幕間4

GM
2021年11月20日、未明。
GM
夕暮れどきには蝕まれていた月は、今はまあるく輝く満月に戻って、
GM
西の空へと傾きつつある、夜明け前。
GM
夜間営業中のファミレスにて、
海野標
狩猟後の食事を摂る海野標が、あなたの対面に座っている。
海野標
まあまあ食べます。結構食う。ハンバーグとか頼んでる。ライス付きで。
海野標
長引いた回だと糖分も加えたりしますが、今回はそこまで大変ではなかったので、頼んでいないようでした。
安武 陸
多分同じくらいは食べます。 ミックスグリルとかにライスを付けてる感じで。
安武 陸
深夜だけど動いたので腹は減った。
海野標
深夜のファミレスによく食べる大学生と高校生の男二人が。
海野標
学ラン着てますが、まあ一緒に大学生っぽい人もいるし、結構よく来るとこなので、見逃されてます。
海野標
見逃してくれるタイプのファミレスやら店やらを把握している。
安武 陸
スーツで来たこともあるファミレスなので、店長、安心して油断してください。
海野標
油断しろ油断
海野標
今回の狩りはクイーンほど手こずることもなく。
海野標
怪我人は出たし、陸も軽い怪我はしたものの、入院するような怪我とは程遠く、
海野標
なので軽い手当てをしただけで、こうして食事を摂ることが可能になっている。
海野標
ハンバーグにナイフを入れる。鉄板と金属の擦れ合う音がする。
安武 陸
「いや~、今回はほんと、でっかいケガなくてよかった」
安武 陸
さっきからずっとその話をしている。
海野標
「前回がまあまあ散々だったからな……」
安武 陸
「前回に比べたら、も~、毎回こういう感じであってくれって思いますね~」
安武 陸
「もっと弱くてもいいけど」
安武 陸
機嫌よさそうに、グリルされたチキンを頬張る。米もかっこむ。
海野標
「あんま希望を抱きすぎんなよ~」
安武 陸
「いいじゃないっすか、今くらいはさ。ど~せすぐに希望打ち砕かれるんだから」
海野標
「虚しくならねえ? それ」
海野標
切り分けたハンバーグから溢れる肉汁にうーん、となり、
海野標
なるべく断面を浸し直している。
海野標
フォークで刺して、口に運ぶ。
安武 陸
「そりゃあ虚しいかもしんないけど、俺はこういう小さい幸せや安心を拾っていきたいんですよ」
海野標
顎を動かしています。
安武 陸
「そうしないと、クソみてーな人生しかないじゃないっすか」
海野標
飲み下す。
海野標
「ま」
海野標
「それで精神が保たれるんなら、それでいいか」
海野標
スプーンを取ってライスを掬った。
安武 陸
どんな状況でも、小さな幸せや安心を得ることはできる。
安武 陸
それは普通の人生でも同じだ。 受験に落ちても、就職が決まらなくても、恋人に振られても、それでもう幸福になれない訳ではない。
安武 陸
それに気が付くまでは、大変だった。
安武 陸
「そうそう。こういう感じで精神を保ってます」
安武 陸
「実際、最初の頃に比べたらマシになったでしょ」
海野標
米を噛んでます。
海野標
よく噛む。食べてる間は喋らない。
海野標
答える代わりに頷いた。
海野標
「最初はなー」
海野標
「大変だったからな……」
海野標
「マジで……」
海野標
目の前の陸を通り過ぎてもっと遠くを見るような目をします。
安武 陸
最初の頃は、本当に大変だった。
安武 陸
陸はただの一般人で、それまでモンスターとは無縁の人生を送っていて。
安武 陸
ただ、生にしがみつくことしかできなかった。
安武 陸
「……そーなんだよな~」
安武 陸
深夜の住宅街を、男が通話しながら歩いている。
安武 陸
「つってもさー、やっぱ髪切りたくねーよー。 インターンやりたいけどさー」
安武 陸
どうしよっかな~、とぐちぐち言いながら、静かな道路を歩く。
安武 陸
空には煌々と満月が輝いている。 場所を選べばいい写真が取れるだろうが、このあたりでは大した構図は作れない。
