? 4.1話

4.1話

幕間6-5

■10/10 5:00 a.m.

真城朔:真城はいつしか布団を引っ被って横になっている。
真城朔:そういう生き物
夜高ミツル:見慣れてきてしまったそういう生き物。
夜高ミツル:眠ったのが早かったので、目覚めるのも早い。
夜高ミツル:元々朝に弱い方でもないし。
夜高ミツル:「……おはよう」
夜高ミツル:「起きてるか……?」
真城朔:「…………」
夜高ミツル:そういう生き物に、横から声をかける。
真城朔:「…………よ……」
真城朔:掠れ声が返ってきた。
夜高ミツル:「……ん。おはよ」
真城朔:べっちゃりとしている。
夜高ミツル:「……調子、どうだ?」
真城朔:暫く沈黙のあったあと。
真城朔:「……ちょ」
真城朔:「うし」
真城朔:「?」
夜高ミツル:「身体の」
夜高ミツル:「良さそうだったら、」
真城朔:「…………」
夜高ミツル:「外出てみるかとか」
夜高ミツル:「思ったんだけど……」
夜高ミツル:どうだ?と再度問いかける。
真城朔:黙り込んでいる。
真城朔:布団の中で身動ぐ気配。
真城朔:「……ミツ」
真城朔:「は」
夜高ミツル:「ん?」
真城朔:「いって」
真城朔:「いい」
真城朔:「から」
夜高ミツル:「…………」
夜高ミツル:「真城が行かないなら、行かない」
真城朔:長い沈黙。
夜高ミツル:「真城が行けそうなら、行く」
真城朔:「……いや」
真城朔:「だ」
真城朔:「…………」
夜高ミツル:「……ん」
夜高ミツル:「わかった」
真城朔:「ちが、う」
夜高ミツル:「え?」
真城朔:「ミツが……」
真城朔:「俺が」
真城朔:「ミツを」
真城朔:「とじこめて、る」
真城朔:「のが」
真城朔:「いやだ……」
夜高ミツル:「……閉じ込めてるのは」
真城朔:もごもごと小さく丸くなっている。
夜高ミツル:「俺の方だろ」
真城朔:「…………」
夜高ミツル:「俺は、真城の隣りにいたいからいるだけ」
真城朔:「……つきあわせたくない」
真城朔:「ミツが」
真城朔:「外に」
真城朔:「出られる」
真城朔:「なら」
真城朔:「それで」
真城朔:「出る、なら」
真城朔:「できるなら……」
真城朔:「出たかった……」
夜高ミツル:「……真城を置いていかないよ」
真城朔:「…………」
真城朔:「べつに」
真城朔:「おいてかれる」
真城朔:「とか……」
夜高ミツル:「俺は」
真城朔:「…………」
夜高ミツル:「真城の傍を離れたくない」
夜高ミツル:「から」
夜高ミツル:「一人では、行かない」
真城朔:「…………」
真城朔:「はなれて」
真城朔:「ほしい、って」
真城朔:「いったら」
夜高ミツル:「……言っても」
真城朔:「…………」
真城朔:「でていかないって」
真城朔:「約束」
真城朔:「する、から」
真城朔:「……ちゃんと」
真城朔:「まってる」
真城朔:「……まってるから……」
夜高ミツル:「……なんで」
夜高ミツル:「そんなに外出させたいんだよ」
真城朔:「…………」
真城朔:「……おかしい」
真城朔:「から」
真城朔:「俺が」
真城朔:「おかしい、せいで」
真城朔:「ミツまで……」
真城朔:「…………」
夜高ミツル:「……別に、おかしくなんか」
夜高ミツル:「されてない」
夜高ミツル:「……されてない、けど……」
夜高ミツル:言いながら、考え込む。
夜高ミツル:真城にとって自分の体質は制御できないもので、
夜高ミツル:だったら、言葉には多分あまり意味がなくて。
夜高ミツル:「されてないけど、もし」
夜高ミツル:「もし、万が一、」
夜高ミツル:「俺が変になってたとする」
真城朔:「…………」
夜高ミツル:「なってないけど」
夜高ミツル:「それって、どのくらい離れてたら戻るんだ?」
真城朔:「…………」
真城朔:「はっきり、とは」
真城朔:「わからない」
真城朔:「けど……」
真城朔:考え込んでいる。
夜高ミツル:待っている。
真城朔:「……気を」
真城朔:「まぎらわすものが、あるなら」
真城朔:「はやい、とは」
真城朔:「おもうけど」
真城朔:「…………」
真城朔:「俺とは」
真城朔:「関係ないこと、考えたり……」
真城朔:「したり」
真城朔:「ほんとは」
真城朔:「もっと、大事なものが」
真城朔:「あるって」
真城朔:「気付ける、ような……」
真城朔:でも、と言い澱む。
夜高ミツル:「……真城より大事なもんとか、ないけど……」
真城朔:「…………」
真城朔:「……そんなふうに」
真城朔:「いわれたのは」
真城朔:「ないから……」
真城朔:「わからない……」
夜高ミツル:「……そっか」
真城朔:「はやいひと、は」
真城朔:「狩り、とかで」
真城朔:「もっと大事で」
真城朔:「しなきゃいけないこと」
真城朔:「あるの」
真城朔:「おもいだせれば」
真城朔:「すぐ、もどれたり、するけど」
真城朔:「…………」
真城朔:「でも」
真城朔:「だから」
真城朔:「……こういう」
真城朔:「密室で」
夜高ミツル:「うん」
真城朔:「ほかに、かんがえることも」
真城朔:「なければ……」
夜高ミツル:真城にとっては、きっと
真城朔:「なかなか」
真城朔:「もどれない」
真城朔:「から……」
夜高ミツル:ずっと、自分をおかしくしてしまったんじゃないかと
真城朔:「…………」
夜高ミツル:ずっと、怖かったんだろう。
夜高ミツル:そして、一緒にいる限り、それが続いてしまうなら。
夜高ミツル:「……」
夜高ミツル:「…………分かった」
夜高ミツル:「真城が、そういうなら」
真城朔:「…………」
夜高ミツル:「俺、外出てくる」
真城朔:ぴくりと布団が動く。
夜高ミツル:「待っててくれるって」
真城朔:少しだけ盛り上がってから、すぐに潰れる。
夜高ミツル:「言うなら、それを信じる」
真城朔:「…………」
真城朔:「……ん…………」
夜高ミツル:「夕方くらいまで出てればいいか?」
夜高ミツル:「……もっと?」
真城朔:「…………」
真城朔:「ながいほうが」
真城朔:「たぶん」
真城朔:「……いい、とは」
真城朔:「おもう」
真城朔:「けど」
夜高ミツル:「……不安なら、夜まででも」
真城朔:たっぷりと長く黙り込んでから。
真城朔:「……じゃ、あ」
真城朔:「それで……」
真城朔:ぼそぼそと細い声で。
夜高ミツル:「……ん」
夜高ミツル:「分かった」
夜高ミツル:「外出て、糸賀さん達に連絡したりとか」
夜高ミツル:「……」
夜高ミツル:「…………」
夜高ミツル:「家……親戚の……」
真城朔:「…………」
夜高ミツル:「……するか……」
夜高ミツル:「連絡…………」
真城朔:黙ってそれを聞いている。
夜高ミツル:かなり何もかもを投げ出してきたので、
夜高ミツル:したくない……が……。
夜高ミツル:「……真城、以外の人と」
夜高ミツル:「話したりとか、してくるよ」
真城朔:「…………」
真城朔:「それ」
真城朔:「……が」
真城朔:「いい」
夜高ミツル:「……うん」
夜高ミツル:「それで」
夜高ミツル:「それで、ちゃんと」
夜高ミツル:「帰ってくるから」
真城朔:「…………」
真城朔:「ん…………」
夜高ミツル:「俺は、真城が待ってるって信じるから」
夜高ミツル:「真城は、俺が戻ってくるのを信じててほしい」
真城朔:「…………ん……」
夜高ミツル:「……うん」
夜高ミツル:「約束、な」
真城朔:「…………」
真城朔:「約束……」
夜高ミツル:「ん」
夜高ミツル:頷く。
夜高ミツル:布団に包まっている真城からは見えないだろうけど。
真城朔:布団つむりになり続けています。
夜高ミツル:「……合間にLINEするくらいは」
夜高ミツル:「いいか?」
真城朔:「……かえせるか」
真城朔:「わかん、ない」
真城朔:「けど……」
夜高ミツル:「いいよ」
夜高ミツル:「返せるときで」
真城朔:「……うん……」
夜高ミツル:「じゃあ、そうする」
真城朔:「…………」
夜高ミツル:「真城がいいって言ったら戻ってくるから」
夜高ミツル:「そろそろいいかなって思ったら、連絡くれ」
真城朔:「……わかっ」
真城朔:「た」
夜高ミツル:「……」
夜高ミツル:信じてると言っても
夜高ミツル:不安が全くないわけではなく。
夜高ミツル:目を離した間に、何かあったら……とか。
夜高ミツル:でも、ずっと一緒にいるままでは、真城の方を不安にさせ続けることになるし……。
夜高ミツル:……だから、今回は。
夜高ミツル:自分より、真城の不安を優先させるべきなんだろう。
夜高ミツル:のろのろとベッドから降りる。
夜高ミツル:行きたくない。
夜高ミツル:行きたくないけど。
真城朔:もぞりと布団が動いた。
夜高ミツル:行きたくないけど、これからも一緒にいるために
夜高ミツル:できることはすると言った以上は。
真城朔:ややあって、結局また潰れる。
夜高ミツル:動いたのに……。
真城朔:べちゃ……
夜高ミツル:ベッドを離れて、身支度をしていく。
夜高ミツル:朝食は外でとってしまおう。
夜高ミツル:できるだけ長く離れてた方が、真城の不安も減らせるだろうし。
夜高ミツル:一週間ぶりに、ナイトウェア以外の服に袖を通す。
夜高ミツル:特に拘りのない、無地のTシャツとジーンズ。
夜高ミツル:首元の傷は、もうあまり目立たなくなっている。
夜高ミツル:これなら、隠す必要もないだろう。
夜高ミツル:出支度を整えると、最後に
夜高ミツル:再びベッドの方へ歩み寄って。
夜高ミツル:腰を下ろす。
夜高ミツル:「……じゃあ」
真城朔:布団にくるまっている。
夜高ミツル:「行ってくるから」
真城朔:「…………」
夜高ミツル:「行ってきます」
真城朔:もぞもぞと動いた。
真城朔:もぞもぞと動いて、また動かなくなった。
夜高ミツル:ミツルも動かない。
夜高ミツル:真城の言葉を待っている。
真城朔:「…………」
夜高ミツル:「行って、きます」
夜高ミツル:繰り返した。
真城朔:「……いっ」
真城朔:「て」
真城朔:「らっしゃい……」
真城朔:「…………」
夜高ミツル:「……ん」
夜高ミツル:頷いて、
夜高ミツル:ようやく立ち上がる。
真城朔:再び沈黙している。
夜高ミツル:「……じゃあ、また夜にな」
夜高ミツル:「……帰ってくるからな」
夜高ミツル:「絶対!」
夜高ミツル:「絶対だから!」
真城朔:「…………」
夜高ミツル:念を押して、
真城朔:もごもごと布団を動かして、
夜高ミツル:後ろ髪を引かれまくりながら、ベッドから離れて
真城朔:ミツルがベッドから離れたところで、半分だけ顔を出す。
夜高ミツル:顔を出したのを見て、表情が緩む。
真城朔:「…………」
真城朔:またひっかぶった。
夜高ミツル:戻った……。
夜高ミツル:「……俺、いっつも真城のこと追いかけてきただろ」
夜高ミツル:「今日のは、ちょっと違うけど」
夜高ミツル:「でも、」
