4.1話
幕間6-2
■10/4 7:00 a.m.
夜高ミツル:「…………ん」夜高ミツル:ゆっくりと、瞼が上がる。
真城朔:ベッドに横になって、ミツルの手を握りしめたまま、
真城朔:涙を零している真城と目が合う。
夜高ミツル:「…………おはよ」
真城朔:「…………」
夜高ミツル:寝起きのぼんやりした表情のまま、挨拶をする。
真城朔:「おはよう……」ぼそぼそとした声
夜高ミツル:不自然な体勢で寝てたから身体が痛い。
夜高ミツル:それから、やはりぼんやりと、
夜高ミツル:繋いだままの手に視線をやって
夜高ミツル:「……あ」
真城朔:はらはらと涙を落として、すっかり変色した枕をさらに濡らしている。
真城朔:ミツルの声に、その視線を辿った。
真城朔:繋ぐ手が緊張に強張る。
夜高ミツル:「あの、いや、その」
夜高ミツル:「不安になって」
真城朔:「…………」
夜高ミツル:「寝る前に……」
夜高ミツル:言い訳めいた言葉。
夜高ミツル:「……起きた時」
真城朔:そっと手を引っ込めようとする。
夜高ミツル:「真城が、いなかったら」
夜高ミツル:「やだなって……」
夜高ミツル:反射的に、その手を逃すまいと力を込める。
真城朔:捕らえられた指が震えた。
真城朔:「…………」
真城朔:「……離さなきゃ」
夜高ミツル:「……え」
真城朔:「駄目、だったのに」
真城朔:またぞろ涙を零しながら、飽きずに似たようなことを繰り返す。
夜高ミツル:「……離されたら、困る」
真城朔:「…………」
真城朔:「……うう」
夜高ミツル:「困るよ」
真城朔:「う」
夜高ミツル:縋るように、再び手に力を込める。
真城朔:瞼を伏せて、枕に顔を埋める。
真城朔:未だ細い肩が震えている。
真城朔:何も言えないままにぐすぐすと泣いて、でも、その手を振りほどけないで。
夜高ミツル:その震える身体を抱きしめたくて、
夜高ミツル:だけど、昨日の話が宙ぶらりんのままでそうすることが躊躇われて
夜高ミツル:「真城」
真城朔:「……ひっ、ぐ」
夜高ミツル:そう思うと、自分でも意外なほどに
真城朔:「うう、……っ」
夜高ミツル:「俺、真城が好きだ」
夜高ミツル:その言葉は、するりと口をついた。
真城朔:びくりと肩が跳ねた。
真城朔:握られた手を引く。
夜高ミツル:「友達としても、そうだし」
夜高ミツル:「……それ以上の、意味でも」
夜高ミツル:その手を引き止める。
真城朔:どうにか振りほどこうと腕を引きかけたのが、
真城朔:結局叶わずに、震えている。
真城朔:「……っ」
真城朔:「俺、が」
夜高ミツル:「……真城のこと、好きなのかもしれないって、悩んで」
夜高ミツル:「でも、真城は俺にそんな風に思われるのは嫌だろうって」
夜高ミツル:「……決めつけるなって、言ったのに」
真城朔:「……俺の、せいで」
夜高ミツル:「俺の方こそ、真城の気持ちを勝手に決めてた」
真城朔:「……ちがう……」
真城朔:くぐもった泣き声でそれを否定する。
真城朔:「俺が、ミツを」
夜高ミツル:「好きだよ」
真城朔:「お、かしく、して」
夜高ミツル:「真城」
真城朔:「……っ」
真城朔:「俺の」
夜高ミツル:「おかしくなんか」
夜高ミツル:「なってない」
真城朔:「俺の、せいだ」
夜高ミツル:「違う」
真城朔:「やだ……」
真城朔:涙に震える呼気の音が喉をひゅうと鳴らして、
真城朔:そうなってしまうと、言葉を紡ぐのも難しくなっていく。
夜高ミツル:「……どうしたら、」
夜高ミツル:「真城は、信じられる?」
真城朔:「…………」
真城朔:震えている。
真城朔:手を放せないまま。
夜高ミツル:「真城」
夜高ミツル:「俺はお前とずっと一緒にいたいし」
夜高ミツル:「許してもらえるなら、もっと触れてたいし」
夜高ミツル:「……その、先も」
夜高ミツル:「……おかしくなんかなってない」
真城朔:「…………」
夜高ミツル:「どうしたら、」
夜高ミツル:どうしたら分かってもらえるのか。信じてもらえるのか。
真城朔:涙でぐしゃぐしゃになった顔を僅かに上げて、
真城朔:ミツルの顔を見てから、
真城朔:目を合わせていられなくて、視線が彷徨う。
夜高ミツル:「どうしたら、いい?」
真城朔:「…………どう」
真城朔:「した、ら」
夜高ミツル:「どうしたら、真城は俺を信じられる?」
真城朔:「…………」
真城朔:ぼろぼろと泣きながら悩み込んでいる。
夜高ミツル:「……ちなみに」
夜高ミツル:「これは、黙ってると、その、フェアじゃ」
夜高ミツル:「フェアじゃないから、」
夜高ミツル:「言うんだけど」
真城朔:「?」
真城朔:首を傾げる。
夜高ミツル:もごもごと、気まずそうに
夜高ミツル:「……昨日」
真城朔:ミツルの顔を見ている。
夜高ミツル:「真城を風呂から出した後、ですね」
夜高ミツル:「……」
真城朔:「…………」
夜高ミツル:「一人で、して……」
夜高ミツル:「その…………」
真城朔:ぱちぱちと瞬き。
夜高ミツル:「……真城のこと、考えて、してた」
真城朔:「…………」
真城朔:無言のまま泣いている。
夜高ミツル:顔が熱くなるのを感じる。
真城朔:「……俺が」
真城朔:「変なこと」
真城朔:「した、から」
真城朔:「…………」
真城朔:俯いて、また涙を零す。
夜高ミツル:「いや……」
夜高ミツル:まあ真城のせいといえば真城のせいではあるのだが……。
真城朔:涙とかでぐちゃぐちゃの枕を見つめている。
真城朔:「……俺と、いると」
真城朔:「だから、…………」
夜高ミツル:「……信じてもらえるまで、待つよ」
真城朔:「…………」
真城朔:また枕に顔を埋めた。
真城朔:「……わかんない…………」
夜高ミツル:「真城からしたら、そりゃ」
夜高ミツル:「急に言われても、だろうし」
夜高ミツル:「前までは、そうじゃなかったわけだから……」
真城朔:「…………」
真城朔:涙に肩を震わせながら聞いている。
夜高ミツル:「それで、信じろっても、まあ難しいだろうし……」
真城朔:「……ミツ、に」
真城朔:「めちゃくちゃ」
真城朔:「させてる……」
真城朔:濡れた枕にくぐもった、消え入りそうな声。
夜高ミツル:「……そうかあ?」と言ってから
夜高ミツル:まあ、そうかも……という気持ちになってきた。
真城朔:「いやだ……」
夜高ミツル:「……まあ、」
夜高ミツル:「ずっと言ってるけど、俺は」
夜高ミツル:「したいことしかしてないから」
真城朔:「…………」
真城朔:涙に濡れた目で、またちらりとミツルを窺う。
夜高ミツル:「俺、お前をD7まで迎えに行ったんだけど」
夜高ミツル:「……あれでも、信じられない?」
真城朔:「…………」
真城朔:「……あれは……」
真城朔:「なんか……」
真城朔:「…………別の意味で……」
真城朔:シンプルに信じがたい行為ではある。
夜高ミツル:そうだね……
夜高ミツル:「お前といるとおかしくなるって、言うけどさ」
真城朔:潤んだ瞳をミツルに向けて、それをすぐに逸らして、
夜高ミツル:「お前と離れてる時の方が」
真城朔:逸らしたくせに結局はミツルを見ずにいられなくて、
夜高ミツル:「よっぽどどうにかなりそうだったよ……」
夜高ミツル:「焦って、不安で」
夜高ミツル:「早く会いたくて」
真城朔:でも、顔を見ているのが、怖くて。
真城朔:「…………」
夜高ミツル:「顔が見たい、声が聞きたい」
夜高ミツル:「会って、触れて、生きてるって確かめたくて」
真城朔:「……でも……」
真城朔:「俺は」
真城朔:「俺」
真城朔:「…………」
真城朔:握られた手の中で、
真城朔:指だけが無力に動く。
真城朔:抜け出すこともできないくせに。
夜高ミツル:「……真城」
夜高ミツル:「真城」