安武 陸
「だから……、話聞いてる? お前もう寝ろよ、声が寝てるって」
安武 陸
通話を切って、ため息。
安武 陸
今日は友人がインターンに落ちた記念の飲み会を行っていた。
安武 陸
自分も他人事ではない。そろそろ真面目に就職活動をしていかなければならない。
安武 陸
なんなら、ゆっくりしすぎているくらいだ。
安武 陸
量産型のスーツ姿の短髪の男になることに、憂鬱な思いを抱く。
安武 陸
しかし、受け入れるべきことだ。 そうしなければ、自分は生きていけないのだろうと分かるから。
安武 陸
「あ~あ、髪、切るかぁ……」
GM
ひた、と
GM
陸の耳に、不意に濡れた音が届く。
GM
ひた
安武 陸
「?」
GM
ひた ひたり
安武 陸
雨は降っていない。
GM
濡れた音。どこか粘ついた。
GM
同時に耳障りな、なにか硬いものの擦れる高い音。
安武 陸
通行人、という足音ではない。というより──人間の足音とは思えない。
GM
それはあなたの前方から聞こえている。
GM
目の前には何もない。
GM
一切の闇。空には煌々と満月が。
安武 陸
街灯は何も照らしていない。
安武 陸
周囲を見回すが、何も見つからない。
GM
不意に、
GM
血が滴り落ちて、陸の足元で弾けた。
安武 陸
「……は?」
GM
その血は陸の頭上、前方から落ちている。
GM
見上げれば。
安武 陸
足元を見る。頭上を見る。
GM
先程まで何もなかったはずの空間に、
GM
真っ赤な大鎌を振り上げた、黒い人影が立っている。
安武 陸
「わ」
安武 陸
「うわ」
GM
大鎌の刃先から血が落ちる。
安武 陸
「わぁーーーっ!!」
GM
その刃先はあなたを向いている。
安武 陸
慌てて逃げ出す。足を滑らせる。
GM
足元に落ちたはずの血が、いつしか陸の足に絡みついている。
安武 陸
それでも、足を噛まれた草食獣のように必死に。
GM
縫い止められている。
GM
足が動かない。
GM
逃げられない。
安武 陸
「えっ、なに!?」
安武 陸
血が、足に。
安武 陸
どういうことだ?
GM
黒い影は悠然と陸へと歩み寄る。
安武 陸
血は突然虚空からこぼれたりしないし、足を縫い止めることもないはずだ。
GM
改めて、大鎌を構え、振り上げて。
安武 陸
「やめて……、お願いします! 殺さないで!」
GM
あとは刃を落とすだけ。
安武 陸
「いやだ! 俺は、死にたくない……」
安武 陸
「死にたくない!!」
GM
ただそれだけ。
安武 陸
死ぬ。 こんなところで。
GM
それだけで、その首が――
安武 陸
わけもわからずに。
安武 陸
誰も助けてくれないまま。
GM
命が絶たれる。
海野標
その寸前に、
海野標
光が、一閃。
海野標
赤い大鎌を弾き返して、
海野標
黒い影の胸を貫く。
安武 陸
「え……」
GM
「――っぐ」
GM
たたらを踏む。血を落としながら。
海野標
その人影と、陸の間を塞ぐように
海野標
一人。
海野標
黒衣の男が日本刀を携え、片マントを翻して立っていた。
安武 陸
その冗談みたいな服を着た、男の背を見上げる。
海野標
「ったく」
安武 陸
声が若い。 年下かもしれない。 なんだこれは?
海野標
「女好きの”スウィンガー”様がよ」
海野標
「男の血を狙うたぁ、相当に追い詰められたか?」
海野標
男の声は目の前の人影に向けられている。
安武 陸
冗談みたいな怪物に殺されかけて、冗談みたいな男に助けられている。
海野標
陸のことを振り返ることなく、その怪物へと距離を詰める。
海野標
再び、刀を振るった。
海野標
剣戟の音。火花が散る。
海野標
ドラマや映画の中でばかり見るような光景。
安武 陸
夜な夜な化け物と戦うヒーロー、みたいな話は嫌いではない。
安武 陸
嫌いではないが、それが現実になって欲しいと思ったことなど、一度もない!
