幕間8
GM
ワンダー・トリップ・ラヴァーの残した爪痕は未だ街に深く残されている。
GM
特に駅周辺は派手に損壊され、都市機能への影響を齎す。
GM
その夜修也が招かれたのは、その破壊された駅近くの繁華街の奥の奥、隅の隅。
GM
辛うじて破壊を免れた一画にあるおでん屋だった。
敷村 修也
「えーっ、育ち盛りの男子高校生を連れていく先がおでんですか?」
敷村 修也
「焼肉とかにしてくれてもいいんですよ」
松井正幸
慣れた様子で隅の席にどっかりと腰を下ろす。
松井正幸
それなりの喧騒。穴場なりに繁盛しているらしい。
松井正幸
「自分でも行けるような焼肉屋とか、つまんねえだろ」
敷村 修也
その隣の席へつく。
居酒屋チェーンとも違う、夜の酒を飲む店の雰囲気。
松井正幸
元気のいいおばちゃんが注文をとって去っていきます。
敷村 修也
「大学行ったら焼肉とか普通の居酒屋には何度も行くでしょうし」
敷村 修也
そんな生活を満喫できるはずもないことを嘯く。
松井正幸
すぐに注文の品が運ばれてきます。
だいこん、たまご、ちくわ、こんにゃく、はんぺん。
敷村 修也
おばちゃんにお礼を言い、きちんと手を合わせる。
松井正幸
「話ってのは、大学生活への悩み事かよ?」
敷村 修也
「いやぁ、その辺は……一応聞いときます?松井さんから何か大学生活にアドバイスありますか?」
松井正幸
「ガンバッテー、シュウヤクーン」雑な裏声を出し始めます。
松井正幸
「サークルトカ、ドウ? シンニュウセイボシュウチュウデスヨー」
敷村 修也
「どこの誰の設定の声援なんですか。カタコトだし」
松井正幸
「大学生活ってこういうのじゃねえのか?」
敷村 修也
「怪しいマッサージ店みたいな声掛けしてるところはないんじゃないですか」
松井正幸
「まあ今更そういうのには引っかからんだろ、お前は」
松井正幸
「みのりのが心配なくらいでなァ。俺が何言ったって聞きやしねえし……」
敷村 修也
「あー……娘さんは心配ですよね。大体の子おとうさんのこと嫌いだし……」
松井正幸
「尊敬されるようなことしてねェからな、俺ァ」
松井正幸
「曙光入っといて良かったぜ、マジで」奨学金がどうたらとか言ってます。
敷村 修也
「友達やクラスメイトの話きいてると、親がきらいなのが当たり前だからって感じでしたけどね」
敷村 修也
「仲間外れにならないようにみたいな……」
敷村 修也
「……松井さん、ハンターでバリバリやってたころのモチベーションってなんでした?」
松井正幸
「やっぱ吸血鬼がなァ。一番タチ悪いっつーか」
松井正幸
「人生めちゃくちゃにされたら、そりゃァ憎いもんだろ」
松井正幸
「しかもそいつらは家族やら仲間やら狙ってくると来た」
松井正幸
「いっちゃんバリバリやってた頃は、だいたいそんなだったかねェ」
敷村 修也
「いきなり現れて、生活も何もかもめちゃくちゃにしていくやつらですし」
敷村 修也
「……まぁ、俺は魔女の方が嫌いですけど、感覚は似たようなものですよ」
敷村 修也
「どっちの方がって言うのは人によるでしょうけど」
松井正幸
「そんな深い話じゃねえぞ?」お猪口片手に眉を寄せた。
松井正幸
「吸血鬼にしてやられたなら吸血鬼が憎いだろ」
敷村 修也
「何事もきっかけが一番強烈ですからね」
松井正幸
「いつまでも憎いだけで走れるやつってのは、稀有だと思うけどなァ」
敷村 修也
「多分、ハンターになった人の多くってそうだと思うんですけど」
敷村 修也
「きっかけが憎くてって……やっぱりそれだともたないですか」
松井正幸
「ん~?」追加の注文をしています。単品で色々。
松井正幸
「家族を殺したあいつが憎い! とか、そういう動機でやってるとするじゃん」
松井正幸
