結果フェイズ
GM
危機的状況の打開措置の使用により、叶恵の幸福『恵夢』は破壊されました。
結果フェイズ:安武陸
安武 陸
ワンダー・トリップ・ラヴァーは、叶恵が倒した。
安武 陸
弟が夢に出てくるのは、初めてのことではない。
安武 陸
でもそれは、いつだって命を失う直前の夢だった。
大翼
幼児らしい少し舌足らずな、それでも年齢よりはしっかりした口ぶりで、呼ぶ。
安武 陸
名前を呼ばれたのは、どれくらいぶりだろう。
安武 陸
そういえば、こんな声だった。 いや、夢の中では、声を認識できているのか、そうでないのかもわからない。
安武 陸
そうだ、弟は俺にだけちょっと生意気で。
そこが俺は気に食わなかった。
安武 陸
いつの間にか、弟のことを美化してしまっていた。
大翼
幼い瞳が、もうすっかり大人になった兄を見上げる。
安武 陸
「でもさ、かっこつけたい時もあるじゃん」
安武 陸
「なんにもできなかったなって、後悔する時もあるじゃん」
大翼
足元の石を蹴り飛ばす。 小さな音を立てて、池に落ちた。
安武 陸
標を覚えていた女の子。 標に恋をしていた女の子。
安武 陸
いつか、彼女が標と恋人になるようなことがあって
安武 陸
叶恵が標に怒ったりしたらいいのに、って、思ったのに。
安武 陸
世界は、そんな俺のことなんて、知っちゃこっちゃないんだ。
安武 陸
「お前のこと、好き……っては、やっぱ、言いにくいな」
安武 陸
いない人が現れたからと言って、それが正しくその人とは限らない。
結果フェイズ:敷村修也
GM
結果フェイズにつき、修也の狂気が1点減少します。
[ 敷村 修也 ] 狂気 : 2 → 1
GM
病院や駅、街の各所が炎や消火活動によって損なわれ、
GM
冬の風吹く六分儀市に、あの夜の爪痕は今も深く残っている。
GM
それでも日々は巡る。歯車は機械的に生活を回していく。
敷村 修也
時計はとっくに始業時間を過ぎていることを示していた。
敷村 修也
あの夜の爪痕は大きく、表向きは受験期ということもあって3年生の登校は任意となっていた。
敷村 修也
体育館は被災者のために解放され、学外の人間も多く出入りしている。
敷村 修也
もっとも、学校に行く気にはなれなかった。
今までに比べれば肉体的には何も問題ない。
敷村 修也
それでも登校すれば担任から赤木 恵夢が亡くなったことが告げられるだろう。
敷村 修也
日常への侵食を実感することになる。
それを告げられた時の教室の空気やクラスメイトの様子など考えるだけで嫌だった。
安武 陸
恵夢ちゃんの友達とか泣いたりしちゃうんでしょ……
敷村 修也
電話口で担任から聞くだけでも日常の喪失感があったくらいだ。
敷村 修也
叶恵さん以外にも赤木さんは誰かの大切な人だったはずだ。
自分にとってのひなちゃんだったはずだ。
敷村 修也
現実に横たわる事実を受け入れることは難しい。
敷村 修也
それは、長い時間や何かのきっかけやがないと囚われてしまうものだと思う。
自分がそうだったように。
敷村 修也
憶えていることが支えにもなるし、憶えていることが傷にもなる。
敷村 修也
日常を壊されないためにハンターになる決意をしたはずなのに。
敷村 修也
赤木さんを助けることができなかったという現実は消えない。
敷村 修也
メッセージを作成しようとして、やめた。
敷村 修也
この厳しくてろくでもない現実は待ってくれない。
結果フェイズ:赤木叶恵&迷ノ宮光葉
赤木 叶恵
『やる事があるので、しばらく出かけます。』
赤木 叶恵
『こんな時にごめんなさい。たまに連絡するので、探さないでください。』