安武 陸
ましてや、自分が襲われる側なんて!
海野標
長刀で鎌をいなしながら、手元に握った短刀で黒い影の懐を狙う。
安武 陸
あんな化け物、存在しないはずだ。 いや、しかし確かにそこにいる。
海野標
その刃が、再び胸元を貫き――
海野標
しかし、その矢先に影が霧散する。
海野標
空振る。
海野標
「っち」
海野標
舌打ち。
安武 陸
どう見ても、コスプレした人間がふざけているようには見えない。
海野標
「逃げたか」
海野標
「チキン野郎が」
海野標
懐からスマホを取り出して何やらいじりだす。
安武 陸
人間は、霧散できないし……、という至極当然のことを考える。
海野標
ファンタジーめいた格好に似合わず、現代の電子機器を使っている姿が、奇妙に滑稽だった。
安武 陸
しかし、それが逆に実在性を帯びさせる。
海野標
「あ」
海野標
「楠瀬さん? こっちで見っけた」
海野標
「でも逃げられた。男食おうとしてたから、そろそろなりふり構ってねえかも」
海野標
「気をつけて。んじゃ後で」
安武 陸
食おうとしていた……、俺は、食われそうになっていたのか?
安武 陸
現代社会で、人間が、食われる?
海野標
通話を切る。
海野標
それからようやっと、思い出したように陸を見下ろした。
安武 陸
そんな、冗談みたいな。
安武 陸
震えた顔で、マントの男を見上げる。
海野標
片手に握った日本刀が消え失せる。手品のように。
安武 陸
消えた刀に怯えたように、わずかに後ずさる。
海野標
そうしてずかずかと陸の方へと近づきつつ――
海野標
「……あー」
海野標
「どうしたもんかな」
海野標
目の前で足を止めて、しゃがみ込んだ。
海野標
目線が近づく。
安武 陸
男が言葉を発した。 日本語で、理解できる言葉だ。
海野標
「なあ、お前」
安武 陸
「はっ、はい」
安武 陸
声が裏返った。
海野標
膝をついている。
海野標
「どうされたい?」
安武 陸
「どう……って」
海野標
「今見たことぜーんぶ忘れたフリして」
安武 陸
距離が近付いたことに怯えて、また半歩ほど後ずさる。
海野標
「なかったことにして日常に帰るか」
安武 陸
そうしたい、そうさせてくれ、と思う。
海野標
「諦めて、こっち側の」
海野標
「ろくでもねえ自己防衛の世界に来るか」
海野標
「とりあえずは二つに一つだ」
安武 陸
「そんな」
海野標
「好きに決めろ」
安武 陸
「自己防衛って、やる意味……、自己防衛?」
海野標
「自己防衛」
安武 陸
「自己を……、守らないといけないんですか……?」
海野標
「まあ、そうしなくても守ってもらえるんなら」
海野標
「それに越したことはないんだけど……」
安武 陸
「え……?」
海野標
「常にそうなるとは限んねえからな……」
安武 陸
混乱しながらも、見える話の線がある。
海野標
改めて、スマホの画面を確認している。
安武 陸
「あの、あの」
海野標
何かメッセージが来ているらしい。指を動かしている。
安武 陸
「ああいう化け物って、結構出るんですか……?」
海野標
「まあ、出るときは出る」
海野標
「んで、まあ」
海野標
「一回見ちまうと、残念ながら半分はもう”こっち側”だ」
海野標
「まあまあ狙わられやすくはならぁな」
安武 陸
「え?」
海野標
スマホの画面をタップする。
安武 陸
「いままで……あんなの全然見えなかったのに……」
安武 陸
怯えて後ずさりして距離を取っていたが、今度はにじり寄るように。
海野標
「運がなかったなー」
海野標
言いながら、陸の方へと視線を移したが。
安武 陸
「あの、あの、じゃあ、なかったことにして日常に帰ったら、普通に殺されて終わりなんじゃ……」
海野標
「その場合は、あれだな」
海野標
「また俺みたいなのが運良く来てくれることを祈る感じで」
海野標
腰を上げる。立ち上がった。
安武 陸
「まって!!」
安武 陸
ズボンに縋り付く。