夜高ミツル:「絶対、真城のところにまた来るのは」
夜高ミツル:「一緒だから」
真城朔:「…………」
夜高ミツル:「……それは、前からそうだから」
真城朔:「……っ」
夜高ミツル:「分かるだろ」
真城朔:布団の中で、声を殺している。
夜高ミツル:「そこだけはさ、やっぱり」
夜高ミツル:「絶対」
夜高ミツル:「俺、おかしくなってないから」
真城朔:殺しきれない嗚咽がかすかに聞こえた。
夜高ミツル:「……それだけは、確かだって言えるよ」
夜高ミツル:「……じゃ、後でな」
夜高ミツル:それだけ言い残して、
夜高ミツル:部屋の扉に手をかけ
夜高ミツル:開いて
真城朔:啜り泣く音が、遠くに聞こえる。
夜高ミツル:名残を惜しむようにゆっくりと、部屋の外へと出ていった。
夜高ミツル:扉が閉まる。

夜高ミツル:ロビーに移動すると、差し込む日の明るさに少し驚く。
夜高ミツル:フロントを行き交う、チェックアウトしていくだろう人々。
夜高ミツル:その人達を追い越して、ホテルの外に出る。
夜高ミツル:一週間ぶりの、部屋の外の世界。
夜高ミツル:広いな……とぼんやり思った。
夜高ミツル:広い。明るい。
夜高ミツル:すれ違う人々の会話や、車がアスファルトの上を行く音なんかが聞こえてきて。
夜高ミツル:確かに……なんか
夜高ミツル:ずっと部屋に一緒にいると、
夜高ミツル:体質抜きでも不安になるかもしれないな…………という
夜高ミツル:そんな気持ちに、なった。
夜高ミツル:真城の傍を離れられない、離れたくないと
夜高ミツル:そればっかりを考えて
夜高ミツル:まあ、確かに
夜高ミツル:おかしくはなっていたのかも、しれない。
夜高ミツル:真城の言う意味とは違うけど。
夜高ミツル:それとも、一緒なのだろうか。
夜高ミツル:分からなくなる。
夜高ミツル:……。
夜高ミツル:夜になれば、きっと
夜高ミツル:それも、分かるだろう。
夜高ミツル:時間だけはいくらでもある。
夜高ミツル:ひとまずは朝食を取れる店を探して、
夜高ミツル:適当にホテルを離れて、歩き始めた。
夜高ミツル:チェーンのハンバーガーショップに入り、適当に注文して席につく。
夜高ミツル:千葉から離れてまでチェーン店か……と、座ってから思った。
夜高ミツル:食べながら、狩人仲間たちに連絡を取る。
夜高ミツル:とはいえ、すぐに返事が帰ってくるものでもないし。
夜高ミツル:あったとしても、ここ一週間はホテルにこもっていただけな訳で……。
夜高ミツル:何も……言えることなど……
夜高ミツル:なく…………。
夜高ミツル:色々あったにはあったけど、人に言うことではなさすぎる。
夜高ミツル:…………。
夜高ミツル:なんか、あんまりにも、やっぱり……
夜高ミツル:不健全では、あったな……。
夜高ミツル:ハンバーガーを頬張りながら、眉根を寄せた。
夜高ミツル:真城が目を離せない状況だったのは、確かでは、あるのだが。
夜高ミツル:それにしたって、昨日とか
夜高ミツル:外に出てみようと、思ってはいたはずなのに
夜高ミツル:結局……。
夜高ミツル:別に、そうしたこと自体はやっぱり間違ってたとは思ってなくて、
夜高ミツル:やり方は間違えたかもしれないと、反省はあるけど。
夜高ミツル:ともかく、
夜高ミツル:いくらなんでも、一週間引きこもりは、うん……。
夜高ミツル:不安にさせてもしょうがないし、そうさせたのは
夜高ミツル:良くなかったな、と思う。
夜高ミツル:反省しながらも、スマホを操作する。
夜高ミツル:この辺りで、時間を潰せそうな場所を探す。
夜高ミツル:なんせ、時間はたっぷりある。
夜高ミツル:一人というのはどうにも味気ないけど、
夜高ミツル:真城と出かける時の下調べと思えば、まあ。
夜高ミツル:……こういうのも、よくないのか?
夜高ミツル:気を紛らわせとか言ってたけど。
夜高ミツル:でも全く考えないってのも無理だしな……。
夜高ミツル:そう思いつつ、検索結果をスクロールしていく。
夜高ミツル:どうやら、近場に動物園があるらしかった。
夜高ミツル:休日の動物園に……男一人で……?
夜高ミツル:一人でか……。
夜高ミツル:再び眉根を寄せつつ
夜高ミツル:かと言って、さすがにネカフェや満喫に行く気にもなれず。
夜高ミツル:まあ、下調べ……下調べだな!
夜高ミツル:そういうことにした。
夜高ミツル:そうと決めるとトレイを持って席を立ち、ゴミを捨てて店を後にする。
夜高ミツル:そもそも一人で行ったら何したって寂しいんだ。
夜高ミツル:だったら、映画とか見るよりは、動物園の方が
夜高ミツル:写真とか送れるだけはマシだろう。
夜高ミツル:うん、そうしよう。
夜高ミツル:LINEは別に送っていいと言われてるし。
夜高ミツル:……。
夜高ミツル:一週間、ずっと真城と一緒にいた。
夜高ミツル:その前は、一ヶ月引き離されていた。
夜高ミツル:あれだけ言っては来たものの、正直
夜高ミツル:今だって不安で
夜高ミツル:あの部屋に戻りたくて、戻ってしまいそうで。
夜高ミツル:でも、一ヶ月離れていた時のことを思えば、一日くらい……
夜高ミツル:一日くらい、は!
夜高ミツル:一日くらいは、ちゃんと
夜高ミツル:我慢しないと、いけないだろう。
夜高ミツル:ここで戻っては、また真城を不安にさせるだけだし。
夜高ミツル:窓もカーテンも通さない、外の日差しを浴びながら、
夜高ミツル:どうにか、一人で今日一日やっていこうと
夜高ミツル:決意を新たにした。

夜高ミツル:ヘルメットを外しながら、駐車場に停めたバイクを降りる。
夜高ミツル:バスもあるようだったが、折角なのでバイクにした。
夜高ミツル:どうせ動物園だけじゃ夜まで潰せないだろうし。
夜高ミツル:入場料を払って、家族連れで賑わう動物園へと足を踏み入れる。
夜高ミツル:案内図を見て、なんか色々いるな……と思うけど
夜高ミツル:それを共有する相手がいないので寂しい。
夜高ミツル:周囲を見ても、やはり一人で来る客というのはなかなか珍しいようだった。
夜高ミツル:当て所無く、ぼんやりと園内を回っていく。
夜高ミツル:時折、他の客が途切れたり、動物が近くに寄ってきたり、
夜高ミツル:そんなタイミングで写真を撮っては、真城に送った。
真城朔:既読はつかない。
夜高ミツル:『動物園来たけど一人の客俺しかいない』
夜高ミツル:『くまがいる』
夜高ミツル:『サル』
夜高ミツル:等々。
夜高ミツル:既読がつかないので会話にもならず、淡々と写真を送り続けることになった。
夜高ミツル:……既読がつかないと不安になる。
夜高ミツル:けど、返せるか分からないとは言われてたし……。
夜高ミツル:……。
夜高ミツル:信じると、言ったからには。
夜高ミツル:信じ、よう。
夜高ミツル:結果として、やっぱり淡々と写真を送ることになった。
夜高ミツル:『ふれあいコーナーとかあるらしい』
夜高ミツル:『今度来てみるか?』
夜高ミツル:さすがに、一人でうさぎやモルモットと戯れる気にはなれなかった。
夜高ミツル:ちら、と覗いてみると、すくなくとも今いる客層のメインは子どもたちのようだし……。
夜高ミツル:ここに男一人では……。
夜高ミツル:無理だな。無理なので、早々に離れた。
夜高ミツル:一人だと、思ったほど時間は潰せないまま園内を回りきれてしまった。
夜高ミツル:人混みの間も抜けられるし、感想を言い合う相手がいるでもなし。
夜高ミツル:園内の休憩用のベンチに腰かける。
夜高ミツル:太陽はまだ真上にある。
夜高ミツル:夜まで、長いな……。
夜高ミツル:一人で過ごす時間って長いんだな、と。
夜高ミツル:久しぶりに、感じていた。
夜高ミツル:もっとも、以前は一人と言っても学校もバイトもあって。
夜高ミツル:何もすることもなく一人で……というのは本当に久しぶりだけど。
夜高ミツル:ああ、でも入院中はこんなもんだったな……。
夜高ミツル:ぼやぼやと、思考はあちらこちらに飛んでいく。
夜高ミツル:それから思い出して、既読はついただろうかとスマホを見る。
真城朔:……ついていない。
夜高ミツル:ついてないな……。
真城朔:うんともすんとも。
夜高ミツル:……思い当たる理由が、ないでも、
夜高ミツル:ないわけだが。
夜高ミツル:多分、これは、今は
夜高ミツル:考えない方がいいことだろう。
夜高ミツル:今、自分があの部屋から離れていることの趣旨を思えば。
夜高ミツル:……行く先もないしもう少し見ていくか、と立ち上がる。
夜高ミツル:餌やりとか、そういうのも見れるらしいし。
夜高ミツル:ついでに昼食もここで食べてしまうことにして、
夜高ミツル:売店で軽食を買って、向かいの広場に適当に座る。
夜高ミツル:まあここも家族連ればっかりなのだが、もう慣れてきたので気にしない。
夜高ミツル:適当に食べて、ぼんやりと園内を回りなおして、合間に餌やりの時間を見たりして。
夜高ミツル:そうして結構な時間を潰したつもりでいても、やっと昼過ぎというところだった。
真城朔:そこに至って、
真城朔:やっと通知が来た。
真城朔:『どうぶつ』
夜高ミツル:『動物』
夜高ミツル:『色々いる』
真城朔:『いる』
夜高ミツル:『さっきは餌やりしてた』
夜高ミツル:動画を送る。
真城朔:既読がついて、動画を見ているのか
夜高ミツル:チンパンジーの餌やりの動画だ。
真城朔:少し時間が挟まって。
夜高ミツル:撮り慣れていないので、ちょっとぶれている。
真城朔:『たべてる』
夜高ミツル:『うん』
真城朔:『動物』
真城朔:『すきだっけ』
夜高ミツル:『普通』
夜高ミツル:『近かったのと』
夜高ミツル:『あんま行ったことなかったから』
夜高ミツル:『いいかなって』
真城朔:『楽しい?』
夜高ミツル:『一人だとそんなに……』
夜高ミツル:『今度一緒に来よう』
夜高ミツル:『うさぎとか触れるらしい』
夜高ミツル:『モルモットとか』
真城朔:既読はついたが、返信まで間があった。
真城朔:『行けそうだったら』
夜高ミツル:『うん』
真城朔:『うさぎ』
真城朔:『触った?』
真城朔:『モルモットでも』
夜高ミツル:『いや』
夜高ミツル:『一人だと、さすがに……』
夜高ミツル:『入りづらかった……』
真城朔:『そっか』
夜高ミツル:『来れたら』
夜高ミツル:『一緒に触ってみような』
真城朔:やや時間を挟んで。
真城朔:『うん』
夜高ミツル:『そろそろ出るけど、またなんかあったら送る』
夜高ミツル:『どこ行くか決めてねーけど』
真城朔:『うん』
夜高ミツル:『じゃあまた』
真城朔:『また』
夜高ミツル:スマホを持つ手を下ろす。
夜高ミツル:まだまだ日は高い。
夜高ミツル:何もせずぼんやりと過ごすには、まだ時間がありすぎる。
夜高ミツル:…………。
夜高ミツル:昼過ぎ。
夜高ミツル:電話をするには、ちょうど良い時間だろう。
夜高ミツル:いや電話……電話か……?