夜高ミツル:「好きだ」
真城朔:「……う」
真城朔:「う」
真城朔:その言葉にむしろ身を竦ませて、息を詰める。
夜高ミツル:真城を見つめる目に、切実な色が宿っている。
夜高ミツル:「……すぐじゃなくて、いいから」
真城朔:「…………」
夜高ミツル:「分かってもらえるまで、手出したりとかしねえし」
夜高ミツル:「……あ、でも昨日身体は洗いました」
夜高ミツル:早口
真城朔:「…………あ」
真城朔:「と」
真城朔:「…………」
夜高ミツル:「ごめん……」
真城朔:自分の身体に目を落とす。
真城朔:やがて手を繋いだまま、ずるりと重たげに身体を起こした。
夜高ミツル:「寝てたから、どうしようかと思ったんだけど……」
夜高ミツル:「やっぱりきれいになってた方がいいかなって、」
夜高ミツル:「思い……」
真城朔:「…………」
夜高ミツル:「もし嫌だったら、本当にごめん」
真城朔:こくこくと頷いている。
真城朔:「……嫌」
真城朔:「じゃ」
真城朔:「ない、けど」
夜高ミツル:身体を起こしたのを見上げる。
真城朔:ベッドに座り込んで、ぼんやりと応答する。
真城朔:「…………」
夜高ミツル:「そ、か……」
真城朔:そろそろと床に足を下ろして。
夜高ミツル:「……けど?」
真城朔:「……ないん、だけど」
真城朔:「…………」
真城朔:「……また」
真城朔:「いまから……」
真城朔:「俺、ちょっと」
真城朔:「…………」
夜高ミツル:腰を浮かせて、並ぶようにベッドに座る。
真城朔:ひどく言いづらそうにしている。
真城朔:「……シャワーだけで」
真城朔:「済む、ので」
真城朔:「…………」
夜高ミツル:「……あ、うん」
真城朔:ゆらゆらと立ち上がる。
夜高ミツル:「……大丈夫そうか?」
真城朔:「ん……」
真城朔:平時とは程遠い危うさだが、昨晩よりはましな足取りをしている。
真城朔:困ったように繋がれたミツルの手を見下ろす。
夜高ミツル:「……あ、」
夜高ミツル:手の力を抜く。
真城朔:するりと手がすり抜けて、
夜高ミツル:するりと、繋いだ手が離れる。
真城朔:そのまま頼りない足取りでバスルームへと向かう。
夜高ミツル:熱が離れたことに寂しさを覚える。
真城朔:バスタオルも何も持ち込まないでバスルームへと消える。
夜高ミツル:その背中を見送った。
真城朔:恐らく服を脱ぐのにもそう時間はかからないで、
真城朔:すぐにシャワーの音が聞こえてくる。
夜高ミツル:……その音を聞いていると、思い出すものがある。
夜高ミツル:壁を隔てた向こうの真城の姿を、想像してしまい。
夜高ミツル:……良くない!
夜高ミツル:良くないと思う! こういうの!
真城朔:悶々としているミツルを他所に、
真城朔:存外早くにシャワーの音が止まった。
真城朔:暫くの静寂の後、
夜高ミツル:そういえばタオル向こうにあったっけ?とか思う。
真城朔:扉が開く。
真城朔:ぽたぽたと水滴を垂らしながら、困ったような表情で顔を出す。
夜高ミツル:あ、やっぱり と
夜高ミツル:すぐに立ち上がって、バスタオルを手に取る。
夜高ミツル:真城の方に歩いていって、それを差し出す。
夜高ミツル:「ん」
真城朔:「ありがとう」
真城朔:受け取ってバスルームに引っ込んだ。
夜高ミツル:それを見送ると、手持ち無沙汰にベッドの方に戻って、腰掛ける。
夜高ミツル:ありがとう、と、昨日も言われた言葉。
夜高ミツル:以前の真城に、あんな風に素直にお礼を言われたこととかあったっけ?
夜高ミツル:とか、ぼんやりと思いを馳せる。
真城朔:しばしの時間を挟んで、今度は普通にバスルームから出てくる。
真城朔:先ほどまで着せられていたホテルのナイトウェアをまた着て、
夜高ミツル:……ああ、そういえば。
真城朔:きちんと乾いていない頭にバスタオルを被って。
真城朔:依然、その身体は女のままだが。
夜高ミツル:5月のあと、真城を探しに行った時に、言われたような気がする。
真城朔:ふらふらと戻ってきて立ち呆けに、ぼんやりとミツルを見ている。
夜高ミツル:見返す。
真城朔:「…………」
夜高ミツル:「……大丈夫か?」
真城朔:「…………ん」頷く。
真城朔:「もう、大丈夫」
真城朔:水滴を落としながらぼんやりと答える。
夜高ミツル:「まだふらふらしてるけど」
夜高ミツル:「……あー、そうだ」
夜高ミツル:「血を」
真城朔:「?」
真城朔:「…………」
真城朔:少し表情を曇らせた。
夜高ミツル:「昨日やれたらよかったんだけど」
夜高ミツル:「いるだろ」
真城朔:「…………」
真城朔:気の進まなさそうな顔をしている。
夜高ミツル:……まあさっきの話のあとじゃなあ。
夜高ミツル:「……まずは、身体治さないとだろ」
夜高ミツル:「怪我、まだ残ってるだろ?」
真城朔:「…………」
真城朔:渋々と頷いたが。
夜高ミツル:ほら、と促すように自分の隣を叩く。
真城朔:のろのろとその隣に向かって、腰を下ろす。
真城朔:しょんぼりと視線を落としている。
夜高ミツル:ナイトウェアのボタンを外して、首元を緩める。
夜高ミツル:「……ま、さっきの話は」
夜高ミツル:「言ったけど、すぐじゃなくていいし」
夜高ミツル:「まずは身体治して」
夜高ミツル:「元気になって、それからで」
真城朔:「…………」
真城朔:ちらちらとミツルの首元を窺っているが。
夜高ミツル:だから、ほら、と
夜高ミツル:襟を開いて、真城の方に身体を向ける。
真城朔:「…………」
真城朔:黙り込んだまま、ミツルを向いて、
夜高ミツル:うっすらと筋肉のついた胸元が覗く。
真城朔:恐る恐る両手を伸ばして、肩を掴む。
真城朔:身を乗り出した。
夜高ミツル:ただ、待っている。
真城朔:その身体に体重を預けて、
真城朔:膨らんだ胸が重なって潰れて、
真城朔:縋りつくように、ミツルの首に牙を立てる。
夜高ミツル:三度目ともなると、多少は慣れたもので、と
夜高ミツル:思って、いたのだけど。
真城朔:体温が重なっている。
夜高ミツル:心臓が、強く脈打つ。
真城朔:シャワーを浴びたばかりの、常よりも高い体温が。
真城朔:口の中の、
夜高ミツル:触れた部分が妙に熱くて
真城朔:粘膜の熱さが。
真城朔:牙の突き立つ疼痛に奇妙な甘やかさすら伴って、
夜高ミツル:「……っ」
真城朔:血を啜られる虚脱感が、
夜高ミツル:血が、抜かれていく。
真城朔:背を駆ける痺れにたやすく接続される。
真城朔:自分に身体を預ける肉の柔らかさを意識させられる。
夜高ミツル:神経が、触れている部分に集中してしまう。
夜高ミツル:その柔らかさを、熱を、もっと感じようと。
真城朔:首筋に食いつく唇の熱と唾液のぬめりと、
真城朔:時折継がれる息の艶めかしさと、
真城朔:それが自らの傷口にかかるたび、必要以上に血が巡る。
夜高ミツル:以前にも感じていた心地よさの正体が、今になって、はっきりと
夜高ミツル:そういった類の快感だ、と分かる。
真城朔:呼吸に離れた唇が、また重なる。
真城朔:再び牙が立つ。
夜高ミツル:頭がぼうっとする。
真城朔:肩を掴む指に、縋るような力が籠もる。
夜高ミツル:ぼんやりした中で、牙の立つ痛みや
真城朔:血を啜られる音、時折立つリップ音さえ、今は昨晩の光景を連想させてやまない。
夜高ミツル:指先の動きや、重なった肌の柔らかさが
真城朔:それが。
真城朔:密着した身体の熱とともに。
真城朔:濡れた髪から水が落ちて、
真城朔:ミツルの肌を伝う感覚。
夜高ミツル:真城の全てが、思考を、理性を、ぐちゃぐちゃとかき乱していく。
真城朔:ささいなひとしずく。
夜高ミツル:「っ、」
夜高ミツル:普段なら気にもとめないだろうそれも、敏感に捉えてしまう。
夜高ミツル:身体中の神経が、過剰に鋭敏になっているのを感じる。