「んで、まあ、多くは途中で死ぬ。こんな業界だし」
松井正幸
「折れて狩人やめる奴もいれば、狩りだけは続ける奴もいるけど」
松井正幸
「いつか辿り着けて、その仇を殺せたなら」
敷村 修也
憎い仇を見つけてやっつけて、それでおめでとうハッピーエンド。
とはならない。ゲームや物語とは違う。
松井正幸
「復讐が済んじまったらまあ、結構それに逆らう意欲もなかったりな~」
敷村 修也
「それは、確かに……。目標がなくなるとどうしても難しいですもんね」
松井正幸
あ、このタコうまいんだよ、とか修也に勧めます。
敷村 修也
いただきます、と勧められるままに箸をつける。
松井正幸
「やっぱおでんのタコはこういう店じゃねえとな」歯を見せて笑う。
敷村 修也
「外でおでん食べるの自体はじめてですよ」
松井正幸
「特定のどいつがどう、とかもなかったからな。別に」
松井正幸
「だからまあ、フツーに年取ってじわじわ落ち着いていったっつーか」
松井正幸
松井が脚の怪我で隠居した末に曙光騎士団に入ることになった、という話は、修也も聞いているでしょう。
敷村 修也
「……今の話を聞いた限りだとよっぽど松井さんの方がすごいことしてる気がしますけど」
敷村 修也
モチベーションが続かず、それでいて狩りに出ても死なず、怪我をしたことで一線を退く。
松井正幸
「まあ、ほどほどのとこで頭冷えたのが良かったな」
松井正幸
「一応守るものもないではなかったし……」
敷村 修也
今の話を聞いてじゃあそれを目指しますと出来るような生き方ではないな、と思う。
敷村 修也
「てっきりそっちの方向かと思いましたよ」
松井正幸
「……別にこれァ、意図的にそうしてたってワケじゃねえけど」
松井正幸
「守ろう守ろうと思ってると、逆にヤバいとこあるだろ」
松井正幸
「ま、だから結果オーライってか、運が良かったな!」
松井正幸
「代わりに全然尊敬されない親父の完成だ」
敷村 修也
運が良かった。
それは事実で必要なことだと自分でも思う。
松井正幸
ちびちび出汁割りを頂いて、大きく息を吐く。酒臭い。
敷村 修也
「大丈夫ですよ。俺はちゃんと尊敬してますよ。今日ここに来るまでいい加減なおじさんだと思ってましたけど……」
松井正幸
「今までも色々とありがたい話とか聞かせてやった覚えあるけどなァ~?」
敷村 修也
「先輩ハンターとしては尊敬してましたけど、そこからさらに上にあがる感じですよ」
松井正幸
あ~?↑↑↑ と修也に顔を寄せていたが、
松井正幸
その言葉に渋々納得したように身を引いた。
松井正幸
「俺にばっか話させて、自分の身の上話全然してくれねえからな~」
敷村 修也
「少なくとも一番の仇って言える相手は倒しました」
敷村 修也
「あ、大丈夫ですよ。それを受けて、自分でハンターになることを選びましたから」
敷村 修也
「……でもそれ以降、話を聞こうと思ってた相手とは話すこともできなくなりました。俺が害されたくないと思ってた日常はどんどん壊れていきました」
敷村 修也
「ここの駅前だって18年暮らした地元ですからね」
敷村 修也
「モノビーストもろくでもないことに変わりはないですね」
敷村 修也
「……ハンターになってから立てた目標も失敗するし、きっかけにも区切りがついたしで」
敷村 修也
「現実的なものじゃないですよ。自分の手の届く範囲の日常をなるべく守りたかっただけです」
敷村 修也
「俺もそう思います。でも、己惚れてるわけではないですけど、それでもって思ってました」
敷村 修也
「それは……そういうわけじゃない、です。それでも、やるとやらないとでは全然違いますから」
敷村 修也
「ただ、それで、俺にはどうすることもできないほどに変わってしまうことがちょっと苦しい」
敷村 修也
