エピローグ

GM
村を包んでいた桃色の霧が晴れる。
GM
ラビング・ラビットは倒れ、それが撒き散らしていた恋の毒は失われた。
GM
失われたのですが……
GM
ふと周囲に目を向ければ、あるいは耳をすませば
GM
まだ何やら村人たちの様子がおかしいことに気がつくでしょう。
GM
あるいは、自分の胸に手を当ててみてもいいかもしれませんね。
GM
恋の毒はきれいさっぱりなくなりましたが、芽生えた恋心はそうではありません。
GM
それはこれからも続いていくかもしれないし、ある日ふっと冷めるものかもしれません。
GM
普通の恋と同じように。
宮城ユウキ
「――――」
宮城ユウキ
薄れゆく恋毒に。
宮城ユウキ
同時に引き切らぬ心の挙措を悟り、理解する。
宮城ユウキ
なるほどこちらの絶望かと。
宮城ユウキ
自分の選び定めたそれが、これからも侵されゆく未来を知る。
宮城ユウキ
遅れて、
宮城ユウキ
ぐら、と意識が遠のいた。
宮城ユウキ
違う。揺れているのは意識だけではない。
宮城ユウキ
裁判の閉廷に気の抜けた身体が傾いで、
宮城ユウキ
どう、と地に倒れ臥す。
藤花
「ッユウキ!」
シェリ
「ユーキ!?」
藤花
あなたの近く、恋する相手のみを見つめていた瞳がパッと上がり、あなただけを捉える。
宮城ユウキ
横たわる少年がそれを知ることはない。
宮城ユウキ
浅い呼吸に投げ出された手が、血に濡れている。
藤花
「ちょっと、しっかりしいや!」
シェリ
覚束ない足取りで駆け寄って膝をつく。
藤花
半ば体を引きずるようにして、少年の元へ。
シェリ
呼吸は―あるけれど。
宮城ユウキ
辛うじての浅い呼吸に、低い体温。
一方で白い肌を血混じりに伝い落ちる汗。
宮城ユウキ
毒に侵されたものの病状。
宮城ユウキ
それは恋という毒でなく、
絶望という毒でもなく、
宮城ユウキ
あなたという女から齎された。
藤花
血に濡れた手をとって、脈を測る。多少の医学の心得が、少年の体が亡者と己の毒で限界を迎えつつあることを悟る。
藤花
結局こうなの?結局殺してしまうの?こうならないようにと思って、結局この終わりにしかたどり着けないの?
藤花
そんな
藤花
そんな馬鹿な話が、あってたまるか。
宮城ユウキ
どれほど呼びかけたとて、少年からのいらえはない。
宮城ユウキ
今なお血の気の失せゆくさまが明らかに。
宮城ユウキ
裁判で冴え渡ったあなたの才覚は、それを正しく読み取ってしまう。
藤花
……やれるかもしれないことが、ある。あるけれど、それはひどく怖くて。
シェリ
「…トーカ」
シェリ
震える女の手に、手を添える。
シェリ
「どうする?」
シェリ
「トーカは、どうしたい?」
藤花
「……シェ、り」
シェリ
「…なあに?トーカ」
藤花
少しだけひんやりとした体温。清浄で、私の好きな温度。
藤花
この人に、なら。この人と、なら。
藤花
「……っ、」
藤花
「たす、けて」
藤花
「うちが、毒血、吸い出すから」
藤花
「うちの毒やから、多分、やれるから」
藤花
「でも、そしたら血が足らんくなるし、新しく入ってしまう分があるし」
藤花
これだってかなり危うい選択なのだけれど、とても怖いのだけれど
藤花
シェリだって、限界に近い。全回復なんてできようはずもなく。
シェリ
精霊はただ静かに、あなたの決断を待つ。
藤花
毒の浄化をさせるのも、本当は危ういと思う。
藤花
「だから、そっちの分、シェリが補って浄化してくれたら、多分いける」
藤花
私の粘膜が直接注ぎ込んだ毒よりも、吸い出す毒の方が多分少なくて済む。そして私の毒は、私に即効性はない。
シェリ
「…わかった。まかせて」
藤花
だから、多分これなら。
藤花
でも、それは本当に怖いことで。死なせたくない人を、2人も、自分から毒に触れさせるなんて。
シェリ
ぼくも、本当のことを言うと限界が近いのだけれど…
シェリ
この子がはじめてぼくを頼ってくれたのだから。
シェリ
今のユーキを助けられるのはぼくだけなのだから。
シェリ
―もう、それだけで十分に過ぎる!
