力を緩める。
真城朔:ぐったりとミツルの腕に身体を預けていたぶん、
真城朔:緩められた腕の隙間から、ベッドにくずおれる。
真城朔:ぼすんとマットレスに身体を受け止められて、
夜高ミツル:「……」
真城朔:未だ頬を上気させたまま、熱っぽい息を吐いている。
真城朔:投げ出された肢体は力ない。
夜高ミツル:ミツルもまた、大差ない状態。
真城朔:ナイトウェアから伸びる脚にはもはや傷がなく、
夜高ミツル:荒い息を、整える。
真城朔:ただその白く伸びるさまを見せつけるばかり。
夜高ミツル:そこから目を逸して、深く息を吸う。
真城朔:枕を引っ張ってきて、抱きしめて顔を埋めた。
夜高ミツル:「……真城」
夜高ミツル:「俺、待つから」
真城朔:肩が強張る。
夜高ミツル:「待てるから……」
真城朔:「…………」
夜高ミツル:枕を抱きしめる手を取って、そのまま真城の隣に寝転ぶ。
真城朔:温もりを恐れてか、手を引く。
夜高ミツル:引かれそうになった手を、逃すまいと握りしめる。
真城朔:振りほどけない。
夜高ミツル:正直なところ限界で、今すぐに欲を発散したい気持ちもあるのだが。
夜高ミツル:今はそれ以上に、真城の傍にいたい。
夜高ミツル:一人にしたくない。
真城朔:枕に顔を埋めて泣いている。
夜高ミツル:「……真城」
夜高ミツル:「好き、だよ」
真城朔:「…………」
夜高ミツル:枕の向こうで涙を流している真城に、繰り返してきた言葉を告げる。
真城朔:「……俺」
真城朔:「俺が」
真城朔:「こんなじゃなければ……」
真城朔:これもまた、幾度となく繰り返されてきた返答。
夜高ミツル:「……大丈夫」
夜高ミツル:「大丈夫だ」
真城朔:「……何が……」
夜高ミツル:「……待てるから、大丈夫」
夜高ミツル:「俺とするのが嫌なら、それでも」
夜高ミツル:「大丈夫、だし」
真城朔:「…………」
真城朔:しばらく黙り込んでいたが。
夜高ミツル:「……お前がしたくないことは、したくない」
真城朔:「……他の」
真城朔:「他の人」
真城朔:「とは……」
夜高ミツル:「……うん」
真城朔:「…………」
真城朔:「……ミツじゃなきゃ」
真城朔:「こんな」
真城朔:「悩んでないんだ……」
夜高ミツル:「……そうか」
夜高ミツル:「悩んでいい」
夜高ミツル:「ちゃんと、考えてほしい」
夜高ミツル:「答えが出るまで、待つし」
夜高ミツル:「考えて、悩んで」
夜高ミツル:「それで、どうしても」
夜高ミツル:「信じられないとか」
夜高ミツル:「いや、とか」
夜高ミツル:「なら……」
真城朔:「………」
夜高ミツル:「……俺も、受け止める」
夜高ミツル:「……それでも、諦めはできないだろうけど」
真城朔:「…………」
夜高ミツル:「でも、真城の気持ちを、ちゃんと」
夜高ミツル:「大事に、したいから」
真城朔:枕を抱え直している。
真城朔:「……今」
真城朔:「したいって言ったら?」
夜高ミツル:「……」
夜高ミツル:「さっきまで、嫌って言ってたのに?」
真城朔:「…………」
真城朔:「気が変わった」
真城朔:「とか……」
夜高ミツル:「……無理してるなら、」
真城朔:「…………」
夜高ミツル:「そういうのは、俺は」
夜高ミツル:「気を遣わせてとかは、嫌だ」
真城朔:「……うう」
真城朔:「…………」
真城朔:「こんなの」
真城朔:「初めて、だから」
真城朔:「……わかんないんだ……」
夜高ミツル:「……俺だってそうだよ」
夜高ミツル:「何も分かんねえ……」
真城朔:「…………」
夜高ミツル:「分かるのは」
夜高ミツル:「真城のこと、好きなのと」
夜高ミツル:「大事にしたいってこと、だけ」
真城朔:「……そんな、価値」
真城朔:「ない……」
夜高ミツル:「あるよ」
真城朔:「ない……」
夜高ミツル:「ある」
夜高ミツル:「俺があるって言うんだから、ある」
真城朔:「…………」
真城朔:反論できなくなりながら、その手を未だ放せずにいる。
夜高ミツル:汗の滲んだ掌で、真城と繋がっている。
真城朔:その手を繋いだまま、ごろりと転がって
真城朔:仰向けになってミツルを見上げる。
夜高ミツル:「?」
真城朔:涙で濡れた顔、潤んだ瞳でミツルを見上げて、
夜高ミツル:見上げられて、目が合った。
真城朔:「…………」
真城朔:「……あれじゃ」
夜高ミツル:話している内に幾分落ち着いたものの
真城朔:「あれじゃ、……」
真城朔:「…………」
夜高ミツル:未だに熱の宿る目で、真城を見る。
真城朔:何がしか言いかけたのを、躊躇いに言い淀む。
夜高ミツル:「……真、城」
真城朔:「…………」
真城朔:繋いだ手をするりと解いて、立ち上がる。
夜高ミツル:ほどかれたその手を掴む。
夜高ミツル:「……真城!」
真城朔:「っ」
真城朔:ミツルを振り返って、首を振る。
真城朔:「ちが、くて」
真城朔:「ただの」
真城朔:「ただ」
夜高ミツル:「え」
真城朔:「…………」
真城朔:「……風呂…………」
夜高ミツル:「……あ」
夜高ミツル:手を緩める。
夜高ミツル:「…………ごめん」
真城朔:またすり抜けて、ふらふらとバスルームに向かう。
真城朔:ミツルを振り返って
真城朔:首を振って、
真城朔:「……俺が」
真城朔:「悪いから……」
真城朔:消え入るような声で言い残して、バスルームに消える。
夜高ミツル:「違う……」
夜高ミツル:そうこぼして、
夜高ミツル:またやってしまった……と呻く。
真城朔:やがてシャワーの水音が聞こえてくる。
夜高ミツル:「…………」
夜高ミツル:それを聞きながら、ミツルもベッドから降りて
夜高ミツル:トイレへと向かう。
夜高ミツル:溜まった熱を吐き出すために。
真城朔:出しっぱなしにしているのか、シャワーの音が途切れることはない。
夜高ミツル:……扉を閉めても、その向こうにかすかにシャワーの音が聞こえている。
真城朔:その水音、真城の身体を叩き、床を叩く音に紛れて、
真城朔:微かに声が、耳に届く。
夜高ミツル:「──……っ!」
夜高ミツル:落ち着きかけていた熱が
夜高ミツル:それで、一気に昂る。
真城朔:『――ミツ』
真城朔:『あ』
夜高ミツル:その声が、
真城朔:『……っ』
夜高ミツル:先程の、自分の腕の中で
夜高ミツル:身体を震わせて果てた、その顔が
真城朔:『ん、うぅ』
夜高ミツル:どんどんと熱を高めていく。
真城朔:『はあ、は、……っ』
夜高ミツル:「……っ、」
真城朔:『……み、つ』
夜高ミツル:「……ま、しろ」
夜高ミツル:「真城」
夜高ミツル:「真城……っ!」
真城朔:『ミツ、みつ、――ッ』
真城朔:浴室に反響する、甘く蕩けた声。
夜高ミツル:その声を聞くだけで、ぞくぞくと震えが走る。
真城朔:シャワーの水音に紛れて、
真城朔:『ミツ』
真城朔:求めて名を呼ぶ、真城の声。
夜高ミツル:もし、自分の目の前で
夜高ミツル:自分の手で、
夜高ミツル:その声を、上げさせられたら。
夜高ミツル:そう思うと、痛いほどに熱が高まる。
夜高ミツル:一度果てても、そのまま手の動きが止まることはなく。
夜高ミツル:「真城、真城、ましろ……っ」
夜高ミツル:際限なく、今は目の前にいない相手を求める。
夜高ミツル:何度も、何度も。
夜高ミツル:その名を呼んで。
夜高ミツル:呼ばれる声に、思考をかき乱されて。
夜高ミツル:上気した頬を、濡れた瞳を、吐息を漏らす唇を思い浮かべて。
真城朔:耳を澄ませば水音の間に声は絶え間なく、
真城朔:頻りに名を呼ぶたびに、その声音は色めいて乱れゆく。
夜高ミツル:呼ばれる度に、応えるように自分もその名前を口にして
夜高ミツル:そうする度に、際限なく高まっていく。
夜高ミツル:高まって、吐き出して。
夜高ミツル:それでも、なお続く声にまた熱を煽られる。
夜高ミツル:一度は落ち着いて、トイレを出たものの。
夜高ミツル:ベッドに腰掛けている内に
夜高ミツル:先程よりも近くで聞こえ続ける真城の声に、
夜高ミツル:また、衝動を煽られて。
夜高ミツル:……そうして、結局。
夜高ミツル:浴室から漏れる声が止まるまで。
夜高ミツル:ミツルの熱が落ち着くことはなかった。
真城朔:ミツルが事を済ませてトイレから出ると、
真城朔:ベッドの上に戻ってぼんやり横たわっている。
真城朔:頭にバスタオルを被って、うつ伏せて、
真城朔:濡れた足跡がカーペットに残っている。
夜高ミツル:「…………」
夜高ミツル:気まずい。気恥ずかしい。
真城朔:ほかほかでぼんやりしている。
夜高ミツル:ながらも、真城の横たわるベッドに歩いていって。
真城朔:「…………」
夜高ミツル:真城の隣に、腰を下ろす。
真城朔:言葉もなく枕を取って、抱きしめる。
真城朔:顔を埋める。
真城朔:夜明け前。深夜と早朝のあわい。
夜高ミツル:真城の頭に乗っているバスタオルで、髪を拭いてやる。
夜高ミツル:同じく、言葉のないままに。
真城朔:僅かに身体の筋肉が強張るが、拒まずにされるがままになっている。
真城朔:適当なタオルドライを済ませただけの髪からは雫が滲んで肌を濡らしている。
夜高ミツル:丁寧に、髪に滴る水分をタオルで拭き取っていく。
夜高ミツル:そうしながら、言葉を探している。
夜高ミツル:「…………」
真城朔:顔を俯けている。
真城朔:耳が赤い。
夜高ミツル:「……名前」
夜高ミツル:たっぷりと間を置いて、結局
真城朔:「?」
真城朔:顔を向けないまま、首を傾げる。
夜高ミツル:ぼそぼそと、タオルを動かす合間に
夜高ミツル:「声が」
真城朔:「…………」
夜高ミツル:「ずっと……」
真城朔:「っ」
真城朔:ばっとミツルを振り返る。
夜高ミツル:反射的に手を引く。
真城朔:目を見開いて、唇をはくはくと開閉させて、
真城朔:さりとて何の音も吐き出せず。
真城朔:バスタオルを引ったくって、頭から被った。
真城朔:枕に顔を埋める。
真城朔:べったりとベッドに沈む。
夜高ミツル:「……」
夜高ミツル:流石に今のは俺が悪かった気がする。
真城朔:小さく震えている。
真城朔:指先がバスタオルの端を握り締めて、皺を作る。
夜高ミツル:うつ伏せた真城に覆いかぶさるように
夜高ミツル:抱き寄せる。
真城朔:「ひ」
真城朔:「……っ」
真城朔:引きつった声とともに、背を強張らせる。
真城朔:熱い。
夜高ミツル:「……何もしないから」
夜高ミツル:引きつったのを怯えととって、そう言って
真城朔:触れた肌の熱さを誤魔化すように、枕に顔を伏せたままに呼吸を荒らげる。
真城朔:「う、……ぅ」
夜高ミツル:「……俺」
真城朔:「っ」
夜高ミツル:「嫌じゃない」