真城朔:唇が離される、その瞬間にさえ、
真城朔:触れていたものが離れるという変化が、昂った身体には刺激となる。
夜高ミツル:吐息まじりの声が漏れる。
真城朔:遅れて滲んだ血を、熱い舌が掬った。
夜高ミツル:びく、と身体を震わせて。
真城朔:ちゅ、と牙を立てずに吸い上げて、
真城朔:今度こそ口を離す。
真城朔:離しかけて、
夜高ミツル:離れていく体温に、寂寥感を覚える。
真城朔:代わりにそこに顔を埋めてしまう。
夜高ミツル:が、すぐに戻ってきたそれに
夜高ミツル:「……?」
夜高ミツル:ぼんやりと、視線を向ける。
真城朔:「…………」
真城朔:ミツルの首元に顔を埋めて、黙り込んでいる。
夜高ミツル:微かに荒くなった息を整えるように呼吸をしながら。
夜高ミツル:「……どした?」
真城朔:「……それ」背中を震わせる。
夜高ミツル:緩慢に、腕を上げて
夜高ミツル:真城の頭に乗せ
真城朔:「俺の、せいだから……」
夜高ミツル:「……あ?」
夜高ミツル:それ、と言われて
夜高ミツル:視線を下ろす。
夜高ミツル:「……あ」
真城朔:「…………」
夜高ミツル:硬くなったそれに、ナイトウェアが持ち上げられている。
夜高ミツル:「ああ……」
夜高ミツル:「あああ……」
夜高ミツル:よく分からないうめき声が出た。
真城朔:「……俺が、変で……」
真城朔:「だから……」
夜高ミツル:「…………」
真城朔:「その気が」
夜高ミツル:頭に乗せていた手を離す。
真城朔:「なくても……」
真城朔:ぽろぽろと涙が落ちる。
夜高ミツル:「……抜いてくる」
夜高ミツル:「……まあ、その」
夜高ミツル:「俺が、やれって言ったんだし」
夜高ミツル:「大丈夫」
夜高ミツル:「だから……」
真城朔:ミツルに体を預けたまま、ぐすぐすと泣いている。
夜高ミツル:言ったものの、このままでは立ち上がれない。
夜高ミツル:「その気がないわけじゃ、そもそも」
夜高ミツル:「ないわけだし……」
真城朔:「……でも」
真城朔:「あとで」
真城朔:「ちがった、って……」
夜高ミツル:「ならないよ」
真城朔:「…………」
夜高ミツル:「ならない」
夜高ミツル:「今、信じられないなら、明日も言うし」
夜高ミツル:「足りなければ、明後日でも、その先でも」
真城朔:「……飽きる、だろ」
真城朔:「そんな」
真城朔:「長く」
夜高ミツル:「……飽きるとか、ないだろ」
夜高ミツル:「飽きるくらい毎日言ってほしい?」
夜高ミツル:「何十年とか?」
真城朔:「…………」
真城朔:「……気長すぎる……」
夜高ミツル:「だって、言ったろ」
夜高ミツル:「俺の人生やるから、お前のもくれって」
真城朔:「……バカだ」
夜高ミツル:「そーかもな」
夜高ミツル:ついに否定しなくなった。
真城朔:「…………」
真城朔:否定されないとそれはそれで何も言えなくなる。
夜高ミツル:「……信じてもらえるまで、そういうことはしないから」
夜高ミツル:「それで、おかしくなってないって分かってもらえないか?」
真城朔:「…………」
真城朔:「……かんがえる……」
夜高ミツル:「……ん」
夜高ミツル:「ありがと」
夜高ミツル:「……今とか、正直」
夜高ミツル:「抱きしめたいの、めちゃめちゃ我慢してるからな」
真城朔:「…………っ」
真城朔:びくりと肩を強張らせて、
真城朔:ミツルの顔を窺う。
夜高ミツル:……目が合った。
真城朔:涙に潤んで熱を帯びた視線とかち合って、
真城朔:すぐに真城のほうが俯いてしまったが。
夜高ミツル:その涙に濡れた瞳にも、紅潮した頬にも、ひどく煽られるものがあった。
真城朔:肩を強張らせて泣いている。
夜高ミツル:「……」
夜高ミツル:下ろしていた腕を持ち上げて
夜高ミツル:再び、その俯いた頭を撫でる。
真城朔:撫でられている。
夜高ミツル:「……これくらいは」
真城朔:濡れた髪が首筋に張りついて雫を垂らして、
夜高ミツル:「手出しの内に、入れないでもらえると……」
真城朔:首の線を浮き立たせている。
真城朔:「……ん」
真城朔:小さく頷いた。
夜高ミツル:濡れた髪を、手ですきながら撫でる。
真城朔:「…………」
夜高ミツル:「たすかる」
夜高ミツル:助かるらしい。
真城朔:「?」
夜高ミツル:「いや、こう……自分で言いだしたことだけど……」
夜高ミツル:「指一本触んないとかだと、結構な……」
夜高ミツル:「難しいから……」
真城朔:「…………」
真城朔:「……触られるぶんには」
真城朔:「別に」
真城朔:「…………」
夜高ミツル:「……え、あ」
真城朔:肩を落とした。
夜高ミツル:「そうか……」
夜高ミツル:「じゃあ、これは俺の問題なんだけど……」
真城朔:「…………」ちらちらとミツルを窺いながら
真城朔:「?」
夜高ミツル:「……抱きしめると」
夜高ミツル:「その先を」
夜高ミツル:「しない自信が」
真城朔:「…………」
夜高ミツル:「……結構、怪しい」
夜高ミツル:「ので……」
真城朔:俯いた。
夜高ミツル:「我慢、してる、わけです」
真城朔:「…………」
真城朔:「…………ん」
真城朔:頷いたものの。
真城朔:明らかに気落ちしている様子を隠せずにいる。
夜高ミツル:どうしたらいいんだ……
真城朔:泣き出してしまうのを堪らえようとはしているのか、
真城朔:どうにか涙を目に溜めているが。
夜高ミツル:せめて、と
夜高ミツル:空いている方の手を、真城の手に重ねる。
真城朔:「?」
夜高ミツル:手を握る。
真城朔:「…………」
真城朔:恐る恐る、握り返す。
夜高ミツル:その柔らかい掌を包み込む。
真城朔:「……ミツ」
夜高ミツル:「……ん?」
真城朔:「…………」
夜高ミツル:手を繋いで、頭を撫でて。
夜高ミツル:正直これだけでも、結構。
夜高ミツル:あるいはこれだけだからこそ、なのか。
真城朔:瞼を伏せると、そのぶん溜まっていた涙が落ちた。
夜高ミツル:もっと先を、と望む気持ちが、
夜高ミツル:あるのを、感じてしまう。
真城朔:「……我慢」
真城朔:「する……」
真城朔:肩を落としながら、とぼとぼとそのように吐く。
夜高ミツル:「……」
夜高ミツル:俺が我慢する話じゃなかったっけ?
夜高ミツル:首をひねる。
真城朔:おかしいね……
夜高ミツル:「……ん」
夜高ミツル:釈然としない気持ちで頷いた。
真城朔:いっちょまえにしょんぼりしてます。
夜高ミツル:どうして……?
夜高ミツル:しょんぼりした真城の頭の丸みに沿って手を動かしながら。
真城朔:ぼんやりと瞼を上げてミツルを見る。
夜高ミツル:目線が合う。
真城朔:とろりとした瞳をぱちぱちと瞬かせている。
夜高ミツル:警戒の色もないその表情に、
夜高ミツル:一瞬、俺のしている我慢って本当に必要なのか……?と、
夜高ミツル:悪い考えが頭をよぎったりするが。
夜高ミツル:それを頭の隅に追いやって、蓋をして、見なかったことにする。
夜高ミツル:真城に信じてもらうのが一番大事なことで、
夜高ミツル:だからこれも、必要な過程だ。
夜高ミツル:大丈夫。
夜高ミツル:分かってる。
夜高ミツル:我慢できる。
夜高ミツル:俺は強い。
真城朔:「…………」
真城朔:「あ」
夜高ミツル:必死に自分に言い聞かせている。
真城朔:「……いや」
夜高ミツル:「……あ?」
真城朔:「…………」
真城朔:「……なんでも……」
夜高ミツル:「いや、気になるだろ」
真城朔:ない、と掠れ声で言うが。
真城朔:「…………」
夜高ミツル:「……なんだよ」
真城朔:「…………」
真城朔:「……俺から……」
真城朔:「触るのは…………」
真城朔:「……………………」
夜高ミツル:「…………え」
夜高ミツル:え?