海野標
「うわっ」
海野標
さすがにちょっとヒいた。
安武 陸
「運良くって!! 無理でしょ!!」
海野標
「今回運良かっただろ!」
安武 陸
ヒいてる間に、子供が親の足にしがみつくみたいな感じでがっちりホールドする。
安武 陸
「次も運がいいとは限らないじゃないですか!! 俺のこと守ってくださいよ!!」
海野標
「俺の話聞いてたか!?」
海野標
「忘れるか自己防衛かって話したんだけど!」
安武 陸
「聞いてたけど!! こうなるでしょ!!」
海野標
ずりずり足を引いていきますが……
安武 陸
「俺一個も変なこと言ってないでしょ!!」
海野標
「じゃあせめてやるかやらないかで言え!」
海野標
「仕方ないだろ! そういうもんなんだから!」
安武 陸
「…………」
海野標
「…………」
安武 陸
マントを着た男の足にしがみついた成人男性は、震えてた。
海野標
しかめ面でその様を見下ろしている。
安武 陸
涙をぽろぽろとこぼして、かたかた鳴る歯で、答える。
安武 陸
「やります……」
海野標
「……よし」
海野標
「よく言った」
海野標
はあ、と大きく溜め息。
安武 陸
鼻をずび、とすすり上げて、立ち上がる。
海野標
「じゃあ、とりあえずは狩りに加わってもらうかね」
海野標
立ち上がった陸の腕を掴む。
安武 陸
「えっ、今から?」
海野標
「人手不足の業界でね」
安武 陸
「俺、見ての通り完全完璧素人ですけど……」
海野標
「棒持って振るくらいはできるだろ」
安武 陸
「そりゃあ、できますけどぉ……」
海野標
「そういうことで」
海野標
答えを訊かず、アスファルトの道路を蹴る。
海野標
陸を背に担ぎ、
海野標
建物を駆け上がり、
安武 陸
「あっ、えっ!? うわあっ!!」
海野標
街の空を跳び上がる。
安武 陸
見知った景色が、どんどん後ろに流れてゆく。
海野標
空は深い藍色。
安武 陸
日常が遠い所へ。
海野標
深海のような暗い蒼に、満月がぽっかりと浮かんでいる。
海野標
「あれは吸血鬼。通称は”スウィンガー”」
海野標
「女好きのクソヤロウで、獲物の首を跳ねて断面から血を啜るのを好む」
安武 陸
「きゅう……けつき!?」
安武 陸
通話の内容を思い出している。男に手を出したと言っていた。
海野標
空を駆けながら、語る。
海野標
「夜が明ける前にはケリをつけたい」
海野標
「ってことだから、キリキリ働け」
安武 陸
今泣いて嫌がっても、何も状況は改善しない。
安武 陸
受け入れるべきことだ。 そうしなければ、自分は生きていけないのだろうと分かるから。
安武 陸
「……あの」
海野標
「なに」
安武 陸
体の震えは止まらない。それでも、やるべきことは分かる。
安武 陸
「俺、安武陸、です」
海野標
「……海野標」
海野標
「標でいい」
海野標
「まあ、呼び方なんて好きにしろ」
安武 陸
街はいつもと変わらない様子で、人々の生活の灯りが輝く。
安武 陸
ただそこに、月光が注いでいるだけで。
安武 陸
それに初めて気が付いた夜だった。
安武 陸
一年ほど前の自分を思い出す。修也とは全然違う。
安武 陸
覚悟も何もなく、ただ死にたくないだけだった。
GM
あのときの戦いではそのまま入院コースまっしぐらだったが、一応命はとりとめた。
GM
流石に責任を感じたのか標が見舞いに来てくれもした。
安武 陸
「最初は大変だったな~、マジで人生の終わりって感じで」
海野標
「巻き込まれる時ってだいたいいつも急だからなあ」
安武 陸
「師匠がお見舞いにきてくれた時、ほんと嬉しかったんすよ~」
海野標
「え~……?」
海野標
マジ? みたいな顔しよる。
安武 陸
「なんていうか、世界に見捨てられた訳じゃないって思えたっていうか」
海野標
「…………」
安武 陸
「冗談みたいな状況でも、事情を理解して、心配してくれる人がいるって」
海野標
「……ま」
海野標