夜高ミツル:「ってか」
真城朔:「…………」
夜高ミツル:「嬉しくて」
夜高ミツル:「名前、呼ばれるの」
真城朔:息を殺そうとしては上手にできずにいる。
夜高ミツル:「聞こえて、」
夜高ミツル:「聞いて、たら」
夜高ミツル:「もっと」
夜高ミツル:「真城のこと、ほしく」
夜高ミツル:「なって……」
真城朔:ミツルの抱擁から逃れたがるように、シーツに身体を押しつけて、
真城朔:自らの身を平たく潰そうとしている。
真城朔:「……ほ、しい」
真城朔:「って」
夜高ミツル:逃げようとされた分、また強く抱き寄せる。
夜高ミツル:「……ん」
夜高ミツル:「したいって」
真城朔:「う、……」
夜高ミツル:「真城と、そういうこと」
真城朔:「…………」
夜高ミツル:「そう、思って」
夜高ミツル:「今も、思う、けど……」
真城朔:「……俺は」
真城朔:「……俺が、嫌なんだ……」
夜高ミツル:「……うん」
夜高ミツル:「嫌なら、しない」
真城朔:「嫌、だから」
真城朔:「ちがう」
真城朔:「……嫌なのは」
真城朔:「俺の」
真城朔:「俺の、ことだ……」
夜高ミツル:「……」
真城朔:沈んだ声。
夜高ミツル:「……真城の、何が?」
真城朔:「…………」
真城朔:「全部……」
真城朔:「全部、きらいだ……」
夜高ミツル:「……俺は好きだよ」
夜高ミツル:「真城が好きだ」
真城朔:「…………」
真城朔:黙り込む。
夜高ミツル:「好きだよ」
真城朔:「きらいだ……」
夜高ミツル:「前の真城も、今の真城も」
夜高ミツル:「嬉しそうな時は、俺も嬉しいし」
夜高ミツル:「落ち込んでたら、元気にしたいし」
真城朔:ぐす、と鼻を啜る音。
夜高ミツル:「幸せにしたい」
真城朔:「…………」
真城朔:「……なっちゃ」
真城朔:「だめだ」
夜高ミツル:「するよ」
真城朔:「ちがう」
真城朔:「……なりたくない……」
夜高ミツル:「……なりたくなくても」
夜高ミツル:「俺は決めてるから」
夜高ミツル:「真城とずっと一緒にいて」
夜高ミツル:「それで、幸せにするって」
真城朔:ぐすぐすと泣いている。
夜高ミツル:「……だから、別に」
夜高ミツル:「するとかしないとかも、俺は」
夜高ミツル:「真城が嫌なら、しないでよくて」
夜高ミツル:「真城といれるのが一番だから」
夜高ミツル:「……そりゃ、できたら嬉しいけど」
真城朔:「……ひ」
真城朔:「う」
真城朔:「うう……」
夜高ミツル:「だから、待つし」
夜高ミツル:「待った結果が駄目なら」
夜高ミツル:「まあその時はその時で……」
真城朔:「いやなんだ……」
夜高ミツル:「……うん」
真城朔:「きもちわるい」
夜高ミツル:「でも、俺は真城がほしくて」
夜高ミツル:「真城だけが、ほしくて」
夜高ミツル:「真城じゃないと、駄目で」
夜高ミツル:「……それだけ」
夜高ミツル:「それだけ、分かっててくれ」
真城朔:「……きたない……」
真城朔:「…………」
夜高ミツル:「……そんなことない」
夜高ミツル:回した腕に、力が篭もる。
真城朔:「だれでも、……っ」
真城朔:込められた力に息を詰めて、
真城朔:ますます身を縮めながら、泣き声を漏らす。
真城朔:「だれでも、いいくせに……」
真城朔:「こんなの……」
真城朔:「ミツを、巻き込んで」
真城朔:「そんな」
真城朔:「ちがう」
夜高ミツル:「巻き込まれてとかじゃない」
真城朔:「だめ、で」
真城朔:「…………」
真城朔:「……汚いんだよ……」
夜高ミツル:「……真城が、そう思ってても」
夜高ミツル:「俺は、お前が」
夜高ミツル:「真城がいいんだ」
真城朔:「しらないからだ」
真城朔:「しらないから……」
真城朔:「俺が」
真城朔:「どれだけ」
真城朔:「…………っ」
夜高ミツル:「……うん」
夜高ミツル:「俺は、お前のこと知らない」
夜高ミツル:「少しは、知ってるけど」
真城朔:声を殺して泣いている。
夜高ミツル:「少しだけで……」
夜高ミツル:「……」
夜高ミツル:「もっと、知りたいな……」
夜高ミツル:こぼすように呟く。
夜高ミツル:「真城のこと」
真城朔:「…………」
夜高ミツル:「何をしてほしくて」
夜高ミツル:「何が嫌で」
夜高ミツル:「何が嬉しくて」
夜高ミツル:「……知りたい」
真城朔:「…………」
真城朔:「……そんなん」
真城朔:「知ったところで……」
夜高ミツル:「されたいこととか、嬉しいこととか」
夜高ミツル:「分かれたら、したいし」
夜高ミツル:「嫌なことは、できるだけしたくないし」
真城朔:「……叶えてくれないくせに……」
真城朔:もごもごと恨めしげにこぼす。
夜高ミツル:「……うん」
夜高ミツル:「叶えてやれないから」
夜高ミツル:「それ以外は」
夜高ミツル:「できることは、なんでもしたい」
真城朔:「……叶えて」
真城朔:「ほしいよ」
真城朔:「放して」
真城朔:「忘れて」
夜高ミツル:「……できない」
夜高ミツル:「むり」
真城朔:「遠くで……」
真城朔:「それ以外」
真城朔:「俺は、何も」
真城朔:「…………」
真城朔:「なにも……」
真城朔:消え入るような掠れ声。
真城朔:「なにも、のぞまないから……」
夜高ミツル:「離れるのは、むり」
夜高ミツル:「無理、だから」
夜高ミツル:「……」
夜高ミツル:「望んで、ほしい」
真城朔:「俺、だって」
真城朔:「無理なんだ」
真城朔:「むりだ……」
真城朔:嗚咽混じりに訴える。
夜高ミツル:「……望まないなら」
夜高ミツル:「勝手にする」
真城朔:「…………」
夜高ミツル:「真城が喜ぶだろうなとか」
夜高ミツル:「嬉しいかなとか」
夜高ミツル:「そういうの」
夜高ミツル:「俺は、勝手にするから」
真城朔:「…………」
真城朔:「もったいない……」
夜高ミツル:「なくない」
真城朔:「俺なんかに」
夜高ミツル:「真城だからだ」
真城朔:「いみがない……」
夜高ミツル:「ある」
真城朔:「…………」
夜高ミツル:「意味も、価値も、理由もある」
夜高ミツル:「真城だから」
夜高ミツル:「俺が真城に、そうしたいから」
真城朔:「……そうして」
真城朔:「そうやって」
真城朔:「そういう、優しいのが」
真城朔:「俺にとっては」
夜高ミツル:「……うん」
真城朔:「餌でしか、なかったんだよ……」
夜高ミツル:「……」
真城朔:「優しいひとを」
真城朔:「ずっと、踏み台にしてきた……」
真城朔:「ずっと」
真城朔:「ずっと」
真城朔:「ずっと」
真城朔:「ずっと、ずっと」
真城朔:「ずっとずっとずっと」
真城朔:「ずっと、……」
真城朔:「ずっと」
夜高ミツル:「……うん」
真城朔:「ずっと」
真城朔:「ずっと、だ」
真城朔:「……俺は」
夜高ミツル:「うん……」
真城朔:「もう、十分」
真城朔:「そういう優しさを、消費、してきたから」
真城朔:「これ以上は」
真城朔:「だめなんだ」
夜高ミツル:「……俺が、勝手にするだけだよ」
真城朔:「受け取れないんだ……」
夜高ミツル:「それでもいい」
夜高ミツル:「受け取れなくても」
夜高ミツル:「受け止められなくても」
夜高ミツル:「俺は、そうして」
夜高ミツル:「それで」
夜高ミツル:「いつか、真城が、受け取ってもいいって」
夜高ミツル:「思ってくれたら、その時」
夜高ミツル:「そうしてくれたら、いい」
真城朔:「思えない」
真城朔:「思えるはずが、ない……」
夜高ミツル:「……待つよ、それも」
真城朔:「誰かのためなんて」
真城朔:「そういう理由で」
夜高ミツル:「ずっと、待つから」
真城朔:「そういう、優しいやつを、俺は」
真城朔:「俺は」
真城朔:「ずっと」
真城朔:「ずっと……」
真城朔:「そんなの」
夜高ミツル:「……うん」
真城朔:「そんな、やつらが」
真城朔:「誰かを殺したいはず」
真城朔:「ない、のに」
真城朔:「俺は、それを歪めて」
真城朔:「利用して」
真城朔:「都合、いいようにして」
真城朔:「それで」
真城朔:「……最後は、使い捨て」
夜高ミツル:「……」
夜高ミツル:「……うん」
真城朔:「モンスターになると」
真城朔:「吸血鬼になると」
真城朔:「もう、駄目なんだ」
真城朔:「わかんなくなるんだ」
真城朔:「全部」
真城朔:「何もかも」
真城朔:「目に入るものを」
真城朔:「したいように」
真城朔:「自分の、欲望のために」
夜高ミツル:「真城」
真城朔:「踏みにじって、使うことしか」
真城朔:「考えられなくなる」
夜高ミツル:真城を更に強く抱き寄せる。
夜高ミツル:「真城」
真城朔:「俺は、それを知って」
真城朔:「……っ」
夜高ミツル:「ひどいと思う」
夜高ミツル:「お前の、してきたこと」
夜高ミツル:「それでも」
夜高ミツル:「それでもさ」
夜高ミツル:「それ、聞いても」
夜高ミツル:「俺の気持ちは変わんない」
真城朔:「…………」
夜高ミツル:「変わんない、から」
真城朔:「……家族が」
真城朔:「ミツの」
真城朔:「家族が、殺された時」
真城朔:「どうだったんだよ……」
夜高ミツル:「……」
夜高ミツル:「……俺、は」
夜高ミツル:「……最初は、なんも、わかんなくて」
真城朔:「…………」
夜高ミツル:「分かんなくて、全部、突然で」
夜高ミツル:「夢なんじゃないかって」
夜高ミツル:「分かんない内に大人の人が来て、」
夜高ミツル:「色々、聞かれたり」
夜高ミツル:「話して、そうしてる間に」
夜高ミツル:「死んだんだって、やっと、分かって……」
夜高ミツル:「それで、悲しくて」
夜高ミツル:「つらくて」
真城朔:「……ん」
夜高ミツル:「寂し、かった……」
真城朔:「…………」
真城朔:「……そういう思いを」
真城朔:「俺は、何人」
真城朔:「何百人、何千人、……で、済むか」
真城朔:「俺は」
夜高ミツル:「……う、ん」
真城朔:「……忽亡さんが言った通り」
真城朔:「正しい規模だって、ちゃんと把握できてない……」
真城朔:「どれだけ人が死んで」
真城朔:「どれだけの人が悲しんで」
真城朔:「苦しんで」
真城朔:「それも」
真城朔:「俺は、ちゃんとは」
真城朔:「わかって、な、くて」
真城朔:「…………」
夜高ミツル:「…………」
真城朔:「……最低なんだよ……」
夜高ミツル:「……それでも」
夜高ミツル:「酷くても、最低でも」
夜高ミツル:「俺は、真城が好きで」
真城朔:「…………」
夜高ミツル:「真城しか、いなくて」
夜高ミツル:「だから、離せない、し」
夜高ミツル:「お前がどれだけ」
夜高ミツル:「駄目だって」
夜高ミツル:「許されないって言っても」