夜高ミツル:「え…………っと」
夜高ミツル:「……程度による……」
真城朔:「…………」
真城朔:「ん…………」
夜高ミツル:「……我慢できなくなりそうだったら」
夜高ミツル:「言う」
真城朔:「うん……」
夜高ミツル:「だから、大丈夫、だ」
真城朔:「…………」
真城朔:そろそろと腕を伸ばして、
真城朔:ミツルの身体に抱きついた。
夜高ミツル:「……!!」
夜高ミツル:身体がこわばる。
真城朔:背中に腕を回して、体重をかけて、ベッドへと押し倒す。
夜高ミツル:「う、わ」
夜高ミツル:押し倒される。
夜高ミツル:心臓が早鐘を打つ。
真城朔:そうしてミツルの胸に頬を寄せて、
真城朔:瞼を伏せた。
真城朔:真城の全身から力が抜けていく。
夜高ミツル:思わず抱きしめそうになるのを、シーツを掴んで耐える。
夜高ミツル:多分今抱き返したらヤバい。
真城朔:そうしてミツルの身体に身を預けたまま。
夜高ミツル:これ以上は、まずい。
真城朔:「…………」
夜高ミツル:いやでも今の状況も結構ヤバくてな?
真城朔:「……すう……」
夜高ミツル:「…………な、」
夜高ミツル:「え?」
真城朔:健やかな寝息を立て始めた。
夜高ミツル:マジ?
夜高ミツル:いや…………
夜高ミツル:ええ…………?
真城朔:ミツルの着ているパジャマの胸元を握りしめている。
夜高ミツル:真城の体重を、熱を感じる。
真城朔:昨晩と同じに、それが手放しに委ねられている。
真城朔:今はお互い服を着ているという差異はあるが。
夜高ミツル:……収まりかけていた箇所に、再び熱が集まるのを感じる。
夜高ミツル:が、この状況では。
夜高ミツル:当然、真城に手出しはできないし、しないし。
夜高ミツル:かと言って、一人で処理しに行くこともできず。
夜高ミツル:「……うう」
夜高ミツル:呻く。
真城朔:眠っている。
夜高ミツル:勘弁してほしい。
真城朔:ミツルの胸に頬を擦り寄せて、息を吐いた。
夜高ミツル:……勘弁してほしいが、まあ。
夜高ミツル:真城がそうしたかったなら、いいか……
夜高ミツル:手持ち無沙汰に、真城の髪をすく。
真城朔:「ん……」
真城朔:髪をすく手の方へ、気持ち頭を傾ける。
夜高ミツル:濡れて顔に張り付いた髪をかきあげて
夜高ミツル:指を通して、整えて
夜高ミツル:……今まで気にしてなかったけど、ドライヤーとかかけてやったらいいのかな。
夜高ミツル:ホテルには備え付けのものがあったはずだ。
夜高ミツル:思い出したら使ってみるか。
夜高ミツル:そんなことを考えながら、目を閉じる。
夜高ミツル:先程起きたばかりで、眠れる気なんてしなかったけど、
夜高ミツル:変な姿勢で寝てて疲れが残っていたせいか、
夜高ミツル:血を失ったせいか、
夜高ミツル:とろとろと、意識がまどろんでいく。
真城朔:その胸の上ですやすやと眠っている。
夜高ミツル:胸の上に、大切な人の体温を感じながら。
夜高ミツル:ゆっくりと、意識が落ちるに任せた。
■10/4 4:00 p.m.
夜高ミツル:暖かく柔らかい重みが、身体の上に乗っているのを感じながら夜高ミツル:ゆっくりと、目を開ける。
真城朔:ミツルの上にうつ伏せに横たわって、すやすやと眠っている。
夜高ミツル:真城に押し倒されて、そのまま寝てしまったんだった、と思い出す。
夜高ミツル:よく寝れたな俺…………。
真城朔:小さく開かれた口の端から涎が垂れてミツルのナイトウェアを浸している。
真城朔:べちょ。
夜高ミツル:小さく笑って、真城の口元を指で拭う。
真城朔:「ん……」
真城朔:口を拭われてもにゃもにゃと唇を動かしている。
夜高ミツル:部屋の中は薄暗い。
夜高ミツル:時計を見れば、16時過ぎを指している。
夜高ミツル:朝起きた時は確か7時頃だったと思うので、随分寝てしまった。
真城朔:分厚いカーテンの隙間から西日が差し込んで、室内を仄明るく照らしている。
真城朔:真城はむにゃむにゃとミツルの胸にまた胸を寄せた。
夜高ミツル:手を伸ばして頭を撫でる。
真城朔:乾いた癖のない髪にさらりと指が通る。
夜高ミツル:眠っている間に乱れた髪を、手で整える。
真城朔:触れられている。
真城朔:やがてふにゃふにゃと身動ぎをして、ゆっくりと瞼を上げた。
真城朔:薄暗い中、ぼうと視線を彷徨わせている。
夜高ミツル:「……おはよ」
真城朔:「…………」
夜高ミツル:髪に指を通しながら、声をかける。
真城朔:「ミツ……」
真城朔:髪に触れる掌に頭を擦り寄せる。
真城朔:身体はまだ戻っていない。身動ぐと胸の弾力が重なる場所から改めて伝わる。
夜高ミツル:「…………、」
夜高ミツル:撫でられることを求めて寄ってくる仕草が、
夜高ミツル:胸に伝わるやわらかな感触が
夜高ミツル:発散しきれないままだった熱を、たやすく刺激する。
夜高ミツル:頭の丸みを確かめるように掌を動かして、撫でつける。
真城朔:「ん」
真城朔:「……ん」
真城朔:撫でられるたび喉の奥を小さく鳴らす。
真城朔:ゆっくりと瞬きを繰り返して、またミツルの胸へと頬を落とした。
真城朔:再び寝に入りそうな気配を醸し出す。
夜高ミツル:「ま、真城、ちょっと」
真城朔:「……?」
夜高ミツル:「寝るな、いや、寝てもいいけど……」
真城朔:顔を上げてミツルを見上げる。
真城朔:瞼が重たげに落ちそうになっている。
夜高ミツル:「……トイレ行って、あと水とか飲みたいから」
夜高ミツル:「ちょっと、離れてもらっても」
真城朔:「…………」
真城朔:少し黙ってから、頷いた。
真城朔:当然のように気落ちの気配があるが。
夜高ミツル:流石にこれくらいは許してほしい……
真城朔:ごろりとベッドに転がって、ミツルの上からどく。
真城朔:ミツルの隣に寝転がる形になる。
夜高ミツル:解放されて、上半身を起こす。
夜高ミツル:「ちょっとだから」
真城朔:その状態で仰向けになって、ぼんやりとミツルを見上げている。
真城朔:頷く。
夜高ミツル:また頭を撫でて、ベッドから立ち上がる。
真城朔:頭を撫でられて、ふにゃりと笑った。
夜高ミツル:トイレに向かう。
夜高ミツル:用足しです 普通に……
真城朔:普通に。
夜高ミツル:正直発散したいものもあるわけだが、さすがに
夜高ミツル:流石に待たせてすることではないので……。
真城朔:ミツルを見送ってベッドの上でうとうととしている。
夜高ミツル:用を足してトイレを出てくる。
真城朔:ぼやぼやとミツルに目を向けて。
真城朔:「…………」じっと顔を見ている。
夜高ミツル:冷蔵庫に向かい、ミネラルウォーターを2本取り出す。
夜高ミツル:それを持ってベッドに戻り
夜高ミツル:1本を真城に差し出す。
真城朔:差し出されるミネラルウォーターをぼんやりと見ている。
夜高ミツル:「……いらない?」
真城朔:「……ん」肯定とも否定ともつかない声を出してから、
真城朔:やっと手を出して、受け取る。
真城朔:受け取ってベッドの上に転がした。
真城朔:そのミネラルウォーターをじっと見つめている。
夜高ミツル:「??」
真城朔:ぼーっとしている。
夜高ミツル:してるな……
真城朔:しています。
真城朔:ぼんやりとミネラルウォーターのペットボトルを眺めながら。
真城朔:「……ミツ」
夜高ミツル:「……ん?」
真城朔:「ミツは」
真城朔:「ごはん……」
夜高ミツル:「あ? ああ……」
真城朔:ぽそぽそと
夜高ミツル:言われて、ようやく
夜高ミツル:昨日軽く食べたきりなことに気づく。
真城朔:「…………」
真城朔:何故かそこで泣き出した。
夜高ミツル:「そういえば腹減ったわ……」
夜高ミツル:「え、」
夜高ミツル:「真城?」
真城朔:はらはらと涙を落とすだけの静かなものだが。
真城朔:「…………」
夜高ミツル:泣き出したのを見て、戸惑いの表情を見せる。
夜高ミツル:「どうした……?」
真城朔:「……俺と、だと」
真城朔:「変」
真城朔:「だから……」
真城朔:人間じゃないし、だとか、泣きながらぼそぼそ言っている。
夜高ミツル:「……いいんだよ」
夜高ミツル:「前は、お前が俺に合わせてくれてただろ」
真城朔:「それは」