赤木 叶恵
『こっちのお金は気にしないで。かわりに、お母さんは夜は仕事を少し減らして、あまり外を出歩かないようにしてほしいです。』
赤木 叶恵
『心配かけてごめんなさい。よくできた娘じゃなくてごめんなさい。』
赤木 叶恵
『お母さんは何も悪くないです。いいお母さんでした。愛してるよ。ありがとう。』
赤木 叶恵
ダイニングテーブルの上で、紙にペンを走らせている。
敷村 修也
お母さんどうにかなっちゃうよ~~~~~~
安武 陸
長女が死んで次女が行方不明なんてどうしたらいいんだよ……
GM
恵夢が帰らなかったあの夜以来、部屋の中は荒れ果てている。
GM
家事をするものがいない。辛うじて母が仕事の合間にこなしている気配があるが、追いつかない。
GM
冷食やカップラーメンだけはどうにか備蓄を切らさぬよう努めているようだった。
GM
抱きしめられたことを覚えている。その身体が震えていたことも。
GM
それでも仕事を辞められるはずはない。叶恵を食わせるため、高校に通わせるため、育て上げるため。
赤木 叶恵
…………ずっと、夜に紛れて狩りを行ってきた。
赤木 叶恵
目をそらしていたこと。今となっては、ずっと考えずには居られない事。
赤木 叶恵
──自分さえこんな化け物にならなければ、姉は今でも生きていたのでは?
赤木 叶恵
──家族と一緒にいるのが、間違っていたのでは?
赤木 叶恵
「しあわせに、いきて、ください──っと」
赤木 叶恵
最後に名前を沿えて、紙の上にペンを置く。
赤木 叶恵
D7の伝手で、住むべき場所は確保できた。
赤木 叶恵
両手に大きな荷物を持って、待ち合わせ相手へと声をかける。
迷ノ宮 光葉
外で叶恵が出てくるのを待っていた。頷いて、彼女が両手に持った荷物の片方を持つ。
迷ノ宮 光葉
「いえ……」やるべきことはやったのだろう。そんな彼女に、何を言えばいいのかわからなくて、俯いて、足早に歩いてしまう。
迷ノ宮 光葉
しばらくの間、叶恵に連絡を取ろうとして、またやめてを繰り返していた。
迷ノ宮 光葉
だから、彼女から引っ越しの手伝いをしてほしいと連絡があったとき、とても、とても安堵して、それから、悩んだ。
迷ノ宮 光葉
間をおいて再会した叶恵は、仏頂面なんて見せることもなく。笑みを浮かべたままだった。あの日に見せた、笑顔そのまままだった。
迷ノ宮 光葉
彼女の指示のもと、荷物をまとめている最中、ずっと何を言えばいいのか、考えていた。
迷ノ宮 光葉
頭の中には感情を無視した論と、そうではないだろうと叱りつける自分と、彼女の姉に対する後悔と懺悔をしたい気持ちが渦巻いていて。
迷ノ宮 光葉
結局何も言えず、先に送る荷物のダンボールに、ガムテープで封をした。まるで自分の考えも押し込めるように。
迷ノ宮 光葉
「…………D7のツテを頼らずとも、わたくしの家に、来てくださっても、良かったのに」
迷ノ宮 光葉
そんなことをポツリと零す。でも、それもきついかもしれない。
赤木 叶恵
「別に、どうでもいい人となら一緒に暮らしてもいいんだけど。好きな人と一緒に、っていう気分には……あんまりならなくて」
迷ノ宮 光葉
「…………はい」その気持ちは、正直わかる。
迷ノ宮 光葉
なんなら兄だって、そういう意味で自分を遠ざけていたのかもしれない。
赤木 叶恵
本当だろうか。自分で言っておいて、それもよく分からない。
迷ノ宮 光葉
「……………こんなわたくしでも、まだ、叶恵様、は、………頼ってくださるんですか……?」
迷ノ宮 光葉
違う、こんなことを言いに来たんじゃない。けれど、一度出てしまった言葉は、飲み込めない。