夜高ミツル:「何も、諦められない」
真城朔:「……駄目なんだよ……」
真城朔:「誰かといるのも」
真城朔:「優しくされる、のも」
夜高ミツル:「駄目でも」
夜高ミツル:「一緒にいるし」
夜高ミツル:「優しくする」
真城朔:「…………」
真城朔:「……苦しい」
真城朔:「んだ……」
夜高ミツル:「……うん」
真城朔:「苦しい」
真城朔:「いやだ」
夜高ミツル:「……それでも」
真城朔:「こわい」
夜高ミツル:「俺は、そうするよ……」
真城朔:「こわい……」
真城朔:肩を震わせる。
夜高ミツル:震える肩に、手を回す。
真城朔:「い」
夜高ミツル:真城の背中に、ぴったりと寄り添って。
夜高ミツル:熱を分け合う。
真城朔:「……っ」
真城朔:呼吸に上下する背に熱が重なる。
夜高ミツル:「一緒にいる」
真城朔:「だめだ」
夜高ミツル:「幸せにする」
真城朔:「だめだ……」
真城朔:「俺に」
夜高ミツル:「駄目でも」
真城朔:「俺、は」
夜高ミツル:「どんだけ嫌がられても」
真城朔:「俺を」
真城朔:「……っ」
真城朔:「いやだ……」
真城朔:「もう」
真城朔:「いやなんだ」
真城朔:「いやだ」
夜高ミツル:「うん……」
真城朔:「いやだ……」
夜高ミツル:「それでも、」
夜高ミツル:「それでも、だ」
夜高ミツル:「俺、しつこいんだよ」
真城朔:「やだ……」
夜高ミツル:「決めたら、諦められない」
夜高ミツル:「知ってるだろ」
真城朔:「…………」
夜高ミツル:「これから先、何回」
夜高ミツル:「嫌だって」
夜高ミツル:「無理だって」
夜高ミツル:「放してって」
夜高ミツル:「そう、言われても」
夜高ミツル:「俺は、諦めないから」
真城朔:「…………」
真城朔:「……お、まえと」
夜高ミツル:「……ん」
真城朔:躊躇いに呼吸を繰り返しながら、
真城朔:ひどくか細い声音で。
真城朔:「いっしょに、いるのが」
真城朔:「くるしい」
真城朔:「……って」
夜高ミツル:「……」
真城朔:「いっても」
真城朔:「…………」
夜高ミツル:「……言われても」
真城朔:「……つらい」
夜高ミツル:「……うん」
真城朔:「こわい……」
夜高ミツル:「うん」
真城朔:「ミツと」
真城朔:「ミツと、いると」
真城朔:「いやなこと」
真城朔:「いっぱい」
真城朔:「考える……」
夜高ミツル:「……」
真城朔:「自分が嫌になって」
真城朔:「ミツは」
真城朔:「ミツは、俺みたいなのと、違うのに」
真城朔:「何食わぬ顔で」
真城朔:「そんなの」
真城朔:「駄目だって」
真城朔:「今だって」
夜高ミツル:「それでも」
真城朔:「こうして、さわって……」
夜高ミツル:「俺は、お前のこと手放せない」
真城朔:「それが」
真城朔:「その、せ、いで、………」
真城朔:「…………」
真城朔:「……俺のせいなのに……」
夜高ミツル:「……俺は、俺のしたいことしか」
夜高ミツル:「それだけしか、してない」
真城朔:「……俺のせいで」
真城朔:「俺の面倒に」
真城朔:「つきあわせてる……」
夜高ミツル:「したくてやってる」
夜高ミツル:「俺が選んで、決めたことだ」
真城朔:「俺が」
真城朔:「いなければ」
真城朔:「ちゃんと…………」
真城朔:ちゃんと、と、
真城朔:その続きを吐けずに声を萎ませる。
夜高ミツル:「真城といるのが、俺の一番だ」
夜高ミツル:「それでいい」
夜高ミツル:「それが、いい」
真城朔:「……まちがってる……」
夜高ミツル:「間違いでも」
夜高ミツル:「俺には、そうじゃない」
真城朔:「まちがってるよ……」
真城朔:「俺は」
真城朔:「俺にとっては、そうだ……」
夜高ミツル:「……そうかもな」
夜高ミツル:「でも、俺はこうしたかったから」
夜高ミツル:「だから、これでいいんだよ」
真城朔:「俺はよくない……」
夜高ミツル:「何にも、後悔してない」
真城朔:「俺は」
真城朔:「後悔しか、……」
真城朔:「…………」
真城朔:「だから」
夜高ミツル:「……うん」
真城朔:「つりあわない……」
夜高ミツル:「だから」
夜高ミツル:「つり合うとか、合わないとか」
夜高ミツル:「そんなん、ないんだって」
夜高ミツル:「俺が、お前じゃないと駄目なんだから」
真城朔:「ある……」
夜高ミツル:「ない」
真城朔:「あるよ……」
夜高ミツル:「俺にはお前だけで」
夜高ミツル:「真城しかほしくなくて」
夜高ミツル:「だから、ない」
真城朔:「…………」
真城朔:「……そんなに」
真城朔:「望まれるような」
真城朔:「価値が」
真城朔:「俺には……」
夜高ミツル:「ある」
夜高ミツル:「あるったらある」
夜高ミツル:「何回でも言うからな!」
真城朔:「…………」
真城朔:「……最低なんだよ……」
真城朔:「なんで」
真城朔:「責めてくれないんだ」
夜高ミツル:「……」
夜高ミツル:「したくない」
夜高ミツル:「理由がない」
夜高ミツル:「俺には」
真城朔:「あるだろ……」
真城朔:「誰にでも」
真城朔:「あるんだよ」
夜高ミツル:「……責めるために、」
夜高ミツル:「そうするために、お前が死ぬのを止めたんじゃない」
真城朔:「…………」
夜高ミツル:「……真城」
夜高ミツル:身体を浮かせて、真城の肩に手を回し
真城朔:「っ」
夜高ミツル:うつ伏せた真城の顔をこちらへ向けようと。
夜高ミツル:「真城」
真城朔:ぐちゃぐちゃに泣き濡れた顔を伏せる。
真城朔:手のひらでそれを隠そうとする。
夜高ミツル:手を掴んでそれを制する。
夜高ミツル:「真城、俺は」
夜高ミツル:「お前が最低でも」
真城朔:「っ」
夜高ミツル:「何を、何回言って、」
夜高ミツル:「俺を拒否して、手放してって」
真城朔:「あ」
夜高ミツル:「いやだって言われても」
夜高ミツル:「お前のことを離さないし」
真城朔:「うう」
夜高ミツル:「離れないし」
真城朔:「……っ」
夜高ミツル:「好きで」
夜高ミツル:「幸せになってほしくて」
夜高ミツル:「したくて」
真城朔:「なれない……」
夜高ミツル:「するよ」
夜高ミツル:「お前がどんだけ嫌がっても」
真城朔:「……なれっこ、ない……」
夜高ミツル:「する」
真城朔:「愛想を」
真城朔:「愛想、尽かすなら」
真城朔:「早いほうが……」
夜高ミツル:「……ずっと、だって」
夜高ミツル:「ずっといるよ」
真城朔:ぼろぼろと頬に涙を落としながら、
夜高ミツル:「隣にいる」
真城朔:首を振る。
真城朔:「無理だ……」
夜高ミツル:「一緒に」
夜高ミツル:「ずっと、ずっと」
真城朔:「やだ……」
夜高ミツル:「嫌だって言われても」
夜高ミツル:「逃げても」
夜高ミツル:向かい合ったまま、再び抱き寄せる。
夜高ミツル:「ずっと、一緒にいるから……」
真城朔:「ひぅ、……っ」
真城朔:「っあ」
真城朔:「く」
夜高ミツル:「……好きだよ」
夜高ミツル:「真城のこと、好きだ」
真城朔:抱き寄せられて身を捩らせながら、
真城朔:「……う」
夜高ミツル:「好きだ、真城……」
夜高ミツル:答えは求めずに
真城朔:「うあ、ぁ」
夜高ミツル:ただ、それをぶつける。
真城朔:「ぁ――」
真城朔:その胸に顔を埋めて、
夜高ミツル:「お前だけだ」
夜高ミツル:「俺には、」
夜高ミツル:「真城が」
真城朔:嗚咽を漏らして震えている。
夜高ミツル:「お前がいたら、それで」
夜高ミツル:「それで、いい」
真城朔:言葉がかたちにならずに首を振っている。
夜高ミツル:震える身体を、強く抱きしめる。
夜高ミツル:「好きだ」
夜高ミツル:「ずっと、離さない」
夜高ミツル:「真城」
夜高ミツル:「真城、真城……」
真城朔:「…………っ」
夜高ミツル:離さない、それを
真城朔:答えを返せない。
夜高ミツル:身体に伝えようとばかりに
真城朔:返せないまま、拒めもせずに、
夜高ミツル:強く強く、その細い身体を抱き寄せて。
真城朔:ミツルの腕の中で泣いている。
真城朔:背を縮めて。
真城朔:薄い身体を折り畳んで、
真城朔:出来る限りに自分という存在を押し殺すように、
真城朔:自分の存在そのものを背徳として、
真城朔:ただ涙を落としている。
夜高ミツル:触れ合った箇所には熱があって、
夜高ミツル:寄せた胸のうちでは、心臓が鼓動を打って、
夜高ミツル:存在を押し殺そうとしても
夜高ミツル:触れ合った部分から、それは伝わってくる。
真城朔:それを拒むように首を振って、駄々っ子のようにミツルの胸に顔を埋める。
夜高ミツル:拒む仕草にも、腕が緩むことはない。
夜高ミツル:むしろ、一層強く抱き寄せるばかり。
真城朔:抜け出せない。
真城朔:抜け出せずにいる。
夜高ミツル:「……好きだよ」
夜高ミツル:「真城……」
真城朔:唇を噛んだ。
真城朔:返すべき言葉を噛み殺すように噛み締めて、
夜高ミツル:「……応えなくても」
夜高ミツル:「応えられなくても、それでも」
夜高ミツル:「それで、いいから」
真城朔:代わりに涙の勢いを増す。
夜高ミツル:「ただ、好きなんだ」
真城朔:「……っ」
真城朔:「ひぐ、……」
真城朔:「う」
夜高ミツル:「俺が、」
真城朔:「あ、ぁ」
夜高ミツル:「お前のこと、好きなだけだ……」
真城朔:「あ――」
真城朔:返答の代わりに嗚咽を漏らして、
真城朔:首を振るのももうできないで。
夜高ミツル:「好き」
夜高ミツル:「好きだ」
夜高ミツル:「真城」
夜高ミツル:「真城のこと、が」
夜高ミツル:「誰よりも」
夜高ミツル:「誰より、好きだよ」
夜高ミツル:腕の中に閉じ込めた真城に、
夜高ミツル:ただただ、感情を、言葉を浴びせる。
真城朔:子供のように泣きじゃくりながら、
真城朔:注がれる全てを受け入れられずに震えるばかりで、
夜高ミツル:吐息は僅かに熱を帯びて。
真城朔:耳を塞ぐことにすら思い当たらないで。
真城朔:その熱に、ちいさく身を跳ねて顔を上げる。
夜高ミツル:求める色を、切実さを滲ませながらも。
夜高ミツル:ただ、抱きしめて、
夜高ミツル:好き、と
夜高ミツル:好きだ、と
夜高ミツル:それだけ。
真城朔:身を強張らせ、呆然と見開いた目からはらはらと涙を零す。
真城朔:木偶か人形のように動けずにいる真城の、
夜高ミツル:答えを求めることすらない。
真城朔:けれど漏れる吐息は呼応するように色めいて。
真城朔:それでも、返せない。
真城朔:求められもしない。
夜高ミツル:散々欲を発散したはずのそれが、再び熱を持っていることに気づいても。
夜高ミツル:いくらでも待つと宣言した通りに。
■10/8 12:00 p.m.
