幕間4
GM
夕暮れどきには蝕まれていた月は、今はまあるく輝く満月に戻って、
海野標
狩猟後の食事を摂る海野標が、あなたの対面に座っている。
海野標
まあまあ食べます。結構食う。ハンバーグとか頼んでる。ライス付きで。
海野標
長引いた回だと糖分も加えたりしますが、今回はそこまで大変ではなかったので、頼んでいないようでした。
安武 陸
多分同じくらいは食べます。 ミックスグリルとかにライスを付けてる感じで。
海野標
深夜のファミレスによく食べる大学生と高校生の男二人が。
海野標
学ラン着てますが、まあ一緒に大学生っぽい人もいるし、結構よく来るとこなので、見逃されてます。
海野標
見逃してくれるタイプのファミレスやら店やらを把握している。
安武 陸
スーツで来たこともあるファミレスなので、店長、安心して油断してください。
海野標
今回の狩りはクイーンほど手こずることもなく。
海野標
怪我人は出たし、陸も軽い怪我はしたものの、入院するような怪我とは程遠く、
海野標
なので軽い手当てをしただけで、こうして食事を摂ることが可能になっている。
海野標
ハンバーグにナイフを入れる。鉄板と金属の擦れ合う音がする。
安武 陸
「いや~、今回はほんと、でっかいケガなくてよかった」
安武 陸
「前回に比べたら、も~、毎回こういう感じであってくれって思いますね~」
安武 陸
機嫌よさそうに、グリルされたチキンを頬張る。米もかっこむ。
安武 陸
「いいじゃないっすか、今くらいはさ。ど~せすぐに希望打ち砕かれるんだから」
海野標
切り分けたハンバーグから溢れる肉汁にうーん、となり、
安武 陸
「そりゃあ虚しいかもしんないけど、俺はこういう小さい幸せや安心を拾っていきたいんですよ」
安武 陸
「そうしないと、クソみてーな人生しかないじゃないっすか」
海野標
「それで精神が保たれるんなら、それでいいか」
安武 陸
どんな状況でも、小さな幸せや安心を得ることはできる。
安武 陸
それは普通の人生でも同じだ。 受験に落ちても、就職が決まらなくても、恋人に振られても、それでもう幸福になれない訳ではない。
安武 陸
「そうそう。こういう感じで精神を保ってます」
安武 陸
「実際、最初の頃に比べたらマシになったでしょ」
海野標
目の前の陸を通り過ぎてもっと遠くを見るような目をします。
安武 陸
陸はただの一般人で、それまでモンスターとは無縁の人生を送っていて。
安武 陸
ただ、生にしがみつくことしかできなかった。
安武 陸
深夜の住宅街を、男が通話しながら歩いている。
安武 陸
「つってもさー、やっぱ髪切りたくねーよー。 インターンやりたいけどさー」
安武 陸
どうしよっかな~、とぐちぐち言いながら、静かな道路を歩く。
安武 陸
空には煌々と満月が輝いている。 場所を選べばいい写真が取れるだろうが、このあたりでは大した構図は作れない。
安武 陸
「だから……、話聞いてる? お前もう寝ろよ、声が寝てるって」
安武 陸
今日は友人がインターンに落ちた記念の飲み会を行っていた。
安武 陸
自分も他人事ではない。そろそろ真面目に就職活動をしていかなければならない。
安武 陸
なんなら、ゆっくりしすぎているくらいだ。
安武 陸
量産型のスーツ姿の短髪の男になることに、憂鬱な思いを抱く。
安武 陸
しかし、受け入れるべきことだ。 そうしなければ、自分は生きていけないのだろうと分かるから。
GM
同時に耳障りな、なにか硬いものの擦れる高い音。
安武 陸
通行人、という足音ではない。というより──人間の足音とは思えない。
GM
真っ赤な大鎌を振り上げた、黒い人影が立っている。
GM
足元に落ちたはずの血が、いつしか陸の足に絡みついている。
安武 陸
それでも、足を噛まれた草食獣のように必死に。
安武 陸
血は突然虚空からこぼれたりしないし、足を縫い止めることもないはずだ。
安武 陸
「やめて……、お願いします! 殺さないで!」
海野標
黒衣の男が日本刀を携え、片マントを翻して立っていた。
安武 陸
その冗談みたいな服を着た、男の背を見上げる。
安武 陸
声が若い。 年下かもしれない。 なんだこれは?
海野標
「男の血を狙うたぁ、相当に追い詰められたか?」
安武 陸
冗談みたいな怪物に殺されかけて、冗談みたいな男に助けられている。
海野標
陸のことを振り返ることなく、その怪物へと距離を詰める。
安武 陸
夜な夜な化け物と戦うヒーロー、みたいな話は嫌いではない。
安武 陸
嫌いではないが、それが現実になって欲しいと思ったことなど、一度もない!