夜高ミツル:LINEでいいんじゃないか……?
夜高ミツル:……いや、電話、どう考えてもした方がいいな……。
夜高ミツル:のろのろと、下ろしたスマホを持ち上げる。
夜高ミツル:こうなったことを、後悔はしてない。
夜高ミツル:していない、のだが。
夜高ミツル:散々周囲の人に迷惑をかけたことも、
夜高ミツル:分かっていて、それを
夜高ミツル:申し訳なく思う気持ちは、当たり前にあって。
夜高ミツル:申し訳なくて、だから
夜高ミツル:できる筋は、通しておこう。
夜高ミツル:電話帳を開いて、見慣れた名前に発信する。
夜高ミツル:5年前に家族を亡くした俺を、引き取ってくれた人たち。
夜高ミツル:思ったよりもすぐに、通話が繋がった。
GM:『ミツル君!?』
GM:電話越しの、勢いごんだ声。
夜高ミツル:「……はい、ミツルです」
GM:『今どこにいるんだ!』
GM:『いや』
GM:『無事だったのは良かったが』
夜高ミツル:「……すみません」
GM:『一体何を』
夜高ミツル:「無事、ではあるんですけど」
夜高ミツル:「迷惑をかけて……」
夜高ミツル:「……」
夜高ミツル:「何を、っていうのは」
夜高ミツル:「言え、ないんですけど」
GM:『謝るのはいいから、とにかく帰って――』
GM:『何?』
夜高ミツル:「……帰るのも」
夜高ミツル:「無理、で」
GM:『何を言っているんだ』
夜高ミツル:「……すみません」
夜高ミツル:「部屋」
GM:『何か危ないことに巻き込まれているんじゃないのか』
GM:『無理だって?』
GM:『どういうことなのか、きちんと説明しなさい』
夜高ミツル:「俺の部屋も」
夜高ミツル:「もう、戻らないので」
GM:『ミツル君!』
夜高ミツル:「中は片付けてあるので」
夜高ミツル:「……すみません」
GM:『何があったんだ』
夜高ミツル:「……言えません」
GM:『迷惑だとか』
夜高ミツル:「いつか、戻るので」
GM:『そんなことは考えなくていいんだから』
夜高ミツル:「その時も、多分」
夜高ミツル:「説明はできないんですけど」
GM:『そんなこと考えるなら、そもそも……』
GM:『…………』
夜高ミツル:「心配するなってのも、無理な話で」
夜高ミツル:「無茶を言ってるのは、分かってるんです」
GM:『分かっているなら、帰ってきなさい』
夜高ミツル:「……帰れません」
GM:『今どこにいる』
夜高ミツル:「……」
夜高ミツル:「千葉以外、と」
夜高ミツル:「だけ……」
GM:『あのな……』
GM:電話越しのため息。
GM:『ミツル君』
夜高ミツル:「……すみません」
GM:『なんというか、君は』
夜高ミツル:「はい」
GM:『あんまりにも、遠慮をしすぎているというか』
GM:『……ああ、もう』
夜高ミツル:「……」
GM:『私としては』
GM:『家族だと……』
GM:『家族の一員として』
GM:『君を迎え入れて』
夜高ミツル:「……ありがとうございます」
夜高ミツル:「前は、そうだったんです」
夜高ミツル:「家を出たのは、迷惑をかけたくなくて」
GM:『…………』
夜高ミツル:「できるだけ一人でって」
夜高ミツル:「でも、今は」
夜高ミツル:「これは、違うんです」
夜高ミツル:「おじさんたちに、たくさん迷惑をかけるって」
夜高ミツル:「分かってました」
夜高ミツル:「知って、ました」
GM:『そうだ』
夜高ミツル:「それでも」
GM:『そう思うなら、帰ってきなさい』
夜高ミツル:「かけてでも、したいことがあるんです」
夜高ミツル:「できません」
GM:『何をしたいっていうんだ』
夜高ミツル:「……」
GM:『本当に』
GM:『高校までやめてしまうのか?』
GM:『いや』
夜高ミツル:「……はい」
GM:『やめたいというのなら、それはそれで構わないが』
GM:『構わないは言い過ぎか……』
GM:『とにかく』
夜高ミツル:「高校より、何より」
夜高ミツル:「……大事な人が、できたんです」
GM:『…………』
夜高ミツル:「……バカなことをって、思われるかも」
夜高ミツル:「しれないけど……」
GM:『……分かったから』
GM:『いや』
GM:『…………』
GM:『その……』
夜高ミツル:「はい」
GM:言い澱んでいる。
GM:『……ミツルくん』
GM:『その、だな』
夜高ミツル:「……はい」
GM:『君のそれを』
GM:『疑いたくは、ないのだが』
GM:『いや』
夜高ミツル:「……」
夜高ミツル:「疑われてもしょうがないです」
GM:『悪いが、その話しぶりだけでは』
夜高ミツル:「何も説明できてないですし」
GM:『…………』
GM:『……まだ若いんだから』
GM:『きちんと事前に相談してくれれば……』
夜高ミツル:「おかしくなったって、」
夜高ミツル:「思われても……」
GM:『自覚があるなら……』
夜高ミツル:「……すみません」
夜高ミツル:「急にいなくなって、事情も何も言えなくて」
夜高ミツル:「言える立場じゃないんです」
夜高ミツル:「こんなこと」
夜高ミツル:「信じてほしい、なんて」
夜高ミツル:「でも……」
GM:『帰ってきて』
夜高ミツル:「大丈夫です、俺は」
GM:『きちんと説明しなさい』
夜高ミツル:「……いえ」
GM:『ミツル君!』
GM:『大丈夫じゃない』
夜高ミツル:「帰らない」
夜高ミツル:「……大丈夫ですよ」
GM:『君はまだ、子どもで……』
夜高ミツル:「また連絡はしますし」
GM:『……私も』
GM:『…………』
夜高ミツル:「……すみません」
GM:『帰ってきなさい』
夜高ミツル:「本当に、感謝してるんです」
夜高ミツル:「俺のこと、本当に」
夜高ミツル:「……家族だって、そう」
夜高ミツル:「思ってくれてるの、は」
夜高ミツル:「分かって……」
夜高ミツル:「……」
夜高ミツル:「でも」
夜高ミツル:「すみません」
GM:『何を、言われたところで』
GM:『容認するわけにはいかない』
GM:『帰ってきなさい』
GM:『きちんと説明をして』
夜高ミツル:「……すみません」
GM:『その上で』
夜高ミツル:「また連絡します」
GM:『…………っ』
夜高ミツル:そう言って、通話を切る。
夜高ミツル:着信を拒否しているので、折返しかかってくることはない。
夜高ミツル:分かってはいたことだけど、
夜高ミツル:実際に、心配させているのが分かると
夜高ミツル:罪悪感が、のしかかる。
夜高ミツル:それでも、
夜高ミツル:心配を、迷惑をかけてでも
夜高ミツル:どれだけ怒られようが
夜高ミツル:もしかして、恨まれようが
夜高ミツル:今の自分には、真城とともにいることが一番で。
夜高ミツル:改めて、こうして電話をしてみても、
夜高ミツル:それは揺らがない。
夜高ミツル:心配しないでほしいな……と、無理と分かっていても、そう思う。
夜高ミツル:いい人、いい人たちだった。
夜高ミツル:従兄弟の子供だからなんて理由で、俺を引き取ってくれて。
夜高ミツル:大事にしてもらったと思う。
夜高ミツル:本当に、子供みたいに接してくれた。
夜高ミツル:不自由を感じたことなんて一度もなかった。
夜高ミツル:いい人たちで、大好きで、だから迷惑だってかけたくなくて。
夜高ミツル:そのはず、だったんだけど。
夜高ミツル:……いつか。何年後か、或いはもっと先か。
夜高ミツル:ちゃんと、謝りに行こう。
夜高ミツル:土下座でもするか。
夜高ミツル:説明……はやっぱりできないだろうけど。
夜高ミツル:少なくとも、納得してもらえるような言い訳くらいは用意して。
夜高ミツル:その時までは、
夜高ミツル:今は、
夜高ミツル:……すみません。
夜高ミツル:許してくれとも、分かってくれとも
夜高ミツル:信じてくれとも、
夜高ミツル:何も、言えない。
