4.1話
幕間6は全編通して性描写が全開の上に二人が延々と同じ問答を繰り返すだけの
正直幕間と呼んでいいかどうかもわからない何かなので、
面倒な人はとにかくミツルと真城がくっついたことだけ覚えて飛ばしていただいて大丈夫です。
マジで無駄にクソ長いです。そこんとこ踏まえた上でそれでも読むぜという方は対戦よろしくお願いします。
幕間6
真城朔:え、ホテルでいいんですか?
夜高ミツル:いいんじゃないですか…………?
夜高ミツル:夜通し走った翌日のホテル
真城朔:昼?
夜高ミツル:昼でいいかな 朝だと入れないよね多分
真城朔:あんまりないと思う
夜高ミツル:じゃああの……昼で……ホテルで……
夜高ミツル:怖くなってきた……
真城朔:怖い……
真城朔:ええと……
夜高ミツル:真城は歩けるんですか……?
真城朔:運ばれて部屋に……?
夜高ミツル:ロビーから部屋まで抱えていきますか…………?
真城朔:結構きついですね
真城朔:はい……
真城朔:はい……………
■10/3 3:00 p.m. D7襲撃翌昼
夜高ミツル:じゃあえーと荷物だけホテルの人に先に入れてもらって真城朔:ミツルの腕に抱えられてくったりと身を預けています。
夜高ミツル:休憩を挟んだとはいえ、夜通し走った疲れもあるのだろう。
夜高ミツル:預けられた身体の体重を、温度を感じながら
夜高ミツル:真城を抱えて部屋へと向かう。
真城朔:振動に合わせ、頭がうつらうつらと揺れている。
真城朔:ミツルの胸に頬を寄せてぼんやりと視線を彷徨わせている。
夜高ミツル:エレベーターでフロアを上がり、フロントで告げられた部屋へ。
夜高ミツル:真城を抱えたまま、なんとかカードキーを当てて扉を開ける。
真城朔:「…………」
夜高ミツル:ビジネスホテルの、広くはないが清潔な室内。ベッドは2つ。
夜高ミツル:「着いたー……っと、大丈夫か?」
夜高ミツル:腕の中の真城の様子を伺い
真城朔:声をかけられて、ゆっくりとミツルの顔を見上げる。
真城朔:「…………」
真城朔:「……こんな」
真城朔:「とこまで」
夜高ミツル:「ん?」
真城朔:靴を履かされた爪先がゆらゆらと揺れている。
夜高ミツル:部屋の中程へと進み、手前のベッドにそっと真城を横たえ
夜高ミツル:靴を脱がせて、ベッドの脇に置く。
真城朔:なすがままにされながら、ぼんやりと天井を見上げている。
真城朔:その目の端から、やがて一筋涙が落ちた。
真城朔:「…………」
真城朔:声も出さずに。さりとて涙も抑えられず。
真城朔:ほろほろと涙を落としている。
夜高ミツル:その様子に一瞬目を見開いたあと、
夜高ミツル:真城を寝かせたベッドに自分も腰掛けて
夜高ミツル:「……どうした?」
真城朔:「…………」
夜高ミツル:真城の手を取る。
真城朔:「……よく、ないんだ」
真城朔:取られた手が、指先が、ぴくりと震える。
真城朔:「よくない……」
夜高ミツル:「何が」
真城朔:「俺が」
真城朔:「こんな、とこに、いるのが」
夜高ミツル:「……俺が」
夜高ミツル:「そうしたいと思ったんだ」
夜高ミツル:「そうしたくて、お前を無理やり連れ出した」
真城朔:「…………」
真城朔:「……どう、すれば」
真城朔:瞼を伏せて、弱々しく息を吐く。
真城朔:「どうすればいいか、わからない……」
真城朔:語尾が吐息に掠れて消える。
夜高ミツル:「そんなの」
夜高ミツル:「これから考えていけばいいだろ」
夜高ミツル:「一緒にさ」
真城朔:「…………」
真城朔:やわらかな起伏を描く胸元が小さく上下する。
真城朔:「……わかん」
真城朔:「ない、んだ……」
真城朔:たどたどしく紡がれる声が微睡にぼやけていく。
夜高ミツル:「……うん」
夜高ミツル:「……とりあえず、今は疲れたろ」
夜高ミツル:「考えるのは、休んでからだ」
真城朔:「…………」
夜高ミツル:「……風呂、入れるか? 先に休むか?」
真城朔:返答は言葉ではなく、
真城朔:静寂にも微かな寝息で示される。
夜高ミツル:「…………」
真城朔:血を与えられたとはいえ衰弱状態からの強行軍と、
真城朔:極度の緊張からの解放が。
真城朔:あまりにも速やかに真城の意識を落としていた。
夜高ミツル:寝入ってしまった真城を見て、昨晩からずっと張り詰めていた精神が少しだけ緩む。
夜高ミツル:繋いだままの掌から、真城の体温が伝わる。
真城朔:靴を脱がされてあらわになった爪先が汚れている。
真城朔:間に合わせに着せられた服の下もまた大差なく。
夜高ミツル:起こさないようにそっとその手を離して
夜高ミツル:洗面所へと向かう。
真城朔:「ん、…………」
夜高ミツル:フェイスタオルを取って、湯で濡らして絞る。
真城朔:手放された指先がぴくりと動く。
夜高ミツル:濡らしたタオルを手に、ベッドの方へと戻る。
真城朔:静かに眠っている。
夜高ミツル:起こしちゃうかな……とか悩みつつ、
夜高ミツル:なるべく静かに、タオルを顔に当てる。
真城朔:「…………ん」
夜高ミツル:顔を拭っていた手が止まる。
真城朔:「う……」
真城朔:吐息混じりに声を漏らすが、それだけ。
真城朔:抵抗もない。
夜高ミツル:その様子を見て、ゆっくりと手を動かすのを再開する。
真城朔:涙が拭われても、眠っている。
真城朔:頬を拭いたタオルに、黒ずんだ汚れが移っていく。
真城朔:ろくに洗われずにいたのか、間に合わないほどに汚されていたのかは、判別がつかないが。
夜高ミツル:それを見ていると、あんな環境に真城を一月も置かせてしまったことが、
夜高ミツル:自分の不甲斐なさが、
夜高ミツル:つくづく腹立たしくて、情けない。
夜高ミツル:顔を拭ったあとは手と足と、見える部分を同様にタオルで清めていく。
夜高ミツル:……真城を確実に助けるためには万全を期さねばならないと。
夜高ミツル:そう決めたからって、当然焦りがなかったわけはなく。
夜高ミツル:焦りも、不安もあった。