海野標
長刀で鎌をいなしながら、手元に握った短刀で黒い影の懐を狙う。
安武 陸
あんな化け物、存在しないはずだ。 いや、しかし確かにそこにいる。
安武 陸
どう見ても、コスプレした人間がふざけているようには見えない。
海野標
懐からスマホを取り出して何やらいじりだす。
安武 陸
人間は、霧散できないし……、という至極当然のことを考える。
海野標
ファンタジーめいた格好に似合わず、現代の電子機器を使っている姿が、奇妙に滑稽だった。
海野標
「でも逃げられた。男食おうとしてたから、そろそろなりふり構ってねえかも」
安武 陸
食おうとしていた……、俺は、食われそうになっていたのか?
海野標
それからようやっと、思い出したように陸を見下ろした。
海野標
片手に握った日本刀が消え失せる。手品のように。
安武 陸
消えた刀に怯えたように、わずかに後ずさる。
海野標
そうしてずかずかと陸の方へと近づきつつ――
安武 陸
男が言葉を発した。 日本語で、理解できる言葉だ。
安武 陸
距離が近付いたことに怯えて、また半歩ほど後ずさる。
安武 陸
「自己防衛って、やる意味……、自己防衛?」
安武 陸
「自己を……、守らないといけないんですか……?」
海野標
「まあ、そうしなくても守ってもらえるんなら」
海野標
何かメッセージが来ているらしい。指を動かしている。
安武 陸
「ああいう化け物って、結構出るんですか……?」
海野標
「一回見ちまうと、残念ながら半分はもう”こっち側”だ」
安武 陸
「いままで……あんなの全然見えなかったのに……」
安武 陸
怯えて後ずさりして距離を取っていたが、今度はにじり寄るように。
安武 陸
「あの、あの、じゃあ、なかったことにして日常に帰ったら、普通に殺されて終わりなんじゃ……」
海野標
「また俺みたいなのが運良く来てくれることを祈る感じで」
安武 陸
ヒいてる間に、子供が親の足にしがみつくみたいな感じでがっちりホールドする。
安武 陸
「次も運がいいとは限らないじゃないですか!! 俺のこと守ってくださいよ!!」
海野標
「忘れるか自己防衛かって話したんだけど!」
安武 陸
「聞いてたけど!! こうなるでしょ!!」
安武 陸
「俺一個も変なこと言ってないでしょ!!」
海野標
「仕方ないだろ! そういうもんなんだから!」
安武 陸
マントを着た男の足にしがみついた成人男性は、震えてた。
安武 陸
涙をぽろぽろとこぼして、かたかた鳴る歯で、答える。
海野標
「じゃあ、とりあえずは狩りに加わってもらうかね」
安武 陸
「俺、見ての通り完全完璧素人ですけど……」
安武 陸
見知った景色が、どんどん後ろに流れてゆく。
海野標
深海のような暗い蒼に、満月がぽっかりと浮かんでいる。
海野標
「女好きのクソヤロウで、獲物の首を跳ねて断面から血を啜るのを好む」
安武 陸
通話の内容を思い出している。男に手を出したと言っていた。
安武 陸
今泣いて嫌がっても、何も状況は改善しない。
安武 陸
受け入れるべきことだ。 そうしなければ、自分は生きていけないのだろうと分かるから。
安武 陸
体の震えは止まらない。それでも、やるべきことは分かる。
安武 陸
街はいつもと変わらない様子で、人々の生活の灯りが輝く。
安武 陸
一年ほど前の自分を思い出す。修也とは全然違う。
安武 陸
覚悟も何もなく、ただ死にたくないだけだった。
GM
あのときの戦いではそのまま入院コースまっしぐらだったが、一応命はとりとめた。
GM
流石に責任を感じたのか標が見舞いに来てくれもした。
安武 陸
「最初は大変だったな~、マジで人生の終わりって感じで」
海野標
「巻き込まれる時ってだいたいいつも急だからなあ」
安武 陸
「師匠がお見舞いにきてくれた時、ほんと嬉しかったんすよ~」
安武 陸
「なんていうか、世界に見捨てられた訳じゃないって思えたっていうか」
安武 陸
「冗談みたいな状況でも、事情を理解して、心配してくれる人がいるって」
安武 陸
「つい昨日まで一般人だった奴からすると、本当ありがたいですよ」
海野標
ドリンクバーのストレートティーを飲んでいる。
安武 陸
「最近は、巻き込んだことに責任感感じなくていいのにって思いますよ」
安武 陸
「師匠、そういうとこお人好しっすよね~」
安武 陸
付け合せのコーンをフォークですくう。すくいにくい。
海野標
ソースの染みたポテトをフォークで取りあげる。
安武 陸
「人情、人情っていうと人聞きはいいですけどね」
安武 陸
「それを利用しようとしてる自分もいて、時々嫌になりますよ」
海野標
「それで相手が助かってんなら、貢献はしてるだろ」
安武 陸
「……そうじゃない時もあるじゃないですか」
海野標
「でも、まあ、今の敷村は助かるんじゃねえの」
海野標
「その体験を共有できる相手との繋がりは、あって損がない」
安武 陸