真城朔:膠着状態のまま気付けば夜が明け日が昇り、真城朔:それこそ正午に差し掛かる頃になって。
真城朔:「…………ミツ」
真城朔:痺れを切らしたように、
夜高ミツル:「……ん?」
真城朔:涙に嗄れた声。
真城朔:「……シャワー……」
真城朔:「…………」
真城朔:いきたい、と、
夜高ミツル:「……ああ」
夜高ミツル:「うん」
真城朔:ぼそりと囁くような声。
夜高ミツル:言われて、ようやく
夜高ミツル:ずっと回していた腕をゆるめる。
真城朔:「…………」
真城朔:躊躇い気味に、身体を離す。
真城朔:使いかけのバスタオルを取って、よろよろとバスルームに向かうが。
夜高ミツル:ずっと寄り添っていた熱が離れると、途端に寂しさを覚える。
真城朔:途中で普通のタオルも取った。
真城朔:あとはふらふらとバスルームに消える。
夜高ミツル:それを見送った。
真城朔:しばらくしてまたシャワーの聞き慣れた音が響く。
夜高ミツル:…………。
真城朔:声は、今度は聞こえないが。
夜高ミツル:腹減ったな……、と
夜高ミツル:無理やり、思考を逸らす。
夜高ミツル:実際空腹ではある。
夜高ミツル:朝食を取りそこねたので。
夜高ミツル:のそのそとベッドを降りる。
夜高ミツル:テーブルの上、もはや見慣れたルームサービスのメニューを手にとって。
夜高ミツル:何にしようか、とぺらぺらめくっていく。
夜高ミツル:朝食を取ってないし、なんだか妙に体力を使ったしで
夜高ミツル:結構ガッツリ食べたくなって、ミックスグリルのセットを注文する。
夜高ミツル:それを待っている間に、また細々としたことを
夜高ミツル:部屋の外に置いてあった新しいタオルを取ってきたり
夜高ミツル:シーツを取り替えたり、なんやかんや。
夜高ミツル:そうしている内に、ルームサービスが届く。
夜高ミツル:いつものテーブルの上にそれを置いて
夜高ミツル:真城もそろそろ出てくる頃だろうか、と様子を伺う。
夜高ミツル:ちょっと待ってみたりするが
夜高ミツル:水の音はその間も途切れることなく。
真城朔:一向に出てくる様子がない。
夜高ミツル:「…………」
夜高ミツル:これは、
夜高ミツル:どうなんだろう。
夜高ミツル:”そういう”ことなのか、
夜高ミツル:そうでない、倒れてるとか……なんか……。
夜高ミツル:「…………」
夜高ミツル:少しの間悩んで、結局
夜高ミツル:シャワールームの方に向かっていって
夜高ミツル:「……真城?」
夜高ミツル:「……シャワー、長いけど」
夜高ミツル:「あの、大丈夫か……?」
夜高ミツル:おずおずと声をかけた。
真城朔:『ん――』
真城朔:水音の間に、
真城朔:鼻にかかったような声が、微かに。
夜高ミツル:「…………」
真城朔:『ん、……んっ』
真城朔:『う』
夜高ミツル:「……大丈夫そうだな!」
夜高ミツル:早口。
真城朔:『ん、っく』
夜高ミツル:足早にその場を離れる。
真城朔:くぐもった声はシャワーの音に紛れ、耳を澄ましでもしなければ聞こえない。
夜高ミツル:飯を、食べよう。
夜高ミツル:冷めるし!
夜高ミツル:冷めるし、冷める前に、ちゃんと
夜高ミツル:食べないと、そう
夜高ミツル:なんか、失礼だから。
夜高ミツル:思考能力が低下している。
夜高ミツル:低下していても食事はできた。
夜高ミツル:おいしいな……と解像度の低すぎる感想を抱きながら
夜高ミツル:しっかりと完食して、手を合わせる。
夜高ミツル:食べ終わってしまうと、もはや思考を逸らす先がなく。
夜高ミツル:先程の、
夜高ミツル:水音の合間。
夜高ミツル:微かに聞こえた、声が
夜高ミツル:思い出されて、しまい。
真城朔:といったところで、シャワーの音が止まる。
夜高ミツル:「!」
夜高ミツル:謎に焦ってしまった。
真城朔:ややあってバスルームの扉が開き
真城朔:頬を上気させた真城がふらふらと出てくる。
夜高ミツル:「…………」
真城朔:湿気たバスタオルを頭に被って、手にはタオルを持っているが。
真城朔:なんとなく後ろめたそうにそのタオルをくちゃくちゃに握っている。
夜高ミツル:それを、呆けたように見つめて。
真城朔:ふらふらとベッドに戻って、腰を落とす。
夜高ミツル:「…………あ」
夜高ミツル:「あー」
真城朔:ぼうっとしている。
夜高ミツル:「髪」
夜高ミツル:「ドライヤー……」
夜高ミツル:「するか……?」
真城朔:ミツルの声に、ぼんやりと視線を向ける。
真城朔:その瞳もとろとろと潤んでいるが。
真城朔:「………」
真城朔:小さく頷いた。
夜高ミツル:「……ん」
真城朔:頷いたはいいが、座ったままでいる。
夜高ミツル:ドライヤーのコンセントを抜いて、ベッドの方に向かい
夜高ミツル:枕元にそれを差しなおす。
真城朔:絞ってくちゃくちゃになったタオルをあらためて、ため息を付いている。
夜高ミツル:ベッドに上がって、真城の後ろに位置取る。
真城朔:穴が空いている。
真城朔:タオルに。
夜高ミツル:「…………」
夜高ミツル:「……えーと、」
夜高ミツル:「じゃあ……」
夜高ミツル:「やるぞ」
真城朔:力任せに引き裂いてしまったような穴。
夜高ミツル:言って、ドライヤーのスイッチを入れる。
真城朔:ミツルの声に、また頷く。
夜高ミツル:唸りをあげるドライヤーを、真城の頭に向ける。
真城朔:後ろから見ると、耳の赤いのがやたらに目につく。
夜高ミツル:結局未だに勝手の分からないまま、空いている方の手を真城の頭に当てて
夜高ミツル:湿った髪に指を通しながら、温風を当てていく。
真城朔:地肌に触れられるたびに、かすかに背を震わせる。
夜高ミツル:頭の上から、首筋に張り付く毛先までを指で追って。
夜高ミツル:時には、赤く色づく耳を掠め。
真城朔:「っん」
真城朔:肩が跳ねる。
夜高ミツル:「…………」
真城朔:俯いている。
真城朔:ナイトウェアの下で太腿を擦り寄せる。
夜高ミツル:髪を手にとって、風にさらさらとなびかせて。
夜高ミツル:指を通して、かきあげて
夜高ミツル:内心は、ともかくとして
真城朔:些細な接触に、確かな反応が起こるのを、
夜高ミツル:表面上は、淡々と
夜高ミツル:その作業を進めていく。
真城朔:辛うじて押し込めようとして、叶わずにいる。
真城朔:穴の空いたタオルを握り締めた。
夜高ミツル:手早く終わらせた方がいいだろうと
夜高ミツル:そう思うのに反して、水分をたっぷりと纏った髪はなかなか乾かず。
夜高ミツル:結局、前回よりもいくらか時間をかけて、
夜高ミツル:乾いたのを確認して、ドライヤーを止めた。
真城朔:「……っ」
真城朔:「はあ、……」
真城朔:息をついて、密かに脱力する。
夜高ミツル:「……ちゃんと、拭いておかないと」
真城朔:項垂れると乾いた癖のない髪がさらりと落ちる。
夜高ミツル:「大変だな……」
真城朔:「…………」
夜高ミツル:「結構……」
真城朔:黙り込んでいる。
夜高ミツル:「…………」
真城朔:俯いて。
真城朔:きゅ、と濡れたタオルを握る指に力を込めながら、
真城朔:「…………」
真城朔:「……ミツ」
夜高ミツル:ドライヤーをサイドボードに置いて、真城の隣に移動する。
夜高ミツル:腰を下ろして
夜高ミツル:「ん?」
真城朔:「…………」
真城朔:ちょっと腰が引けた。
真城朔:「……ありがと……」
真城朔:引けつつも言う。
夜高ミツル:「……ん」
真城朔:視線を落としている。
夜高ミツル:今しがた乾かした頭に手を乗せる
夜高ミツル:そうして、成果を確かめるようにわしゃわしゃと撫でる。
真城朔:「ひゃ」
真城朔:「ぅ」
真城朔:びくっと首を竦めた。
夜高ミツル:撫で回して乱れたのを、今度は手で整える。
真城朔:「…………っ」
真城朔:息を殺して、なすがままにされている。
夜高ミツル:指ですいて、流れを整えて
真城朔:脚が揺れて、爪先にきゅっと力が入って、
真城朔:指が丸まる。
夜高ミツル:癖のない黒髪の、サラサラとした手触りを感じる。
真城朔:「っ」
真城朔:「み」
夜高ミツル:「……いやだったら」
真城朔:「ミツ、……っ」
夜高ミツル:「こういうの」
夜高ミツル:「しない、けど」
真城朔:「…………」
真城朔:口火を切りかけた機先を制されて、
夜高ミツル:髪に指を通しながら、ぼそぼそと。
真城朔:惑ったように視線を彷徨わせる。
真城朔:「…………」
真城朔:「……い」
真城朔:「やじゃ」
真城朔:「なく、……」
真城朔:「…………」
夜高ミツル:「……ん」
夜高ミツル:「じゃあ」
夜高ミツル:「やめない」
真城朔:「…………」
真城朔:困ったように眉を下げた。
夜高ミツル:肩を寄せて
夜高ミツル:慈しむ手付きで、頭を撫でる。
真城朔:「…………っ」
夜高ミツル:何度も、何度も。
真城朔:抗えずに身を預けて頭を撫でられているが、
真城朔:全身は硬く強張っている。
夜高ミツル:掌で、指先で、頭を撫でて、髪に触れて。
真城朔:乱れかけた呼気を喉の奥に呑み込んで、掻き消す。
真城朔:不自然な仕草に背が丸まった。
夜高ミツル:「…………」
夜高ミツル:昼だし、真城も元気になってきたし、
夜高ミツル:今日はホテルを出てみようか、とか
夜高ミツル:ちょっと
夜高ミツル:ほんのちょっとは、思ってたんだけど。
真城朔:居心地が悪そうに身体を強張らせている。
夜高ミツル:その姿を見ていると、もう
夜高ミツル:この距離から、離れる気にはなれず。
真城朔:目の端に涙を滲ませて、頬をつうと転がり落ちる。
夜高ミツル:頭を撫でていた手が下に降りて
夜高ミツル:肩へと回り
夜高ミツル:そのまま肩を掴んで、自分の方へ引き寄せる。
真城朔:「っ」
真城朔:涙が散る。
夜高ミツル:反対の手も回して、胸元で真城を抱きとめる。
真城朔:「…………」
真城朔:首を縮めて、身を竦めている。
真城朔:高い熱が、ミツルの腕の中で燻っている。
夜高ミツル:掌が、真城の背中を撫でる。
夜高ミツル:子供をあやすような仕草。
真城朔:「は、……っ」
真城朔:ぞくりと背が震えて、自分のナイトウェアの裾を掴む。
夜高ミツル:上から下へと掌が滑って、
夜高ミツル:また上に戻って、それを繰り返す。
真城朔:「ふぁ」
真城朔:「んっく、ん……っ」
夜高ミツル:こんな、
夜高ミツル:手を出さないって言って、それで
夜高ミツル:それなのに、こんな、これは
夜高ミツル:よくない、のでは。
真城朔:触れられるたびぞくぞくと身を震わせている。
夜高ミツル:そう、思いながらも、
夜高ミツル:真城を、離すことができないでいる。
真城朔:「はっ、は」
真城朔:「ぁん」
真城朔:「……っ、ん」
夜高ミツル:駄目だ。
真城朔:思い出したように手に握り締めていたタオルを口にやって、
夜高ミツル:これ以上は、こんなのは。
真城朔:それを噛んで俯く。
夜高ミツル:「…………」
夜高ミツル:その様子に、手が止まる。
真城朔:ふうふうと荒い息が口の端から漏れている。
真城朔:止まった手に、
真城朔:ちらと顔をあげてミツルを窺い見て、
夜高ミツル:「……いや、なら」
真城朔:情欲に蕩けた瞳と目が合った。
夜高ミツル:「言って、くれ」
夜高ミツル:「お前が嫌なら、」
真城朔:「…………」
夜高ミツル:「嫌だったら、我慢できる」
夜高ミツル:「け、ど」
真城朔:肩で息をしている。
夜高ミツル:「そう、じゃ」
夜高ミツル:「ない、なら……」
真城朔:噛み締めたタオルからゆっくりと口を離すと、
真城朔:染み込んでいた唾液が唇との間に糸を引いて、