真城朔:足の甲にも青痣や、引っ掻き傷などが残っている。
夜高ミツル:叶うなら、すぐにだって駆けつけてしまいたくなる衝動があった。
夜高ミツル:もっと早く助けに行けていれば。
夜高ミツル:そもそも、あの時須藤の手から逃してやれていたら。
夜高ミツル:目の前の真城の身体についた傷の一つ一つが、そんな後悔をもたらす。
夜高ミツル:……足を拭き終えて、タオルを離す。
夜高ミツル:後悔は、ある。
夜高ミツル:今後への不安だって、ないわけじゃない。
夜高ミツル:それでも、確かなことは
夜高ミツル:ここに、真城がいること。
夜高ミツル:生きて、手の届く場所にいる。
夜高ミツル:用の済んだタオルを適当に洗面台に放って
夜高ミツル:ベッド脇に戻る。
夜高ミツル:静かに寝息を立てる真城の顔に視線をやって
夜高ミツル:きれいに拭った手を取る。
夜高ミツル:手を繋ぐと、確かに真城がここにいることを感じられる。
真城朔:手袋の下に隠されていた、白く細い指。
夜高ミツル:夢みたいだ、とか真城は言ってたけど
夜高ミツル:今は自分の方がそんな気持ちだった。
夜高ミツル:触れて、そうして夢じゃないことを確かめる。
夜高ミツル:「…………おかえり」
真城朔:皮膚に伝わる少し低い体温。
夜高ミツル:生まれ育った場所も、家も、学校も捨てて
夜高ミツル:それが適切な言葉なのか果たして分からないけど。
真城朔:その声に応えるように、微かに指が、ミツルの手を握り返した。
夜高ミツル:それを感じて、ふ、と笑みが溢れる。
夜高ミツル:そうしていると、やっと落ち着けたことで自分も相当疲れていることに気がつく。
夜高ミツル:……眠い。
夜高ミツル:気づいてしまえば、すぐ隣にあるもうひとつのベッドに移動することすらめんどくさくて。
夜高ミツル:いや、もしかしたら
夜高ミツル:単純に、繋いだ手を離したくないだけかもしれないけど。
夜高ミツル:分からない。思考がまとまらない。
夜高ミツル:何もかも面倒になって、そのまま眠気に身を任せる。
夜高ミツル:意識を手放すその瞬間まで、掌から伝わる温かさを感じていた。
夜高ミツル:変な姿勢で寝たから身体が痛い……。
真城朔:地元の仲間たちに連絡を入れ、風呂に入るなり食事を摂るなりで時間を潰していると、
真城朔:20時を回ったそのあたりで。
真城朔:真城がぼんやりとまぶたを上げる。
真城朔:ベッドに横たわったまま。ぼうと視線を彷徨わせて。
夜高ミツル:ミツルは隣のベッドに座っている。
真城朔:ミツルの姿を認めて、ゆっくりと瞬きをする。
真城朔:「…………」
夜高ミツル:真城も見覚えのあるスウェットに着替えている。家から持ってきたのだろう。
夜高ミツル:「おはよう、真城」
真城朔:「ミツ……」
真城朔:なぞるように名前を呼んで、
真城朔:結局、
真城朔:すぐに泣いてしまう。
夜高ミツル:すぐ泣く……
真城朔:無言でほろほろと涙を落とす。
夜高ミツル:ベッドから降りて、真城の方に。
真城朔:起き上がらずにミツルを見ている。
夜高ミツル:「……どうした? まだ調子悪いか?」
夜高ミツル:遠慮がちに頬に触れ、溢れた涙を拭う。
真城朔:頬に触れられて、小さく首をすくめる。
真城朔:「…………」
真城朔:「……バカだ……」
真城朔:涙を落としながら、ぼそりとそれだけ。
夜高ミツル:「マジで何回言うつもりだって……」
真城朔:「…………」
真城朔:「……俺が」
真城朔:「俺が、バカだ……」
夜高ミツル:昨晩のめちゃめちゃテンションの上がった自分を思い出して、勝手に恥ずかしくなっていたが
真城朔:「こんなとこ」
真城朔:「来ちゃ、駄目で」
真城朔:「…………」
真城朔:「……残らなきゃ、いけなかった、のに」
真城朔:ぽつり、
真城朔:ぽつりと掠れた声で。
夜高ミツル:「……お前がバカなのは、そういうとこだよ」
夜高ミツル:「俺はお前があんなとこにいるのは嫌だよ」
真城朔:「……駄目なんだよ」
真城朔:「駄目なんだ……」
夜高ミツル:「ダメじゃない」
夜高ミツル:「いや、」
夜高ミツル:「ダメでも、それでも」
夜高ミツル:「それでもいいんだ」
真城朔:「都合が」
真城朔:「良すぎる」
真城朔:「……良くない……」
真城朔:ぽそぽそと緩慢に言葉を漏らしていく。
夜高ミツル:「……いいんだよ」
夜高ミツル:「俺が、許すよ」
夜高ミツル:「何が真城を許さなくても」
真城朔:ミツルに背を向けるように、横向きに転がる。
真城朔:「…………」
真城朔:「俺のせいなのに」
真城朔:気持ち小さな背を丸めて、
真城朔:「俺のせいなんだ」
真城朔:「全部」
真城朔:丸みを帯びた肩を震わせている。
夜高ミツル:ベッドに上がり、背を向けた真城の傍に座る。
夜高ミツル:震える肩に掌を乗せる。
夜高ミツル:「俺が決めたことは、俺のせいだ」
真城朔:ひくりと肩が跳ねる。
夜高ミツル:「全部とか、背負うなよ」
真城朔:「…………」
真城朔:「……ミツの」
真城朔:「家族が死んだのは」
真城朔:「お前が決めた、ことじゃない……」
夜高ミツル:「そうだけど」
夜高ミツル:「お前のせいでもないだろ」
真城朔:首を振る。
真城朔:「……俺のせいだ」
夜高ミツル:「違う」
真城朔:「俺が」
真城朔:「いたから」
真城朔:「……狙われてたのは、俺だったのに」
真城朔:「…………」
夜高ミツル:「……それは、お前が悪いのとは違うだろ」
真城朔:「……俺が、いなければ……」
夜高ミツル:「狙ってきたやつが悪いんだ」
真城朔:「…………」
真城朔:「……俺がいなければ、狙われなかった……」
夜高ミツル:「……被害者だ。お前も、お前の母さんも」
真城朔:「……でも」
真城朔:なお身を丸める。
真城朔:縮こまるように身体を抱いて、
真城朔:「紅谷に対しては、違う……」
夜高ミツル:「…………」
夜高ミツル:肩に置いた手に力を込めて
夜高ミツル:真城の身体をこちらに向けようとする。