夜高ミツル:溢れる涙を拭うように、指を這わせる。
真城朔:「バレないように」
真城朔:「で」
真城朔:「…………」
真城朔:涙を拭う指に瞼を伏せる。
真城朔:「……こんなの」
真城朔:「受け入れたら」
真城朔:「駄目、なんだ……」
真城朔:飽きもせずに同じことを繰り返すくせ、
真城朔:その指を払えない。
夜高ミツル:「……受け入れて、ほしいよ」
夜高ミツル:「真城」
夜高ミツル:「お前のこと、好きだから」
真城朔:「…………」
真城朔:「……俺のせいで……」
真城朔:「幸せじゃ、なくなった人が」
真城朔:「いっぱい……」
真城朔:「なのに……」
夜高ミツル:「……うん」
真城朔:「…………」
夜高ミツル:「それでも」
真城朔:「よくない……」
夜高ミツル:「それでも、なんだ」
真城朔:「ミツまで、犠牲にする……」
夜高ミツル:「違う」
夜高ミツル:「犠牲なんかじゃない」
真城朔:「…………」
夜高ミツル:「したくてやってるんだって」
真城朔:「……俺が」
真城朔:「俺が、全部悪いのに……」
夜高ミツル:「俺のことは、お前は悪くない」
真城朔:「俺さえ、間違えなければ……」
真城朔:「…………」
真城朔:「俺が悪いことの方が」
真城朔:「ずっと、多い……」
夜高ミツル:「……真城は悪いけど、悪い真城に、幸せになってほしいんだ」
夜高ミツル:「それは、だから……」
夜高ミツル:「俺の、ワガママだよ」
真城朔:「…………」
真城朔:「……むずかしい……」
夜高ミツル:「難しいな……」
真城朔:「むずかしいし」
真城朔:「よくない……」
夜高ミツル:「……良くなくても」
夜高ミツル:「俺は、それでいい」
夜高ミツル:「真城が幸せになるのがいい」
夜高ミツル:「そうしたい」
真城朔:「…………」
真城朔:布団の上にほろほろと涙を落としている。
夜高ミツル:拭っても、次から次に涙が溢れてくる。
真城朔:「……大丈夫」
真城朔:「大丈夫だから……」
真城朔:泣きながらぼそぼそとそのように訴える。
夜高ミツル:「何が……」
夜高ミツル:「泣きながら、そんなこと言っても」
真城朔:「……気にしなくて」
夜高ミツル:「全然説得力ねえからな……」
真城朔:「いいから」
夜高ミツル:「気にするよ」
真城朔:「……俺に」
真城朔:「付き合わなくても……」
夜高ミツル:「気にしないなら、一緒にいる意味ないだろ」
真城朔:「…………」
真城朔:「……よくない……」
夜高ミツル:「ていうか、今つき合せてるのは俺の方だし」
真城朔:「……ごはん」
真城朔:「食べて、いいから……」
夜高ミツル:「……え? ああ」
夜高ミツル:「そっちか……」
夜高ミツル:「そうだな、それは」
真城朔:ベッドに顔を埋める。
夜高ミツル:ルームサービスでも取るか……。
夜高ミツル:「真城」
真城朔:「…………」
夜高ミツル:手を動かして、頭の上に置く。
夜高ミツル:「気にしてくれてありがとうな」
真城朔:首をすくめる。
夜高ミツル:そのまま軽く撫でて
夜高ミツル:ベッドから立ち上がる。
夜高ミツル:テーブルの上に、昨日使ったルームサービスのメニューが置きっぱなしになっている。
真城朔:うつ伏せになって泣いている。
真城朔:ミネラルウォーターのペットボトルを手に取って、抱え込んだ。
夜高ミツル:少しぬるくなったペットボトルの水を飲みながら、てばやく注文を決めて。
夜高ミツル:備え付けの電話でフロントにそれを伝える。
夜高ミツル:電話を置いて、ベッドに戻る。
真城朔:うつ伏せになって潰れている。
夜高ミツル:「……どうした?」
真城朔:「…………」
夜高ミツル:「大丈夫か?」
真城朔:「……なんでも」
真城朔:「ない」
夜高ミツル:隣に腰を下ろす。
夜高ミツル:「なんでもないことないだろ」
真城朔:「…………」
真城朔:「……ずっと、同じだから……」
夜高ミツル:確かにずっと泣いてはいるな……。
夜高ミツル:俯いた頭に、掌を添わせる。
真城朔:「…………」
真城朔:「……駄目だって」
真城朔:「言っても」
真城朔:「違うって、言うし……」
夜高ミツル:「うん」
真城朔:「戻ったら」
真城朔:「いけないって、言うし」
夜高ミツル:相槌を打ちながら、頭を撫でる。
夜高ミツル:「だって、戻したくねえし……」
真城朔:「……でも」
真城朔:「俺」
真城朔:「間違ったこと、言ってない……」
真城朔:「俺が、こんなとこにいて」
真城朔:「……こんな」
真城朔:「そっちの、方が……」
夜高ミツル:「……間違ってても」
夜高ミツル:「間違いでも、真城がここにいる方が」
夜高ミツル:「俺は、それがいい」
真城朔:「…………」
真城朔:「こまる……」
真城朔:肩を強張らせた。
夜高ミツル:「お前と一緒にいたい」
夜高ミツル:「もう、離れたくない」
真城朔:「うう」
真城朔:「……う」
真城朔:「ひっ、……」
真城朔:「ぐ」
真城朔:「お、れが」涙に声が上擦る。
夜高ミツル:あやすように、頭をなで続ける。
真城朔:「おまえに」
真城朔:「声、かけなきゃ……」
真城朔:「ミツが……」
夜高ミツル:「かけてくれてよかった」
夜高ミツル:「会えてよかったよ」
真城朔:「よく、ない」
真城朔:「よくない……」
真城朔:「やだ……」
夜高ミツル:「真城」
夜高ミツル:「5年前、あの時」
夜高ミツル:「助けてくれて、ありがとう」
真城朔:「…………っ」
夜高ミツル:「お前に会えてなけりゃ、俺は今も何も知らないままで」
夜高ミツル:「真城に助けてもらったことも」
夜高ミツル:「何も」
夜高ミツル:「……そうならないで、よかった」
真城朔:「……俺の」
真城朔:「せい、なのに」
真城朔:「……こんなの」
真城朔:「俺、が、……そんな」
真城朔:「そんな風に」
真城朔:「ミツを、仕向けて……」
夜高ミツル:「お前のせいじゃない」
夜高ミツル:「俺がこうしたいから」
真城朔:「…………」
真城朔:「俺のせいだ……」
夜高ミツル:「違う」
真城朔:肩を震わせている。
夜高ミツル:「……お前のせいじゃないよ」
夜高ミツル:繰り返す
夜高ミツル:「俺が、お前のこと」
夜高ミツル:「好きだからだ」
真城朔:「う」
真城朔:「……う」
夜高ミツル:「好きだから、一緒にいたくて」
夜高ミツル:「幸せにしたくて」
夜高ミツル:「……お前のためなら、俺は何を間違えたっていいんだ」
真城朔:「……間違わせたく」
真城朔:「ない……」
夜高ミツル:「……まあ、そうだろうとは」
夜高ミツル:「思うんだけど……」
真城朔:「…………」
夜高ミツル:「でも、俺本当に」
夜高ミツル:「後悔、してないから」
真城朔:「……俺は」
真城朔:「してる……」
夜高ミツル:「……」
夜高ミツル:「じゃ、これ以上させないようにしないとな」
夜高ミツル:そんな所で、部屋のインターフォンが鳴らされる。
真城朔:べちゃべちゃにつぶれています。
夜高ミツル:ルームサービスが届いたようだ。
夜高ミツル:ドアの方に向かおうとして、ふと鏡が視界に入り
夜高ミツル:ナイトウェアの前を開いて、首元に血のこびりついた自分の姿が目に映る。
夜高ミツル:あ、やばい。
夜高ミツル:慌てて前を閉じて、タオルを引っ掴んで首にかける。
夜高ミツル:傷を隠してから、扉を開けて
夜高ミツル:運ばれてきた食事を受け取った。
夜高ミツル:丼の乗ったお盆を抱えて、テーブルに向かう。
真城朔:ぐすぐすと布団を濡らしている。
夜高ミツル:テーブルの上にお盆を置いて
夜高ミツル:真城の方に目を向ける。
真城朔:「…………」
真城朔:時折鼻をすするような音が響く。
夜高ミツル:「……真城」
夜高ミツル:「こっち来るか?」
真城朔:「……う」
真城朔:「え」
真城朔:ぐしゃぐしゃの顔をあげた。
真城朔:ぱち、と呆けた顔で目を瞬く。
夜高ミツル:「いや、来たら何ってわけでもないんだけど……」
真城朔:「…………」
夜高ミツル:ないのだけど、泣いているのを放っておきたくはないし
夜高ミツル:かと言って食べなければそれはそれで真城が気にするだろうし。
真城朔:今椅子に座ってます?