夜高ミツル:迷惑を、心配をかけて、それでも
夜高ミツル:今は、まだ
夜高ミツル:帰るわけには、いかなかった。

夜高ミツル:動物園を出て、バイクを走らせる。
夜高ミツル:近くに滝があるらしい。
夜高ミツル:近くと言っても、1時間ほどはかかるようだが
夜高ミツル:時間なら持て余しているくらいなので、移動で時間を潰せるのはありがたかった。
夜高ミツル:『滝』
夜高ミツル:『思ったより小さい』
真城朔:『滝』
夜高ミツル:滝の写真を撮って、真城に送る。
真城朔:今度はすぐに返事が来た。
真城朔:『なんで?』
夜高ミツル:『もっとでかいかと思った』
真城朔:『でかくない滝』
夜高ミツル:『あったから……?』
夜高ミツル:『なんかやっぱ一人だとあんまり』
夜高ミツル:『どこ行きたいとか』
夜高ミツル:『思いつかなくて』
夜高ミツル:『あるなー行くかー』
真城朔:暫く返事がない。
夜高ミツル:『みたいな……』
真城朔:『ごめん』
夜高ミツル:『大丈夫』
夜高ミツル:『なんか、でも』
夜高ミツル:『こういうとこ』
夜高ミツル:『自然公園みたいな感じなんだけど』
夜高ミツル:『遠足くらいでしか来たことなかったから』
夜高ミツル:『新鮮』
真城朔:『そっか』
真城朔:『うん』
夜高ミツル:『来れたらでいいけど』
夜高ミツル:『次は真城もいっしょに』
真城朔:『ん』
真城朔:『行けたら』
夜高ミツル:『うん』
夜高ミツル:『あ、そういえば』
夜高ミツル:『他の人達に連絡取ったりもしてるよ』
真城朔:『他の人』
夜高ミツル:『まあその辺はまた後で』
真城朔:『うん』
夜高ミツル:などと、真城に状況を報告しつつ、
夜高ミツル:公園を出て、再びバイクを走らせる。
夜高ミツル:海沿いの道を、風を受けながら行く。
夜高ミツル:公園を出て、向かっている先も結局公園だったりする。
夜高ミツル:自然が豊か。
夜高ミツル:これから行くところは、花が有名な公園らしい。
夜高ミツル:……花か。
夜高ミツル:……花の写真は
夜高ミツル:送らない方が、いいかもしれないな。
夜高ミツル:公園に着いた頃には、日も傾き始めていた。
夜高ミツル:閉園時間は17時とのこと。
夜高ミツル:あと1時間ほどだ。
夜高ミツル:国営の広い公園。
夜高ミツル:1時間程度は、余裕で潰せるだろう。
夜高ミツル:夕暮れ時の公園を一人、散策する。
夜高ミツル:今日はホテルを出てからずっと屋外で過ごしている。
夜高ミツル:そこまでアウトドア派だった気はしないのだが。
夜高ミツル:一週間も引きこもっていると、流石に反動が来るのだろうか。
夜高ミツル:こころなしか、体力が落ちている気がする。
夜高ミツル:もう少し先だろうけど、狩りも再開するならこれじゃ駄目だな……。
夜高ミツル:狩りは体力勝負だ。
夜高ミツル:学校に行かないでいい分は休めるとはいえ……。
夜高ミツル:……ごく自然と、自分の思考の前提に
夜高ミツル:狩り、というものが存在することに
夜高ミツル:改めて、気がつく。
夜高ミツル:忽亡さんは、狩りに出るのを辞めるらしい。
夜高ミツル:糸賀さんは、あの日言ったとおりにこれからも続けるのだろう。
夜高ミツル:乾咲さんも……きっとそうなんだろう。
夜高ミツル:真城も多分、そうで。
夜高ミツル:自分は……
夜高ミツル:かつて、さんくちゅありのカフェで忽亡さんと交わした会話を思い出す。
夜高ミツル:辞めてほしい、と願われた。
夜高ミツル:自分なりの区切りを考えると、約束して。
夜高ミツル:……こんなにも、自分は
夜高ミツル:約束を守れない人間だっただろうか。
夜高ミツル:狩人をやめること、区切りをつけること。
夜高ミツル:真城とともに過ごすことを願う限り、
夜高ミツル:真城が狩りに出ようとする限り、それは
夜高ミツル:どうにも、考えられそうにない。
夜高ミツル:誰にどれだけ止められても、心配をかけることが分かってても、
夜高ミツル:当の真城に嫌がられたとしても、そうで。
夜高ミツル:真城のために、自分が
夜高ミツル:そうするべきだと、そうしたいと
夜高ミツル:信じられることなら
夜高ミツル:真城がどれだけ嫌がっても、自分は
夜高ミツル:そうしたいし、そうしてしまうのだろう。
夜高ミツル:真城と離れてる今も、この考えはずっと変わらない。
夜高ミツル:眼前に広がる、一面の花を見やる。
夜高ミツル:こうして花を見れば、真城のことを思い出す。
夜高ミツル:一人でいると、真城がいればと思う。
夜高ミツル:真城はこういうのは好きだろうか。
夜高ミツル:興味を持つだろうか。
夜高ミツル:どこにいても、何を見ていても
夜高ミツル:考えるのは、その場にいない真城のことばかりで。
夜高ミツル:はやく、会いたい。
夜高ミツル:数時間離れているだけなのに、
夜高ミツル:ひどく、寂しい。
夜高ミツル:花の咲いていない丘を見つけて、そこの写真を撮って送る。
夜高ミツル:『でかい公園』
夜高ミツル:『なんかでかい公園多い』
真城朔:既読がつくまで、少し間があった。
真城朔:『自然』
夜高ミツル:夕暮れの中、送られた写真も薄暗い。
夜高ミツル:撮るのが下手だから、というのもだいぶある。
夜高ミツル:『自然多いな』
夜高ミツル:『来る途中』
真城朔:『うん』
夜高ミツル:海の写真を送る。
夜高ミツル:『海』
真城朔:『海』
真城朔:『海だ』
夜高ミツル:『海だなって思った』
真城朔:『海』
夜高ミツル:『海好きか?』
真城朔:『普通』
夜高ミツル:『そんなもんだよな』
夜高ミツル:『俺もそう』
真城朔:『うん』
真城朔:『楽しい?』
真城朔:同じことを聞いてくる。
夜高ミツル:『真城がいたら』
夜高ミツル:『楽しいだろうなって』
夜高ミツル:『思う』
真城朔:既読から、返信まで、しばし待たされる。
真城朔:『うん』
真城朔:『そう』
真城朔:『そうか』
夜高ミツル:『そうだよ』
真城朔:『はい』
夜高ミツル:『あと、歩いて』
夜高ミツル:『鈍ったなって思った』
真城朔:『ずっと』
夜高ミツル:『引きこもるのヤバいな』
真城朔:『部屋にいたから』
真城朔:『うん』
真城朔:『よくない』
夜高ミツル:『そこは』
夜高ミツル:『反省した』
夜高ミツル:『そこはな』
真城朔:『そこは』
夜高ミツル:『それ以外は別に』
真城朔:『それ以外』
夜高ミツル:『真城と一緒にいたこと自体とかな』
夜高ミツル:『まだ夕方か』
真城朔:『う』
夜高ミツル:『また夜に言うか』
夜高ミツル:『この辺は』
真城朔:ややあってから、
真城朔:『うん』
夜高ミツル:『うん』
夜高ミツル:『ここからホテル辺りまで1時間くらいかかるから』
夜高ミツル:『その辺戻って飯食って』
夜高ミツル:『あとは真城に呼ばれたら戻れるようにしとく』
夜高ミツル:『から』
真城朔:『わかった』
夜高ミツル:『いいかなと思ったら』
夜高ミツル:『うん』
夜高ミツル:『じゃあまた』
真城朔:逡巡を思わせる間を挟んでから。
真城朔:『また』
夜高ミツル:スマホをしまう。
夜高ミツル:来た時間が遅かったのもあり、もう日が傾きかけている。
夜高ミツル:閉園間際の公園を、出口に向かって歩いていく。
夜高ミツル:薄暮れの中で咲き誇る花畑に見送られながら、その場を立ち去った。

■10/10 9:00 p.m.

夜高ミツル:人もまばらなカフェのカウンター席。
夜高ミツル:アイスコーヒーをちびちびと飲みながら、スマホをいじる。
夜高ミツル:夕食も食べ終わるといよいよ行く宛もすることもなく、
夜高ミツル:結局、カフェでただぼんやりとするばかりだった。
夜高ミツル:バベルネットにアクセスすると、まだ須藤がネタにされていた。
夜高ミツル:これ……もしかしてずっと続くのか?
夜高ミツル:インターネット怖すぎないか?