真城朔:抵抗できず、ごろりと仰向けにされる。
夜高ミツル:目を合わせる。
夜高ミツル:「真城」
真城朔:止めどなく涙を落としている。
夜高ミツル:「少なくとも、俺は」
真城朔:「…………」
夜高ミツル:「お前のことも、お前の母さんのことも、恨んだりとか」
夜高ミツル:「こうなったこと後悔したりとか」
夜高ミツル:「そういうのは、ないから」
真城朔:目の端からほろほろと涙の粒を零して、
真城朔:それを止められずに、ミツルの言葉を聞いている。
夜高ミツル:「……それだけは、分かっとけ」
真城朔:「…………」
真城朔:「……紅谷だけじゃ、なくて」
真城朔:「石原さんも」
夜高ミツル:「ああ」
真城朔:「他にも、ミツの知らない人」
真城朔:「いっぱい」
真城朔:「山ほど」
夜高ミツル:「……うん」
真城朔:「……ミツが」
真城朔:「ミツと、一緒に、殺してきたような」
真城朔:「花の名前のやつらは、みんな俺で」
真城朔:「……それも」
真城朔:「それより」
真城朔:「ずっと、前から……」
真城朔:「…………」
真城朔:「……ずっと……」
夜高ミツル:「……ああ」
真城朔:「…………」
真城朔:「……人も」
真城朔:「喰って」
真城朔:「忽亡さんの家族も、糸賀さんの仲間も、喰って」
夜高ミツル:静かに、その告白を聞き入れる。
真城朔:「…………」
真城朔:「……仲間も」
真城朔:「俺を」
真城朔:「助けてくれた、人たちが」
真城朔:「俺に」
真城朔:「……俺が……」
夜高ミツル:聞きながら、真城の手に自身の掌を重ねる。
真城朔:涙に枕が濡れていく。
真城朔:頬を落ちた涙を吸って、色を変えていく。
真城朔:重ねられた手を、今は握り返すことができずに、
真城朔:でもだからといって振りほどけもしない。
夜高ミツル:真城がどのような心境で過ごしてきたか、きっとどれほど想像しても及びはしないだろう。
夜高ミツル:「……つらかったな」
夜高ミツル:それでも、思わずそんな言葉が溢れた。
真城朔:「…………」
真城朔:首を振る。
真城朔:「つらくない……」
真城朔:「俺は」
真城朔:「俺は、そういうの」
真城朔:「だって」
真城朔:「違う、から」
真城朔:「…………」
真城朔:「……違う……」
真城朔:違う、と繰り返す。
夜高ミツル:「……俺の前では」
夜高ミツル:「つらかったことは、嫌なことは、そうだって」
夜高ミツル:「言っていいから」
真城朔:「…………」
真城朔:「……俺じゃない」
真城朔:「つらいのは」
真城朔:「俺じゃない、から」
真城朔:「……俺は、違うから……」
夜高ミツル:「……真城がしてきたのは、確かに酷いことで」
夜高ミツル:「でも、だからって」
夜高ミツル:「お前が誰かにされた酷いことは、それとは別だろ」
真城朔:「…………」
真城朔:「……ひどいことなんて」
真城朔:「なんにも、ない」
夜高ミツル:「ある」
真城朔:濡れた頬を枕に埋める。
真城朔:「当たり前なんだ……」
真城朔:「……なんにも」
真城朔:「なんにも、ひどいことなんて」
真城朔:「されてなくて」
真城朔:「…………」
夜高ミツル:「……されてるだろ」
真城朔:首を振る。
真城朔:涙に枕の色がすっかり変わっている。
夜高ミツル:「……お前はそう思ってないとしても」
夜高ミツル:「俺からしたら、十分酷いことされてんだよ」
真城朔:「…………」
真城朔:「割に合わない……」
夜高ミツル:真城の身体に残る傷に、チラと目をやる。
夜高ミツル:「……俺が、嫌なんだよ……」
夜高ミツル:ポツリと、そう呟く。
真城朔:「…………」
真城朔:涙で滲んだ片目をミツルに向ける。
真城朔:「……ミツが」
真城朔:「ミツは」
真城朔:「…………」
真城朔:顔を枕に埋めて、黙り込む。
夜高ミツル:視線を戻せば一瞬目が合ったが、すぐに逸らされてしまった。
真城朔:「……嫌なら」
真城朔:「大丈夫だから……」
真城朔:くぐもった弱々しい声で、そのように吐き出す。
夜高ミツル:「……何が」
真城朔:「まだ」
真城朔:「間に合うし」
真城朔:「俺のせいにしていいから」
夜高ミツル:「……は?」
真城朔:「…………」
真城朔:「……俺が」
夜高ミツル:「……なんだ? 何言ってんだ」
真城朔:「唆して……」
真城朔:「D7には、そういう風に……」
夜高ミツル:「……お前」
真城朔:「学校だって」
夜高ミツル:「…………バカ」
真城朔:「全然、まだ、戻れるだろうし……」
夜高ミツル:「バカ言うな」
真城朔:「…………」
夜高ミツル:「んなこと、するわけねえだろ」
真城朔:「……俺は」
真城朔:「ミツに」
真城朔:「嫌な思いばっかり、させる……」
夜高ミツル:「違う」
夜高ミツル:「俺が嫌なのは、お前が誰かに傷つけられることと……」
夜高ミツル:「…………」
真城朔:「…………」
夜高ミツル:「お前が、隣にいないことだ」
真城朔:「…………」
夜高ミツル:「……結局さ、」
夜高ミツル:「俺が、お前がいないと嫌で」
夜高ミツル:「一緒にいてほしくて」
夜高ミツル:「だから、行ったんだ」
真城朔:「…………」
夜高ミツル:「……思えば俺、ここ半年くらいずっとお前のこと探してた気がするな」
真城朔:「……いい加減」
夜高ミツル:何度も何度も、真城は自分の元を去っていって。
真城朔:「諦めてくれる」
夜高ミツル:その度に探して、追いかけて。
真城朔:「ものかと……」
夜高ミツル:「バーカ」
夜高ミツル:「お前の方が諦めろ」
真城朔:「…………」
夜高ミツル:「お前が何回いなくなっても」
夜高ミツル:「その度に俺は探しに行くし」
夜高ミツル:「お前のこと、見つけるよ」
真城朔:恐る恐るにミツルの顔を見上げて、
真城朔:口を開きかけて、
真城朔:でも、
真城朔:唇を噛んだ。
夜高ミツル:目が合う。
夜高ミツル:「? どうした?」
真城朔:顔を見ていられずに、すぐに視線を落とす。