ちょっとではない。
変わってしまった現実や変わってしまった人を見るのは、自分のことのように苦しい。
敷村 修也
それでもまだ自分は”運が良かった”ということが苦しい。
敷村 修也
「そういう時にどんな言葉をかけたらいいのかとか」
敷村 修也
「………そんなことを考えてたら、じゃあ何のためにハンターやってるのか不安になってきた、って感じです」
松井正幸
「……悪い悩みじゃあ、ねえんじゃねえの」
松井正幸
「そんでもって、これといった答えもねえやつだ」
松井正幸
「人生ってのは、こー……なんつーか……」
松井正幸
「気持ちの良い解決! 後腐れなし! みてえなのはなァ」
松井正幸
「だいたい詐欺とかそういうのの誘い文句だよ」
敷村 修也
「……言われてみれば、魔女や吸血鬼みたいな話ですね」
松井正幸
「だいたいろくでもないオチが待っている」むっつりとした顔で。
松井正幸
「終わりのない戦いみたいなもんだからな」
松井正幸
「楽しみがないとやってけねえ、ってワケ」
松井正幸
「なんかこー……」手をもにゃもにゃさせています。
松井正幸
「マジでそういうのなさそうな顔してんな……」
敷村 修也
「いやぁ……そんなに面白いものでもないっていうか。そこら辺の高校生と替わりませんよ」
松井正幸
「そこら辺の高校生ならいんじゃねえのー?」
松井正幸
「この前一緒にいた女子たちとかどうなんだよ」
敷村 修也
「小さいグループでそういうことすると崩壊しますよ」
敷村 修也
「ドラマとかでもそういうことがきっかけでひどい目にあうじゃないですか」
松井正幸
「そういうの抜きでもひどい目ばっかだろ」
松井正幸
「だからこそこう、人生に潤いってやつをだな……」
敷村 修也
じゃあ、自分は今何が楽しくて生きているのだろうか。
今まではどうだっただろうか。
敷村 修也
ひなちゃんが死んでからはずっと楽しくない生活を続けていた。
わけではない。そんなことはない。
敷村 修也
漠然とした停滞感を感じながらも目標を立て、少なくとも毎日に絶望しない何らかの楽しみは持って生きてきたはずだ。
敷村 修也
「……確かに、今これがって楽しみはないですけど」
松井正幸
「ないんじゃねえか……」顔をしかめている。
松井正幸
「頼れる師匠に、知らん飯屋に連れてってもらう」
松井正幸
「そういうのをとりあえずの楽しみにしなさい」
松井正幸
「うまいもん食いてえってのはわかりやすいだろ?」
松井正幸
「そんで先輩狩人の超ありがたいお話もついてくるワケ」
松井正幸
「そういうとこきっちり優等生回答してくるよな、お前は」
敷村 修也
少なくともこうやって自分の悩んでることを話せる師匠がいるということはありがたいことだ。
松井正幸
「まあ月1とか月2とか、予定合う範囲でな」
敷村 修也
「松井さんの店のレパートリーなくなるくらいは連れてってもらいますよ」
松井正幸
「次は串焼きとかどうよ。いい店知ってんだ」
敷村 修也
「いいですよ。焼き鳥とはちがうんですか?」
敷村 修也
師匠の存在とは大きなものだ。
戦い方を、ハンターとしての在り方を、人として、ハンターとしての経験を教えてくれる。
敷村 修也
自分の悩みを話せて、それに対して正解はなくても答えの一つをくれる。
敷村 修也
だからたとえ自分が10を話していなくても、1人で考え続けるよりよっぽどいい。
敷村 修也
一つのことだけを追いかけて生きていくのは難しい。
運以外にも必要なものがありすぎる。
敷村 修也
だから自分は歩き出すことに決めたし、できるだけのことをすると決めたのだった。
敷村 修也
松井さんに言ったように、やめる理由にはならない。折れたわけでもない。
敷村 修也
現実的じゃなくても、歩くと決めた以上。