真城朔:やがて重力に従って切れる。
夜高ミツル:「…………」
真城朔:「……俺」
真城朔:「俺は」
真城朔:「俺が」
真城朔:唾液に艶を彩った薄い唇が逡巡に開いて、
真城朔:閉じて、
夜高ミツル:「……」
夜高ミツル:手の止まったまま、言葉の先を待つ。
真城朔:吐息とともに、
真城朔:「俺が、いやなんだ……」
真城朔:同じことを、繰り返す。
真城朔:手のひらで顔を覆った。
夜高ミツル:「…………」
真城朔:「……こんな」
真城朔:「こんなに」
真城朔:「こんな、簡単に」
真城朔:「いやだ…………」
真城朔:声に涙が混じる。
夜高ミツル:「……ごめん」
夜高ミツル:「急かした」
夜高ミツル:「待つって、言ったのに」
真城朔:隠し切れない頬を濡らして、涙が転がり落ちる。
真城朔:「……気持ち悪い」
真城朔:「気持ち悪い」
真城朔:「気持ち、悪い……」
夜高ミツル:手の動きは止まったままに
夜高ミツル:それでも、真城の身体を抱き寄せている。
真城朔:涙に呼吸の乱れて喉が鳴るのを、皮膚で感じられる距離。
真城朔:「ミツじゃ」
真城朔:「なくても、いいんだ」
真城朔:「誰でも……」
真城朔:「誰でも」
真城朔:「俺は」
夜高ミツル:「……ん」
夜高ミツル:「それでも」
真城朔:「こう、だから……」
夜高ミツル:「俺は、お前がいい」
夜高ミツル:「お前じゃないと」
夜高ミツル:「いやだ」
真城朔:「汚い……」
夜高ミツル:「好きだよ……」
真城朔:「汚い」
真城朔:「いやだ……」
夜高ミツル:「お前が、好きだ」
夜高ミツル:「真城が、真城のこといやでも」
夜高ミツル:「俺は、真城がよくて」
夜高ミツル:「真城じゃないと、だめで」
夜高ミツル:「だから……」
真城朔:「…………」
夜高ミツル:「真城、」
夜高ミツル:「好き、だ」
真城朔:顔を覆って泣いている。
真城朔:駄々をこねるように首を振る。
真城朔:しゃくりあげるような音を鳴らしては、全身を震わせている。
真城朔:爪先がもどかしげにカーペットを滑って、
夜高ミツル:その震える身体に寄り添って。
真城朔:折りたたまれた脚がベッドの端に当たる。
夜高ミツル:ただ、抱き寄せている。
真城朔:深く息を吸おうとしては半ばで引き攣れて、うまくいかない。
真城朔:それが、でも、長く苦労をして、
真城朔:長い時間をかけて、どうにか少しずつ落ち着いて、
真城朔:それでも涙ばかりはやまずにいる。
夜高ミツル:その間も、ぽつぽつと。
夜高ミツル:好きだ、と投げかけては。
夜高ミツル:抱き寄せる腕に、僅かに力がこもって。
真城朔:呼吸が落ち着くにつれ、少しずつ身体の強張りが解けていく。
真城朔:ミツルに体重を預けられるようになって、
真城朔:涙ばかりは止まぬまま。
夜高ミツル:自身にもたれ掛かる体重と、熱を感じる。
真城朔:「…………」
真城朔:不意に湿ったバスタオルを取り上げると、自分の下に敷いた。
夜高ミツル:「……?」
真城朔:ぼうっと視線を彷徨わせている。
夜高ミツル:「真城……?」
真城朔:彷徨わせながら、今度は、
真城朔:「ミツ」
真城朔:「……手」
真城朔:ミツルの手のひらに指を這わす。
夜高ミツル:「え……」
夜高ミツル:ぞわ、と肌が粟立つ。
真城朔:その利き手をとる。
夜高ミツル:意図が掴めず、とられるままに。
真城朔:両手で触れて、
真城朔:形を確かめるように、その手のひらを指で触れ回って、
夜高ミツル:「……っ、」
夜高ミツル:「ま、しろ」
真城朔:ほうと熱っぽい息を吐いた。
真城朔:指を触れる。
真城朔:手のひらのはらを。
真城朔:手首の筋から生命線を逆にたどって、
夜高ミツル:肌が擦れ合って、びくりと震える。
夜高ミツル:「な、ん、だよ」
真城朔:親指と人差し指の間に自らの指を滑らせる。
真城朔:「……ミツの」
真城朔:「手」
夜高ミツル:「……うん」
真城朔:答えにならない答えを返す。
夜高ミツル:「手、だけど」
真城朔:指の股から人差し指の側面をなぞって、
夜高ミツル:指先が震える。
夜高ミツル:くすぐったいような、心地いいような
夜高ミツル:ぞわぞわとした感覚。
真城朔:震えた指先を指の腹であらためるように、
夜高ミツル:「手、手が」
夜高ミツル:「何」
夜高ミツル:「真城……?」
真城朔:そこから第一関節、第二関節。
真城朔:触れて。
真城朔:たどって。
夜高ミツル:戸惑いながらも、真城にされるがままに
真城朔:震える唇を開いて、
真城朔:ミツルの指を食んだ。
真城朔:「ん、…………っ」
夜高ミツル:「──……っ」
夜高ミツル:「な、」
真城朔:牙は立たない。
夜高ミツル:「あ?」
真城朔:粘膜の熱さが指に伝わる。
夜高ミツル:ぶわっと、鳥肌が立ち、
夜高ミツル:体温が一気に上がったような感覚。
真城朔:歯の固さがやわやわと指の付け根に当たって、
夜高ミツル:柔らかな口内の感触と
真城朔:指先は柔らかく滑った舌に埋まる。
真城朔:「んっ、く」
夜高ミツル:ゆるく押し当てられる、歯の感触。
真城朔:「ん」
夜高ミツル:心臓が、内側から胸を叩く。
真城朔:「む――」
真城朔:瞼を伏せて。
真城朔:滲んだ涙を頬に流して、
夜高ミツル:指先に、唾液でぬめる舌が滑る。
真城朔:舌がミツルの指を押し上げて、口蓋へと触れる。
夜高ミツル:指先が触れる。
真城朔:上顎に指が触れる。
夜高ミツル:押し上げられて、撫でるようにそこを滑って。
真城朔:真城の口腔内の凹凸が
真城朔:指先に触感として、確かに伝わる。
真城朔:止めどなく唾液が溢れて、今は呑み込みきれずに
夜高ミツル:「──う、」
夜高ミツル:何かを言おうとして、でも
真城朔:口の端から溢れて顎を伝い落ちた。
夜高ミツル:それは言葉にならずに
夜高ミツル:抵抗することもできず。
真城朔:ねだるように。
真城朔:飴玉を転がすように。
夜高ミツル:指先に伝わる感触に、意識を集中させてしまう。
真城朔:舌が再び、ミツルの指を押し上げた。
真城朔:舌ほどに柔らかくはなく、
夜高ミツル:上顎に触れた指先が
真城朔:歯のような固さとはもちろん遠い。
夜高ミツル:遠慮がちに、そこを撫ぜる。
真城朔:「――っ」
真城朔:大袈裟なまでに全身が跳ねる。
夜高ミツル:指先の動きに、真城の身体が跳ねて、それが
真城朔:きゅ、と目をきつく瞑って、ますます涙を落としながら、
夜高ミツル:欲を、かき立てる。
真城朔:同時に唇からはだらしなく涎を溢れさせて、
夜高ミツル:──もっと
夜高ミツル:もっと、もっと
真城朔:それがミツルの手の甲を伝って、腕までも汚す。
夜高ミツル:触れて、乱して
夜高ミツル:そうして
夜高ミツル:そう、して?
夜高ミツル:「──……っ!!」
夜高ミツル:手を引く。
真城朔:触れられる都度、
真城朔:肩が震えて、身を揺らしていたのが。
夜高ミツル:真城の口内から、指先を抜く。
真城朔:手を引かれて、
夜高ミツル:「これ」
真城朔:反射的な勢いに、
夜高ミツル:「これ、以上」
夜高ミツル:「だめ、だ」
夜高ミツル:「がまん」
夜高ミツル:「我慢が……」
真城朔:その摩擦に、ぞくりと全身を慄かせている。
夜高ミツル:「できなく」
真城朔:「……っは」
夜高ミツル:「……なる」
真城朔:「はっ、はっ、……はあ、っ」
真城朔:「…………」
真城朔:瞼を上げて、
夜高ミツル:「……もっ、と」
夜高ミツル:「したく、」
夜高ミツル:「なる、から」
真城朔:ゆるく開かれた唇から下を涎でてらてらと光らせながら、
夜高ミツル:顔を真っ赤にして、
真城朔:じっとミツルを見上げている。
夜高ミツル:硬くなったものでナイトウェアを押し上げながら
夜高ミツル:必死に言い募る。
夜高ミツル:これ以上は駄目だ、と自分に言い聞かせるように。
真城朔:無言のままに唇をわななかせている。
夜高ミツル:「ていうか、何を」
夜高ミツル:「なんで……」
真城朔:「…………」
真城朔:俯く。
真城朔:どこもかしこも熱くて、
真城朔:いくら息を吐いても熱が下がらないでいる。
真城朔:「……ミツだって」
夜高ミツル:口元を濡らして
夜高ミツル:熱い吐息を漏らす真城を見ていると、
真城朔:涎に濡れて光る唇を、
夜高ミツル:また、先程の感触が指先に蘇るようで。
真城朔:不満げに尖らせる。
真城朔:「触ったくせに……」
夜高ミツル:「……う」
夜高ミツル:「さわ、り」
真城朔:俯いている。
夜高ミツル:「ました……」
真城朔:俯いたまま、やや恨めしげにミツルの顔を覗い見ている。
夜高ミツル:何を言っても言い訳になりそうで、ただ肯定する。
真城朔:「…………」
真城朔:ほとんど聴き取れるか聴き取れないかの声量で
真城朔:「……もうちょっとで…………」
真城朔:ぽそりとこぼした。
夜高ミツル:「…………」
夜高ミツル:もうちょっとで、
夜高ミツル:自分の、手で。
真城朔:ベッドに敷いたバスタオルの上に所在なさげにへたりこんでいる。
夜高ミツル:自分の手で、そうさせたかった、と
夜高ミツル:欲が出る。
真城朔:涙と涎でべとべとになった頬に乱れた髪が張り付いている。
夜高ミツル:「……」
夜高ミツル:ナイトウェアの袖で
夜高ミツル:それを拭う。
真城朔:「ん、……」
真城朔:拭われて、なすがままに目を伏せた。
夜高ミツル:拭って、張り付いた髪を払って。
真城朔:「あ」
夜高ミツル:「……さっきの」
夜高ミツル:「でも、」
真城朔:「ん、……」
夜高ミツル:「続けてたら、俺」
夜高ミツル:「止まれ、ない」
真城朔:「…………」
真城朔:ゆっくりと瞼を上げて、ミツルを見て、
真城朔:大きな瞳がぱちりと瞬き。
夜高ミツル:「もっと、したいって思って」
夜高ミツル:「もっと、触って」
夜高ミツル:「それで、真城を……気持ちよく、させたくて」
真城朔:「…………」
夜高ミツル:「それで、ヤバいって」
夜高ミツル:「これ以上、したら」
夜高ミツル:「って……」
真城朔:敷いたバスタオルの端を握り締めて、
真城朔:脚の下から引っ張り出した。
真城朔:そのままミツル抱擁からもするりと抜ける。
真城朔:抜けて、ベッドに転がった。
真城朔:背を向ける。
真城朔:丸くなる。
夜高ミツル:「…………」
真城朔:布団を引っ張ってきて、ひっ被る。
真城朔:そういう生き物になった。
夜高ミツル:おずおずと、布団を被る真城に
夜高ミツル:そういう生き物になった真城の傍に這って
夜高ミツル:隣に寝転んで、腕を回す。
真城朔:回した腕が、
夜高ミツル:「…………」
真城朔:布団越しに押しのけられる気配がある。
夜高ミツル:「…………ごめんなさい」
夜高ミツル:ちょっとだけ頭が冷えてきて、
真城朔:沈黙。
夜高ミツル:なんか……すごく
夜高ミツル:ひどいことをしたのではって
夜高ミツル:気に、なってきた。
真城朔:沈黙を貫いている。
夜高ミツル:「真城~……」
真城朔:静寂。
夜高ミツル:縋っている。
真城朔:無言です。
夜高ミツル:「…………あの、」
夜高ミツル:「心の、準備を」
夜高ミツル:「させて、もらえれば」
夜高ミツル:「結構、頑張れると思うから……」
真城朔:返答なし。
夜高ミツル:「うう……」
真城朔:しじまに拗ね倒している。
真城朔:もしくは。
夜高ミツル:そういう生き物に腕を回して、顔を埋めている。
真城朔:どちらにせよいらえはなく。
真城朔:果てのない膠着状態に、今日も日は沈みゆく。
■10/9 4:00 p.m.