真城朔:身を丸めて、ぼんやりと自分の身体を眺めている。
真城朔:「…………」
真城朔:「……っ」
真城朔:「で、…………」
夜高ミツル:「……?」
真城朔:首をすくめる。
夜高ミツル:続く言葉を待つ。
真城朔:「…………」
真城朔:「できて……」
真城朔:蚊の鳴くような声を漏らす。
夜高ミツル:「??」
真城朔:「……わかんない」
真城朔:「けど」
真城朔:「…………」
真城朔:「もしかしたら……」
夜高ミツル:「えーと、悪い……何の話だ……?」
真城朔:「…………」
真城朔:ほろほろと泣いている。
夜高ミツル:「……言いにくいことだったら、ゆっくりで良いから」
夜高ミツル:「……あ、水とか飲むか?」
真城朔:「…………」
夜高ミツル:今更ながら、そんなことに思い当たって腰を浮かせる。
真城朔:ただ涙を流して身を竦めている。
夜高ミツル:ベッドを降り、備え付けの冷蔵庫からミネラルウォーターを取り出してベッドに戻る。
夜高ミツル:蓋を緩めて、真城に差し出す。
真城朔:泣きながらぼんやりとそれを見つめている。
夜高ミツル:「……えーと、」
夜高ミツル:「起きれるか? 起こそうか……?」
真城朔:「……できてる」
真城朔:「かも、で」
真城朔:「…………」
夜高ミツル:受け取られないペットボトルを差し出したまま困ったような顔をして、
夜高ミツル:再び言われたその言葉をぼんやりと受け取めて、
真城朔:抱えるように自らの腹を這う。
真城朔:腕はペットボトルに伸ばすのではなく、
夜高ミツル:「…………」
夜高ミツル:暫くの沈黙を置いて。
真城朔:「…………」
夜高ミツル:……ようやく、思い至る。
真城朔:ひどく居心地が悪そうに身体を縮めている。
夜高ミツル:「…………あ」
夜高ミツル:「あー…………」
真城朔:ぽろぽろと布団に涙を落としている。
夜高ミツル:「悪い、気づかないで……」
真城朔:「……わかんない」
真城朔:「けど……」
真城朔:「…………」
真城朔:「……ミツじゃなくて」
真城朔:「悪いのは」
真城朔:「俺が、こうだから……」
夜高ミツル:真城がD7で何をされていたか、檻で一目見たときから想像がついていたはずなのに。
真城朔:「…………」
夜高ミツル:「……んなの」
夜高ミツル:「そうした奴が、絶対に、悪い」
真城朔:「……変」
真城朔:「なんだよ」
真城朔:「気持ち悪い……」
夜高ミツル:ふつふつと湧いてくる怒りを抑えるように、できる限り平穏にそう言う。
真城朔:「…………」
真城朔:「こうなったのも」
真城朔:「俺のせい、だし……」
夜高ミツル:ペットボトルをサイドボードに置いて
夜高ミツル:ベッドに上がる。
夜高ミツル:「……真城」
真城朔:「…………っ」
夜高ミツル:真城の身体を起こして、背中に腕を回して抱き寄せる。
真城朔:涙に濡れた顔をどうにか背けようとする。
夜高ミツル:「……行くの、遅くなってごめん」
真城朔:「っ」
夜高ミツル:「もっと、はやく助けられてたら……」
真城朔:腕の中で、身体が強張る。
真城朔:「……違う」
真城朔:「俺が」
真城朔:「自分で」
夜高ミツル:「行かせなきゃよかった」
真城朔:「自分で、行って」
真城朔:だからと涙に濡れた声がくぐもって、
真城朔:「行かなきゃ」
真城朔:「駄目だったんだ」
夜高ミツル:「行かせちゃ、いけなかったんだ……」
真城朔:「……あそこに、いないと」
真城朔:「俺は」
真城朔:「駄目、で」
夜高ミツル:「俺は」
真城朔:ミツルの腕の中で小刻みに震えている。
夜高ミツル:「俺は、お前が一緒にいないと、ダメなんだ」
真城朔:「…………」
真城朔:「……俺」
真城朔:「俺は、……」
真城朔:「……こんな風に、自由に、してちゃ……」
真城朔:良くない、と、
真城朔:吐息混じりに吐き出す。
夜高ミツル:「いいよ」
夜高ミツル:「いいんだよ」
真城朔:「良くない……」
真城朔:「だめ、だし」
真城朔:「……だって」
真城朔:「俺のせいで」
真城朔:「俺が…………」
夜高ミツル:「ていうか、俺がお前を無理やり連れ出して」
夜高ミツル:「こうして無理につきあわせてるんだから」
夜高ミツル:「それでいいだろ」
真城朔:「よくない……」
夜高ミツル:「お前は俺のワガママにつきあわされてるだけだ」
真城朔:「……甘えてる」
真城朔:「だけで」
真城朔:「それは、そんなの」
真城朔:「本当は」
真城朔:「だめで……」
真城朔:「……あの時だって」
真城朔:ミツルの肩に顔を埋める。
真城朔:「……拒めた、のに」
真城朔:「……拒まなきゃ……」
真城朔:駄目だったのに、と、喉の奥で呻くように。
夜高ミツル:「お前が残るって言ったら、無理やり連れてっただけだ」
真城朔:「……今からだって」
夜高ミツル:「今からまた戻るとか言い出しても、帰すつもりなんかねえし」
真城朔:「…………」
夜高ミツル:回した腕に、力をこめる。
夜高ミツル:離さない、というように。
真城朔:やわらかな身体が密着する。
真城朔:潰される胸の弾力に震える息を吐いて、
真城朔:「……俺」
真城朔:「変なんだよ……」
夜高ミツル:「……何が」
夜高ミツル:「真城は、真城だろ」
真城朔:「おかしいんだよ」
真城朔:「……わかる、だろ」
夜高ミツル:「……真城は、真城だ」
夜高ミツル:繰り返す。
真城朔:「……気持ち悪いし」
真城朔:「お前だって」
真城朔:「俺のせいで……」
夜高ミツル:「……気持ち悪いとか、思わない」
真城朔:「……俺は」
真城朔:「気持ち悪い……」
真城朔:「いやだ……」
夜高ミツル:「……俺は、お前の気持ちとか全然分かれなくて」
夜高ミツル:「考えてはみるんだけど、絶対足りないし」
夜高ミツル:「だから、なんて言ってやれたらいいのかも分かんなくて……」
夜高ミツル:「…………」
真城朔:「…………」
夜高ミツル:「……ごめん」
夜高ミツル:「……ただ」
