幕間3
赤木 叶恵
狩人として仲間と組んだ経験から何度か。
赤木 叶恵
……一般人の見舞いに来るのは久しぶりだ。
赤木 叶恵
あるいは、もう、そう呼んではいけないのかもしれないが。
赤木 叶恵
ある意味では、狩人社会の方が気楽だ。相手を気遣って花や見舞いの品を持ってきたりとか、そういうのが苦手なものだから。
赤木 叶恵
シキムラってそう書くんだ、などと思いながら、扉の前をうろうろする。
赤木 叶恵
……狩人相手は気楽だ。あんまり気遣わなくていいから……
赤木 叶恵
「ちっす!」勢いをつけて部屋へと入る。ちょっと声が跳ねた。
敷村 修也
「び、びっくりした……ノックぐらいしてくださいよ」
敷村 修也
「居なかったら不在表示になってますよ……」
赤木 叶恵
「そうだっけ?とりあえず座るね。あ、座っていい?座る……」
敷村 修也
「ええ、どうぞどうぞ。荷物も空いてるところにおいてください。何か食べますか?」
敷村 修也
近くに置いてあるいいところの洋菓子が入っているであろう缶を開く。
中身は1/4ほど減っていた。
敷村 修也
「どうぞ。たくさんありすぎて食べきれないんで……」
敷村 修也
「ありがたいんですけど、来る人来る人みんな持ってきてくれたので……もうほとんど置いておく場所もないんですよ」
敷村 修也
「顔が広くていい顔ばかりしてるだけですよ」
敷村 修也
「それに俺はそういう顔の使い方をするのがたまたま得意でしたからね」
赤木 叶恵
赤木叶恵は世渡りが上手くない。夜の世界へと潜ってからはより一層、世界との関わりに疎くなっていった。
赤木 叶恵
さまざまな言葉が出かかっては消えていく。それらの言葉のほとんどは、表に生きた人間が発する眩しさへと感じた隔意と嫉妬によるものだった。
敷村 修也
「これからですか?………狩人として、生きていくつもりです」
敷村 修也
「考える時間はたくさんありましたからね。……赤木さん以外にも伝えてますし」
敷村 修也
「あ、いや。ちょっと意外で。てっきりやめておけとかそういうことを言われるものだと……」
赤木 叶恵
「ん。別に。やめるのもそれはそれで大変だし」
赤木 叶恵
缶の中身に手を付ける。ぺりぺりと包装をめくって口の中に。
敷村 修也
「ええ、そうですよね。……どこに行こうが、俺だけじゃなくて、両親も周りの人も狙われる可能性がありますし……」
敷村 修也
「………赤木さんは、やっぱり家族のこともあって、狩人をやってるんですか?」
赤木 叶恵
「狩人やってる目的は、家族を守ることではあるんだけど……」
赤木 叶恵
「接触者、っていうのがあって。聞いたことある?」
赤木 叶恵
「敵の……あいつらの血とか肉とかを、食べたり埋め込まれたりして取り込んじゃった人間のこと」
赤木 叶恵
「普通に人として生きてくのが難しくなっちゃって」
赤木 叶恵
「自分とか……自分の周囲をさ、メチャクチャにしようとしてくる奴がもう、見たくなくても見えちゃうんだよ。しかもそいつはとびっきりに美味しそうに見えるんだ」
敷村 修也
狩人のことを何も知らない自分でも赤木さんが答えてくれた内容が尋常じゃないことはよくわかる。
敷村 修也
日常の生活がとか、襲ってくるから身を守るためとか、そういう受け身な理由だけではない。
敷村 修也
「………それは、その、海野の”アレ”とはまた違ったもの、ですか?」
敷村 修也
「いや、すみません。聞くことじゃないですね」
赤木 叶恵
「そっちから見たら、同じようなもんじゃない?」
赤木 叶恵
「でも人間の血を吸いたいとかはあたしは特にないから、やっぱり違うかな?」
赤木 叶恵
「それとも、どっちも化け物みたいなもんかな? って言ったら、海野さんに失礼だったりする?」
敷村 修也
「でも、狩人の中には海野のような半吸血鬼や、赤木さんのような接触者は、ある程度いるんですよね?」
敷村 修也
違う国の人が混ざっているようなものですよ、とは言えなかった。
欺瞞だ。表面上だけ取り繕うような言葉を続けるのも嫌だった。
敷村 修也
何より自分は海野が血を吸う姿を見て止めることもできなかったのだ。
そんな自分が何か言えることがあるというのか。
敷村 修也
「……俺も狩人として生きていくなら、すぐに慣れると思います」
赤木 叶恵
「……組織によって、そういう人の割合は偏るし……」
赤木 叶恵
「普通に化け物扱いされたりするよ。むしろあいつらの憎さを知れば知るほど、あいつらが混ざった奴のことも嫌いになるかも」
敷村 修也