真城朔:そういう生き物になっています。夜高ミツル:そういう生き物にくっついて、呻いたりなどをしていた。
真城朔:こんもりと丸くなったり平たくなったりしながら、返答がない。
夜高ミツル:が、暫くしてからのそりと上体を起こして、
夜高ミツル:「……その、真城」
真城朔:「…………」
夜高ミツル:「あのー」
夜高ミツル:「俺からああいうことしておいて、」
夜高ミツル:「こう、その……」
夜高ミツル:「引いたのは、本当に、良くなくて」
夜高ミツル:「だから……」
真城朔:「…………」
夜高ミツル:「……責任を、とるので」
夜高ミツル:「触るだけ」
夜高ミツル:「それ以上のことはしない」
夜高ミツル:「真城が嫌って言ったら止める」
真城朔:しばらく沈黙を続けていたが。
真城朔:ややあって、布団がさらに平たくなった。
夜高ミツル:どういう意思表示なんだろう……。
夜高ミツル:「……これは、俺が勝手にそうしたいと思ったことだから」
夜高ミツル:「あ、でも、いやだったらいやって言ってくれたら、本当に」
夜高ミツル:「しない、ので」
夜高ミツル:「…………」
真城朔:「…………」
真城朔:「…………俺が……」くぐもった声。
真城朔:布団の中に籠もって鼻に掛かった、聞き取りづらい声。
夜高ミツル:「……ん?」
夜高ミツル:耳を傾ける。
真城朔:「俺が悪いから……」
真城朔:「俺のせい、で」
真城朔:「俺が」
夜高ミツル:「…………」
夜高ミツル:「俺が」
真城朔:「俺が、間違って、たから」
夜高ミツル:「したいから」
夜高ミツル:「俺の責任で、」
真城朔:「ちがう……」
夜高ミツル:「そうする」
真城朔:「俺が間違ってた」
真城朔:「間違って、て」
真城朔:「…………」
夜高ミツル:「……布団、剥がすぞ」
夜高ミツル:言って、布団に手を掛ける。
真城朔:内側から布団をひしっと掴む。
夜高ミツル:引っ張る。
夜高ミツル:ぐぐぐ。
真城朔:抵抗の末に敢えなく剥がされて、
真城朔:泣き濡れた瞳で怯えたようにミツルを向いて、
真城朔:顔を伏せる。
真城朔:「…………」
夜高ミツル:伏せられた顔に手を寄せて
真城朔:「っ」
夜高ミツル:そっと頬に触れる。
真城朔:顔を背けて、
夜高ミツル:涙を拭う。
夜高ミツル:「……俺が、勝手にすることだよ」
真城朔:その抵抗すら既に手遅れで。
真城朔:「……ちがう」
真城朔:「ちがう……」
真城朔:「俺が」
夜高ミツル:「だから、真城は気にしなくていい」
真城朔:「俺が、間違ってた」
真城朔:「違う」
真城朔:「ぜんぶ」
真城朔:「…………」
真城朔:「……触られたい」
真城朔:「なんて、のは」
真城朔:ごろりと転がって、ミツルに背を向ける。
真城朔:顔を枕に埋めて。
真城朔:「……うそだから……」
夜高ミツル:「……今更」
夜高ミツル:肩に手をかけて、こちらを向かせる。
真城朔:枕にしがみついて顔を隠す。
真城朔:「気の迷い……」
真城朔:「もう」
真城朔:「いや、だから」
真城朔:「……さわられたく、ない」
真城朔:「から」
夜高ミツル:「……本当に?」
真城朔:「…………」
真城朔:「……いやだよ……」
真城朔:か細い声で。
夜高ミツル:「俺に触られるの、嫌なのか?」
真城朔:枕を抱きしめる。
夜高ミツル:枕を抱きしめる手に、上から掌を重ねる。
夜高ミツル:「本当なら」
夜高ミツル:「せめて、顔見て言えよ」
真城朔:指が震えて、その手を引く。
夜高ミツル:引かれようとした手を掴む。
真城朔:掴まれる。
真城朔:背を折って枕に顔を押しつけて、首を振っている。
真城朔:「いや、だ」
真城朔:「いやだ……」
真城朔:「俺が」
真城朔:「俺がまちがってた、から」
真城朔:「ゆるして」
夜高ミツル:「……何を」
真城朔:「…………」
真城朔:「……望んだの」
真城朔:「ぜんぶ……」
夜高ミツル:「望んでいい」
真城朔:「さわられたくも、ない、から」
夜高ミツル:「ずっと、そう言ってる」
真城朔:「ちがうから……」
真城朔:「ちがう……」
真城朔:「ちがうんだ……」
夜高ミツル:「望んでほしいって」
夜高ミツル:「言ってたのに、俺が」
夜高ミツル:「……だから」
真城朔:「…………」
真城朔:「ゆるして」
真城朔:「はなして」
真城朔:「さわら、な……っ」
夜高ミツル:「許してって……」
真城朔:「さわ、らないで」
真城朔:「もう」
夜高ミツル:「……」
真城朔:掴まれた手で弱々しく抵抗しながら。
夜高ミツル:抱きしめている枕を、取り上げる。
真城朔:「――っ」
夜高ミツル:「……せめて」
夜高ミツル:「顔は見て言えって……」
真城朔:ぼろぼろと涙を零しながら、うつむく。
真城朔:「やだ」
真城朔:「やだ……っ」
真城朔:背中を丸めて泣いている。
真城朔:泣き声に紛れる吐息は依然熱く、
真城朔:それすらも押し殺そうとして叶わない。
夜高ミツル:その身体に腕を回す。
夜高ミツル:抱き寄せて
夜高ミツル:「……こうするのも」
真城朔:「や、っ」
夜高ミツル:「嫌?」
真城朔:「…………う」
真城朔:顔を伏せて縮こまる。
真城朔:「……やだ……」
夜高ミツル:抱きしめたまま、手を頭に回して
夜高ミツル:そっと、それを撫でて
夜高ミツル:「これも?」
真城朔:「…………」
真城朔:かすかに、頷く。
真城朔:閉じた瞳から涙を落としながら。
夜高ミツル:少しだけ身体を離す。
夜高ミツル:互いの顔が見える距離。
真城朔:俯いている。
夜高ミツル:そうして、手を頭から顔に這わせて
真城朔:「ひ」
夜高ミツル:掌で頬を撫でる。
真城朔:首を縮めてその手から逃れようとする。
夜高ミツル:「真城」
夜高ミツル:「俺が、そうしたいって」
夜高ミツル:「勝手に、そう思うんだ」
夜高ミツル:「だから」
夜高ミツル:「お前が望むのが間違ってるって、」
夜高ミツル:「そう思うなら」
夜高ミツル:「望まなくていい」
夜高ミツル:「……望んで、ほしいけど」
真城朔:「…………」
夜高ミツル:手が顔を撫ぜる。
真城朔:「っん」
真城朔:「……ぅう」
夜高ミツル:「……そうした方がいいと思った時は、俺は」
真城朔:「う…………」
夜高ミツル:「真城が嫌がっても」
夜高ミツル:「勝手に、する」
真城朔:瞼を上げてミツルの顔を見て、
真城朔:ますますに涙が頬を伝った。
夜高ミツル:それをまた指先で拭う。
真城朔:「…………っ」
真城朔:視線を落としている。
夜高ミツル:もう片方の手は、回したままの背中に沿わせて、
夜高ミツル:そっとなで上げる。
真城朔:「ひう、……」
真城朔:ぎくりと背が強張った。
夜高ミツル:「俺が勝手にすることだから」
真城朔:「っ」
真城朔:息を呑む。唇を噛む。
夜高ミツル:「真城は悪くないから」
真城朔:「ち、がう」
夜高ミツル:浮いた背骨をなぞるように、手を這わせる。
夜高ミツル:「違わない」
真城朔:吐き出す声に熱が籠もる。
真城朔:「ちがっ、ぁ」
夜高ミツル:「真城のせいじゃない」
真城朔:「あっ、……んく」
夜高ミツル:顔に触れる指先が下りて、顎の下をくすぐる。
真城朔:背骨の節を辿られるごとにびくびくと背が震えて、
真城朔:それを堪えるようにナイトウェアの裾を掴んでいたのが、
真城朔:皮膚を直接くすぐられて、指に力が籠もる。
真城朔:「ん――」唇を噛み締めて、ミツルの指から逃れるように顔を背けた。
夜高ミツル:顔を背けられて、今度は耳をくすぐる。
真城朔:「ふぁうッ」
夜高ミツル:耳の形を確かめるように、指先が這う。
真城朔:腰が揺れて、
真城朔:何かを拒むようにゆるゆると弱々しく首を振る。
夜高ミツル:やわやわと触れて、頬に張り付いた髪をかきあげて。
真城朔:止めどなく流れる頬が頬を濡らして、顎を伝い落ちて、滴り落ちる。
真城朔:「う」
真城朔:「う、うぅ」
真城朔:触れられる都度漏れる息の、熱が否応なしに増していく。
真城朔:頬が熱い。肌が熱い。
真城朔:触れている場所も、触れられていない場所も、
夜高ミツル:触れた箇所から、ミツルにもその熱が伝わる。
真城朔:息を吐く身体の芯までぐずぐずに熱が募っている。
真城朔:頬を濡らす涙さえ。
真城朔:この熱で炙られてしまいそうなほどに。
夜高ミツル:耳元をくすぐっていた手が再び頬に触れて
夜高ミツル:とめどなく溢れる涙を拭う。
真城朔:「……っ」
真城朔:ゆっくりと瞼を上げて、
真城朔:覗いた瞳に隠すことの叶わぬ欲がミツルを映して、
真城朔:それを恥じるように視線を落とす。
夜高ミツル:「……真城」
夜高ミツル:目が合って、思わずその名を呼ぶ。
真城朔:「…………」
真城朔:口を開きかけて、
真城朔:その名を音としてかたちづくることのできないまま、
真城朔:熱を帯びた息だけを吐いた。
夜高ミツル:涙を拭っていた手が、俯いた顔を伝って
夜高ミツル:つ、と吐息を漏らす唇を撫でる。
真城朔:「っ!」
真城朔:唇を撫ぜた指先に、吐息の濡れた熱がそのままふきかかる。
夜高ミツル:熱い。
真城朔:半開きの唇が震えて、なにかことばを探そうとして、見つけられずにいる。
夜高ミツル:「……楽に」
夜高ミツル:「したいんだ」
夜高ミツル:「きつそう、だから」
真城朔:「…………」
夜高ミツル:「……俺のせい、だし」
真城朔:切なげに眉を寄せて、
真城朔:けれど結局、また力なく首を振る。
夜高ミツル:指先が動いて、唇を撫でる。
真城朔:「だめ、っ」
夜高ミツル:「……何が」
夜高ミツル:「だめ?」
真城朔:紡ぎかけた言葉が、かすかな接触だけで遮られる。
真城朔:問い詰められて表情をさらに歪めた。
真城朔:ぼろぼろと涙を落としながら、頬を引きつらせる。
真城朔:「……よくない」
真城朔:「よくな、……い」
夜高ミツル:「……だから、何が」
真城朔:ぞわりと身を震わして、首を縮める。
