幕間2
安武 陸
昼間の病院の廊下は、それなりに慌ただしい。
安武 陸
何かを運ぶ看護師、休憩室に集まってテレビを見る患者達、足早に移動する医師。
安武 陸
エレベーターで、車椅子の患者と居合わせた。
安武 陸
他人事ではない。自分や、修也もいつ車椅子生活になるか分からない。
安武 陸
敷村修也、と名が書かれた部屋を見つけて、ノック。
安武 陸
「やー! おじゃまします! どう?具合は?」
安武 陸
片手を上げて、明るく言いながら部屋に入る。
敷村 修也
病室のベッドに上半身を起こした状態で陸に笑顔を向ける。
荷物棚やテレビ台などにはお見舞いの品であふれていた。
安武 陸
「果物は死ぬほどもらってるかと思ってさー。 駅前に新しくできてた焼き菓子買ってきたんだけど、食べれる? ま、食べれなくても日持ちするからいいかって思って」
敷村 修也
「あ、安武さん。こんにちは。だいぶ動けるようになってきましたよ」
敷村 修也
そう言いながら焼き菓子を受け取る。
陸の目からも血色はよさそうで、無理をしていたり嘘をついているようには思えない。
安武 陸
勝手にベッドサイドの椅子に腰掛けて、荷物を置く。
安武 陸
「うん、思ってたより顔色いいし、経過よさそうだな」
安武 陸
「結構心配してたからさー、顔見れてほっとした」
敷村 修也
「ええ、俺も安心しました。安武さんも元気そうでなによりです。……魔女、海野と一緒にとどめを刺してくださったんですよね」
敷村 修也
「迷ノ宮さんから聞きました。最後に安武さんと二人でって」
安武 陸
「いや~、俺なんもしてないしてない。 師匠……標さんがなんとかしてくれたんだって」
安武 陸
「やっぱあの人はすごいよ。比類なき強さってやつ。
…… 修也くん、クラスメイトなんだって? 普段どんな感じ?」
敷村 修也
「それが、学校は休みがちなんで……俺もすぐにはピンとこなかったぐらいには印象にないんです。来ても保健室にずっといたり……たまに授業受けてる時も真面目に受けてるんで」
敷村 修也
「正直、学校に来てない目立たないやつって感じで。ほとんどの人が同じ感想だと思います」
安武 陸
「そっか……、あの人、そんなんでちゃんと卒業できんのかな……」
安武 陸
「忙しいのは分かるけど……、高校も学費とか……学費とか……かかってるだろうに……」
安武 陸
もっと学校行けとか言った方がいいのかな……
敷村 修也
「うーん……卒業するつもりもあまりないんじゃないですか?学校が特に狩人に配慮してるってことも、関係者が運営してるってわけでもないでしょうし……」
安武 陸
「あとちょっとなんだから……卒業して欲しいけどな……」
安武 陸
「師匠のこと、灰葉、って、呼んでたよな」
安武 陸
「話したくないなら、話さなくていいけど」
安武 陸
「知り合いだったのかなって……、ちょっと気になった」
敷村 修也
「まだ、話すにはちょっと……。それに、俺にもわからないことがいくつかあって……」
安武 陸
「ま、誰でも話したくないことくらいあるよな。特に魔女絡みはさ」
敷村 修也
「それに、本人からはそう呼ぶなって言われましたから。少なくとも今俺から話せることは……」
安武 陸
「いや、変なこと聞いて悪かった。 わからないことがあるなら、関係ありそうな話聞いたら伝えるよ」
敷村 修也
「ありがとうございます。そういえば、海野なにか言ってました?この前見舞いに来てくれたんですけど」
安武 陸
「なるようにはなる、なるようにしかならない、とは言ってた」
安武 陸
「……俺もまぁ、一般人からスタートだったし。 なるようにはなる……と思うよ」
安武 陸
「というか、俺は、俺よりよっぽど修也くんの方がハンターに向いてる気するわ」
敷村 修也
「海野は、安武さんぐらいの方がいいって言ってましたよ。狩人としては」
敷村 修也
「嫌がって、怖がってるぐらいの方がいいって」
安武 陸
「う~ん、俺にもそういう感じのこと言ってた」