「一応巻き込んだ身だったしな」
海野標
「俺のせいじゃねえけど」
安武 陸
「つい昨日まで一般人だった奴からすると、本当ありがたいですよ」
海野標
「そりゃあ何より」
海野標
ドリンクバーのストレートティーを飲んでいる。
安武 陸
「最近は、巻き込んだことに責任感感じなくていいのにって思いますよ」
安武 陸
「師匠、そういうとこお人好しっすよね~」
海野標
「るっせ」
安武 陸
付け合せのコーンをフォークですくう。すくいにくい。
海野標
「人情だろ、人情」
海野標
「意外と大事だぜ」
海野標
「狩人やるなら」
安武 陸
「まぁ、それは確かに」
海野標
「だからお前も見舞いに行ったんだろ」
海野標
誰の、とは言わないが。
安武 陸
付け合せのコーンを、フォークでいじる。
安武 陸
「そうですね」
海野標
ソースの染みたポテトをフォークで取りあげる。
海野標
もぐむぐ……
安武 陸
「人情、人情っていうと人聞きはいいですけどね」
安武 陸
「それを利用しようとしてる自分もいて、時々嫌になりますよ」
海野標
「打算でもいいと思うがね、俺は」
海野標
「それで相手が助かってんなら、貢献はしてるだろ」
安武 陸
「助かってるならそうですけど」
安武 陸
「……そうじゃない時もあるじゃないですか」
海野標
「まあな」
海野標
「でも、まあ、今の敷村は助かるんじゃねえの」
海野標
「この前の狩りは、あいつには劇的すぎた」
安武 陸
「劇的だったなぁ……」
海野標
「その体験を共有できる相手との繋がりは、あって損がない」
海野標
「要するに」
海野標
「『世界に見捨てられた訳じゃない』」
海野標
「と思えるってのは、そういうことだろ」
安武 陸
「はは、こいつは一本取られましたな」
海野標
「なんだそりゃ……」
海野標
「師匠に向かって生意気だぞー」
安武 陸
「生意気な弟子でどうもすみません」
海野標
「殊勝になれ、もっと殊勝に」
安武 陸
フォークに突き刺していたコーンを口に運ぶ。
海野標
雑に横暴を言っています。
海野標
フォークでコーンをソースと肉汁に絡めている。
安武 陸
「俺結構殊勝だと思いますけどね~。 師匠に裸踊りしろって言われても、まぁまぁやりますよ?」
安武 陸
冗談を言いつつ、コップを手に取る。ストローからコーラを啜る。
海野標
「見たくねえ~」
海野標
率直な感想が出た。
安武 陸
「見たくねぇ~って言ってくれると思ったんで、裸踊りって言いました」
海野標
「やだな裸踊りさせる魔女とか出てきたら」
海野標
「お前ちゃんと波長合わせろよ」
海野標
「合ってないとやりかねねえぞ、裸踊り」
安武 陸
「がんばります……」
海野標
実際のところ波長がどうとかは頑張ってもどうしようもないのだが……
安武 陸
「師匠こそ……、なんか……、なんとかしてくださいよ……」
海野標
「俺はまあ……」
海野標
「…………」
海野標
「だいたい合うから……?」
安武 陸
「マジで合わせてくださいよ……。 師匠の裸踊り見たくないんで……」
海野標
実際陸の波長が合って標の波長が合わなかったパターンはないが……
海野標
「まあ、多分大丈夫」
海野標
「多分」
海野標
味を絡めたコーンをスプーンで掬った。
安武 陸
二人共波長が合わなくて、他のハンターに写真取られたりしたら最悪だなと思っている。
海野標
もぐもぐ……
海野標
「あるからなー、なんか」
海野標
「魔女の影響かなんか知らんけど」
海野標
「裸で街疾走したのが一生ネタにされてる人とか……」
安武 陸
「他人事とは思えない……」
海野標
「確か異動したんだっけ……」
安武 陸
頭を抱える。そんな人生嫌すぎる。
海野標
D7とかで……
海野標
「沖縄とか九州とか行ったとかなんとか」
安武 陸
インターネットオモチャになっているミーム写真を思い出したりしている。
海野標
バベルネットの悪ふざけは最悪!