藤花
でも、死なせないって、生かすって決めた。
藤花
助けてくれるって、言ってくれた。
藤花
だから、やる。失わないために、やる。
藤花
この少年にとっては救われることも血を吸われることも残酷なことだけれど。
藤花
それでも、やる。
藤花
「……ありがとう、シェリ」
藤花
「あなたのこと……信じてる。…お願い。」
シェリ
「うん。 …大丈夫だよ、トーカ」
シェリ
「大丈夫、だから。ね?」
シェリ
手を握っていた手を、背中に回す。
宮城ユウキ
投げ出された手は今も力ない。
シェリ
藤花をあやすように、慈しむように。撫でてやる。
宮城ユウキ
浅い呼吸は最早止まりかけ。
宮城ユウキ
死者と見紛うばかりの肌白さ。
藤花
添われる体温に、慈しみの手のひらに、心臓がキュッと音を立てる。
藤花
背を押してくれる。
藤花
もう時間がない。脈を測るため手首を握る手はそのままに
藤花
太い血管の通る箇所、首筋に、噛み付く。
宮城ユウキ
歓喜の声はあがらない。
藤花
穴を開け、血を吸う。先ほどとは違い、なるべく毒を送り込まないように。
宮城ユウキ
あなたがこの少年の裡に混ぜた毒が。
藤花
私が汚してしまったものを、できるだけ取り除くように。
宮城ユウキ
あなたの意に従い、集められる。
宮城ユウキ
紛れもない化け物の所業。
宮城ユウキ
人間であっては叶い得ぬ力の行使。
藤花
人を殺す化け物の女が、化け物の力を、生かすために振るう。
藤花
そうして、与えた毒を、吸い尽くして
藤花
「ん……っ」
藤花
呼気と共に小さく声を上げながら、唇を離す。
藤花
少年の身を起こすように支えながら、自身は崩れ落ちる。
藤花
「ごめん、あと、おねがい」
シェリ
「うん。…頑張ったね、トーカ」
宮城ユウキ
その肉は力ないまま、人でなきものに預けられる。
藤花
あらゆる感情で揺れる瞳が、人でないあなたを見つめている。
シェリ
手を翳して、癒しを与えようとして―水を操る力すら残っていないことに気付く。
シェリ
で、あるならば。
シェリ
「……………ごめんね」
宮城ユウキ
いらえはない。
シェリ
その言葉は誰に向けたものなのか。
宮城ユウキ
あなたに抗う力のない肉体だけがある。
シェリ
精霊の中にも、その答えはない。
シェリ
少年の青ざめた唇に、己のそれを重ねる。
宮城ユウキ
反応もない。
交接はあなたの意のままに為される。
シェリ
体液を介して、愛を。癒しを。その身に満たす。
藤花
心の疵にまつわる権能を搾り尽くした女は、もはや言葉を発することはない。ただ揺れる瞳で、その様を見ている。
宮城ユウキ
冷え切った唇、毒に因る唾液の過剰分泌。
宮城ユウキ
あなたの愛はそれらの緩解を促す。
藤花
私の恋が、奪った分を、満たして行く様を。
シェリ
毒を飲み下して、毒を消す力を送り込む。
宮城ユウキ
力なく伸びた舌が口腔内に触れ合わされる。
宮城ユウキ
生々しい肉の接触に反して発揮される清ら癒しの力。
宮城ユウキ
この世界は狂っている。
シェリ
こんな世界でも、絶望にその身を灼かれていても。
シェリ
どうか。どうか。
シェリ
生きていてほしいと、願いを込めて。
シェリ
伸ばされた舌を絡め取って―己に残ったすべてを注ぎ込む。
GM
宮城ユウキ
月を見ている。
宮城ユウキ
赤い月を。
宮城ユウキ
もう一つの運命の夜を。
宮城ユウキ
父が、母が、腕の一振りで殺されるのを見た。
宮城ユウキ
妹が。
宮城ユウキ
年の離れた妹の身体が
宮城ユウキ
ただの肉塊として弄ばれるのを見た。
宮城ユウキ
まだ幼い妹が。
宮城ユウキ
指を喰まされ、肉をこじ開けられ、玩弄されるさまを。
宮城ユウキ
その憤怒を。その憎悪を。その赫怒を。
宮城ユウキ
――絶望を。
宮城ユウキ
心に深く刻み込んだ。
宮城砦
『――あ』
宮城砦
『なんだ』
宮城砦