夜高ミツル:まだ立ってるかな
真城朔:立ってた
真城朔:戸惑いと躊躇いをないまぜにゆっくりと身体を起こして、
夜高ミツル:「話してる途中だったし……」
真城朔:ベッドから降りて、ミツルの方へと行く。
真城朔:足取りはかなりしっかりとしている、が。
夜高ミツル:もう一脚の椅子を引き出して、自分の椅子の隣に寄せる。
真城朔:ぼんやりと椅子を見ている。
夜高ミツル:招くように手を取って
真城朔:涙が頬から顎を伝って、床に落ちる。
真城朔:手を取られ、引かれるままに。
夜高ミツル:手を引いて、真城を座らせて
夜高ミツル:それから、自分も席についた。
真城朔:すとんと腰を落とす。
真城朔:ミツルの向かい側でほろほろと泣いている。
夜高ミツル:ミツルの手前に置かれたお盆の上には、カツ丼と味噌汁が乗っている。
夜高ミツル:「じゃあ、いただきます」
真城朔:ぼんやりとそれを見つめている。
夜高ミツル:手を合わせて、箸を取る。
夜高ミツル:「……飯」
夜高ミツル:「別に、無理してたわけじゃないから」
真城朔:ゆるやかに首を傾ぐ。
夜高ミツル:カツ丼を口に運びながら、合間に話し始める。
夜高ミツル:「いや、つき合せてるとか言ってたからさ」
夜高ミツル:「単純に、疲れの方が先に来てたっつーか」
真城朔:「…………」
夜高ミツル:疲れ以外の理由もあったが……。
真城朔:ぼんやりとその言葉を聞いている。
夜高ミツル:「昨日、お前が起きる前にもちょっと食ったしな」
夜高ミツル:「だからまあ、無理とかはしてないし、」
夜高ミツル:「しないし」
真城朔:俯いている。
夜高ミツル:「そこは、心配しなくても大丈夫だから」
真城朔:「……疲れ、させたの」
真城朔:「俺だし……」
夜高ミツル:「だから俺だって」
夜高ミツル:「俺がやることは俺の責任なの!」
真城朔:「…………」
真城朔:反論はできずにいるが。
夜高ミツル:もくもくと箸を進める。
真城朔:涙は止まないまま、ぼんやりと食事の様子を眺めている。
夜高ミツル:……真城も、ちょっとずつ食べれるようになるとは言われたけど
夜高ミツル:さすがにこれは重いよな……とか思っている。
夜高ミツル:それから、ふと盆の隅の味噌汁に目をやって
夜高ミツル:「……これ」
真城朔:「?」
夜高ミツル:「ちょっと、飲んでみるか?」
夜高ミツル:味噌汁を指して尋ねる。
夜高ミツル:「無理はしないでいいけど」
真城朔:「…………」
真城朔:「……それは」
真城朔:「ミツの……」
夜高ミツル:「? そうだけど……」
夜高ミツル:「別に、ちょっとあげるとか、あるだろ」
真城朔:「…………」
真城朔:戸惑いに視線を彷徨わせている。
夜高ミツル:「めぐる……うちの姉ちゃんとか、俺の皿から何も言わんで取ってったぞ」
夜高ミツル:「好きなものあったときとか」
真城朔:「……俺」
真城朔:「食べなくてもいいし……」
夜高ミツル:「うん」
夜高ミツル:「だから、無理はしなくていいけど」
真城朔:「……いいから、別に……」
真城朔:ぼそぼそと。
夜高ミツル:「ちょっとずつ食べれるようになるって言われたけど、ちょっとの加減も分かんねえしな……」
夜高ミツル:「……食べれるようになるなら」
夜高ミツル:「一緒に食べれたら嬉しいと、思ったんだけど」
真城朔:「…………」
真城朔:困ったように眉を寄せた。
夜高ミツル:まあ、これも俺の我儘ではあるしな……、
夜高ミツル:「えーと、ただ、それは俺の希望で、別に」
夜高ミツル:「無理させたいわけじゃ、ないから」
真城朔:「……無理、っていうか」
真城朔:「…………」
真城朔:「……別に……」
真城朔:「気を使わなくても……」
夜高ミツル:「え」
夜高ミツル:「気遣ってるのはお前じゃねえの?」
真城朔:「……?」
夜高ミツル:特に気を使ってる意識がなかった。
真城朔:首を傾げている。
夜高ミツル:「気を使ってるっつーか、遠慮してるっつーか」
真城朔:「…………」
真城朔:「わかんない……」
夜高ミツル:わかんないか……
真城朔:「だって」
真城朔:「ミツに」
真城朔:「させすぎてるし……」
真城朔:「色々……」
夜高ミツル:「そうか?」
夜高ミツル:今度はこちらが首を傾げた。
真城朔:頷く。
真城朔:珍しくずいぶんと明確に。
夜高ミツル:自分だと、至らない点の方が気になってしまうのだ。
夜高ミツル:「そうなのか……」
真城朔:「うん……」肯定した。
夜高ミツル:はっきり頷かれたので、反論できなかった。
夜高ミツル:「いや、まあ、」
夜高ミツル:「もしそうだとしても、だ」
夜高ミツル:「一口やるくらい、別にしてやってるのうちに入んねーだろ」
真城朔:「…………」
真城朔:じっと味噌汁に視線を落とした。
夜高ミツル:器を取って、真城の前に移動させる。
夜高ミツル:「……だから」
夜高ミツル:「まあ、無理じゃなければ」
真城朔:目の前に置かれた味噌汁をぼんやりと見つめている。
夜高ミツル:「……あ、箸一膳しかないから、使うなら」
夜高ミツル:「使いかけだけど……」
真城朔:「…………」
真城朔:直接お椀を手にとった。
真城朔:両手で。
夜高ミツル:やや冷めてきているが、まだ温かい。
真城朔:抱えるような持ち方で持ち上げて、
真城朔:器の縁に口をつける。
真城朔:お椀を傾けて、少しだけ啜って、
真城朔:「…………」
夜高ミツル:その様子を、隣で見つめている。
真城朔:首を傾げた。
真城朔:そろそろと味噌汁のお椀をテーブルに戻す。
夜高ミツル:「……どう?」
夜高ミツル:曖昧な質問を投げかける。
真城朔:「……よく」
真城朔:「わかんなかった……」
真城朔:曖昧な答えが返ってくる。
夜高ミツル:「そっか」
夜高ミツル:「まあ、ちょっとずつだしな」
真城朔:「…………」
真城朔:「ごめん……」
真城朔:肩を落とす。
夜高ミツル:「いや」
夜高ミツル:「今は分かんないってのが分かったから、それでいい」
真城朔:「…………」
夜高ミツル:味噌汁のお椀を自分の方に戻して、止まっていた箸を動かし始める。
真城朔:その様子をじっと眺めている。
夜高ミツル:「その内分かる、今は分からん、」
夜高ミツル:「それだけでも、今は十分っていうかさ」
真城朔:むずかしげな顔をした。
夜高ミツル:「次は分かるかもって楽しみがあるだろ」
真城朔:「…………」
真城朔:「たのしみ……」首を傾げる。
夜高ミツル:「うん」
真城朔:「…………」
真城朔:「……そういうのは」
真城朔:「俺には」
真城朔:「…………」
真城朔:途中で口を噤んだ。
夜高ミツル:「俺は、楽しみだな」
真城朔:同意を示すことはないが、反論もせずにいる。
夜高ミツル:「しばらくは無理だけど、その内また俺が飯作ったりとかさー」
夜高ミツル:「したいよな。いつになるか分かんねえけど」
真城朔:「…………」
真城朔:また目に涙を滲ませる。
夜高ミツル:もぐもぐと、残ったカツ丼を咀嚼して
夜高ミツル:味噌汁を飲む。
真城朔:ぼろぼろと泣いている。
夜高ミツル:程なく最後の一口を口に入れると、器が空になった。
夜高ミツル:「ごちそうさまでした」
夜高ミツル:咀嚼し終えると、手を合わせた。
真城朔:泣きながら何も言えずにその様子を見ていた。
夜高ミツル:真城の方に目を向けて、頭に手を乗せる。
夜高ミツル:最初は躊躇いがあったような気がするのだが、すっかりそれを忘れてしまった。
真城朔:撫でられて、すこしだけ首を縮める。
真城朔:涙で濡れた瞳にミツルを窺うような色がある。
夜高ミツル:「……どうかしたか?」