迷ノ宮 光葉
夢が現実ではないように、現実だから夢にはならないように。
迷ノ宮 光葉
「わ、わたくし、守るって……お姉様にも、思ってたのに……」
迷ノ宮 光葉
「それは、でも、お姉様だけじゃなくて、叶恵様にだって……思ってて……それだけじゃなくて、みなさまに……だって、でも」
迷ノ宮 光葉
両手から叶恵の荷物が地面に滑り落ちてしまう。
迷ノ宮 光葉
「でも、わたくしは……無力で……よわくて、ごめんなさい……ごめんなさいっ……」
赤木 叶恵
あのことで自分を責めていたのは、自分だけじゃなかったのか。
迷ノ宮 光葉
みっともなく、すすり泣いてしまう。地面にとめどなく涙が落ちる。
赤木 叶恵
本心なのに、どこか自分の言葉が軽く響く。
赤木 叶恵
薬に逃げずにいたら、ここで一緒に泣けたのに。
迷ノ宮 光葉
叶恵が、笑っている。泣いてくれたら、もっとずっと楽になれたのに。
迷ノ宮 光葉
誰が悪いとか、自分が悪いとか、きっとずっと、叶恵も考え続けていただろう。
迷ノ宮 光葉
それでも悪くない、なんて言うから、余計に辛くて、泣けない彼女の悲しみが深いことが苦しくて、弱い自分は、ずるい自分は、泣いてしまう。
赤木 叶恵
笑うことを止めたら、きっと生きる気力をも失ってしまう。
赤木 叶恵
生身の心でこの世界に向き合えるほど、自分を信じられていない。
赤木 叶恵
幸せに生きて、と言われた。呪いの言葉だ。
赤木 叶恵
“これ”が、姉の望んだそれと違うと分からないほど愚かではないが、他の方法を見つけられるほど賢くもなくて。
赤木 叶恵
仲間の目には、自分はどう映っているだろう。
赤木 叶恵
皆は、自分を見て、どんな感情を抱いているのだろう。
赤木 叶恵
……良くは思われていないに、違いない。だからこうして、目の前の相手を悲しませている。
迷ノ宮 光葉
「あ、あやまらないで、ください……っ」
迷ノ宮 光葉
「叶恵さまは、わるく、ないんだから……」
迷ノ宮 光葉
まだ、涙が尽きないけれど、地面に落とした荷物を拾い、叶恵の手を握った。
赤木 叶恵
「……光葉さんが自分を責めるんなら、それは通らないでしょ」
迷ノ宮 光葉
「………そ、それでも、それとこれとは、ちがうから……」
迷ノ宮 光葉
「…………わ、わたくしも、わかりません!」
赤木 叶恵
「引っ越し、手伝ってくれてありがとう」
赤木 叶恵
「新居、紹介するよ。って言っても狭くて何もない家だったけど」
迷ノ宮 光葉
まだ、泣きやめないまま、彼女の手を引いてあるき出した。
迷ノ宮 光葉
人は生きている限り、どこかに向かい続ける。
迷ノ宮 光葉
呪いの言葉をかけられても、それはでも、生きているから。
迷ノ宮 光葉
自分は、叶恵が生きていて、生き続けることを選択して、歩み続けていることが、とても嬉しかった。
迷ノ宮 光葉
だから、自分も守るなんて大口はもう叩け無いけど、でも、彼女のそばで生き続ける選択をしたいとは、思う。
赤木 叶恵
この道も、もう見納めだ。当分来ることはないだろう。
赤木 叶恵
この先には学校がある。そこにも、もう通う事はない。
赤木 叶恵
結局、出席日数だとか何だとか、そんな事はやっぱり気にしなくてよかったのだ。
赤木 叶恵
戦う理由を、守りたい人を……失ったあの日。
赤木 叶恵
けれど、まだ全てが消えていない事に気づいた。
赤木 叶恵
戦う理由は、守りたい人は──まだ、居るんだ。
GM
モノビースト:ワンダー・トリップ・ラヴァーは斃された。
GM
ひなたに草花が芽吹き、射し込む陽光にまどろむその時節、
ブラッドムーンキャンペーン『R:クロニック・ラヴ』