夜高ミツル:自分にも原因の一端があることなので、結構申し訳なくなってきた。
夜高ミツル:真城がD7でされたことは許せないけど、
夜高ミツル:それはそれとして……。
夜高ミツル:こういう方向性は……。
夜高ミツル:バベルネットは敵に回したくないな、としみじみ思った。
夜高ミツル:俺はともかく、真城に関しては色々と
夜高ミツル:こうして晒されてしまうのは、かなりまずい。
夜高ミツル:……結局また真城のこと考えてるな。
夜高ミツル:スマホの画面に示された時刻は、21時過ぎ。
夜高ミツル:夜……って、結構
夜高ミツル:曖昧だよな……。
夜高ミツル:今は確かに夜だけど、0時とかだって夜だし。
夜高ミツル:2時3時……とかまではさすがにないと思うけど。
夜高ミツル:結局、一日外を出歩いていても
夜高ミツル:考えるのは真城のことばかりで。
夜高ミツル:おじさんに何を言われても、戻る気になんてちっともなれなかったし、
夜高ミツル:今も、思えない。
夜高ミツル:……まあ、一週間こもってたのは、あれは
夜高ミツル:あれだけは本当に良くなかったな……。
夜高ミツル:カウンターに肘をついて、だらだらとスマホをいじり続ける。
夜高ミツル:やることがない。
夜高ミツル:早く真城に会いたい。
夜高ミツル:顔が見たい。
夜高ミツル:話がしたい。
夜高ミツル:許されるなら、触れて、抱きしめて。
真城朔:そうしていると、
真城朔:『今』
夜高ミツル:『ん』
真城朔:『大丈夫?』
夜高ミツル:『うん』
真城朔:『通話』
夜高ミツル:『大丈夫』
真城朔:『うん』
真城朔:うん、とは送られてきたものの
真城朔:迷っているのか、なかなか発信が来ない。
夜高ミツル:来ないので、こちらから通話をかける。
真城朔:即座に出た。
真城朔:『あ』
夜高ミツル:「──真城!」
真城朔:『ミツ……』
真城朔:か細い泣き声だった。
夜高ミツル:それから、ここが店の中であることを思い出して、
夜高ミツル:「……どうした?」
夜高ミツル:声のトーンを落としながら、店を出る。
真城朔:『なんでも』
真城朔:『なんでもない』
真城朔:『けど』
真城朔:『…………』
真城朔:『なんか』
真城朔:『あったとかじゃ、ない』
真城朔:『から』
夜高ミツル:「うん」
真城朔:『それは』
真城朔:『大丈夫、で』
夜高ミツル:「そっか」
夜高ミツル:「ならよかった」
真城朔:『…………』
真城朔:『うん……』
真城朔:『……うう』
真城朔:小さく呻く。
夜高ミツル:店を離れて少し歩き、開けた場所に出る。
夜高ミツル:小さな公園。
夜高ミツル:「……真城?」
真城朔:『…………』
真城朔:『なんでも……』
夜高ミツル:「やっぱ、なんかあったのか?」
真城朔:『ちがう……』
真城朔:『なんにもないから』
真城朔:『それは、本当で』
夜高ミツル:「……うん」
真城朔:『そもそも』
真城朔:『なんにも』
真城朔:『起きようが、なくて……』
真城朔:『……なんにもない……』
夜高ミツル:「……待っててくれたんだな」
夜高ミツル:「ありがとう」
真城朔:『…………』
真城朔:『わがまま』
真城朔:『言ったの』
真城朔:『俺、だし……』
夜高ミツル:「いいよ」
夜高ミツル:「それで真城の不安が」
夜高ミツル:「軽くなるなら」
真城朔:『…………』
夜高ミツル:「真城」
真城朔:『っ』
夜高ミツル:「今なら俺が言うこと」
夜高ミツル:「おかしくなってないって」
夜高ミツル:「分かって、もらえるか?」
真城朔:『……う』
真城朔:『うぅ』
夜高ミツル:「……まだ、なら」
夜高ミツル:「待つけど」
真城朔:切羽詰まったような声。
夜高ミツル:「急かしても意味ないし」
真城朔:『……ミツ、は』
真城朔:『いまは』
夜高ミツル:「真城が納得できないとな」
夜高ミツル:「ん?」
真城朔:『どうなんだ……』
夜高ミツル:「変わんないよ」
夜高ミツル:「朝と同じ」
真城朔:『…………』
夜高ミツル:「あ、ずっと部屋にいたのは」
夜高ミツル:「あれは、反省した」
夜高ミツル:「よくなかった」
真城朔:『バカだよ……』
夜高ミツル:「そうだなー」
真城朔:ぐすぐす泣いている。
夜高ミツル:「あと、そうだな」
夜高ミツル:「色々、焦ってたかも」
真城朔:『?』
夜高ミツル:「待つって言ってたのに」
夜高ミツル:「真城に、すぐに何かしてやりたいとか」
夜高ミツル:「もっとしたいとかさ」
真城朔:『…………』
夜高ミツル:「真城がいてくれたら、それで」
夜高ミツル:「それが幸せなのに」
夜高ミツル:「その先を、結構な」
夜高ミツル:「焦ってたなーとは」
夜高ミツル:「思った」
真城朔:『……そう』
真城朔:『か』
真城朔:『…………』
夜高ミツル:「それで、結構真城のこと困らせただろ?」
夜高ミツル:「だから、うん」
夜高ミツル:「それも反省してる」
真城朔:『……困らせたのは』
真城朔:『俺のほうで』
真城朔:『俺が……』
夜高ミツル:「大丈夫だって」
夜高ミツル:「俺が色々急に言ったからだし」
真城朔:ずっと涙混じりの声でいる。
夜高ミツル:「……真城」
真城朔:『……おかしい』
真城朔:『から』
真城朔:『……うう』
夜高ミツル:「おかしくないって」
真城朔:『でも』
真城朔:『普通、じゃ』
夜高ミツル:「まだおかしいって思う?」
真城朔:『ない』
真城朔:『俺は』
真城朔:『俺の方が』
真城朔:『おかしい、から』
真城朔:『どうしたって』
真城朔:『普通じゃないから……』
夜高ミツル:「……俺には真城だけなんだから」
夜高ミツル:「普通も、普通じゃないも」
夜高ミツル:「ない」
真城朔:『…………』
夜高ミツル:「真城が好きだ」
真城朔:『ひ』
真城朔:『……う』
夜高ミツル:「離れても、やっぱり変わらなかった」
真城朔:『うう』
真城朔:『ミツ』
夜高ミツル:「……ん」
真城朔:『ミツ、は』
真城朔:『どこまで』
夜高ミツル:「うん」
真城朔:『俺の……』
真城朔:『俺の、だから』
真城朔:『……おかしい』
真城朔:『なんていうか』
真城朔:『そういう』
真城朔:『…………』
真城朔:『知っ、て……?』
夜高ミツル:「えーと、そうだな」
真城朔:『…………』
夜高ミツル:「血戒の影響で、吸血鬼とか魔女とか」
夜高ミツル:「そういうのに近くなってて」
真城朔:『……ん』
夜高ミツル:「それで、周りの人の欲を暴走させることがあって、」
真城朔:『…………』
夜高ミツル:「それが、真城に……」
夜高ミツル:「向けられて」
真城朔:『う』
真城朔:『うん……』
真城朔:『それ、で』
真城朔:『?』
夜高ミツル:「……そうなると、真城の身体も、」
夜高ミツル:「真城の思い通りに、できなく、て」
真城朔:『…………』
夜高ミツル:「……女の身体に、なったりとか」
夜高ミツル:「……子供、も、できたり」
真城朔:黙って聞いている。
真城朔:時折鼻をすする音が響く。
夜高ミツル:「……そういうこと、色んな人にされてきたって」
真城朔:『…………』
真城朔:『…………う、ん』
真城朔:遠い声。
夜高ミツル:「……大体、そんな」
夜高ミツル:「くらい、かな……」
真城朔:『…………』
真城朔:黙り込んでいる。
夜高ミツル:「あとは、今言ったようなのが」
夜高ミツル:「真城の意思では、どうにも」
夜高ミツル:「制御ができない、こと」
真城朔:『……うん』
夜高ミツル:「……あ、あと血が、特に」
夜高ミツル:「良くないんだったか」
夜高ミツル:「……ごめん、結構後から出てきてるな……」
真城朔:『…………』
真城朔:『いっぱい』
真城朔:『おかしい』
真城朔:『から』
真城朔:『だから』
真城朔:『しかたない……』
夜高ミツル:「……それと、血を吸って、それが」
夜高ミツル:「こう……そういうことをしたくさせる、のもか」
真城朔:『…………まあ』
真城朔:『実体験済……』
真城朔:ぼそぼそと。
夜高ミツル:「……そうだな」
真城朔:『…………』
真城朔:『……変』
真城朔:『で』
真城朔:『おかしくて……』
真城朔:『…………』
真城朔:『気持ち悪い』
夜高ミツル:「……確かに、他の人とは違うな」
真城朔:『から』
真城朔:『…………』
真城朔:『……普段は』
真城朔:『ちゃんと』
真城朔:『戦える、のに……』
夜高ミツル:「うん」
真城朔:『なのに』
真城朔:『だから』
真城朔:『抵抗』
夜高ミツル:「……うん」
真城朔:『しないの』
真城朔:『変、だし……』
真城朔:『してる』
真城朔:『する、けど』
真城朔:『するけど……』
真城朔:『……してた、けど』
真城朔:『…………』
夜高ミツル:「……うん」
夜高ミツル:「……昨日も」
夜高ミツル:「そう、だった?」
真城朔:『…………』
真城朔:『きのう』
真城朔:『きのうは』
真城朔:『…………』
真城朔:『……ちがう……』
夜高ミツル:「…………、そ、」
真城朔:『…………』
夜高ミツル:「そう、か…………」
夜高ミツル:そうか…………。
真城朔:『……その』
真城朔:『だから』
夜高ミツル:「あ、うん」
真城朔:『……でも』
真城朔:『仕方ないって』
真城朔:『思って……』
夜高ミツル:「……仕方ない?」
真城朔:『仕方ない、ことで……』
真城朔:『…………』
真城朔:『……それくらい』
真城朔:『されたところで』
真城朔:『埋め合わせにも、ならない』
真城朔:『から……』
夜高ミツル:「……」
夜高ミツル:「……でも」