夜高ミツル:頭を撫でながら、様子を伺う。
真城朔:「…………」
真城朔:「……俺」
夜高ミツル:「うん」
真城朔:「ミツの、こと」
真城朔:「だまして……」
真城朔:ぼそぼそと言う。
夜高ミツル:「……うん」
真城朔:「…………」
真城朔:「味……」
真城朔:「わかんないくせに……」
真城朔:「わざわざ……」
夜高ミツル:「食べてくれてたな」
真城朔:「……必要も」
真城朔:「ないのに……」
夜高ミツル:「……自意識過剰かなって、思わなくもないんだけど」
夜高ミツル:「……俺が作ったから?」
真城朔:「…………」
真城朔:目を瞬く。
夜高ミツル:「あ、違う? 違ったか?」
夜高ミツル:恥ずかしくなってきた。
真城朔:「…………」
夜高ミツル:そうだったら嬉しいなと思って、
夜高ミツル:思ったらつい言ってしまったのだ。
真城朔:俯いた。
真城朔:「…………」
真城朔:「……いっしょ、に」
真城朔:「いた」
真城朔:「かった……」
夜高ミツル:「……!」
真城朔:またぞろ涙を落とす。
夜高ミツル:「……そっか」
夜高ミツル:「そうか、そっか」
夜高ミツル:「うん」
夜高ミツル:「俺も」
真城朔:「…………」
夜高ミツル:思ったのとは違う答えだったが、それも嬉しい答えだった。
夜高ミツル:思わず、はにかむように笑う。
真城朔:「……必要」
真城朔:「ない、こと」
真城朔:「させてた」
夜高ミツル:「別に、一人分も二人分も大して手間変わんねーよ」
真城朔:「……でも……」
真城朔:「ミツが」
夜高ミツル:「俺もお前がいたら嬉しかったし」
真城朔:「どんなに、何しても」
真城朔:涙を止められないまま。
真城朔:「味」
真城朔:「わかんないのに……」
夜高ミツル:「……うん」
真城朔:「……意味」
真城朔:「なかったん、だよ」
真城朔:「…………」
夜高ミツル:「意味はあるだろ」
真城朔:「なかった……」
夜高ミツル:「自分用に作るより、楽しかった」
夜高ミツル:「まあ、分かってもらえてなかったのは残念だけど……」
真城朔:俯く。
夜高ミツル:「だからさ、また作るから」
夜高ミツル:「そしたら食べてくれよ」
夜高ミツル:「それで、分かんないでも、まずいでもいいから」
真城朔:「…………」
夜高ミツル:「正直に感想教えてくれ」
真城朔:「…………」
真城朔:「できたら……」
夜高ミツル:「ん」
真城朔:ぐすぐす泣いている。
夜高ミツル:柔らかく、頭を撫でる。
真城朔:撫でられて、
真城朔:ぱちぱちと目を瞬かせて、
夜高ミツル:真っ直ぐな髪に指を通して
真城朔:ミツルの顔を窺ってから、視線を落とす。
夜高ミツル:顔に落ちた髪を耳にかけなおす。
真城朔:「ん」
真城朔:触れられて、目を伏せた。
夜高ミツル:「……」
真城朔:ミツルの手にすり寄るように頭を傾ける。
夜高ミツル:求められるままに、頭に掌を添えて
夜高ミツル:ゆっくりと、頭のてっぺんから後頭部にかけて撫でてゆく。
真城朔:目を伏せて、されるがままにされている。
真城朔:涙に強張った身体が少しずつ弛緩していく。
夜高ミツル:繰り返し、その頭を撫でる。
夜高ミツル:柔らかくまっすぐな髪の毛の感触が、掌をくすぐる。
真城朔:やがてゆっくりと瞼を上げると、
真城朔:じっとミツルの顔を見つめて。
夜高ミツル:「……?」
真城朔:「…………」
夜高ミツル:その瞳を見返す。
真城朔:ためらいがちに視線を落とした。
夜高ミツル:「……どうした?」
真城朔:どこかもじもじとしているところに問いをかけられて、
真城朔:「……うう」
真城朔:うめいた。
夜高ミツル:「ううじゃ分からん……」
真城朔:「…………」
夜高ミツル:真城の頭に手を滑らせながら、困ったように。
真城朔:恐る恐るに腕を上げて、
真城朔:ミツルの手に手を重ねた。
夜高ミツル:「っ、」
夜高ミツル:重なった手が、微かに跳ねる。
真城朔:そのまま自分の頬に触れさせる。
真城朔:濡れた頬を擦り寄せて、小さく息を吐いた。
夜高ミツル:ふ、と息を飲む。
夜高ミツル:掌に伝わる柔らかな素肌の感触と
真城朔:瞼を伏せる。
夜高ミツル:吐息が、神経を刺激する。
真城朔:ミツルの掌に頭を預けて、
真城朔:安らぎに表情を緩めて微睡んでいる。
夜高ミツル:「…………」
夜高ミツル:「ね、るなら」
夜高ミツル:「ベッドに…………」
夜高ミツル:やっとのことで、それを口にする。
真城朔:瞼を上げた。
真城朔:じっとミツルを見て、
夜高ミツル:顔が熱い。
真城朔:頭の重みを預けたままに首を傾げる。
夜高ミツル:赤くなってたりするんだろうか。
真城朔:「……ミツも」
真城朔:「寝る?」
夜高ミツル:「……あー、どうしよ」
夜高ミツル:さっきまで寝てたしな……
夜高ミツル:でもまあ真城が寝るならやることないし
真城朔:じっとミツルを見ている。
夜高ミツル:「……ん、まあ、寝ようかな」
真城朔:「……ん」
真城朔:頷いた。
真城朔:のそのそと立ち上がる。
真城朔:ミツルの手を握り締めたまま、ベッドへと向かおうとするが。
夜高ミツル:手を引かれるままに、立ち上がる。
真城朔:ベッドの前に立って、窺うようにミツルを見る。
夜高ミツル:……ん? もしかして?
夜高ミツル:一緒に寝るのか?
真城朔:ミツルを見ている。
夜高ミツル:「…………」
夜高ミツル:そうやって見つめられると、どうにも弱い。
真城朔:握った手を見る。
夜高ミツル:「…………寝るか」
真城朔:またミツルに視線を戻した。
夜高ミツル:繋いだ手はそのままに
夜高ミツル:ベッドに上がる。
真城朔:手を繋がれたまま、同じベッドに上がる。
真城朔:今更のように視線を彷徨わせている。
夜高ミツル:手を繋ぐくらいならむしろ、さっきよりはかなり大丈夫だと言える。
夜高ミツル:一ヶ月前にはなんでもなかったはずのこれでも、
夜高ミツル:やたらと意識してしまったりは、するのだが。
真城朔:膝をベッドに沈めて、ごろりと転がって、
真城朔:ミツルを見ている。
夜高ミツル:隣に寝転んだ。
真城朔:横を向いた。
夜高ミツル:隣を見れば、視線が合う。
夜高ミツル:真城の顔が、ほど近い位置にある。
真城朔:「…………」
真城朔:また転がって、
真城朔:距離を詰めた。
夜高ミツル:「……!!」
夜高ミツル:緊張が走る。
真城朔:身を寄せて、目を閉じる。
真城朔:身体が触れる。
夜高ミツル:う。
夜高ミツル:うう……。
真城朔:柔らかい熱が触れて、丸めた身体がミツルの胸元に沈む。
真城朔:「……ミツ……」
夜高ミツル:その身体に腕を回して、抱きしめてしまいたい。
夜高ミツル:「……え、うん?」
真城朔:「ミツ」
夜高ミツル:その衝動を抑えながら。
真城朔:「……ミツ」
夜高ミツル:「……真城?」
真城朔:繰り返し名を呼ぶと、
夜高ミツル:「……真城」
真城朔:重たげな瞼を上げて、ミツルの表情を窺ってから。
真城朔:「……おやすみ」
真城朔:「ミツ」
夜高ミツル:「……ん」
夜高ミツル:「おやすみ、真城」
真城朔:すぐにまた瞼が落ちる。
真城朔:すう、と
真城朔:健やかな寝息が立つ。
夜高ミツル:「…………」
夜高ミツル:寝られてしまった。
夜高ミツル:自分の方はと言えば、
夜高ミツル:先程目を覚ましたばっかりで、疲れもそれなりに取れていて、
夜高ミツル:しかも、目の前には好きだと自覚してしまった相手が
夜高ミツル:無防備に、身を寄せてきて……。
夜高ミツル:いや、
夜高ミツル:いやいや、
夜高ミツル:寝れるか!!
真城朔:眠っている。
夜高ミツル:こ、こいつ……!!