真城朔:「こ、んな」
真城朔:「こんな、の」
真城朔:「おかしい……」
夜高ミツル:「……そうかも、だけど」
夜高ミツル:「俺はお前を楽にしたいし」
夜高ミツル:「さっき、ちゃんとできなかったから」
夜高ミツル:「そうしたいし」
真城朔:「ちゃ、んとって」
夜高ミツル:「……だから」
真城朔:「なにが……っ」
夜高ミツル:「え、いや……」
夜高ミツル:「もうちょっとって……」
真城朔:「…………」
夜高ミツル:「言ってたから…………」
真城朔:「……あれは」
真城朔:俯く。
真城朔:「俺が」
真城朔:「勝手に……」
夜高ミツル:「いいよ」
夜高ミツル:「それでいい」
夜高ミツル:「望んでほしいって、俺は」
夜高ミツル:「ずっと言ってるんだから」
真城朔:「よくない……」
真城朔:「望むなら」
真城朔:「のぞむ、なら」
夜高ミツル:「望むなら?」
真城朔:「俺は、……」
真城朔:「…………」
真城朔:「いまからでも……」
真城朔:か細い声で漏らす。
夜高ミツル:「……今からでも?」
夜高ミツル:「どうしたい?」
真城朔:「…………」
夜高ミツル:「真城」
夜高ミツル:「真城は、どうしたい?」
真城朔:「……かなえてくれないくせに……」
真城朔:顔を覆う。
夜高ミツル:「……まあ、内容によるけど、そこは」
夜高ミツル:「だから……」
夜高ミツル:「だから、さっきの分は、ちゃんと」
夜高ミツル:「叶えられたはずなのに、止めたから」
真城朔:「…………」
真城朔:覆った手のひらの奥で泣いている。
夜高ミツル:「良くなかった、と思って」
夜高ミツル:「できることはしたい」
夜高ミツル:「さっき、真城は望んでくれたのに」
真城朔:「のぞんでない……」
夜高ミツル:「できるはずだったのに」
真城朔:「なにも……」
夜高ミツル:「……じゃあ、なんで」
真城朔:「…………」
真城朔:「なに、が」
夜高ミツル:「……望んでないなら、なんで」
夜高ミツル:「あんな風に、」
夜高ミツル:「……指…………」
真城朔:「…………」
夜高ミツル:思い出すだけでも、顔が熱くなるのを感じる。
真城朔:「……気の迷いだ……」
真城朔:消え入るような声で答える。
夜高ミツル:「気の迷いでも」
夜高ミツル:「望みは望みだろ」
真城朔:「もう、いい」
真城朔:「もう」
真城朔:「いらないから……」
真城朔:「いらない」
真城朔:「いらないんだ……」
夜高ミツル:「……いらなくても」
夜高ミツル:「真城にしてやりたいと、」
夜高ミツル:「思ったことは、」
夜高ミツル:「勝手にする、し……」
真城朔:「…………」
夜高ミツル:勝手にする、と言いながらも
真城朔:唇を震わしている。
夜高ミツル:指先は迷うように揺れている。
真城朔:募る熱の高さに、呼吸のたびに身体が揺れる。
夜高ミツル:「……だから、真城」
夜高ミツル:「望まなくても、いいから」
真城朔:涙が頬から顎を落ちる、その感触にすら息を漏らす。
真城朔:ましてや。
真城朔:目の前の他人の熱には。
夜高ミツル:「俺が勝手にすること、だから」
真城朔:何も返せずに、ただ背を震わせた。
夜高ミツル:「……真城」
夜高ミツル:指先が、再び唇に触れる。
真城朔:「っ」
真城朔:唇が引きつる。
夜高ミツル:引きつった唇の上を這わせる。
真城朔:薄い唇を皮膚の厚い皮膚に触れられて、
真城朔:抑え切れずに息が漏れる。
夜高ミツル:柔らかな感触が、指先に伝わって。
真城朔:ぞくぞくと全身が震えている。
夜高ミツル:吐息を漏らす唇の間に、そっと指を滑らせる。
真城朔:「ふ、」
真城朔:「……んん」
真城朔:びくんと身を跳ねさせて、瞼を伏せる。
真城朔:だらりと奥から涎が溢れて、口の端に滲む。
夜高ミツル:その暖かな口の中に、指が侵入する。
真城朔:ぐずぐずに濡れている。
夜高ミツル:歯列をなぞり、
真城朔:物欲しげに溢れた唾液をもはや呑み込めずに、だらだらと顎が濡れていく。
夜高ミツル:その先へと、更に指を進める。
真城朔:「んうっ、……うぅ」
真城朔:抵抗に舌が指を押し返そうとして、
真城朔:その熱く柔らかい肉の形が歪む。
夜高ミツル:押し返そうと動く舌を、指先が撫ぜる。
真城朔:衝動を堪えるように背が丸まった。
真城朔:「ひゅぐ、……っ」
真城朔:甲高く色めいた悲鳴のような声が喉の奥で鳴る。
真城朔:ぬめりを帯びた肉が接触を恐れるように縮こまって、
夜高ミツル:柔らかな舌に触れて、滑らせる。
真城朔:そうなるともう何も指を妨げるものはなく。
真城朔:「んくっ、ん……っ」
真城朔:縮めた指を追われて触れられても、これ以上は逃げられない。
夜高ミツル:指先の向きを変えて、
真城朔:閉じた瞳からぼろぼろと涙が落ちている。
真城朔:きつく眉を寄せて。頬を上気させて。
夜高ミツル:先程促されたように、上顎へと触れさせる。
真城朔:声が裏返る。
真城朔:濡れた肉、熱を上げた口腔内、
夜高ミツル:指先が、そこを撫でる。
真城朔:上顎の独特な凹凸。
真城朔:撫ぜられるたびに嗚咽が溢れて、
夜高ミツル:舌よりも硬いそこを、指先が這う。
真城朔:それ以上にぼとぼとと唾液が垂れ落ちてナイトウェアとシーツを汚していく。
真城朔:「ふっ、う、……うぅ」
真城朔:全身をびくびくと震わせながら、最早堪えきれずに手が伸びて、
真城朔:虚空を彷徨った指先が、やがてミツルのナイトウェアの胸元を掴む。
夜高ミツル:掴まれて、目線がそちらを向く。
真城朔:全身が震えるのと同じように、指も震えている。
夜高ミツル:指先は、口の中を這わせたままに。
真城朔:「んっ、ん」
真城朔:くぐもって甘やかな、鼻にかかった声がひっきりなしに漏れている。
夜高ミツル:その姿に、声に、ミツルの熱も高まっていく。
夜高ミツル:開いた真城の唇に、中指も滑り込ませる。
夜高ミツル:人差し指と、中指。
真城朔:「んむ、――っ!?」
夜高ミツル:二本の指で、真城の口内をゆっくりと撫でる。
真城朔:びくんと身を跳ねて、目を見開く。
真城朔:胸を掴む指にも力が籠もって、
夜高ミツル:どう動かせばいいかなんて分からない。
真城朔:勢いのままミツルを引き寄せる。
夜高ミツル:「……っ!?」
真城朔:引いた腰ががくがくと震えて、
夜高ミツル:引かれるままに、真城と密着する。
真城朔:重なった熱の、鼓動が否応なしに伝わって。
真城朔:響いて、高まる。
夜高ミツル:鼓動が重なる。
真城朔:「ん、んん、う」
真城朔:「ぅ」
真城朔:「――――っ!」
夜高ミツル:指先は、緩慢に動いている。
夜高ミツル:爪が口内を傷つけることのないように。
夜高ミツル:柔らかな指の腹で、粘膜を擦る。
真城朔:その指の粘膜を撫ぜるごとに痙攣していた背が、やがて極まって。
真城朔:胸を掴む指の力の強さに、ミツルのナイトウェアのボタンが一つ外れた。
真城朔:それにも構わずに構えずに、
真城朔:大きく見開いた目からぼろぼろと涙を零して、
真城朔:ひとりでにびく、びくりと大袈裟に身体を跳ねている。
夜高ミツル:跳ねる身体を抑えるように、片腕で抱き寄せている。
真城朔:縋る指がナイトウェアの生地を握り締めて、
真城朔:その力が、不意に緩んだ。
真城朔:密着した身体がゆっくりと弛緩していく。
夜高ミツル:その様子を見て、ゆっくりと
真城朔:「ふ、……っ、う、うぅ」
真城朔:「う……っ」
夜高ミツル:口内から指先を引き抜く。
真城朔:ミツルの指をたっぷりと濡らした唾液が糸を作り、垂れ落ちた。
真城朔:半開きの唇が苦しげに熱を吐いている。
夜高ミツル:……嫌がられても、やるべきだと思ったらやる。
夜高ミツル:それはそれとして、嫌がっていることをしたい訳ではなくて。
真城朔:「はーっ、はーっ……」
夜高ミツル:嫌がっていたのにやってしまった……という気持ちはあった。
真城朔:塞がれていた口が自由になったためにか、必死に呼吸を繰り返して、
夜高ミツル:やるべきだった、ともやはり思っているのだが。
真城朔:閉じることのできずにいる唇からは今も涎が落ちて、
真城朔:折り畳まれた膝からシーツをぐちゃぐちゃに浸していた。
真城朔:呆然とした瞳でそれを見下ろしている。
夜高ミツル:口元を汚す唾液を、ナイトウェアの袖で拭う。
真城朔:「っ」
真城朔:ぞわぞわと肩を震わして、瞼を伏せる。
真城朔:滲んだ涙が弾けて散った。
真城朔:「……う」
真城朔:「うう、ぅ」
真城朔:「うう…………」
真城朔:そのまままたぞろ泣き始める。
真城朔:手のひらで顔を覆った。
夜高ミツル:「…………」
真城朔:身を屈めて泣く真城の熱はいまだ高い。
夜高ミツル:背中に、腕を回す。
真城朔:「ひ」
真城朔:緊張に背が強張った。
夜高ミツル:「……ちょっとは」
夜高ミツル:「楽に、」
夜高ミツル:「できる、かと……」
夜高ミツル:思っていたのだけど。
真城朔:「…………」
真城朔:ミツルの身体に身を委ねたまま、ほろほろと泣いている。
夜高ミツル:涙をこぼす真城を、抱き寄せている。
真城朔:泣きながらやがて小さく首を振った。
真城朔:「……俺が」
真城朔:「俺が、わるい……」
真城朔:「俺が……」
真城朔:「やだ」
真城朔:「やだ……」
夜高ミツル:「悪くない」
真城朔:「こんなの……」
夜高ミツル:「真城のせいじゃない」
夜高ミツル:「俺が、そうしたいと思って」
夜高ミツル:「そうした」
真城朔:しゃくり上げて泣きながら、まだ首を振っている。
夜高ミツル:「……真城のせいじゃないよ」
真城朔:ミツルの耳元のごく近くで駄々っ子のような舌足らずでやだ、やだと繰り返して、
真城朔:その息にすらまだ色めいた熱が残る。
夜高ミツル:「……まだ、きつい?」
真城朔:「…………っ」
真城朔:息を呑んだ。
夜高ミツル:吐息に篭もる熱に気づいて、問いかける。
真城朔:ぎくりと全身を強張らせて、ミツルから身を離す。