『生きてたんだ』
宮城ユウキ
はずだった。
宮城ユウキ
月が。
宮城ユウキ
割られた窓から中天に、赤い赤い月が浮かんでいて
宮城砦
爛々とした瞳の輝きが
宮城砦
それ以上に眩しくて
宮城ユウキ
心を、奪われた。
宮城砦
『俺は君のこと引き取って面倒見てやることもできるけど』
宮城ユウキ
全てがどうでもよくなった。
宮城砦
『多分そうすると君はある程度吸血鬼に狙われると思うんだよねえ』
宮城ユウキ
その程度は構わないと思った。
宮城砦
『俺は君を引き取っても、吸血鬼を殺すことはやめない』
宮城砦
『それで俺の周囲が狙われることが分かってても』
宮城砦
『結局奴らは生きて存在し続ける限り誰かを狙うから、むしろ俺の近くでそれが起きるんなら、感知しやすくて助かるとすら思う』
宮城ユウキ
何もかも。どんな代償を払ってさえ。
宮城ユウキ
その光が、月が綺麗で、柔らかそうな髪をべったりと濡らす血の赤ささえ輝きを映え立たせて。
宮城ユウキ
だから。
宮城砦
『その上で聞くけど、君はどうする?』
宮城砦
『俺と一緒に来る?』
宮城ユウキ
それが顛末。
宮城ユウキ
自分はその手を取った。
宮城ユウキ
家族を愛していた。家族に愛されていた。幸せな家庭に生まれ育ったと思う。恵まれていたと思う。妹を守りたかった。妹を守らなければならないと思っていた。
宮城ユウキ
それを全て壊された。
宮城ユウキ
その憤怒を。その憎悪を。その赫怒を。
宮城ユウキ
――絶望を。
宮城ユウキ
塗り潰したこの男を、選ぶしかなかった。
宮城ユウキ
この男を運命とするしかなかった。
宮城ユウキ
だってそうだろう。そうでなければ。
宮城ユウキ
それが運命で、どうしようもなくて、抗えなくて、自分という人間を決定的に破壊し尽くす、
宮城ユウキ
唯一無二でなければどのように、自分は彼らに顔向けできよう!
宮城ユウキ
あなたたちの死を悼めなかった。
あなたたちの生に報いることができなくなった。
宮城ユウキ
全部全部、どうでもよくなってしまった。
宮城ユウキ
だから、これが運命なんです。
宮城ユウキ
俺はそれを選んだんです。
宮城ユウキ
日計結城はあの夜に壊れて、
宮城ユウキ
ここに残るのは宮城ユウキ。
宮城ユウキ
自ら運命を定めた男。
宮城ユウキ
憤怒と絶望を塗り潰したそれが、運命でなければ許されないと、
宮城ユウキ
自ら選び定義してみせた男の。
宮城ユウキ
その、運命が。
宮城ユウキ
今ここに毀損される。
宮城ユウキ
それに耐えられない。
あれが一度きりの運命でないならば。
ありきたりな恋と同列に貶められるものであるならば。
宮城ユウキ
俺は、そのために、あなたたちを。
宮城ユウキ
あなたを。
宮城ユウキ
あの夜の絶望と憤怒を、手放したとでも、言うのですか。
宮城ユウキ
それでは誰も救われない。
そうでなくとも誰も救われない。
宮城ユウキ
自分は誰を救うこともできない。
宮城ユウキ
とうに思い知っていたことのはずだ。
宮城ユウキ
それが『救世主』とは、
宮城ユウキ
これほど悪趣味な話はなかった。
GM
GM
ラビング・ラビットが退治され、亡者の毒は消え。
GM
とはいえ芽生えた恋は残ったまま。
GM
村人たちの様子もおかしいままということです。
GM
あれから大変な様子の救世主たちに、様子のおかしい村人の何人かが寄ってきて
GM
「救世主様!」「どうぞうちでお休みください!」「いやうちで!」
GM
やいのやいの
GM
そういう小競り合いがあったりもしたらしいです。ユウキがぶっ倒れている裏で。
GM
そういうなんやかんやがあり、あなた達はどこかの部屋を借りて休ませてもらうことができました。
藤花
「おおきに、ふふ、うち気前のいい人好きよ」
シェリ
「ありがとうねえ」
GM
「救世主様……♡」
藤花