安武 陸
「嫌だ……、沖縄みたいな就職率が低い土地に行きたくない……」
海野標
「理由がそこか~」
安武 陸
「……そういえば、ずっと気になってたんですけど」
安武 陸
「師匠は、将来どうするとかって考えてますか?」
海野標
「は?」
海野標
目を瞬いた。
海野標
「いきなり何。進路相談?」
安武 陸
「いやぁ、正直就活が全然思わしくなくて」
海野標
「まあ狩人じゃな……」
安武 陸
「修也くんから、師匠はあんまり学校真面目に行ってないって聞いて、師匠はどう考えてるのかなって」
海野標
「んー……」
海野標
眉を寄せる。
海野標
「まあ、高校出たらその後はその時かね」
海野標
「環境変わってるかもしんないし。お前が独り立ちしたり」
海野標
「俺くらいだとハンターでまあまあ稼いでるから、就活焦る必要とかないしな」
安武 陸
「なるほどな~。 やっぱ師匠レベルだと違うなぁ」
海野標
モノビーストはともかく、吸血鬼や魔女はうまく行けば狩りで稼げることもある。
海野標
資産を溜め込んでたりするからそれを横から奪えたり、魔女の遺物が高値で売れたりとか、そういう感じ。
海野標
「お前も最悪曙光とかクラブとかそっちの就職考えたら」
海野標
「まあ一生ハンター暮らしは確定になるが……」
海野標
結局それも今と大差ないっちゃないし……
安武 陸
「う~ん……、それだと生活が全部ハンターになっちゃいそうで……」
安武 陸
「……そっちの方が効率よさそうな気はするんすけど……」
海野標
「せっかく大学出てんのにという話にはなるな……」
安武 陸
「大学はまぁ、いいんですけど……」
安武 陸
どうせ就職で有利になる学部じゃないし……
海野標
いいんだ……って顔してる。
安武 陸
親が金だして遊ぶ時間くれたみたいなやつだし……
安武 陸
親……子供にむやみに金を出すな……
海野標
出してもらっといて……
海野標
「しかし、敷村ねー」
海野標
「なんか余計なこと言ってなかったか?」
安武 陸
「余計なこと?」
海野標
「知らんけど……」
海野標
「まあ、なんもないならいいわ」
海野標
「あいつ危なっかしいんだよな……」
安武 陸
「正直色々話聞きたかったんですけど」
安武 陸
「はぐらかされました」
海野標
「人当たり良さそうな割には黙るよな」
安武 陸
「ハンターの才能あるなって思いますよ」
海野標
「…………」
海野標
「そうかもな」
安武 陸
「あ、でも師匠が俺のこと褒めてたのは聞きましたよ!」
海野標
「うわー」
海野標
うわー。
海野標
「まあ足して二で割りたいよな、お前ら」
海野標
「……いや」
海野標
「やっぱいいわ」
安武 陸
「はは、それはそうかも」
海野標
何を考えたのか撤回した。
安武 陸
「いいんですか?」
海野標
「なんか最終的にどっちも手がつけられなくなりそうでヤダ」
安武 陸
ちょっと想像してみる。
安武 陸
手がつけられない要素……俺になくない?
