幕間7
安武 陸
ワンダー・トリップ・ラヴァーを倒した数日後。
安武 陸
陸はハンターの知人から連絡を受けて、モンスターの元に向かっていた。
安武 陸
が、到着した時には、既に事は終わった後。
安武 陸
怪我人もそういない。お疲れ様です、なんて軽く挨拶だけして帰ろうかと思う。
安武 陸
そうしてハンター達を見回して、見知った顔を見つけた。
赤木 叶恵
笑顔を張り付けて、モンスターの肉片を回収していた。
安武 陸
以前なら信じられないくらいの明るい声に、どう対応したものか迷う。
安武 陸
「いや~、こちらにいたハンターの皆さんが優秀だったみたいでぇ」
安武 陸
「……ちなみに、今から飯とかお茶とか誘っても大丈夫?」
安武 陸
「さっすがに高校生にワリカンとは言わないよ」
安武 陸
長袖の下の腕を、なんとなく想像しながら、移動する。
安武 陸
向かったのは、さんくちゅあり傘下の小さなカフェ。
安武 陸
叶恵が一人暮らしを始めたのは知っている。
赤木 叶恵
「栄養とかの話? あんまり意識してなかった。 若いし別に」
安武 陸
「若くても野菜は食べたほうがいいって。 すみません、サラダも追加で」
赤木 叶恵
「心配しすぎだと思うけどな。特に体壊してないし」
安武 陸
便秘とか、と思ったが、言わないでおいた。
赤木 叶恵
「人のこと心配してるけど、安武こそ規則正しい生活してんの?」
安武 陸
コーヒーが提供される。 少し悩んで、ミルクを入れた。
安武 陸
「あんまり寝れてないけど、前からだしなぁ」
赤木 叶恵
コーヒーへとミルクを入れる。一つ開けて全て注ぐ。
安武 陸
叶恵が特別猫舌だという話は、別に聞いていないが。
安武 陸
話したいことや、聞きたいことはある。
しかし、その全ての問いが意味のないものかもしれない。
安武 陸
「……一応、聞いとかないと気持ち悪いから、聞くけど」
安武 陸
「あの絵本って、俺の家に置いたままでいいやつ?」
赤木 叶恵
「いいんじゃない? こっちはそっちと違って色々残ってるし。だいたいアレ、海野さんのじゃん」
安武 陸
それをあっけらかんと言い放つ、叶恵にも。
赤木 叶恵
「こっちも心配してるんだよ。安武が最近元気なさそうだから」
安武 陸
そのまま、手元のコーヒーカップに視線を落とした。
赤木 叶恵
「参っちゃうな。暗いと暗いでしんみりするし、かといって明るく振舞っても周りに微妙な顔されるし」
安武 陸
「……毒を使うハンターにさ、あの薬のこと、聞いたりした」
安武 陸
「一秒でも長くマトモでいたかったら、手を出さないほうがいいって」
安武 陸
「まともでいれば、長生きできるってわけでもないもんな」
安武 陸
「頭がおかしくて強~いハンターになれるなら、全然まともじゃなくていいかもしれない」
安武 陸
「まともなまま死ぬくらいなら、そうじゃなくていい」
赤木 叶恵
「でも、まともなまま長生きできたら、そっちの方がいい?」
安武 陸
「……でも、まともでいられるかどうかってさ、もう、運じゃん」
安武 陸
「今どうなってるか、ってことしかわかんないよ」
赤木 叶恵
「これを手放したとして、あたし、まともになれるのかなあ」
赤木 叶恵
そう言ってコートの内ポケットを探るような仕草をして、そういえば汚れていたから入り口で預けたんだったな、と思い出す。
赤木 叶恵
少し気恥ずかしそうに宙を舞う手を引っ込めた。
安武 陸
「……叶恵ちゃんは、まともなまま長生きできたら、そっちの方がいい?」
安武 陸
「あー……、まぁ、期待してもってのはあるなぁ」
赤木 叶恵
「安武とかには、あんまり壊れて欲しくない気持ちはあるな」
安武 陸
「なんかこう、もっと前向きで熱血なこと言ったほうがいいのかもしれないけど」
安武 陸
「俺達って、このままずっと自分を擦り減らして生きて、その途中で死ぬだけなんだろうなって」
安武 陸
「もう、あんまり、生きててよかったとか、幸せとか思う機会ない気するし」
安武 陸
「そう思ったりしたら、それはそれで嫌だ」
赤木 叶恵
「そういう手から零れるのが嫌でさ、まあ頑張ってみたりするわけじゃん」
赤木 叶恵
「で、一応それなりに成果も出たりする」
赤木 叶恵
「だけどある日、どうしようもない感じの奴に遭遇してさ」
赤木 叶恵
「あ、意味なかったかー、って気付いちゃう」
赤木 叶恵
「だって居ないじゃん、ってなるでしょ」
赤木 叶恵
「いない同士で話すと愚痴会になっちゃうね」
安武 陸
「まぁでも……、修也くんだって、灰葉陽を失ってるし、光葉ちゃんも、お兄さんはまだ起きない」
赤木 叶恵
「狩人続ける理由の根っこの部分にしてたのが良くなかったかなあ」
赤木 叶恵
「とか言って、今も続けてるんだけどね」
安武 陸
「俺は、叶恵ちゃんがハンターを続けてくれてるの嬉しいよ」
安武 陸
それに、叶恵ちゃんに死んで欲しくはないから。
赤木 叶恵
頼られるようなことを言われて、ますます上機嫌な様子で食を進める。
赤木 叶恵
会話をしながら、それなりに皿も減っている。食欲が失せているということも特になく。
赤木 叶恵
傍目には、幸せそうな少女の姿にも見えるかもしれない。
安武 陸
「この前、俺のことを信じていいのかって聞いたじゃん」
安武 陸
「……俺は、叶恵ちゃんのこと信じてるよ」
安武 陸
「叶恵ちゃんが選んだことなら、受け入れるし、拒絶しない」
赤木 叶恵
「あたしもそうする。安武を信じるし受け入れる」
赤木 叶恵
「じゃあ、あたし置いてどっか行ったりしない?」
安武 陸
薬の副作用で手が震えていたのか、精神的な理由で手が震えていたのか。
安武 陸
どちらか分からない。 薬を飲んで、震えが止まったという事実だけがある。
安武 陸
「慣れて効かなくなったりとか、あるんじゃないの」
赤木 叶恵
「わかんない。今のところ用量は増えてない気がする……けど」
赤木 叶恵
「長く使うとどうなるかとかは、ちょっとね」
安武 陸
小さく、ため息。
長く使った例なんて、探しても見つからないだろう、と思う。
安武 陸
手を握る。 不安をどうにか和らげるように。
それが自分の不安か、相手の不安かは分からないけれど。
赤木 叶恵
「安武の何か役に立ってたんならよかった」
赤木 叶恵
普段言わないような言葉が零れたな、と自分で気付く。
赤木 叶恵
薬ゆえの上機嫌か、それとも頼られて本当に嬉しかったか。
赤木 叶恵
勢いでも、言えない事が言えたなら良い事だ。
安武 陸
頼りにしているから、どこにも行かないで、とは言えない。
安武 陸
今ここにいない人達だって、どこかに行く気も、勝手に死ぬ気も、きっと、なかった。