そんな言葉で体よく村人を家から追い出し、こんな村ではそこそこマシな屋根の下を手に入れる。
GM
「どうぞ、心ゆくまでお休みください!!」
GM
家主は去っていきました。
シェリ
ひとまず たてつけの悪い扉を閉じて、溜息。
宮城ユウキ
一つしかないベッドに寝かされ、ユウキは昏々と眠っている。
宮城ユウキ
裁判閉廷後、倒れた直後よりは随分とましな顔色になった。
宮城ユウキ
それでも毒に冒された身体に鞭打った代償か、その眠りは深く、そして長かった。
宮城ユウキ
分厚い雲の上に太陽が傾き、
宮城ユウキ
そしてとっぷりと日が暮れて。
宮城ユウキ
真夜中。月のない闇夜の中に。
宮城ユウキ
「……ん」
宮城ユウキ
「…………」
宮城ユウキ
少年はゆっくりと瞼を上げて、周囲を見回した。
宮城ユウキ
重い背を起こす。
処置がなされていること、喉に巻き直された古びた包帯を確認する。
宮城ユウキ
そして。
藤花
「……あ、目ェさました」
藤花
あなたの眠るベッドの横から
宮城ユウキ
「…………」
宮城ユウキ
ひり、と
宮城ユウキ
殺気。
シェリ
「……んん…」
藤花
床に座り、寝台に半分体を預けた女が呟く。
宮城ユウキ
猛るようなそれが一瞬冴え立ち、
宮城ユウキ
紛らわすように、大きく息を吐いた。
シェリ
力をすっかり使い果たした精霊は、部屋の隅で蛹のように漂っている。
宮城ユウキ
「面倒かけたね」
藤花
ひりついた殺気を浴びて、なんでもないように笑っている。
藤花
「ええのよ、無理させたのはこっちやし。」
宮城ユウキ
「どうかな」
宮城ユウキ
「俺は結構、調子良かったと思ったけど」
宮城ユウキ
終幕スペシャルで6点回復して亡者のHP消し飛ばして終幕-2の効果で無罪潰せるくらいには。
藤花
「今の今までぶっ倒れとったもんが何言うてんの」
宮城ユウキ
「無理させたっての、裁判の話でしょ」
宮城ユウキ
「それ以外は俺の責任だ」
宮城ユウキ
「あんたの毒を受けたのも、同じく俺の責任」
宮城ユウキ
「履き違えられても困る」
藤花
「そうよお、裁判の話。」
宮城ユウキ
「それなら」
宮城ユウキ
「特別に負荷を強いられたとは思わない」
宮城ユウキ
「適切な役割分担が為されていた」
宮城ユウキ
「それが俺の感想だけど」
藤花
「その役割分担の上で、あの子は回復、あんたは前線」
藤花
「適切な配分でも、負担は負担やろ。」
宮城ユウキ
「はあ」
宮城ユウキ
「その程度で無理させたとか言われると」
宮城ユウキ
「どんだけ弱く見られてんだって話になんだけど」
宮城ユウキ
「適切なんだろ?」
藤花
「働いてもろた分適切に礼しとんの」
宮城ユウキ
「…………」
シェリ
ぱちり。蛹が弾ける。
シェリ
「………ぁ」
宮城ユウキ
漏れ聞こえた声に、視線を向ける。
藤花
「ああ、あんたはんも起きた?」
シェリ
「ユーキ。トーカ。…おはよう」
藤花
と言うより起こしてしまった?と、視線を向ける。
宮城ユウキ
ため息。
宮城ユウキ
「俺は、俺が殺したくてあの亡者を殺した」
宮城ユウキ
「それを」
宮城ユウキ
「あんたのために無理した、みたいに表現されると、気分を害さざるを得ない」
宮城ユウキ
「言葉選びには気をつけてくれ」
宮城ユウキ
藤花に言い放ってから、改めてシェリを向く。
宮城ユウキ
「……おはよ」
宮城ユウキ
「シェリ」
シェリ
「…!」
シェリ
「おはよう!」
宮城ユウキ
「なんか、させた?」
宮城ユウキ
「俺が倒れた後」
シェリ
「…ううん、ぼくが勝手にやっただけ」
シェリ
ぼくのしたいことを、勝手にしただけ。
宮城ユウキ
「してくれはしたんだ」
宮城ユウキ
「ありがとう」
シェリ
「どういたしまして」
シェリ
…そう言葉を返したものの、自分の行為に後ろめたいところがないではなく。
シェリ
やや強引に視線を切って、二人の周りをくるくると周る。
