幕間6
安武 陸
ベッドが4つ並んだ部屋に、怪我人が4人並んでいる。
安武 陸
そのうちの一人は、ぼんやりと外を見ていた。
安武 陸
他の患者達は、引き締まった逞しい体つきをしている。
陸にも、おそらくは全員ハンターだろうと予想できた。
安武 陸
向かいのベッドの男が、兄弟らしき相手と話し込んでいる。
安武 陸
謝罪とか、感謝とか、生きててよかったとか、そういう話。
安武 陸
自分以外は、皆そういう現実離れした世界で生きている狩人なのだ。
安武 陸
いや、自分以外は、なんて言っていいのかわからない。
安武 陸
一回目は、何がなんだか分からないうちに終わった。
大怪我もせず、役に立てた気もせず、守られて終わった。
安武 陸
標にある程度稽古を付けてもらった。トレーニングもそれなりにやった。
安武 陸
前よりは、少しくらい、戦えるはずだと思った。
安武 陸
包帯の巻かれた腕と、ギプスが覆う足を見る。
安武 陸
自分の努力は、関係なかった。 敵が強いか、弱いかだけ。
そう思わされた。
安武 陸
標にとっては、そうではないかもしれない。
ただ単に、自分がモンスターと向き合ったから分かっただけかもしれない。
安武 陸
でも、前より強いと思ったし、怖いと思った。
安武 陸
関係のない、ただそこにいただけの人が、殺されたのを見た。
安武 陸
夜道を歩いていただけの人。 少し前の自分と全く変わらないような人。
安武 陸
何が起きたかわからないといった顔で、死だけを理解して、血に溺れていった。
安武 陸
何が起きたか分からないまま、では、なくなることができる。
安武 陸
たとえ結果が同じでも、少しでも何かが違うなら、戻ることはできない。
海野標
「鞄も安物だから別にいい。要らなくなったら捨てろ」
海野標
下着類、ブランケット、タオル、歯ブラシに紙コップ、充電器。
その他諸々、入院に必要な雑貨。どれも新品だがタグなどは外されている。
海野標
「要らないなら持って帰るけど。他の人にも回せるし」
安武 陸
「いやっ、ありがたいです。 ありがたいですけどぉ」
安武 陸
「あの……、その、こんなしてもらえると思ってなかったので……」
安武 陸
「なんか……乞食してたら急に家をプレゼントされた気分というか……」
安武 陸
「なんで? が先に出てきてしまうというか……」
安武 陸
「……そうか、海野さんって、俺の師匠にあたるのか」
安武 陸
「あっ、いや返上しませんしません!! お師匠様!!ありがとうございます!!」
安武 陸
師匠って入院した時にこんな世話焼いてくれるものなのかな……と思ったりもするが、伝統芸能とかの師弟って実質親子みたいな感じだったりするらしいからな……と納得している。
海野標
「ハンター側に死者が出なかっただけマシだよ。今回は」
安武 陸
同室にいる、怪我を負ったハンター達を思う。
安武 陸
1人は一緒に戦っていたハンターだ。 頼りがいがありそうに見えた。
海野標
目の間に座る標よりも年嵩で、上背があって、体格が良かった。
海野標
経験も彼の方がありそうに見えた。見た目上は。
海野標
当たり前のように怪我一つない。陸を庇うように戦っていたというのに。
海野標
「戦ったからって生き残れるとは限らないからな。前線出てるぶん危ねえし」
海野標
「完全に一般人やるのが嫌なら、支援側に回る道もなくはない」
海野標
「助けてもらえる可能性、ちょっとは上がるだろ」
安武 陸
支援側、それは少しだけ魅力的に聞こえた。
海野標
「……明確に統計取ってるわけじゃないからな……」
海野標
「一般人よりは相当マシだと思うけど。周囲にハンターいるわけだし」
安武 陸
「まぁ、ハンターの知り合いもできるでしょうしね……」
安武 陸
「……でも、守ってもらうしか、できないんですよね」
安武 陸
死を思う時、いつも、あの溜め池を思い出す。
安武 陸
弟が溺れて死んだ、溜め池。 死をたたえた水。
安武 陸
弟が死んだのは、自分が力のない子供だったからだ。
安武 陸
だから、皆仕方がないと言った。 だから、誰も責めなかった。
安武 陸
「……お師匠様って、もしかして、かなり強い人なんすか?」
安武 陸
「なんか……前回も、今回もすごかったし……」
海野標
「……まあ上澄みっつっていいんじゃねえの。自分で言うのもなんだけど」
安武 陸
「言われたら今すぐ強い人紹介して下さいってなりますね」
海野標
さも難しいな……とでも言わんばかりの声音。
安武 陸
とはいえ、事実、比類なき力を見せつけられた。
安武 陸