安武 陸
修也くんにはあるかも……
海野標
薄めきれるかどうかが……
安武 陸
まぁ、修也くんの頑固さと、俺の死にたくなさが変な感じに混ざったら困るかもな……
海野標
「ま、あいつにもいい人紹介したし」
海野標
「多少丸くなってもらうのを祈るとするよ」
安武 陸
「曙光でしたっけ。 修也くんが騎士様かぁ~」
海野標
「ガラじゃなさそうだな……」
安武 陸
「そうですか? 陽キャだしいいんじゃないですか?」
安武 陸
「師匠はなんか王子様みたいな格好してるし、王子と騎士に挟まれますね」
海野標
「いやあ…………」
海野標
いやあ……になっている。
安武 陸
「俺はなんだろうな……、馬?」
海野標
「男に乗られたいん?」
安武 陸
「いや全然……」
海野標
「だよな」
安武 陸
「全く……」
海野標
「うん……」
安武 陸
首元の傷跡に意識が向きそうになったが、ミックスグリルの上のソーセージに集中することにする。
安武 陸
うまいな~。
海野標
もくもくとハンバーグの残りを食べています。
海野標
「あの時のライングループ」
海野標
ハロウィンの時のですね。
海野標
「たまに動いてるみたいだけど、まあ適度に保っとけよ」
安武 陸
「適度……っていうと?」
海野標
「そんな深読みはせんでよろしい」
海野標
「別に精一杯盛り上げなくてもいいけど、忘れられない程度にはな」
海野標
「さっきも言ったけど、繋がりってあって損ないしな」
安武 陸
「だってわざわざ言うから……」
海野標
「何事も程々が大事」
安武 陸
「分かってますよ、繋がりはあって損はない」
安武 陸
「それは俺としてもそうだし、他の奴からしてもそうだ」
安武 陸
「叶恵ちゃんとか、適度に動いてないと、いざという時に連絡できなさそうな気するし」
海野標
「あれはなんつーか有事の人材だから、意外と心配いらない気もするけどな」
安武 陸
「それもそうか。 俺より先輩だもんな」
海野標
「師匠もちゃんとした人だしな」
安武 陸
「師匠か……」
安武 陸
光葉の兄、叶恵の師。
安武 陸
「意識戻ってよかったですね。 俺も今のうちに仲良くなっておこうかな」
海野標
「どうだろうな……」
海野標
「どういう口実で見舞い行くんだよ、そもそも」
安武 陸
「確かに難しいですね……」
安武 陸
「光葉ちゃんとお付き合いさせて頂いています、みたいな嘘はリスクが高すぎるし……」
海野標
「誰が得するんだその嘘……」
安武 陸
「お見舞いには行けそうじゃないっすか」
海野標
「お見舞いに行くのが目的になってるぞ」
海野標
「仲良くするための手段なのに嘘ついてどうすんだ」
安武 陸
「叶恵ちゃんと付き合ってるってことにした方が、リスクは低いかもしれないっすね……」
海野標
「それはそれで……」
海野標
「その後が……」
海野標
その後が。
安武 陸
「いやまぁ、どっちもやりませんけど」
安武 陸
「面識ない人と仲良くなるの、難しいっすね~」
海野標
「機会が来たらでいいだろ」
海野標
「あ、そいえば」
海野標
「お前の初狩りで一緒だった楠瀬さん」
海野標
「あの人は昔迷ノ宮御影と組んでたって話だな」
安武 陸
「へぇ!」
海野標
楠瀬はバベルネット所属のハンターです。割と軽薄めな男でしたが、熟練の罠使いでもありました。
安武 陸
「じゃあ、とりあえず楠瀬さんに連絡してみようかな。 やっぱ師匠は頼りになりますね~!」
海野標
「今どんだけ交流あるかは知らねえけどな」
安武 陸
まぁ、寝たきりだったみたいだからな……。
海野標
「繋がりがモノを言うってのはこういうとこだよな、要するに」
海野標
「あんま交流とか得意な方じゃねんだけどな、俺も別に」
安武 陸
「それは……」
安武 陸
そうかも……
海野標
否定しねえなこいつ……
安武 陸
顔は広いけど……
海野標
「まあ、だからこそだ」
海野標
「大切にしとけよ」
安武 陸
「そうですね」
安武 陸
「俺にできるのはそのくらいしかないし」
海野標
「活かしとけ、長所」
安武 陸
「交流とか得意じゃない師匠の分も、がんばりまっす」
海野標
「はいはい」
海野標
「よろしくお願いしますよ、弟子殿」
安武 陸
「こちらこそ、引き続きお願いします。 お師匠様」