安武 陸
パイプ椅子の上で、あぐらを組むように足を寄せる。
安武 陸
「俺は覚悟がないことで、かなり苦労したんだよ。 怖がってちゃ何もできないからさ。 だから、修也くんみたいな勇気が、羨ましいと思う」
安武 陸
「勇気っていうのは、めちゃくちゃ稀有な才能なんだ。 普通は泣いて、逃げて、武器なんか持てないって駄々をこねてもおかしくないもんだよ」
安武 陸
「そんなことをしても助からないって分かってても、行動を伴わせるのは難しい」
安武 陸
「だから、マジで修也くんのことすごいと思ってるし、尊敬してるよ」
敷村 修也
「………ありがとうございます。でも、俺のは……勇気でも何でもないですよ。ただあの魔女が………憎くて、どうにかしてやりたかっただけです」
敷村 修也
「俺だって最初は魔女を殴りつけることすらできませんでした。でも、そうやって足踏みしてたってあいつらは平気な顔で大切なものを踏みつけて壊して灰にしてくるってことがわかりました」
敷村 修也
「……だから、あの夜はただこれ以上魔女に好き勝手されたくなくて。それだけです」
敷村 修也
「そして、これからの生活も。あんなやつに狙われることになる、んですよね?」
敷村 修也
「海野は嫌そうでしたけど、あの夜が明けてから、クラスメイトや、友達や、先生や……両親とも話しました」
敷村 修也
「あ、もちろん今後のこととか、世間話とかそういうことをですけど」
敷村 修也
「それでやっぱり、そういう日常を失いたくないんです。俺は」
敷村 修也
「……そう言ったら、海野はすごく言いたいことがたくさんありそうでしたけど」
敷村 修也
狩人を続けるという決意の話を、最後にはははと笑って終える。
敷村 修也
「だからむしろ、怖くて嫌で、でも続けてる安武さんのことも尊敬してます」
安武 陸
「安全にやめられるなら、今すぐやめるんだけどさぁ~」
安武 陸
「俺田舎出身だからさ。山奥で1人自給自足の生活やって生きていく、とか絶対嫌なんだよ。 じゃ~、仕方ないじゃん?」
安武 陸
「スタバの新作フラペチーノ全然買えないってツイッターで愚痴りたいし、エモい写真をインスタに上げて、いいねの数で承認欲求満たしたいわけよ」
安武 陸
「俺は、ただ俺の人生を諦めたくないだけ。自分のことしか考えてないよ」
敷村 修也
「安武さんはそんなこと言いながら、自分より他人のことを気にするタイプに見えますよ」
敷村 修也
「まぁ、まだ安武さんのことを詳しく知らないですけど」
安武 陸
軽く笑う。 何と答えるか考える時間を作るために。自分より他人のことを気にする人間なら、修也の怪我は、一つ減っていたはずだ。
安武 陸
「……修也くんが思ってるよりは、かなり自分勝手な人間だよ」
敷村 修也
「じゃあ、そういうことにしておきます」
敷村 修也
「自称怖がりで自分勝手な先輩狩人ですけど、俺はそんな先輩狩人を尊敬してますからね~」
安武 陸
「で、だ。
そんな自分勝手な尊敬できない人間に、丁寧語で話さなくてもいいと思わないかい?」
安武 陸
「まさか断られるとは……、君、さては俺のこと全然気を許してないな……?」
敷村 修也
「そんなことないですよ。クラスメイトくらいには気やすい関係だと思ってますよ?」
敷村 修也
「背中を預けて戦った間じゃないですか」
安武 陸
「クラスメイトくらいって、結構心の距離にバラつきない?」
安武 陸
「ま、修也くんがいいならいいや。 でも、俺はタメ語で話すし、下の名前で呼ぶから、よろしく」
敷村 修也
「ええ、わかりました。よろしくお願いしますね、りっくん」
敷村 修也
「……っていうのは冗談ですよ、安武さん」
安武 陸
「はは、まぁ気が向いたらりっくんって呼んでくれてもいいぞ、修也くん!」
安武 陸
隠し事を抱えたままの握手。
欺瞞だ、と思う。
しかし、彼と仲良くしたいと思う気持ちに、嘘はない。
安武 陸
まだ包帯が巻かれた腕に響かないよう、軽く握って、手を離した。