夜高ミツル:「つらかった、だろ」
夜高ミツル:「想像しかできなくて」
夜高ミツル:「全然、それじゃ足りないだろうけど」
真城朔:『つらく、っ』
真城朔:『ないと』
真城朔:『だめなんだ……』
真城朔:『俺は』
真城朔:『俺は、逃げたらだめで』
真城朔:『嫌なこと』
真城朔:『あったら』
真城朔:『それは』
真城朔:『なら』
真城朔:『そう、ならないと』
真城朔:『そうじゃないと』
夜高ミツル:「……俺は」
真城朔:『そうでもないと、……っ』
夜高ミツル:「真城には、」
夜高ミツル:「つらいことなんか、なければ」
夜高ミツル:「なければいいって……」
真城朔:『……だめだったんだ……』
夜高ミツル:「そう、思うよ」
真城朔:『つらく、ないと』
夜高ミツル:「……うん」
真城朔:『つらくないときのほうが』
真城朔:『つら、くて』
真城朔:『ひどく』
夜高ミツル:「うん……」
真城朔:『ひどくされて、ると』
真城朔:『その方が』
真城朔:『俺には』
真城朔:『俺には、ふさわしい』
真城朔:『から』
真城朔:『だから』
真城朔:『俺は』
真城朔:『危ないかもって』
真城朔:『思ってても』
真城朔:『それでも』
夜高ミツル:「……」
真城朔:『それでも、……』
真城朔:『…………』
真城朔:『……そんなこと』
真城朔:『ばっかり』
真城朔:『して』
真城朔:『そこでも』
夜高ミツル:「…………ん」
真城朔:『ひとの、……だから』
真城朔:『心を』
真城朔:『意思を』
真城朔:『ゆがめて』
真城朔:『都合のいい、ように……』
真城朔:『…………』
真城朔:『……そんなこと、したくない』
夜高ミツル:「……そうだな」
真城朔:『したくないはずのひとだって』
真城朔:『いたのに……』
真城朔:『いっぱ』
真城朔:『い』
真城朔:『いて』
真城朔:『それなのに』
真城朔:『なのに』
真城朔:『俺のせいで』
真城朔:『悔やんで、悩んで』
真城朔:『俺のせいで……』
夜高ミツル:「これからは」
夜高ミツル:「ないように、すれば、」
真城朔:『…………』
夜高ミツル:「俺が、いるし」
真城朔:『やったことは』
夜高ミツル:「一緒にいたら、守れるから」
真城朔:『消えない……』
真城朔:『こんなの』
夜高ミツル:「……うん」
真城朔:『守る、ったって』
真城朔:『…………』
夜高ミツル:「守るよ」
真城朔:『こんな……』
真城朔:『もう』
真城朔:『いまさら……』
夜高ミツル:「俺は真城を守りたい」
夜高ミツル:「今更なんてない」
真城朔:『…………う』
真城朔:『……うう』
夜高ミツル:「今まで、何も知らなくて」
夜高ミツル:「何もできなかった分」
夜高ミツル:「これからは、一緒にいて」
夜高ミツル:「できることをする」
真城朔:『……知らせなかったのは』
真城朔:『俺だ……』
夜高ミツル:「俺がもっと気にしてれば」
夜高ミツル:「いくつかは、言えたかもだろ」
真城朔:『言えるわけない』
真城朔:『言えるわけない……』
真城朔:『こんなの……』
真城朔:『誰にも』
真城朔:『言っても』
真城朔:『言ったところで』
真城朔:『馬鹿げてる、し』
真城朔:『…………』
真城朔:『……何より』
真城朔:『だって』
真城朔:『俺は』
真城朔:『なんにも』
真城朔:『なんにも、知られたく』
真城朔:『なくて』
夜高ミツル:「……うん」
真城朔:『それは』
真城朔:『それは、誰かのためとかじゃ、なくて』
真城朔:『ただ』
真城朔:『俺は』
真城朔:『…………』
真城朔:『…………お母さん……』
夜高ミツル:「……うん?」
真城朔:『……誰、にも』
真城朔:『ばれたら』
真城朔:『駄目だったから』
真城朔:『俺が』
真城朔:『俺が、こんな』
夜高ミツル:「ああ」
真城朔:『こんなのを』
真城朔:『言ったら』
真城朔:『疑われる、から……』
真城朔:『だから』
夜高ミツル:「そうだな……」
真城朔:『そのためで』
真城朔:『俺のためでしか』
真城朔:『なくて』
真城朔:『だから』
真城朔:『…………』
夜高ミツル:「うん」
真城朔:『……ぜんぶ』
真城朔:『自分のせい』
真城朔:『だから……』
夜高ミツル:「……知ってれば、とかは結局」
夜高ミツル:「今言っても、どうしようもなかったな」
真城朔:『…………』
夜高ミツル:「……でも今は」
夜高ミツル:「知ってるから」
夜高ミツル:「真城が大変に思うことを、助けたいし」
夜高ミツル:「守りたい」
真城朔:『…………』
真城朔:『大変、じゃ』
真城朔:『ない』
夜高ミツル:「じゃあ、つらいことから守りたい」
真城朔:『……俺にとって、は』
真城朔:『もう』
真城朔:『…………』
真城朔:『……普通、で』
真城朔:『普通』
真城朔:『だった、から……』
真城朔:『いつもの』
真城朔:『いつもの、ことだから』
真城朔:『…………』
夜高ミツル:「……これからは」
夜高ミツル:「そうじゃなくしたい」
真城朔:『…………』
夜高ミツル:「酷いことされるのとか、つらいのとか」
夜高ミツル:「そういうのじゃなくて」
夜高ミツル:「楽しかったり、嬉しかったり」
夜高ミツル:「幸せ、だったり」
夜高ミツル:「そういうのを、俺は」
夜高ミツル:「真城の、普通にしたい」
真城朔:『……だめだ……』
夜高ミツル:「だめでも」
真城朔:『だめなんだ』
真城朔:『そんなのは』
真城朔:『身の丈に合わない、から』
夜高ミツル:「俺は、」
夜高ミツル:「そう、するよ」
真城朔:『…………』
夜高ミツル:「真城のことが、好きで」
夜高ミツル:「大切だから」
真城朔:『……そんな』
真城朔:『価値』
真城朔:『そんなの』
夜高ミツル:「ある」
真城朔:『…………』
真城朔:『ない……』
夜高ミツル:「あるんだよ」
夜高ミツル:「ある!」
真城朔:『ないよ……』
真城朔:『ミツが』
夜高ミツル:「俺にとっては、ある」
真城朔:『ミツの、望むような』
真城朔:『俺じゃない……』
夜高ミツル:「いいよ」
夜高ミツル:「別に、いいんだ」
真城朔:『おかしいんだ……』
夜高ミツル:「それでも、俺はお前の傍にいる」
真城朔:『もっと』
真城朔:『もっと、うまく』
真城朔:『うまくやれる』
真城朔:『はず、で』
真城朔:『こんな』
真城朔:『すぐ、変に』
真城朔:『もっと』
真城朔:『俺は』
真城朔:『ちゃんと』
真城朔:『少しくらい、耐えられて』
真城朔:『ミツが』
真城朔:『いなくても』
真城朔:『大丈夫で……』
夜高ミツル:「真城」
夜高ミツル:「俺は、今日」
真城朔:『大丈夫なんだ……』
夜高ミツル:「お前と離れてて」
夜高ミツル:「寂しかったよ」
夜高ミツル:「はやく会いたい」
真城朔:『…………』
夜高ミツル:「顔見て話したいって、ずっと」
夜高ミツル:「そう思って」
真城朔:『……いま』
夜高ミツル:「今も、思ってる」
真城朔:『いま、会ったら』
真城朔:『だめだ…………』
夜高ミツル:「……そう、か」
夜高ミツル:「じゃあ、待つよ」
真城朔:『…………』
真城朔:『うう』
夜高ミツル:「真城が、いいって言うまで」
夜高ミツル:「今日じゃまだ駄目なら、明日になってもいいし」
真城朔:『ひ、……ぐ』
真城朔:『ぅ』
夜高ミツル:「流石によそで寝て起きたらもういいだろ?」
真城朔:『…………』
真城朔:『……ミツが』
真城朔:『ミツが、わるいんじゃ』
真城朔:『ない』
夜高ミツル:「……いや、まあ」
真城朔:『ミツがわるいんじゃなくて……』
夜高ミツル:「俺も、不安にさせるような」
真城朔:『……俺が……』
夜高ミツル:「振る舞いを、結構……」
真城朔:『…………』
夜高ミツル:「だから、悪いとかじゃなくて」
夜高ミツル:「真城を安心させられるなら、別に」
夜高ミツル:「俺は、それくらいは」
夜高ミツル:「大丈夫だから」
真城朔:『……安心』
真城朔:『した、ところで』
真城朔:『させてもらう、のと』
真城朔:『ちがう』
真城朔:『ちがくて』
真城朔:『俺は』
真城朔:『ミツが』
真城朔:『ミツの言うのが、ほんとうでも』
真城朔:『…………俺』
夜高ミツル:「うん」
真城朔:『俺が』
真城朔:『俺が』
真城朔:『……こわく、て』
夜高ミツル:「……怖い?」
真城朔:『ミツと』
真城朔:『……そう』
真城朔:『なる、のが』
真城朔:『だって』
夜高ミツル:「……なんで?」
真城朔:『俺は』
真城朔:『それで』
真城朔:『幸せだから』
真城朔:『なってしまうから』
真城朔:『なったら』
真城朔:『だめだから』
真城朔:『だめで』
夜高ミツル:「……なっていい」
夜高ミツル:「そうなってほしいんだ」
真城朔:『だめだ……』
真城朔:『ミツまで』
真城朔:『もどれなく、っ』
夜高ミツル:「……戻れないよ」
夜高ミツル:「戻る気もない」
夜高ミツル:「家に、電話した」
真城朔:『う』
夜高ミツル:「親戚の」
真城朔:『え』
夜高ミツル:「分かってたけど、」
夜高ミツル:「すげえ心配されて」
真城朔:『…………』
夜高ミツル:「説明しろ、戻ってこいって」
真城朔:絶句している。
夜高ミツル:「まあ、大体何言われるか想像つくと思うんだけど」
夜高ミツル:「それでさ、申し訳ないなとは思うんだけど」
夜高ミツル:「全然、帰ろうとか」
夜高ミツル:「思わなくてさ……」
真城朔:『……なんで……』
夜高ミツル:「……大事な人がいるから」
夜高ミツル:「そう言ったよ」