宮城ユウキ
見上げる。
シェリ
「トーカも、ユーキも!もう大丈夫?」
シェリ
「痛いところとか気持ち悪いとか、ない?」
宮城ユウキ
「んー」
宮城ユウキ
ベッドの上で手を握ったり開いたり……
宮城ユウキ
首を揺らしたり肩を回したりをしてから、降ります。
宮城ユウキ
靴を履いて……
宮城ユウキ
立てるな。うん。
宮城ユウキ
「かなり良くなった」
藤花
「流石にバッチリとはいかんけど、痛いところ特にないなあ」
藤花
「あんたはんのおかげ、ありがとね」
シェリ
「よかったあ」
宮城ユウキ
「…………」
宮城ユウキ
寝台を降りて立ち上がると、自然、寝台に身を預けた女を見下ろす形になる。
宮城ユウキ
立っている意味もないと改めて寝台に腰を下ろしながら、
宮城ユウキ
「まあ、でも」
宮城ユウキ
「あんたに酷いことはいっぱい言った」
宮城ユウキ
「それは謝る」
藤花
パチリ、と瞬き。
藤花
「それはどうも」
藤花
謝られることはないのだけれど……
宮城ユウキ
少年のしょぼくれた気配の中に、
宮城ユウキ
それでも時折、抑え切れぬ殺気が顔を覗かせる瞬間がある。
藤花
言われるだけの事実と、言われるだけの責任が間違いなく自分自身にある。
藤花
殺意も怒りも当然だと思っている。受け入れた上で、殺されてあげるわけにはいかないが。
藤花
「じゃあ、うちからはお礼。トドメ、譲ってくれてありがとう。」
藤花
少年の「感謝してよね」と言う言葉を思い返している。言われるまでもなく、感謝をしている。
藤花
機会をくれたことに。
宮城ユウキ
「運が良かったね」
宮城ユウキ
「正直、俺は殺し切るつもりだった」
宮城ユウキ
「手加減してる余裕はなかったから」
宮城ユウキ
「……だから、まあ」
宮城ユウキ
「アレが頑張った結果じゃないの」
宮城ユウキ
名前を口に出そうとして、殺意が別の方向に膨れ上がりそうなので、避けている。
宮城ユウキ
ラビング・ラビットを殺してもこの恋の呪縛が解かれぬ以上、
宮城ユウキ
あの場で藤花だけを殺して一人離脱するのが、自分の”運命”を最大限守るためには適切だったようにも思わないでもないが。
宮城ユウキ
……それだって、どうせ、今更だし。
宮城ユウキ
後出しの結果論だし。
宮城ユウキ
こうしたことを、間違いではないと思う。思いたいと思っている。
宮城ユウキ
変化に拗じくれる心が、
宮城ユウキ
裏切りに込み上げる憤怒が、
宮城ユウキ
薄情を思い知らされる絶望が、
宮城ユウキ
今もこの心の疵を浸していても。
藤花
女の目元が切なげに細められる。
藤花
毒の霧が消えてもなお、女の体には恋の毒が取り込まれ、心臓を軋ませ締め上げている。
藤花
その瞳もまた閉じられて。
藤花
「うちは、別にうちのために頑張ったとかではなく、うちと同じ場で動いてくれて結果利になったもんには礼すんの」
藤花
「おんなじとこで働いとるもんに礼尽くすんが、うちのやり方。だから、あんたのやってくれたことが偶然でも外的要因でも、うちは感謝しとんの。」
藤花
「いつか礼でもするから、欲しいもんでも考えといてや」
藤花
そう言って笑う。先ほどまで瞳に翳っていた恋は、外からはもう見えない。
宮城ユウキ
「…………」
宮城ユウキ
「礼はいいから」
宮城ユウキ
「その調子で言葉を尽くしてくれると助かる」
宮城ユウキ
「正直、納得はそんなに行ってないけど」
宮城ユウキ
「要求に応えてくれてることが伝われば、溜飲は下がるし」
宮城ユウキ
「……俺も」
宮城ユウキ
「あんたを殺したくはないからさ」
宮城ユウキ
この衝動のままに藤花を殺してしまえば。
宮城ユウキ
それこそがあの夜に対する最大の裏切りだ。
宮城ユウキ
藤花と、あの人は、違うから。
宮城ユウキ
あの人を殺したのだから、藤花を殺してはならない。
宮城ユウキ