夜高ミツル:「俺は、お前がどうでも、気持ち悪いとか思わないし」
夜高ミツル:「嫌いになったりもしない」
夜高ミツル:「一緒にいるし、お前のことを一緒に考える」
真城朔:「……でも」
真城朔:「困る、だろ」
真城朔:「こんな……」
夜高ミツル:「いいんだ」
真城朔:「よくない……」
夜高ミツル:「俺がしてやれるのって、それくらいしかないし」
真城朔:「…………」
真城朔:「……育てるとか」
真城朔:「俺」
真城朔:「できないし……」
真城朔:今までだってずっと、と弱々しい声で。
夜高ミツル:「……うん」
夜高ミツル:「どうするにしても、一番しんどいのは真城だから」
真城朔:「……俺は」
真城朔:「別に……」
夜高ミツル:「……そもそもさ、決めるのだってキツいだろ」
真城朔:「…………」
真城朔:「……ちょっとくらい」
真城朔:「キツくないと」
真城朔:「割に合わない……」
真城朔:「いや」
真城朔:「ちょっとじゃ、足りなくて」
真城朔:「…………」
夜高ミツル:「俺は、お前にキツい思いなんかさせたくないよ……」
夜高ミツル:「……させたくなかったのに」
夜高ミツル:あの時行かせなければ、せめてもっと早く助けられれば。
夜高ミツル:どうしようもない後悔が、思考を埋める。
夜高ミツル:「……病院」
真城朔:「…………」
夜高ミツル:「行くなら、一緒に行くから」
真城朔:「……まだ」
真城朔:「わかん、なくて」
夜高ミツル:「えー、あ、そう、だな……」
夜高ミツル:逸りすぎたというか、その辺の流れがよく分かってないというか……
真城朔:「…………」
真城朔:「……さすがに」
真城朔:「あんなに、されたのは」
真城朔:「初めてだし……」
真城朔:ぼそぼそと。
真城朔:「…………」
夜高ミツル:続いた言葉に眉をしかめて。
夜高ミツル:真城を抱く腕に力が入る。
真城朔:「ちょっと、なんていうか」
真城朔:「調子が、…………」
真城朔:抱きしめられて目を瞬くと、涙がそのぶん目元で弾ける。
真城朔:「……ミツ?」
夜高ミツル:「……ん?」
夜高ミツル:「……あ、ごめん、苦しかったか?」
夜高ミツル:慌てて、腕を少し緩める。
真城朔:「いや」
真城朔:「別に」
真城朔:「違くて」
真城朔:「…………」
夜高ミツル:「……?」
真城朔:「…………」
真城朔:密着させられたぶん、
真城朔:そのままミツルに身体をもたせかけている。
真城朔:起こされた身体をそのまま預けて、ぼんやりと黙り込んでいる。
夜高ミツル:その身体の柔らかなのを感じる。
夜高ミツル:「……どうした?」
夜高ミツル:「大丈夫か? やっぱまだしんどいか?」
真城朔:「…………」
真城朔:「……あんまり」
真城朔:「触ると」
真城朔:「汚い、んじゃ……」
真城朔:特に離れようとはしないまま今更のことをぼそぼそと言い出す。
夜高ミツル:「別に気にしねえけど……」
真城朔:「物理的に……」
真城朔:ぼそぼそ
夜高ミツル:「それも別に……」
夜高ミツル:まあとはいえ単純に風呂は入りたいだろうし、
夜高ミツル:「風呂入るか?」
真城朔:「…………」
夜高ミツル:「入れそうならお湯溜めてくるけど」
真城朔:「……ん」
真城朔:小さく頷いた。
真城朔:「入る……」
夜高ミツル:「ん、じゃあ溜めてくるか」
夜高ミツル:真城を再び寝かせて、風呂場に向かう。
真城朔:ぼんやりとその背を見送る。
夜高ミツル:バスタブに栓をして、お湯を張る。
夜高ミツル:温度はぬるめ。
夜高ミツル:数分で入れそうかなと目算をつけて、浴室を出て扉を閉める。
真城朔:ぼうっと横たわっている。
夜高ミツル:「寝るなよー」
夜高ミツル:真城の方に戻りながら声をかける。
真城朔:身体を投げ出すような様子を見るに、本調子からはまだ遠いらしい。
真城朔:ミツルの呼びかけに小さく頷いた。
夜高ミツル:「いや、寝たかったら寝てもいいけど……」
夜高ミツル:そしたら溜めなおせばいい話だし。
真城朔:「…………」
真城朔:首を傾げた。
真城朔:ぱちぱちと目を瞬いている。
夜高ミツル:「……とりあえず」誤魔化すように切り出す
夜高ミツル:「この部屋しばらく取ってるから」
夜高ミツル:「風呂入ってさっぱりして、休んで」
夜高ミツル:「休んでから、えーと休みながらでもいいけど」
真城朔:じっとミツルの話を聞いている。
夜高ミツル:「色々話してこう」
夜高ミツル:「今までのこともだし、これからどうするかとか」
真城朔:「いろいろ」
夜高ミツル:「色々」
真城朔:なぞるような辿々しいおうむ返し。
真城朔:「いろいろ……」
真城朔:実感のない様子で繰り返す。
夜高ミツル:「俺、お前に言えてないこととか色々あるし」
夜高ミツル:「……あと、ほら」
真城朔:「?」
夜高ミツル:「お前からしたら、よく分からん内に勝手に俺に色々知られてる状態だろ?」
夜高ミツル:「それも、俺が何を知ってて何を知らないのか、ちゃんとした方がいいだろうし」
真城朔:「…………」
真城朔:ぼんやりとミツルを見返している。
夜高ミツル:「お前が眠らされてる間の話とか……」
夜高ミツル:「……それから」
真城朔:合点がいったように小さく顎を引いた。
真城朔:が、また首を傾げて。
夜高ミツル:「お前の身体のこと、ちゃんと知っておきたい」
真城朔:「…………」
夜高ミツル:「ちゃんと知ってないと、お前のこと傷つけるかもしれないし」
夜高ミツル:「そうなるのは、嫌だから」
真城朔:「……俺も」
夜高ミツル:「……話したくないかもしれないけど」
真城朔:「ちゃんとわかってるかって言うと」
真城朔:「あんまり……」
夜高ミツル:「そう、か……」
夜高ミツル:「……分かる範囲でいい」
夜高ミツル:「あと、こうされるのは嫌だとか、そういうのでも」
真城朔:ぱち、と瞬き。
真城朔:「嫌」
夜高ミツル:「……いや、だから」
夜高ミツル:「されたくないことがあったら、そういうのはしないし……」