真城朔:『…………』
夜高ミツル:「まあ、あんまり信じられてなかったけど」
真城朔:『……絶対』
夜高ミツル:「他に何も説明してないしな」
真城朔:『怪しい……』
真城朔:『説明に』
夜高ミツル:「俺もそう思う」
真城朔:『なってない』
夜高ミツル:「でも、そう言うしか……」
真城朔:『どうかとおもう……』
夜高ミツル:「それしか言えることが……」
真城朔:『…………』
真城朔:『……俺が』
真城朔:『いなく』
夜高ミツル:「真城のせいじゃないからな」
真城朔:『なったら……』
真城朔:『…………』
夜高ミツル:「いなくなったって帰らないし」
夜高ミツル:「そしたら真城を探しに行くだけだから」
真城朔:『…………』
真城朔:『……俺』
真城朔:『変で……』
夜高ミツル:「……ん」
真城朔:『おかしい、し』
真城朔:『気持ち悪い』
真城朔:『こんなの』
真城朔:『きたない』
夜高ミツル:「俺には、真城だけで」
真城朔:『……し』
真城朔:『…………』
夜高ミツル:「真城しかいないんだ」
真城朔:『……ずっと』
真城朔:『俺は』
真城朔:『ずっと…………』
真城朔:『酷いこと』
真城朔:『いっぱい、して』
夜高ミツル:「うん」
真城朔:『それで』
真城朔:『触られて……』
真城朔:『…………』
夜高ミツル:「……うん」
真城朔:『……触られてないとこなんて』
真城朔:『ない、くらい』
真城朔:『…………』
夜高ミツル:「……うん」
夜高ミツル:「これからは、もう」
夜高ミツル:「そうさせたくない」
真城朔:『…………』
真城朔:『……でも』
真城朔:『俺は』
真城朔:『俺、ずっと』
真城朔:『嫌々』
真城朔:『の』
真城朔:『つもり、だっ』
真城朔:『……た』
真城朔:『ん、だよ…………』
夜高ミツル:「……うん」
真城朔:『…………』
真城朔:『……おかしく、なってるのが』
真城朔:『理由があって……』
真城朔:『だから……』
真城朔:『そのせいで……』
真城朔:『なに、言われても』
真城朔:『本当は』
真城朔:『って』
真城朔:『俺は』
真城朔:『こんなこと』
真城朔:『したくないんだ』
真城朔:『って』
真城朔:『思ってた……』
夜高ミツル:「うん……」
真城朔:『……自分で』
真城朔:『自分で』
真城朔:『すること、だって』
真城朔:『無理矢理』
真城朔:『されるとき』
真城朔:『くらいで……』
真城朔:『それくらいで……』
夜高ミツル:「うん」
真城朔:『俺は』
真城朔:『だから』
真城朔:『強いられてるだけ、で』
真城朔:『自分では、したくなくて』
真城朔:『したくないことを』
真城朔:『してるから』
真城朔:『それで……』
真城朔:『それが』
真城朔:『そう』
真城朔:『そう、思ってた』
真城朔:『のに』
夜高ミツル:「今は」
夜高ミツル:「違う?」
真城朔:『…………』
真城朔:『……足りない』
真城朔:『とか』
真城朔:『されたい、なんて』
真城朔:『思ったこと』
真城朔:『なかった…………』
真城朔:『…………』
真城朔:『でも』
真城朔:『俺は』
真城朔:『俺が、今まで』
真城朔:『そういう風に』
真城朔:『思うこと、なかった、のは』
真城朔:『俺が、……』
真城朔:ただでさえか細い声が、
真城朔:ぐっと弱々しくなる。
夜高ミツル:「……真城?」
真城朔:『……して』
真城朔:『もらってた』
真城朔:『から、で』
真城朔:『…………』
真城朔:『……嫌々、…………』
真城朔:『嫌なことを』
真城朔:『されてた、つもりで』
真城朔:『俺は』
真城朔:『ただ』
真城朔:『俺の、……』
真城朔:『……俺が……』
真城朔:『そう、されるのが』
真城朔:『好きだった、だけ』
真城朔:『に』
夜高ミツル:「……嫌、だったんだろ」
真城朔:『なる、から』
真城朔:『…………』
夜高ミツル:「だったら、それが本当だと」
夜高ミツル:「俺は、思うよ」
真城朔:『……でも』
真城朔:『されなくなった、途端』
真城朔:『たりない』
真城朔:『たりなく、なった、から』
真城朔:『俺は』
夜高ミツル:「……それは」
真城朔:『……俺は、だから』
真城朔:『ほんとうに……』
夜高ミツル:「あの、」
真城朔:『ずっと』
真城朔:『言われてた、通りで』
夜高ミツル:「勘違い、かもしれないんだけど」
真城朔:『……い、』
夜高ミツル:「本当に、勘違いかもなんだけど」
真城朔:『いんら、……』
真城朔:『…………』
真城朔:『……………………』
夜高ミツル:「俺とだから、とか」
夜高ミツル:「そういう……」
真城朔:『…………う』
真城朔:『え?』
夜高ミツル:「のは…………」
真城朔:『…………』
夜高ミツル:「…………」
真城朔:電話越しに呆けている。
夜高ミツル:「…………いや、ほんとに」
夜高ミツル:「ほんとに、勘違い、ただの」
夜高ミツル:「自惚れ」
真城朔:『?』
夜高ミツル:「願望」
夜高ミツル:「かも、で」
真城朔:『…………』
夜高ミツル:「俺、が」
夜高ミツル:「真城とだから、そうしたいって」
夜高ミツル:「思う、みたい、に」
夜高ミツル:「真城、も……」
夜高ミツル:「そう…………」
真城朔:『…………』
真城朔:『……俺、でも』
夜高ミツル:「だったら………………」
真城朔:『誰でもいいって……』
真城朔:『言った、し…………』
真城朔:『だから』
夜高ミツル:「……でも、嫌だったんだろ」
真城朔:『夜のうちに……』
真城朔:『…………』
真城朔:『……ミツと』
真城朔:『するのだって』
夜高ミツル:「う、うん」
真城朔:『俺は』
真城朔:『絶対……』
真城朔:『…………』
真城朔:『後悔』
真城朔:『する』
真城朔:『から……』
夜高ミツル:「……それは」
夜高ミツル:「どういう、後悔?」
真城朔:『…………』
真城朔:『……そんな、のを』
真城朔:『自分に』
真城朔:『許したら』
真城朔:『だめなんだ……』
夜高ミツル:「だめじゃない」
真城朔:『欲に任せて』
真城朔:『許した、ことを』
真城朔:『絶対に後悔する』
真城朔:『それは』
真城朔:『……ミツが、何を』
真城朔:『言ったって』
真城朔:『俺が』
真城朔:『俺を……』
真城朔:ゆるせない、と掠れた声で。
夜高ミツル:「……そう、か」
真城朔:『……許せないんだ……』
真城朔:『許したら、……』
真城朔:『許したら、だめで』
真城朔:『だめ』
真城朔:『だめ……』
真城朔:『だめ、だから、……』
真城朔:『だめなんだよ……』
真城朔:『そんなのは』
真城朔:『そんな、……っ』
夜高ミツル:「……ダメじゃないよ」
真城朔:『……う』
夜高ミツル:「俺が何言っても、」
真城朔:『だ、めだ』
夜高ミツル:「真城がそうなのと一緒で」
夜高ミツル:「真城がそう言っても」
真城朔:『だめだ……』
夜高ミツル:「俺は、許すよ」
夜高ミツル:「ダメじゃない」
夜高ミツル:「望んでほしいって」
夜高ミツル:「ずっと、そう言う」
真城朔:『のぞめない』
真城朔:『のぞめっこ、ない……っ』
夜高ミツル:「望んで」
真城朔:『俺は』
夜高ミツル:「ほしい」
真城朔:『おれは、』
真城朔:『ほしいもの』
真城朔:『てにいれたら』
真城朔:『だめ、なんだ』
真城朔:『だめだ』
夜高ミツル:「いいんだよ」
真城朔:『やだ』
真城朔:『やだ……っ』
夜高ミツル:「ずっと言ってる」
夜高ミツル:「あの日から」
夜高ミツル:「真城の、したいことは」
夜高ミツル:「真城は、どうしたいって」
真城朔:『したくない』
真城朔:『したくない』
真城朔:『したく』
真城朔:『ない……』
真城朔:繰り返し、
夜高ミツル:「……言ってほしい」
真城朔:自分に言い聞かせるような声。
真城朔:『…………っ』
夜高ミツル:「今が無理なら、いつでもいい」
真城朔:『いつ』
真城朔:『でも』
夜高ミツル:「待つよ」
夜高ミツル:「真城が、望んでくれるまで」
真城朔:『待つって、言っても』
真城朔:『いつまでか』
夜高ミツル:「それまで、俺は真城にしてやりたいことを勝手にするし」
真城朔:『わかりもしないのに』
夜高ミツル:「分かんないけど」
真城朔:『ずっと』
真城朔:『外にいさせる、わけには……』
夜高ミツル:「……戻っても、そこを」
夜高ミツル:「急に決めろとか、言わない」
真城朔:『ちがう』
真城朔:『ちが、う』
真城朔:『ミツの』
真城朔:『ミツの問題じゃ、ない』
真城朔:『俺が……』
真城朔:『俺が』
真城朔:『もう』
真城朔:『だめ、なんだ』
夜高ミツル:「……何が?」
真城朔:『だめで』
真城朔:『もう』
真城朔:『……顔』
真城朔:『見たら』
真城朔:『たえられない……』
夜高ミツル:「……」
真城朔:ぐすぐすと泣いている。
夜高ミツル:「……真城……」
真城朔:『…………』
真城朔:電話越しに、抑えきれなくなった嗚咽ばかりが響く。
夜高ミツル:「……だめって、言われても」
夜高ミツル:「戻らないと、どうしようも……」
真城朔:『…………』
夜高ミツル:「……真城、が」
夜高ミツル:「望むことを、したくて」
夜高ミツル:「望まないことは、なるべく」
夜高ミツル:「したく、なくて」
真城朔:『……う、ん』
夜高ミツル:「……」
夜高ミツル:「……真城は、どうしても」
夜高ミツル:「望めない?」
真城朔:『ひ』
真城朔:『……う』
真城朔:『ぅ』
真城朔:『あ、……っ』
真城朔:『お』
真城朔:『俺、は』
真城朔:『……だ、って』