フォークに突き刺していたコーンを口に運ぶ。
海野標
フォークでコーンをソースと肉汁に絡めている。
安武 陸
「俺結構殊勝だと思いますけどね~。 師匠に裸踊りしろって言われても、まぁまぁやりますよ?」
安武 陸
冗談を言いつつ、コップを手に取る。ストローからコーラを啜る。
安武 陸
「見たくねぇ~って言ってくれると思ったんで、裸踊りって言いました」
海野標
実際のところ波長がどうとかは頑張ってもどうしようもないのだが……
安武 陸
「師匠こそ……、なんか……、なんとかしてくださいよ……」
安武 陸
「マジで合わせてくださいよ……。 師匠の裸踊り見たくないんで……」
海野標
実際陸の波長が合って標の波長が合わなかったパターンはないが……
安武 陸
二人共波長が合わなくて、他のハンターに写真取られたりしたら最悪だなと思っている。
海野標
「裸で街疾走したのが一生ネタにされてる人とか……」
安武 陸
インターネットオモチャになっているミーム写真を思い出したりしている。
安武 陸
「嫌だ……、沖縄みたいな就職率が低い土地に行きたくない……」
安武 陸
「……そういえば、ずっと気になってたんですけど」
安武 陸
「師匠は、将来どうするとかって考えてますか?」
安武 陸
「いやぁ、正直就活が全然思わしくなくて」
安武 陸
「修也くんから、師匠はあんまり学校真面目に行ってないって聞いて、師匠はどう考えてるのかなって」
海野標
「環境変わってるかもしんないし。お前が独り立ちしたり」
海野標
「俺くらいだとハンターでまあまあ稼いでるから、就活焦る必要とかないしな」
安武 陸
「なるほどな~。 やっぱ師匠レベルだと違うなぁ」
海野標
モノビーストはともかく、吸血鬼や魔女はうまく行けば狩りで稼げることもある。
海野標
資産を溜め込んでたりするからそれを横から奪えたり、魔女の遺物が高値で売れたりとか、そういう感じ。
海野標
「お前も最悪曙光とかクラブとかそっちの就職考えたら」
海野標
「まあ一生ハンター暮らしは確定になるが……」
安武 陸
「う~ん……、それだと生活が全部ハンターになっちゃいそうで……」
安武 陸
「……そっちの方が効率よさそうな気はするんすけど……」
海野標
「せっかく大学出てんのにという話にはなるな……」
安武 陸
どうせ就職で有利になる学部じゃないし……
安武 陸
親が金だして遊ぶ時間くれたみたいなやつだし……
安武 陸
「あ、でも師匠が俺のこと褒めてたのは聞きましたよ!」
海野標
「なんか最終的にどっちも手がつけられなくなりそうでヤダ」
安武 陸
まぁ、修也くんの頑固さと、俺の死にたくなさが変な感じに混ざったら困るかもな……
安武 陸
「曙光でしたっけ。 修也くんが騎士様かぁ~」
安武 陸
「そうですか? 陽キャだしいいんじゃないですか?」
安武 陸
「師匠はなんか王子様みたいな格好してるし、王子と騎士に挟まれますね」
安武 陸
首元の傷跡に意識が向きそうになったが、ミックスグリルの上のソーセージに集中することにする。
海野標
もくもくとハンバーグの残りを食べています。
海野標
「たまに動いてるみたいだけど、まあ適度に保っとけよ」
海野標
「別に精一杯盛り上げなくてもいいけど、忘れられない程度にはな」
海野標
「さっきも言ったけど、繋がりってあって損ないしな」
安武 陸
「分かってますよ、繋がりはあって損はない」
安武 陸
「それは俺としてもそうだし、他の奴からしてもそうだ」
安武 陸
「叶恵ちゃんとか、適度に動いてないと、いざという時に連絡できなさそうな気するし」
海野標
「あれはなんつーか有事の人材だから、意外と心配いらない気もするけどな」
安武 陸
「意識戻ってよかったですね。 俺も今のうちに仲良くなっておこうかな」
海野標
「どういう口実で見舞い行くんだよ、そもそも」
安武 陸
「光葉ちゃんとお付き合いさせて頂いています、みたいな嘘はリスクが高すぎるし……」
海野標
「仲良くするための手段なのに嘘ついてどうすんだ」
安武 陸
「叶恵ちゃんと付き合ってるってことにした方が、リスクは低いかもしれないっすね……」
安武 陸
「面識ない人と仲良くなるの、難しいっすね~」
海野標
「あの人は昔迷ノ宮御影と組んでたって話だな」
海野標
楠瀬はバベルネット所属のハンターです。割と軽薄めな男でしたが、熟練の罠使いでもありました。
安武 陸
「じゃあ、とりあえず楠瀬さんに連絡してみようかな。 やっぱ師匠は頼りになりますね~!」
安武 陸
まぁ、寝たきりだったみたいだからな……。
海野標
「繋がりがモノを言うってのはこういうとこだよな、要するに」
海野標
「あんま交流とか得意な方じゃねんだけどな、俺も別に」
安武 陸
「交流とか得意じゃない師匠の分も、がんばりまっす」
安武 陸
「こちらこそ、引き続きお願いします。 お師匠様」