真城朔:ぼんやりとしている。
夜高ミツル:「……あ、ていうか今更だけど、身体触られるの大丈夫だったか……?」
真城朔:「?」
夜高ミツル:「嫌じゃ、なかったか……?」
真城朔:「…………」
真城朔:「ミツが」
夜高ミツル:「…………」
真城朔:「嫌じゃないなら」
真城朔:「別に」
真城朔:「なんにも……」
夜高ミツル:「……よかった」
夜高ミツル:さんざん抱きしめたり手を繋いだりしてきたので
夜高ミツル:実は嫌だった……とか言われたらどうしようかと思った。
真城朔:「…………」
真城朔:「……あんまり」
真城朔:「危ない」
真城朔:「とは……」
夜高ミツル:「危ない?」
真城朔:「…………」
真城朔:「……俺のせいで」
真城朔:「変になると……」
真城朔:よくない、と小さな声で。
夜高ミツル:「…………」
夜高ミツル:「……お前と」
夜高ミツル:「離れてる間の方が、よっぽど……」
真城朔:「?」
夜高ミツル:「……いや」
夜高ミツル:自分で何いってんだ……という気持ちになってしまった
真城朔:ぼんやりとミツルの顔を眺めている。
夜高ミツル:「……あーー」
夜高ミツル:「風呂」
夜高ミツル:「起きれないなら入るの手伝うけど……」
真城朔:「…………」
夜高ミツル:「それは、大丈夫か?」
真城朔:ベッドに腕をついて、横からなんとか身体を起こす。
真城朔:緩慢な動作で足を床へと下ろして、
真城朔:途中でぼんやりと裸足の爪先を眺めた。
真城朔:「…………」
真城朔:「足」
夜高ミツル:「立てそうか?」
夜高ミツル:手を差し出して
夜高ミツル:「あ?」
夜高ミツル:「……ああ」
夜高ミツル:「言うの忘れてた、寝てる間に」
真城朔:「きれいに……」
夜高ミツル:「タオルで拭いただけだけど」
真城朔:差し出された手に目を向けて、ミツルの顔を見上げて。
真城朔:また裸足に視線を戻す。
真城朔:「…………」
夜高ミツル:「?」
真城朔:「……ありがとう」
真城朔:ぽそぽそと謝辞を言う。
夜高ミツル:「……あー」
夜高ミツル:「どう、いたしまして」
真城朔:それから下ろした足に力を込めて、
真城朔:どうにか立ち上がろうとして、
真城朔:ふらつく。
夜高ミツル:横から身体を支える。
夜高ミツル:「……と」
真城朔:膝から落ちるようなことはないが、そのまま支えられて。
夜高ミツル:「……やっぱ手伝った方がいいか」
夜高ミツル:「えーと、嫌じゃなければ……だけど」
真城朔:「…………」
真城朔:「……ミツが」
真城朔:「嫌じゃないなら……」
夜高ミツル:「じゃあ、問題ないな」
夜高ミツル:真城の身体を支えながら、浴室へと向かう。
真城朔:ミツルの肩に体重を預けながら、どうにかよたよたと歩く。
夜高ミツル:無理をさせないように、ゆっくりと歩いて。
夜高ミツル:脱衣所の椅子を引き出して、そこに真城を座らせる。
真城朔:ほとんどしゃがみ込むように椅子に腰を落とすと、小さく息をついた。
真城朔:長く眠っていたはずだが消耗の気配が失せない。
夜高ミツル:その様子に、やっぱり手伝うことにして良かったなと思いつつ
夜高ミツル:「…………手伝うって言ったけど、人を風呂に入れたことねえな……」
真城朔:「……別に」
真城朔:「無理しなくても……」
真城朔:重たげに腕を動かして着せられた上着を脱いでいる。
夜高ミツル:「別に無理は……」
夜高ミツル:「大丈夫か? 脱げるか?」
真城朔:「ん…………」
真城朔:頷きながらもその動きは鈍重だった。
真城朔:上着を脱ぎ落として、
真城朔:その下のTシャツに手をかけたところで、
真城朔:止まる。
真城朔:「…………」
夜高ミツル:「……あー」
夜高ミツル:「見られるの、嫌だったら」
真城朔:ミツルを見る。
真城朔:どこか困ったように眉を寄せている。
真城朔:「……うー」
真城朔:小さくうめいた。
夜高ミツル:「えーと」
夜高ミツル:「お前が単純に見られたくないなら」
夜高ミツル:「俺は見ないようにするし」
夜高ミツル:「……もし、俺がどう思うかを気にしてんなら」
夜高ミツル:「それは、心配すんな」
真城朔:「…………」
真城朔:悩んでいる。
真城朔:サイズの合わないTシャツの広い襟ぐりを握りしめながら。
真城朔:「…………」
夜高ミツル:「……ていうか、あー、普通に見られながらは脱ぎづらいか……」
夜高ミツル:そもそもの話に気がついた。
真城朔:困ったように視線を彷徨わせている。
真城朔:「……なんか」
真城朔:「ええ、と」
真城朔:「…………」
夜高ミツル:「……?」
真城朔:「……やっぱ」
真城朔:「おかしいし……」
真城朔:「変だし……」
真城朔:「…………」
夜高ミツル:「……」
夜高ミツル:「変だから、嫌?」
真城朔:「…………」首をすくめている。
真城朔:「……ミツが」
真城朔:「どう思うか、は」
真城朔:「…………」
真城朔:「……たぶん」
真城朔:「嫌だろうし……」
夜高ミツル:「んー……」
夜高ミツル:「正直、慣れないな、とは思う」
夜高ミツル:「けど、嫌とかじゃなくて……」
真城朔:「…………」
夜高ミツル:「さっきも言ったけど、真城は真城だし」
真城朔:「俺は」
真城朔:「……俺」
夜高ミツル:「そう」
夜高ミツル:頷く。
真城朔:「……変なのを、ミツに」
真城朔:「見せたくない……」
真城朔:「変だし」
真城朔:「……汚い、から」
真城朔:「やだ……」
真城朔:視線を落としている。
夜高ミツル:「……」
夜高ミツル:「俺は」
真城朔:ぽろぽろと涙が落ちる。
夜高ミツル:しゃがんで、真城の顔を下から覗き込む。
真城朔:覗き込まれ、視線を逸らすこともなく、ただ泣いている。
夜高ミツル:「俺は、お前の身体のこと、ちゃんと知っておきたい」
夜高ミツル:「だから、見せてほしいって、思ってる」
夜高ミツル:「……でも、お前が嫌なら無理にすることじゃないから」