自信過剰でもなんでもなく、事実を言っているのだろうと思える。
安武 陸
「……上澄みって、どうやったらなれますか?」
安武 陸
「え~……、どう特別なんですか……。 半吸血鬼ってやつ?」
安武 陸
闇病院の闇医者が太鼓判を押すほどの人間ですが……。
海野標
「武器だって持ち歩かないと戦えないワケだし」
海野標
「いまいちわからん。基礎は教えてやれるけど」
安武 陸
「つまり……、天才タイプだから初心者を教えるのはわかんないってコト……!?」
海野標
「一般論とか基本とか理屈とか、そういうのは教えられるけど……」
海野標
「そこからどれだけ跳ねるかは、割と素養次第っつーか……」
安武 陸
「いっぱい頑張っても結局才能がものを言う世界……と……」
安武 陸
「なんか……こっち側に来た時点で、運って……ってなりますが……」
安武 陸
「なんか……植木鉢が落ちてきたけど頭にぶつからなくてラッキー、みたいな欺瞞を感じます」
海野標
「お前、多分自分が思ってるより悪くないよ」
安武 陸
膝を抱えて丸まりたい気持ちがあるが、吊られたギプスのせいでそれもできない。
安武 陸
「体格が関係なくて腕力が規格外の人にそんなこと言われてもなぁ」
安武 陸
「それはまぁ、スポーツとかで考えればそうですけど」
安武 陸
小中学生のように見えるハンターも見かけた。
安武 陸
体格のいいハンターの腕が、無惨に引き裂かれるのも見た。
安武 陸
頭では、体格が悪いよりはマシだと思えるが、悪くないという言葉に納得できるほどにはならない。
安武 陸
「俺、運がめちゃめちゃいい気がしてきました!」
海野標
「幸運を噛み締めろー。そんで感謝しろ俺に」
安武 陸
「ははぁ~、ありがとうございます、ありがとうございます。 なんまんだぶ、なんまんだぶ」
安武 陸
「毎日神社行こうかなと思ってたけど、やっぱ毎日お師匠様を拝むことにします」
安武 陸
標が持ってきた鞄と、その中身に視線を落とす。
安武 陸
「なんで、こんなに面倒見てくれるのかなって」
安武 陸
「俺、マジでそのへんで襲われてただけの奴だし、誰か適当な人に押し付けたりできただろうし、なんでこんなにしてもらえるのかわかんなくて」
安武 陸
「師匠って言っても、それこそ鍛えるだけやれば十分じゃないですか」
安武 陸
「……それとも、誰にでもこうなんですか?」
海野標
できる範囲でだけど、と繰り返して念を押す。
海野標
「俺もまあ、色々世話見てもらったことあったし」
安武 陸
「えー……、そうかな……? お師様、師匠、マスター、先生、老師……どれがいいです?」
安武 陸
「高校生に俺みたいなのが老師って呼んでたら、只者じゃない感出るじゃないですかぁ」
安武 陸
「多くていいなら、スケジュール帳とか持ってきて好きな子とか書いてもらいますけど……」
安武 陸
「人が死ぬとこ、たくさん見てきましたよね」
安武 陸
この人は、俺が死んでも、何も思わないのだろうか。
安武 陸
そうなのかもしれない。 そういうことにしたのかもしれない。
安武 陸
それが薄情だとは思わない。情に棹をさして流されていては死んでしまう。
安武 陸
しかし、そうやって擦り切れることを寂しいと思う気持ちはあって。
安武 陸
それと同時に、人が死ぬところを見ても、もう笑って冗談が言える自分もいる。
安武 陸
「慣れない方が人間としてはよくて、師匠は慣れることにしたのかぁ」
安武 陸
「……色々持ってきてくれて、ありがとうございます。助かります」
安武 陸
お金とかどうしたらいいかな、と考えながら、曖昧にうなずく。
どちらにせよ、今は手元に現金がない。退院してからになるだろう。
海野標
パイプ椅子を片付けながら、ふと思い立ったように陸を振り返る。
海野標
「……忘れがちだからな。こういう世界にいると」
安武 陸
「そりゃあ、生きたハンターだけがいいハンターだ、みたいな判断基準ならそうかもしれませんけど……」
安武 陸
「命を引き換えにしてでも何かを守る人も、いいハンターじゃないんですか」
安武 陸
「……いや、ハンターがどうとかって話じゃないな、これ」
海野標
「命を引換券みたいに使うのも、そういう風に生きる人間のことも」
安武 陸
生のために、何もかもを犠牲にすることがいいとは思わない。
安武 陸
自分がそういう人間だから、なおさらそう思う。
GM
標に何度も庇われた。一回の狩りで。数え切れないほど。
GM
標が歴戦だったからから彼は傷一つなく済んだが、そうでなかったら。
安武 陸
強くなれば、一歩でも、半歩でも、それより小さいかもしれないけど。