「どうしても今は海野のあの光景がよぎっちゃいますけど、それでも一緒に化物を倒そうとしてる人に、化け物だとか思いたくないです。言いたくもありません」
敷村 修也
「……まだちょっと、びっくりしてますけど」
敷村 修也
「海野も赤木さんも、ああいうところを見たり言われたりしないとわからなかったですし」
赤木 叶恵
「……一緒に化物を倒そうとしてる人、って考え方は……」
赤木 叶恵
「ぶっちゃけ、あんまりハンター同士って仲良しってわけでもないよ」
赤木 叶恵
「うちはD7ってとこだけど、異形のモノビーストハンターに出会ったら殺せ、なんて通達も出てる。あたしは異形だから複雑だよ」
敷村 修也
「組織同士の対立も結構あったりするんですか?」
赤木 叶恵
「あー、結構あるみたいだよ。あたしが見たのは組織同士じゃなくて個人間で対立してるのばっかだけど」
赤木 叶恵
「変な組織に使われちゃダメだよ。最悪ハンター同士で殺し合いなんて事になるんだから」
敷村 修也
「うわ……。海野にどこか適当に紹介してやるって言われてるんですけど」
赤木 叶恵
「……まあ海野さんなら詳しいだろうから、そのへんは考えると思うけど」
赤木 叶恵
「海野さんがどんな事を考えるかとかに関しては敷村さんの方が詳しいだろうし、色々聞いたうえでそれに従うかは自分で決めればいいんじゃない」
敷村 修也
「多分、同じようなこと考えてるとは思うんで、大丈夫だとは思いますけど……」
敷村 修也
何も知らない世界の何も知らない組織について知ることは難しい。
少なくとも、紹介してもらう時に海野に希望するイメージを伝えることはできる。
敷村 修也
「何も知らないので助かりました。あの、接触者のことも。赤木さんに言いづらいことを言わせてしまって申し訳ないですけど、自分を助けて手伝ってくれた人から聞けてよかったです」
赤木 叶恵
「……気持ち悪いって言っても別にいいのに」
敷村 修也
「………まぁ、実際にそういう場に居合わせたら、また動けなくなるかもしれませんけど。いまこうやって話してる分には……」
赤木 叶恵
「……戦う時にすごく不細工になるんだよ。あんまり見ないでくれると助かる」
敷村 修也
「気を失ったせいで記憶が曖昧なのかな……お医者さんにはそんなこと言われなかったんですけど」
赤木 叶恵
「そう?特に何も見てないなら助かるけど」
赤木 叶恵
「あたしがゾンビみたいな顔になってもびっくりしないでね」
敷村 修也
「………びっくりはするかもしれません。さきにごめんなさいしときますね」
敷村 修也
「冗談あんまり上手じゃないんですよ。安武さんみたいにうまくはできません」
赤木 叶恵
「安武はボケとツッコミ両方に使えて便利だよね」
敷村 修也
「気さくで話しやすくてありがたいですね。ムードメーカーって感じで」
赤木 叶恵
「あいつのせいでゆるい友達サークルみたいになったんだよ」
敷村 修也
「ははは、でも安武さんと赤木さんのお茶のやりとりとかなかったら、俺はもっとガチガチに緊張してたし、気持ちを切り替えられなかったかもしれません」
赤木 叶恵
「前にも何度かあったんだ。今回みたいに……巻き込まれた一般人と共闘したこと」
赤木 叶恵
「死んだ。ガチガチになって、何もできないまま」
赤木 叶恵
「生き残った一般人ハンターのお見舞いに来るのは、初めて」
敷村 修也
「どういう顔して、なんて言えばいいか……」
赤木 叶恵
「そのお陰で生きてるんだから、良い事じゃん」
敷村 修也
「……そうですね。少しはそう思うことにします」
赤木 叶恵
「でも最初のうちが一番死にやすいから気を付けてね」
赤木 叶恵
「何かあったら、あたしのことも頼ってくれていいから」
敷村 修也
「そうします。赤木さんは頼りになりますからね」
赤木 叶恵
「……! まあ、先輩だしこれぐらいは普通だし!」
敷村 修也
「赤木先輩よろしくおねがいしま~す!」
赤木 叶恵
「ま、まずはさっさと退院してからね!」
敷村 修也
「はい、ちゃんと体を治して次に備えます」
敷村 修也
「今日はいろんなことが聞けて嬉しかったです」
赤木 叶恵
「そろそろ帰る」気付けば缶は空になっていた。あまり考えずにそのまま置いておく。
赤木 叶恵
先輩風を吹かすことで何とか自尊心を保てているが、うまく踊らされているような気もする。
赤木 叶恵
年上の後輩は……苦手だ。けれど、命を繋いでしまった狩人がいるならば、ちゃんと生き残れるように支えてみたい。
赤木 叶恵
かつて、憧れた人が自分にしてくれた事だから。