真城朔:「…………」
真城朔:「……嫌に」
真城朔:「ならない?」
夜高ミツル:「なんねえよ」
夜高ミツル:手を伸ばして、溢れる涙を拭う。
真城朔:拭われて、なお涙を零しながら目を細めて、
真城朔:「嫌いには……」
夜高ミツル:「なんねえって」
真城朔:「…………」
夜高ミツル:「大丈夫」
夜高ミツル:「大丈夫、だから」
真城朔:「……変なのも」
真城朔:「汚いのも」
真城朔:「見られるの、……」
真城朔:「……怖い」
夜高ミツル:「……うん」
真城朔:けど、と、小さく息をついで、
真城朔:「でも」
真城朔:「……でも、だからって」
真城朔:「ミツが大丈夫だって言ったところで」
真城朔:「…………」
真城朔:「……変なのは……」
真城朔:ぼそぼそと要領を得ず、言葉があちらこちらに彷徨う。
夜高ミツル:真城の瞳から溢れる涙が、ミツルの指を濡らす。
真城朔:「……見て」
真城朔:「ほしい、みたいに」
真城朔:「なるのは」
真城朔:「やっぱり」
真城朔:「俺が」
真城朔:「変だ……」
真城朔:ぽろぽろと涙を落としながら、よくわからないままに言葉を吐く。
夜高ミツル:「……別に」
夜高ミツル:「誰かに、自分のことを見てほしいって」
夜高ミツル:「それで、わかって、受け入れてほしいなんて」
夜高ミツル:「普通だろ」
真城朔:「…………」
真城朔:「変なのに……」
真城朔:ぼそぼそと抗弁めいて呟く。
真城朔:「……ミツとは」
真城朔:「そういうのじゃ……」
真城朔:違う、と小さな声で漏らす。
夜高ミツル:「俺は、お前のこと分かりたいよ」
真城朔:「…………」
真城朔:沈黙。
真城朔:しばらく黙って悩み込んだ後に、
真城朔:「……ミツが」
真城朔:「いいなら……」
真城朔:とはひどく弱々しい声で。
夜高ミツル:「……ん」
夜高ミツル:重々しく頷いて。
真城朔:迷いを振り切れぬ様子で身を縮めている。
夜高ミツル:「……じゃあ」
夜高ミツル:「……脱ぐの、手伝う、か?」
真城朔:「…………」
真城朔:無言のまま、小さく頷いた。
夜高ミツル:頷きを返して、立ち上がる。
夜高ミツル:「……じゃあ、えーと……」
夜高ミツル:「……ばんざーい」
夜高ミツル:幼児にするように、腕を上げるよう促す。
真城朔:「…………」
真城朔:ゆっくりと両腕を上げる。
夜高ミツル:シャツに手をかけて、引っ張りあげる。
真城朔:サイズの合わないTシャツは容易に脱がすことができた。
真城朔:その下は、
真城朔:歯型、爪跡、鬱血。
真城朔:変色した皮膚と血の滲む生傷と、
夜高ミツル:「…………」
真城朔:手のかかる腰骨のあたりには特に爪の跡が酷い。
夜高ミツル:「……怪我」
真城朔:胸にもしきりに歯を立てられた跡がある。
真城朔:痣も当然至るところに。
夜高ミツル:「痛く、ないか?」
真城朔:白い肌を青と赤と紫で彩って、
真城朔:何かが乾いて張りついた汚れが各所に散見される。
真城朔:ミツルの問いには、また首を傾げた。
真城朔:「…………」
真城朔:「普通……」
夜高ミツル:「普通、って…………」
夜高ミツル:自分の身体のことは”変”で、受けた仕打ちについては”普通”なんて言うのか
真城朔:ばつが悪そうに身を縮めている。
夜高ミツル:「…………」
夜高ミツル:「なるべく、怪我してるとこ気をつけるけど」
夜高ミツル:「痛くしたら、ごめん」
真城朔:「大丈夫」
真城朔:「大したことないし……」
真城朔:下履きに手をかけながら、ぼそぼそと。
夜高ミツル:「その大したことない怪我が治んねえくらいにされてるだろ……」
夜高ミツル:それは、狩りでの怪我に比べれば大したことはないかもしれないが。
真城朔:上を脱いでしまったことで踏ん切りがついたのか、
真城朔:少しだけ腰を浮かして、あとは重力に任せて下を脱ぎ去る。
真城朔:下着はない。それだけで済む。
夜高ミツル:落ちたズボンを取り去って、脇にどける。
夜高ミツル:それでようやく、真城が下着を履かされていなかったことに気づいて。
真城朔:腰の緩やかな曲線、上半身と大差のない生傷。
夜高ミツル:「……ごめん」
真城朔:さすがに抵抗があるのか、足の間に手を差し込んでいたが。
真城朔:「?」
真城朔:謝罪に目を瞬いた。
夜高ミツル:「……下、履くものなかったの」
夜高ミツル:「気づいてなかった……」
真城朔:「?」
真城朔:「はいてた……」
真城朔:食い違っている。
夜高ミツル:「いや、下着が……」
夜高ミツル:とかここで話してると
夜高ミツル:気まずい状態を長引かせるだけなので、
夜高ミツル:浴室のドアを開ける。
真城朔:ぼんやりとその背中を見ている。
夜高ミツル:蛇口から流れ出るお湯が、水面を叩く音が響いて。
夜高ミツル:「……あ」
夜高ミツル:「……めちゃめちゃ溢れてる……」
真城朔:座り込んだままミツルの背中越しに
真城朔:溢れるお湯をぼんやりと眺めている。
真城朔:かつてだったらからかいの言葉のひとつやふたつ出ただろうが。
真城朔:今はひどく静かなものだ。
夜高ミツル:浴槽の栓のチェーンを引っ張り、並々と張ったお湯を抜く。
夜高ミツル:これくらい抜いとけば溢れないだろう……というところまで水位を下げて。
夜高ミツル:浴室から脱衣所の方に戻る。
夜高ミツル:「お湯出してたの完全に忘れてたな……」
真城朔:ぼんやりと頷いている。
夜高ミツル:すぐ入れた方がいいだろうと思って、結構勢いよく出してた。
真城朔:同意と言うよりはなんとなくの応答。
夜高ミツル:椅子に座ったままの真城に手を差し出して、
夜高ミツル:「じゃ、入るか」
真城朔:全裸のまま座って眺めて
真城朔:差し出された手にもまた然りで
夜高ミツル:ぼんやりしてるな……
夜高ミツル:ちょっと困ったような顔をしてから、
夜高ミツル:「あー……嫌だったら言えよ……?」と断って
夜高ミツル:真城の隣に立ってしゃがみこみ、腕を真城の膝の裏と背中に回す。