真城朔:『ぜったい』
真城朔:『ぜったい、後悔するんだ……』
夜高ミツル:「……じゃあ」
夜高ミツル:「俺が、真城にしたいって、思うことを」
夜高ミツル:「真城は、真城を許せなくても」
真城朔:『…………』
夜高ミツル:「俺が、そうしたいって思う、それを」
真城朔:息を殺している。
夜高ミツル:「……許す、のは?」
真城朔:『……ゆる』
真城朔:『す』
夜高ミツル:「俺が、真城のこと、ほしい」
夜高ミツル:「真城と、したい」
真城朔:『っ』
夜高ミツル:「それは、真城が望むのとは関係なしに」
真城朔:『う……』
夜高ミツル:「俺が、そう望むことで」
夜高ミツル:「それは」
夜高ミツル:「それも」
夜高ミツル:「だめ?」
真城朔:『……ミツ』
真城朔:『ミツの』
真城朔:『ミツの、ことは』
真城朔:『そんなの』
真城朔:『……ゆるさない、なんて、あるはず』
真城朔:『ない…………』
夜高ミツル:「……じゃあ」
夜高ミツル:「そう思う、上で」
夜高ミツル:「俺は」
真城朔:『…………』
夜高ミツル:「部屋に、帰りたいんだけど」
真城朔:『……う』
真城朔:『…………』
真城朔:『うう………………』
夜高ミツル:「俺のせいにしていい」
夜高ミツル:「真城は悪くない」
真城朔:『ちがう……』
真城朔:『俺の問題』
真城朔:『なんだ』
真城朔:『俺の問題、で』
真城朔:『ミツは』
真城朔:『ミツは、ほんとうは』
真城朔:『なにしたっていいのに』
真城朔:『なにしたっていいはずなのに』
真城朔:『俺が』
真城朔:『俺がこう、だから』
真城朔:『……俺が…………』
夜高ミツル:「……真城の気持ちが、一番」
夜高ミツル:「俺には、大事だから」
真城朔:『ひぅ……』
夜高ミツル:「俺は、真城のことが好きだから」
夜高ミツル:「やっぱり、ちゃんと受け入れて、ほしいし……」
真城朔:『…………』
真城朔:『……っ』
夜高ミツル:「俺と、することで」
夜高ミツル:「真城を嫌な気持ちには」
夜高ミツル:「させたくないから」
真城朔:『そんなこと』
真城朔:『あるはず』
真城朔:『…………』
真城朔:『ちがう……』
真城朔:『だから』
真城朔:『俺が……』
夜高ミツル:「……後悔だって、させたくない」
真城朔:『おれ、が、…………』
真城朔:『…………』
真城朔:『……そんなの』
真城朔:『むりだ……』
真城朔:『俺』
夜高ミツル:「……うん」
真城朔:『俺は、とっくに』
夜高ミツル:「後悔させたくないけど」
真城朔:『なにしても』
真城朔:『なにを、選んでも』
夜高ミツル:「させない、とか言えなくて」
真城朔:『後悔しないなんて』
真城朔:『そんなことは』
真城朔:『俺には』
真城朔:『ない、から』
真城朔:『ない……』
真城朔:『ない、なら』
夜高ミツル:「…………」
真城朔:『…………』
真城朔:『……いや』
真城朔:『ちがう……』
真城朔:『だめだ……』
真城朔:『だめだ』
夜高ミツル:「何をしてもそうなら」
真城朔:『だめだ、……っ』
夜高ミツル:「して、後悔するので」
夜高ミツル:「それじゃ、ダメか?」
真城朔:『…………っ』
真城朔:『……だめだ』
真城朔:『だめ』
真城朔:『だめ、……』
真城朔:『なの』
真城朔:『に』
真城朔:『なのに……』
夜高ミツル:「……真城」
真城朔:ひっきりなしにしゃくりあげている。
夜高ミツル:「俺、お前に後悔させることばっかりしてきたよな」
真城朔:『……う』
真城朔:『?』
真城朔:急な話題の転換にか、呼吸が少しだけ、穏やかになる。
夜高ミツル:「D7から連れ出したのだって、お前は戻りたいって、そう言って」
夜高ミツル:「だから、結構、俺は」
夜高ミツル:「そういうことを、お前に、してきて」
真城朔:『…………』
夜高ミツル:「……」
夜高ミツル:「そうさせるって、分かってても」
夜高ミツル:「して、きて」
夜高ミツル:「だから……」
夜高ミツル:「真城」
真城朔:息を詰めている。
真城朔:『っ』
夜高ミツル:「部屋に、戻っても」
夜高ミツル:「いいか?」
真城朔:『…………』
真城朔:『う』
夜高ミツル:「後悔、させるかもしれないけど」
真城朔:『うぅ』
夜高ミツル:「それは、俺のせいだし」
真城朔:おさまったはずの呼吸がまた荒くなって、
夜高ミツル:「一緒に、受け止めるから」
真城朔:その息遣いの熱さが、通話越しに伝わるようで。
夜高ミツル:「真城」
真城朔:『……は』
真城朔:『っ』
夜高ミツル:「真城のこと、好きだ」
夜高ミツル:「好きだから、ほしい」
真城朔:『…………』
夜高ミツル:「会いたい」
夜高ミツル:「部屋に戻りたい」
真城朔:『あ』
真城朔:『み、……っ』
真城朔:『う、うぅ』
夜高ミツル:「……真城」
真城朔:『う……………』
夜高ミツル:「真城、真城」
夜高ミツル:「会いたい」
夜高ミツル:「好きだ」
真城朔:『……あい』
真城朔:『た、い』
真城朔:おうむ返しに、言葉をなぞる。
真城朔:なぞって、
真城朔:なぞるだけの、
真城朔:そのはずだったのに、
夜高ミツル:通話を繋いだまま、夜の道を歩き出す。
真城朔:『ミツ』
真城朔:『っ』
夜高ミツル:「……今から戻る」
真城朔:『ミツ』
夜高ミツル:「ダメって言われなかったら」
真城朔:『ミツ』
真城朔:『ミツ……っ』
夜高ミツル:「真城」
夜高ミツル:「……帰るから」
真城朔:『ミツ、……ミツ』
真城朔:『ミツ』
真城朔:『ミツ』
夜高ミツル:「会いに、行くから」
夜高ミツル:「真城」
真城朔:『あいたい』
夜高ミツル:「……真城!」
真城朔:『さみしい』
夜高ミツル:「すぐ行く」
真城朔:『ひとり、は』
真城朔:『やだ』
夜高ミツル:「すぐ、戻る」
真城朔:『やなんだ』
真城朔:『ミツが』
真城朔:『ミツ、と』
真城朔:『ミツと』
夜高ミツル:走り出す。
真城朔:『いっしょが』
夜高ミツル:ホテルに向かって、一直線に
夜高ミツル:「うん」
真城朔:『いい……っ』
真城朔:『ミツが、いないと』
真城朔:『やだ』
夜高ミツル:走って、上がった呼吸の隙間で
夜高ミツル:「っ、うん!」
夜高ミツル:「俺、も!」
真城朔:『やだぁ……』
夜高ミツル:言葉を返す。
夜高ミツル:「すぐ、」
真城朔:『ミツ』
夜高ミツル:「もう、ホテル」
夜高ミツル:「見えてる、から」
真城朔:『……っ』
夜高ミツル:「すぐ、行く!」
夜高ミツル:「真城!」
真城朔:『ミツ』
真城朔:『ミツ――』
真城朔:絶え間なく、
夜高ミツル:「真城、真城」
真城朔:ばかみたいに名前だけ読んで、
夜高ミツル:ホテルに飛び込む。
真城朔:それ以外を忘れたみたいに。
真城朔:繰り返し、繰り返し、
夜高ミツル:従業員や他の客の目も無視して、
真城朔:『ミツ』
真城朔:『ミツ』
真城朔:『ミツ、っ』
夜高ミツル:エレベーターを待つ時間すらもどかしい。
夜高ミツル:すぐに、
夜高ミツル:今すぐに
夜高ミツル:戻るから、と
夜高ミツル:通話の先の真城に声をかけ続けて。
真城朔:聞こえているのかいないのか、
夜高ミツル:エレベーターが到着を告げる。
夜高ミツル:飛び出して。
真城朔:分からないくらいにその名前ばかりを。
夜高ミツル:廊下を駆け
夜高ミツル:部屋の前へ
夜高ミツル:カードキーを取り出して、扉を
夜高ミツル:開ける。
真城朔:「――ミツ!」
真城朔:その胸に抱きつく。
夜高ミツル:「真城!!」
夜高ミツル:腕を回して
夜高ミツル:強く抱きしめる。
真城朔:ぼろぼろと涙を落としながら、その胸に縋って
真城朔:「ミツ」
真城朔:「ミツ、だ」
夜高ミツル:「真城」
真城朔:「ミツ」
夜高ミツル:「会いたかった」
真城朔:「ミツ……っ」
夜高ミツル:「ずっと」
夜高ミツル:「会いたくて」
夜高ミツル:「顔見て」
夜高ミツル:「抱きしめて」
夜高ミツル:「ずっと、こう」
真城朔:「ミツ」
夜高ミツル:「したかったんだ……」
真城朔:胸に顔を押しつけて、
真城朔:震えている。
夜高ミツル:震える背中に腕を回して
真城朔:「あい、っ」
夜高ミツル:強く、抱き寄せて
真城朔:「あいたかっ、た」
夜高ミツル:もう離さないと、そう言わんばかりに。
夜高ミツル:「ん」
真城朔:「あいた、くて」
夜高ミツル:「うん」
真城朔:「こう」
夜高ミツル:「うん」
真城朔:「こう、されたくて」
真城朔:「ミツ」
夜高ミツル:「真城」
真城朔:「ミツ、ミツ――」
夜高ミツル:「好きだ」
夜高ミツル:「真城」
夜高ミツル:「好きだよ」
真城朔:「ミツ」
真城朔:「ミツがいい」
真城朔:「ミツが、っ」
夜高ミツル:「……うん」
真城朔:「ミツなら、なんでも」
夜高ミツル:「俺も」
夜高ミツル:「真城じゃないと」
真城朔:「なんでも、されていいから……っ」
夜高ミツル:「真城が、いい」
真城朔:「だから」
夜高ミツル:「……っ!」
真城朔:「だから、……っ」
真城朔:身を寄せて、
夜高ミツル:「……ま、しろ」
真城朔:熱に触れる。
真城朔:「だから」
真城朔:「ミツ――」
真城朔:縋り付いたまま、その袖を引いた。
夜高ミツル:「……真城」
真城朔:熱い。
真城朔:何もかもすべてが熱くて、
真城朔:寄せた身体の勃ちあがった芯までも、
真城朔:何もかも、
真城朔:何もかもを、
真城朔:委ねるように身を預ける。
真城朔:艶めいた吐息を漏らしながら、
真城朔:ゆっくりとまた、
真城朔:「ミツ」
真城朔:その名を呼んだ。