夜高ミツル:「……そんなに、嫌なら」
夜高ミツル:「しないから」
真城朔:「…………」
夜高ミツル:「……真城が、楽になればいいと思って」
夜高ミツル:「だから、そうじゃないなら……」
真城朔:自分の身体を抱いている。
真城朔:小さく震えながら、俯いた。
夜高ミツル:「……真城」
夜高ミツル:「俺はお前が望むことをしたいし」
夜高ミツル:「望まれなくても」
夜高ミツル:「嫌がられても、俺が」
夜高ミツル:「そうするべきだって」
夜高ミツル:「信じられることなら、する」
真城朔:何一つ返せずに縮こまっている。
夜高ミツル:「……今したことも、そうで」
夜高ミツル:「だから、そういう意味では、間違いとは思ってないんだけど……」
夜高ミツル:「でも、真城にとってよくなかったんなら」
夜高ミツル:「それはもう、したくなくて」
夜高ミツル:「だから……」
真城朔:「…………」
夜高ミツル:「……真城は、どうしたら楽になる?」
真城朔:「……う」
真城朔:「うぅ」
真城朔:へたり込んだまま内腿を擦り寄せる。
夜高ミツル:「……どうしたら、いい?」
真城朔:「…………」
真城朔:なるべく息を殺しながら、必死に呼吸を繰り返している。
真城朔:俯いたまま、
真城朔:「……わかん」
真城朔:「ない……」
真城朔:ぽそぽそと掠れ声。
夜高ミツル:「…………そう、か……」
真城朔:「わかんない……」
真城朔:「わかんないんだ……」
夜高ミツル:「うーん……」
真城朔:涙を落としながら、切々と訴えて、
真城朔:「でも」
夜高ミツル:「……ん」
真城朔:「……さわられる、と」
真城朔:「つらい……」
夜高ミツル:「……何が、つらい?」
真城朔:「…………」
真城朔:黙り込む。
夜高ミツル:「……つらいから」
夜高ミツル:「……触らないほうが、いい?」
真城朔:自らを抱く腕に力が入って、ナイトウェアの生地をくちゃくちゃに握り締める。
真城朔:「いやに、なる……」
真城朔:「……いやだ」
真城朔:「いやなんだ……」
夜高ミツル:「……何が?」
真城朔:「…………」
真城朔:「俺が……」
夜高ミツル:「どうして」
真城朔:「……変」
真城朔:「だから……」
夜高ミツル:「変って」
夜高ミツル:「どういう」
真城朔:「…………」
真城朔:口を噤む。
夜高ミツル:「……真城」
夜高ミツル:「教えて、ほしい」
真城朔:「……いわないと」
真城朔:「いわないと、だめか」
夜高ミツル:「……真城がどう思ってるのか」
夜高ミツル:「知ってないと、俺は」
夜高ミツル:「してほしいことをしてやれないし」
夜高ミツル:「本当にされたくないことを、するかもしれない」
夜高ミツル:「から、教えてほしい」
真城朔:「……いわ、なくても」
真城朔:「なにが変なのか…………」
真城朔:「そんなの……」
真城朔:消え入りそうな声で言って、
真城朔:俯いたまま涙を落とす。
夜高ミツル:「……なんとなくは、分かるけど……」
真城朔:「そんなの……」
夜高ミツル:「でも、なんとなくだし」
夜高ミツル:「違うかもしれないし……」
真城朔:「…………」
真城朔:泣いている。
真城朔:唇を引き結んで涙を落としている。
夜高ミツル:「……本当に嫌なことはしたくないから」
真城朔:自分自身を抱く腕にぎゅ、と力が籠もった。
夜高ミツル:「無理なら、言わなくていい」
真城朔:黙り込んでいる。
夜高ミツル:「……真城」
夜高ミツル:「触られるの、つらいのは」
夜高ミツル:「……分かった」
真城朔:「…………」
真城朔:小さく頷いた。
夜高ミツル:「……さっきみたいなのは」
夜高ミツル:「しない方がいい?」
真城朔:暫し沈黙を挟んでから、また同じように頷く。
夜高ミツル:「……ん」
夜高ミツル:「……あれは、じゃあ」
夜高ミツル:「ああいうのは、やめとく」
真城朔:「…………」
夜高ミツル:「……」
夜高ミツル:「……抱きしめるのは?」
真城朔:びく、と肩が震えた。
真城朔:咄嗟にミツルの顔を見てしまってから、
真城朔:また俯いて。
真城朔:「……さわられる」
真城朔:「のが……」
夜高ミツル:「……うん」
真城朔:「もう…………」
真城朔:弱々しい声で。
夜高ミツル:「…………全部、だめって?」
真城朔:くしゃ、と顔を歪めた。
夜高ミツル:「……俺は」
夜高ミツル:「真城に、触れてたいよ」
真城朔:「う」
真城朔:「……ぅ」
夜高ミツル:「……触らなければ、」
夜高ミツル:「楽に、なるのか?」
真城朔:「…………」
夜高ミツル:「……違うなら」
夜高ミツル:「真城を楽にできるなら、俺は」
夜高ミツル:「我慢、できるけど」
夜高ミツル:「そうじゃないなら……」
真城朔:「っ」
真城朔:「ご、……っ」
真城朔:「ごめんなさい」
真城朔:「ごめんなさい」
真城朔:「ごめんなさい……」
夜高ミツル:「……責めてるんじゃ」
夜高ミツル:「違う」
夜高ミツル:「真城」
夜高ミツル:「責めてない」
真城朔:ぐしゃぐしゃに涙を落としながら、
真城朔:背を丸めて震えている。
真城朔:「ごめんなさい……」
夜高ミツル:「違う……」
真城朔:「俺が……」
夜高ミツル:「……分かんないって、言ってたもんな」
真城朔:「俺が、おかしいんだ……」
真城朔:「だめで」
真城朔:「どうしようも」
真城朔:「なくて……っ」
真城朔:「ごめんなさい」
夜高ミツル:「真城」
真城朔:「ごめんなさい……っ」
夜高ミツル:「どうしようもなくなんかないだろ」
夜高ミツル:「分かんないから」
夜高ミツル:「どうしたら楽になれるのか」
夜高ミツル:「どうするのがいいのか」
夜高ミツル:「一緒に考えたいんだ」
真城朔:「ごめん」
真城朔:「なさい……」
夜高ミツル:「謝らなくていいから……」
夜高ミツル:「分からないんだろ?」
夜高ミツル:「分からないことは、悪くない」
真城朔:「…………っ」
真城朔:唇を噛む。
夜高ミツル:「俺は、もっと分かってないんだから」
夜高ミツル:「だから、考えよう」
夜高ミツル:「探そう、一緒に」
真城朔:「…………」
夜高ミツル:「どうするのが、真城にとって楽なのか」
真城朔:「……わかんない……」
夜高ミツル:「うん」
夜高ミツル:「これから」
真城朔:「わかんないんだ……」
夜高ミツル:「これから、考えていこう」
夜高ミツル:「今は、それでいい」
真城朔:涙を落としている。
真城朔:俯いて、黙り込んでいる。
真城朔:濡れた瞳に熱の名残は失せないが、
真城朔:それより今は、どこかうつろで、焦点も合わないでいる。
夜高ミツル:「……真城」
夜高ミツル:腕を伸ばしかけて、それをためらって。
真城朔:反応はない。
真城朔:「……ごめんなさい……」
真城朔:掠れた声でそう漏らして、
夜高ミツル:「……休むか?」
真城朔:ミツルの問い掛けに、暫くいらえを返さずにいたが。
真城朔:やがてゆっくりと頷いた。
夜高ミツル:「……いいから」
真城朔:「…………」
真城朔:頷いたはいいが、その場で呆然としている。
夜高ミツル:「……色んなこと、考えさせちゃってるし」
夜高ミツル:「ゆっくりで、いいから」
真城朔:「……ゆっくり……」
夜高ミツル:「うん」
真城朔:「…………」
夜高ミツル:動かない真城に、手を差し出す。
真城朔:ぼうと顔をあげた。
夜高ミツル:「……一応、俺からはあんまり触らないようにと」
真城朔:表情の薄い顔が、ぼんやりとその手を見つめている。
夜高ミツル:「なので……」
夜高ミツル:「真城が大丈夫そうなら、真城から」
夜高ミツル:「触ってもらう分には」
夜高ミツル:「と……」
真城朔:「…………?」
夜高ミツル:「いや、動かないから……」
真城朔:「…………」
真城朔:ゆっくりと瞬きをして、
真城朔:首を傾げた。
真城朔:どうすればいいか分からないでいる。
夜高ミツル:「転がしていいならするけど」
真城朔:涎と涙でぐしゃぐしゃのシーツを見下ろした。
真城朔:「…………」
夜高ミツル:「……」
夜高ミツル:手を取って、
真城朔:身体が強ばる。
夜高ミツル:もう一つ、今しがた使っていたベッドとは別の方へ
夜高ミツル:真城の手を引く。
真城朔:手引かれるままに導かれて、
真城朔:そのまま腰を下ろした。
真城朔:身体から力が抜ける。
真城朔:ぽす、と導かれたベッドに背を沈めた。
夜高ミツル:「……ん」
真城朔:ぼんやりと横たわっている。
夜高ミツル:もう一つのベッドは汚してしまったので……。
真城朔:枕も使わないで、シーツに頬を寄せて、今も涙で濡らしているが。
夜高ミツル:真城の隣に、同じように横たわる。
真城朔:微かに息を呑む気配がある。
夜高ミツル:「……いるだけ」
夜高ミツル:「ここに、いるだけ、だから」
真城朔:「…………」
真城朔:頷いた。
真城朔:ゆっくりと、瞼を閉じる。
夜高ミツル:それに、ただ寄り添って。
真城朔:やがて小さな寝息が立ち始める。
夜高ミツル:熱が伝わるほどの近くにいながら、それ以上触れることはしない。
夜高ミツル:どうしてやるのが、いいんだろう。
夜高ミツル:そうするのがいいと信じられれば、そうできる。
夜高ミツル:それは、真城にどんなに嫌がられてもそうで。
夜高ミツル:けど、今は、
夜高ミツル:触れれば喜んで、そうでなければ寂しそうにしていたのが、
夜高ミツル:触られるのがつらいと拒否して、泣いて。
真城朔:涙に頬を濡らし、眠るその顔はひどくいとけない。
夜高ミツル:どうするのがいいのか、
夜高ミツル:どうにも、分からなかった。
夜高ミツル:真城が眠ったのを見て、自分も目を閉じる。
夜高ミツル:眠気はない。
夜高ミツル:何が真城にとっていいのか
夜高ミツル:自分はどうしたいのか
夜高ミツル:そればかりをただ、
夜高ミツル:静かな寝息を聞きながら、考えていた。