夜高ミツル:とはいえ、信じてもらえるまで手を出さないと
夜高ミツル:言い出したのは、自分で……。
夜高ミツル:文句など、言えるはずもなかった。
夜高ミツル:せめて、目を閉じる。
夜高ミツル:横になって目を閉じていれば、意識の方も落ちてくれるのを期待して。
夜高ミツル:でも、見えなくなったって、繋いだ手も、寄せられた身体も、
夜高ミツル:寝息のかすかな音や、感触も
夜高ミツル:むしろ目を閉じた分余計にはっきりと伝わってくる。
夜高ミツル:……でもどうすることもできなくて、もどかしく身動ぎする。
夜高ミツル:一向に眠気がやってこないまま。
夜高ミツル:ゴールの見えない耐久試験が、ミツルに課されようとしていた。
夜高ミツル:(…………)
夜高ミツル:目を閉じてもまんじりともできないまま
夜高ミツル:身悶えしたり、頭の中でうめき声を上げたり
夜高ミツル:そうしている内にどんどん時間は過ぎていき。
夜高ミツル:(……トイレ)
夜高ミツル:に、行きたいなと思い
夜高ミツル:繋がれたままの手に目をやる。
真城朔:掌の体温。
夜高ミツル:それから、真城の様子を伺う。
真城朔:深く眠っている。
夜高ミツル:……離したら、起こしてしまうだろうか。
真城朔:ミツルの胸に頬を寄せて、安らかにすうすうと。
夜高ミツル:とはいえ、こればかりは我慢でどうにかなる問題ではないので……。
夜高ミツル:おそるおそる、ゆっくりと
夜高ミツル:繋いだ手を解く。
真城朔:「…………」
真城朔:指が解かれて、ベッドに転がる。
夜高ミツル:手が離れる。
真城朔:熱の名残を求めてか、
真城朔:ぴくりと指が動いたが。
真城朔:それだけ。
夜高ミツル:起きる気配がないのを見て、そっとベッドを抜け出す。
真城朔:すうすうと寝息を立てている。
夜高ミツル:小さく、安堵の息をついて
夜高ミツル:トイレに向かい、用を足す。
夜高ミツル:用を済ませてトイレを出ると、ついでとばかりに
夜高ミツル:先程の食事の食器を部屋の外に出したり、
夜高ミツル:アメニティやタオルの換えが部屋の前に置いてあったので、使用済みのものと取り替えたり、
夜高ミツル:そうした細々としたことを済ませていく。
夜高ミツル:合間合間に、真城の様子を伺う。
真城朔:よく眠っている。
真城朔:安らかに。
真城朔:眠っている、のだが。
真城朔:違和感。
夜高ミツル:じっと、その寝顔を見つめる。
真城朔:というより、正しくは、違和感の喪失。
真城朔:「……すう……」
真城朔:寝顔そのものに異変はないのだが。
夜高ミツル:「……ん?」
真城朔:いつの間にか、戻っている。
真城朔:もとの男の身体に。
夜高ミツル:よく見慣れた姿。
真城朔:この寝間着では初めて見る姿だが。
真城朔:女の身体の線の細さが気になっていたが、
真城朔:今は今で、細いというか、薄い。
夜高ミツル:姿の戻っているのを見ると、安堵の気持ちが湧いてくる。
夜高ミツル:どんな姿になっていても、真城は真城だけど、
夜高ミツル:やはりこちらの方が見慣れているし、何より真城の本来の性別だ。
夜高ミツル:そういえば、戻ったということは子供の方も心配しなくていいということだろうか。
夜高ミツル:それも、良かったと思う。
真城朔:ミツルの想いをよそに静かに眠っている。
真城朔:指が何かを求めるようにぴくりと動いて、
真城朔:結局何も見つけられないで、代わりにベッドのシーツを掴んだ。
夜高ミツル:その様子を見ると、小さく胸が痛む。
夜高ミツル:……なるべく早く戻ろうと心に決めつつ、シャワーを浴びにそそくさとバスルームに向かう。
夜高ミツル:服を脱いで、浴室に入る。
夜高ミツル:入ると、不意に
夜高ミツル:昨日この場で起きた出来事を、思い出してしまう。
夜高ミツル:真城が見せたあられもない姿を、
夜高ミツル:その身体に触れた感触を、
夜高ミツル:入った途端に、どうしても
夜高ミツル:想起、させられる。
夜高ミツル:それを頭から洗い流すように、思いっきりお湯を出してシャワーを浴びる。
夜高ミツル:でも、どうしても。
夜高ミツル:頭を洗っても、身体を洗っても、真城にそうしてやった時のことを連想してしまう。
夜高ミツル:その肌の白さが、柔らかさが、思い出されて。
夜高ミツル:「…………」
夜高ミツル:……ふと。
夜高ミツル:先程の、元に戻っていた真城の姿を思い出して、
夜高ミツル:例えば、
夜高ミツル:昨日、真城が男だったらどうだったかな、とか考える。
夜高ミツル:男の姿で服の下がどうなっているか、見たことはないが。
夜高ミツル:自分と同じ性別の分、想像はつきやすい。
夜高ミツル:自分よりは幾分細くはあるものの、同じものがついた、同性の身体。
夜高ミツル:女の時ほどの柔らかさはない白い手が、脚の間に落ちて──
夜高ミツル:そして──
夜高ミツル:「…………」
夜高ミツル:全然、
夜高ミツル:全然、イケてしまう。
夜高ミツル:安らかに眠る真城をよそに、こんなことを考えているのがなんだか後ろめたくなって
夜高ミツル:俯いて、
夜高ミツル:……俯かなきゃ良かった、と思う。
夜高ミツル:身体の中心で主張しているものを見て、ため息をつく。
夜高ミツル:「…………」
夜高ミツル:やや逡巡した後、
夜高ミツル:手を、伸ばした。
夜高ミツル:シャワーにしては長めの時間をかけて、浴室を出る。
夜高ミツル:タオルで水気を拭き取って、取り替えたナイトウェアに袖を通す。
夜高ミツル:それからベッドの方に向かい、やや気まずい気持ちで真城の様子を伺う。
真城朔:うずくまるように体を丸めて眠っている。
夜高ミツル:おずおずと、真城が眠るベッドの脇に腰を下ろす。
夜高ミツル:気をつけても、かすかにベッドがきしむ音が上がった。
真城朔:「ん……」
真城朔:振動と音に反応してか、小さく身じろぎをする。
夜高ミツル:そっと、隣に寝転ぶ。
夜高ミツル:タオルで拭いただけの髪が、枕を濡らす。
真城朔:手はシーツを握り締めている。
夜高ミツル:その指先を解いていき
夜高ミツル:先程までしていたように手を繋ぎ直した。
真城朔:風呂上がりに比べたら低い体温。
真城朔:滑らかな指が、指に絡む。
夜高ミツル:違いを確かめるように、繋いだまま指を滑らせる。
真城朔:「ん、……」
夜高ミツル:一ヶ月前のあの日、ずっと繋いでいた手。
真城朔:手袋の下に隠されていた、白い指。
真城朔:その造作自体は、男に戻っても大差ない。
夜高ミツル:きゅ、と手を握る。
夜高ミツル:視線を向ければ、闇の中でも真城の顔が近くにあるのが分かって。
夜高ミツル:顔はあんまり変わんないよな、とかぼんやりと思う。
夜高ミツル:視線を下げると、膨らみの消えた薄い胸が上下しているのが見える。
真城朔:大きめのナイトウェアの隙間から、
真城朔:胸元が垣間見えて、その下に残っている傷も認められる。
夜高ミツル:……怪我の方は、まだ戻ってないんだなと
夜高ミツル:わずかに顔をしかめる。
真城朔:大方の痣は薄れつつある。血を滲ませていたような傷も、今はかさぶたになっているが。
真城朔:まだ完全には癒えていない。
夜高ミツル:それでも、だいぶ良くなってきてはいるようで。
夜高ミツル:それには、安堵する。
夜高ミツル:はやく怪我が治ればいいな、とぼんやりと思った。
夜高ミツル:傷跡が消えたからって、真城がされたことまで消えるわけではないけど。
夜高ミツル:空いている手を伸ばして、そっと真城の髪に触れる。
真城朔:ミツルと違って乾いているさらりとした髪。
夜高ミツル:結局、真城の姿がどうであれ、
夜高ミツル:したいことも、してやりたいことも変わらない。
夜高ミツル:何度もしたように、髪に指を通して。
夜高ミツル:その丸い頭を柔らかく撫でて。
夜高ミツル:そうしている内に、徐々に瞼の重くなるのを感じる。
夜高ミツル:今日何にもしてねえな……。
夜高ミツル:思えば高校に上がって以来、毎日学校にバイトにと忙しくて、
夜高ミツル:ここ半年は、狩りの世界に足を踏み入れて、まあ大変なことばかりで……。
夜高ミツル:こんな風に、何にも急かされることのない日なんて、いつぶりだろう?
夜高ミツル:そんな時を、真城と一緒に過ごせている。
夜高ミツル:しあわせ、だな。
夜高ミツル:勿論、これからも大変なことはあるのだろうけど。
夜高ミツル:眠気に身を任せながら、ぼんやりと温かいものを感じていた。