それが最後の分水嶺で、
宮城ユウキ
最後に唯一、縋ることを許された寄す処になる。
藤花
「そうね……頑張らせてもらうわ、殺されないように。」
宮城ユウキ
「……そもそも耐えるべきは俺の方だから」
宮城ユウキ
「あんたに責任おっ被せてもらんないんだけど……」
宮城ユウキ
でも……心の疵だからこれ……
宮城ユウキ
努めていくけど……保証ができなくて……
藤花
「ユウキ、あんたはんの日常に居れるように。」
藤花
一番苦しい、裏切りの生の中に、自分が存在し続けるように。
藤花
たとえ毒を撒き散らすだけの身だとしても、線のあちらとこちらを分けないように。存在を、し続けるように。
藤花
「努めるわ。やれる限り。」
宮城ユウキ
「うん」
宮城ユウキ
「お互い、努めていこうか」
宮城ユウキ
殺意に、絶望に、毒に、恐怖に。
宮城ユウキ
この国にはいくらでも転がっているそれらと、付き合っていかねばならない。
生きていくのならば。
宮城ユウキ
「シェリにも」
宮城ユウキ
「多分、色々、してもらっちゃうと思うけど」
シェリ
「任せて」
シェリ
「ぼく…これからもすっごく、頑張るから」
シェリ
この先、いつまでこうしていられるかなんて分からないけれど。それでも繋いでいけるように。
シェリ
今ある大切を、失わないように。
宮城ユウキ
「……うん」
宮城ユウキ
「ありがとう」
宮城ユウキ
「よろしく」
藤花
いつかと同じ瞳で、眩しそうに見つめている。
宮城ユウキ
端的な言葉ののちに、また息をついて。
宮城ユウキ
「……俺が言うのもなんだけど」
宮城ユウキ
「もう遅いし、そろそろ休んでいいんじゃないかな」
宮城ユウキ
「シェリ」
シェリ
「なあに?」
宮城ユウキ
二つしかない寝台の一つに腰を下ろしたまま、ゆっくりと腕を広げてみせた。
宮城ユウキ
「ベッドで寝てみる?」
シェリ
「え」
シェリ
「あ、と、あの」
宮城ユウキ
見ています。シェリを。
シェリ
視線が泳ぎに泳いで、縋るように藤花を見る。
シェリ
たすけてほしい。それはまだしらない。
宮城ユウキ
「人間に寄るなら」
宮城ユウキ
「体験してみるのも悪くないと思うけど」
藤花
「ええんとちゃう?いつもの寝方より疲れ取れるかもよ?」
宮城ユウキ
「これだけ広くベッド使わせてもらえるのも、まあ珍しいよ」
宮城ユウキ
村人追い出してるのかもな……とは思うけど……
藤花
にこりと笑って援護。動揺する子、かいらしねえ。
宮城ユウキ
まあ……あの亡者倒させられた代価と思えば微々たるもんでしょ……
シェリ
知識はある。あった。だからこそ、感情の灯った今のぼくは―
宮城ユウキ
「ほら」
宮城ユウキ
腰を上げて、手を伸ばす。
宮城ユウキ
宙空のシェリの手首を掴んで引き寄せた。
藤花
シェリの心がユウキによって定義され、揺れるのを、好ましいと思っている。そんなあなたを好きになったのだから。
シェリ
「…………わかった!寝るから!いっしょに!」
藤花
少しばかり痛むものも、ないではないのだけれど。
シェリ
腕の中で、自棄とばかりに声を張る。
宮城ユウキ
「ん」
宮城ユウキ
頷いて、ぽんぽんとその背を撫でた。
宮城ユウキ
「藤花さんもゆっくり寝なね」
宮城ユウキ
性格的に俺が起きるまで一睡もしてない気配あるし。
シェリ
この恋を伝えるつもりはない。心を分けてもらったあの瞬間に、ユーキの中にあるものを見たから。
シェリ
でもまあ、今のは。ユーキがいいって言ったし。言ったんだし。
藤花
「お気遣いどうも。」
シェリ
だったら、まあ。
シェリ
「ユーキ。トーカ。」
宮城ユウキ
「なに」
宮城ユウキ
「シェリ」
藤花
寝ていないと言うより、寝られなかったのだ。不安や、哀しみや、あらゆる感情が渦巻いて。
藤花
「どしたの?」
シェリ
「ぼくと一緒にいてくれてありがとう。………大好き、だよ」
シェリ
「それだけ!おやすみなさい!」
宮城ユウキ
「はは」
宮城ユウキ
「……うん」
宮城ユウキ
シェリを捕まえたままに、ベッドに転がる。
シェリ
このぐらいなら、まあ、いいのかな、なんて。
藤花
「ふふ、ありがとう。…うちも好きよ。」
藤花
あなたと、同じ気持ちでは、ないけれど。
シェリ
与えられた体温に擦り寄る。
宮城ユウキ
その耳元に口を寄せて、
宮城ユウキ
「ありがと、シェリ」
宮城ユウキ
「俺も好きだ」
シェリ
「~~~~~っ!!!」
シェリ
「もう寝た!寝てるの!でもありがとう!」
宮城ユウキ
「はは」
宮城ユウキ
「うん」
宮城ユウキ
「おやすみ」
宮城ユウキ
精霊の歓喜に触れる。
揺れ動く感情のさまを理解している。
宮城ユウキ
自分には――自分たちには変化が必要だ。
宮城ユウキ
だから触れている。だからこうしている。
宮城ユウキ
その一方で、軋んでいる。
宮城ユウキ
奥底の絶望が。
宮城ユウキ
何を笑う。何が楽しい。なぜ生きている。
お前が見捨てたものはもう笑わない。
お前が選び定めた運命は最早亡い。
宮城ユウキ
お前が努め積み重ねる全てに意味はない。
変化はそのまま運命への裏切りに繋がり、
その裏切りは、いつか来る今更の死を遠ざけるための時間稼ぎに過ぎないというのに。
宮城ユウキ
でも、
宮城ユウキ
だから、
宮城ユウキ
笑うんだよ。
宮城ユウキ
生きているのが苦しい。生きる理由がない。
生きていたくなんてとうにない。
それでも寄り添って生きている。
宮城ユウキ
だから、せめてこうして笑って。
宮城ユウキ
それが一欠片でも、何かをもたらすことができたなら。
藤花
ふたりが素直な言葉を交わし合う、その様に一瞬だけ、誰にも気づかれないように表情を崩して。
藤花
触れるのが怖い。それはまだいい。でも、もっともっと好きになって、もっともっと欲深くなって
藤花
触れて欲しいと、思ってしまったら?もっと求めて、もっと繋がりたいと思ってしまったら?
藤花
怖いからと、触れてはいけないからと線を引く段階は過ぎてしまった。それが当たり前だからと最初から勘定に入れていなかった私を、変えていかなければいけない。
藤花
変わり方を、見定めなければいけない。
藤花
どうか、私に好きになられないでね。これ以上、私を惚れさせないでね。
藤花
私の恋が、同じだけの見返りを求めないものであり続けられますように。
シェリ
失くしたものと、まだ無くなっていないもの。その両方が、手の中にある。
藤花
毒の色、花の色、夜の色をした瞳を、瞼に隠して。
藤花
眠る二人の下、寝台のへりに頭と体を預けて、力を抜いた。
シェリ
”ぼく”の在り方を変えたからこそ。変えることを選んだからこそ、分かる。失くしてしまうことはひどく悲しくて苦しい。
シェリ
だから―今度は、きっと間違えないように。愛は受け取るだけのものではなく、愛されるための手段でもなく。
シェリ
大切なものを失くさないために、自分から与えられるように。
シェリ
器が変わったからこそ、ぼくも変わっていかなければ。手の中から零れ落ちていかないように。
シェリ
失くしたものは失くしたままで、それでもぼくに力をくれる。今あるものを手放すなと。
シェリ
いつか来る最期に、少しでも悔いのないように。
シェリ
今のぼくにできる精一杯を、恋しい愛しいこの子たちに捧げたいと願って。
シェリ
意識を夜闇の底へと沈めた。
GM
外では未だ、村人たちの乱痴気騒ぎが続いています。
GM
この村が元の静かな村に戻るまで、まだもう少し時間がかかりそうです。
GM
あなたたちがその胸に抱えたものも。
GM
……それはもしかしたら、全然静まってなどくれないのかもしれませんが。
GM
GM
GM
GM
Dead or AliCe 『恋は盲目!』
GM
おしまい!