真城朔:一種身体を強張らせてから、
真城朔:ゆっくりと身体の力を抜こうとする。
真城朔:躊躇いがちにその胸に頬を預けた。
夜高ミツル:身体がこわばったことに気づいて一旦動きを止めたが、
夜高ミツル:委ねられたことが分かれば、そのまま抱き上げる。
夜高ミツル:真城の身体を抱えて、浴室に足を踏み入れる。
夜高ミツル:お湯が溢れた床で足を滑らせないように、
夜高ミツル:なるべく傷に障らないように注意しながら、
夜高ミツル:そっと、真城の身体を浴槽に横たえる。
真城朔:腕はミツルに縋るのではなく、脚の間に落ちている。
真城朔:そっと浴槽に沈められて、
真城朔:小さく、息をついた。
真城朔:瞼を伏せる。
夜高ミツル:お湯がスウェットの袖を濡らすが、それには構わない。
真城朔:湯が傷に沁みるだろうが、痛みに顔を歪めることもなく。
夜高ミツル:「……お湯、ぬるめにしといたんだけど」
真城朔:「ん……」
夜高ミツル:「熱いとか、ぬるすぎとかあるか?」
真城朔:まぶたを上げて、ぼんやりとミツルを見る。
真城朔:「だいじょうぶ……」
夜高ミツル:「……ん、そっか」
真城朔:たどたどしく浮いた声で答える。
真城朔:身体を沈められた湯に汚れがぽつぽつと浮いて、
真城朔:それをぼんやりを見つめていた。
夜高ミツル:なんだか落ち着かなくて、浴室の床に腰を下ろす。
真城朔:ぼうと腕を擦っていると、さらに塵が浮く。
真城朔:傷に構わず、緩慢な動作で汚れた肌をさすっている。
真城朔:横顔は茫洋と。
夜高ミツル:床も水浸しなので当然ズボンが濡れるが、どうせすでに濡れているから気にしない。
夜高ミツル:それよりも、真城の様子の方を気にして。
真城朔:眠たげに瞼が落ちては上がり、
真城朔:時折、小さく息をつくのを繰り返す。
夜高ミツル:「……一旦あがって洗うか?」
夜高ミツル:「洗ったあとなら、寝落ちしても俺がどうにかするし」
真城朔:浴槽でゆっくりと足を畳んで、膝の裏に指を這わせて、
真城朔:ミツルの声に、ゆっくりとそちらを向く。
真城朔:汚れの浮く湯とミツルの顔を交互に見て、考え込んでいる。
夜高ミツル:「……? どうする?」
夜高ミツル:返事を待って、首をかしげる。
真城朔:しばらくして浴槽の縁に指をかけて、
真城朔:身体を起こそうとして、肘をついた。
夜高ミツル:腰を上げて、浴槽から出る真城を支える。
真城朔:少し眉を寄せて、表情をしかめる。
真城朔:支えられた身体が、やわらかい肌が濡れている。
真城朔:温められた熱とともにそれが伝わる。
夜高ミツル:その感触に、どうしても戸惑いはある。
夜高ミツル:戸惑いつつも、真城が姿勢を崩さないようにしっかりと支えて
真城朔:恐る恐るに身を委ねる。
夜高ミツル:身を乗り出して足の方にも腕を回し、再び抱えあげる。
真城朔:足が浮く。
真城朔:ゆらゆらと揺らされながら、相変わらずぼんやりと視線を落としている。
夜高ミツル:スウェットを水浸しにしながら真城を抱え、バスチェアに座らせる。
真城朔:座らされて腕を落とす。
真城朔:ためらいがちにミツルへと目を向ける。
夜高ミツル:視線を向けられて
夜高ミツル:「ん?」
真城朔:「…………」
真城朔:「……めんどう……」
真城朔:肩を落としながらぼそぼそと。
夜高ミツル:「……?」
夜高ミツル:立ち上がってシャワーに手をかけようとしていたが、
夜高ミツル:しゃがんで視線を近づける。
真城朔:「……めんどう、かけて……」身を竦めながら。
夜高ミツル:「あー」
真城朔:背を丸めている。
夜高ミツル:「別に面倒ってことねえよ、このくらい」
夜高ミツル:「……もっと真城に気を遣わせないよう、うまくできればとは思うけど」
真城朔:「…………」
真城朔:浴室の濡れた床に視線を落としている。
夜高ミツル:「……真城は今弱ってて、疲れてるんだから」
夜高ミツル:「で、俺はお前の友達だから」
夜高ミツル:「なんとかしてやりてえの」
夜高ミツル:「だからまあ、遠慮とかさ、そんなの」
夜高ミツル:「今更すんなよな」
真城朔:「…………」
真城朔:あまり納得できていない様子だが、不承不承に小さく頷く。
夜高ミツル:なんか不満そうだな……
夜高ミツル:「……で、これも別に遠慮しなくていいんだけど」
夜高ミツル:「洗うの、自分でできそうか?」
夜高ミツル:「俺がやろうか?」
真城朔:考え込む。
真城朔:理解に都度、時間をかけている節もある。
夜高ミツル:急かさずに、返事が帰ってくるのを待つ。
真城朔:「…………」
真城朔:「……自分で」
真城朔:「したほうが……」
真城朔:「いい……」
真城朔:と、思う、と、ぽつぽつと。
夜高ミツル:「ん、そっか」
夜高ミツル:立ち上がり、シャンプーやら何やらを真城の手の届く場所に寄せて
夜高ミツル:シャワーを手に取り、お湯を出して温度を確かめる。
真城朔:ぼんやりとその様子を眺めている。
夜高ミツル:風呂と同じ程度の温度なのを確認してから、シャワーヘッドを真城に差し出す。
真城朔:のろのろと腕を上げて、シャワーヘッドを受け取る。
真城朔:シャワーが吐く温水をぼうと眺めて、
夜高ミツル:「……しんどくなったらやるから言えよー」
真城朔:とりあえずといった様子で頭から被った。
夜高ミツル:ハラハラしながら見守っている。
真城朔:髪を濡らして、シャワーを下へと落として首にかけて、
真城朔:その途中で手からシャワーが滑り落ちて、床に転がる。
真城朔:水しぶきが高く立った。
夜高ミツル:「うわ」
夜高ミツル:シャワーを持ち上げる。
夜高ミツル:当然お湯がかかるが、もう何もかも今更だった。
夜高ミツル:「……やっぱやろうか?」
真城朔:「…………」
夜高ミツル:蛇口をひねってシャワーを止めつつ、問いかける。
夜高ミツル:ついでに思い出して、浴槽の栓も抜く。
真城朔:ぽたぽたと髪から水を落としながらミツルが持ち上げたシャワーヘッドを見ている。
真城朔:無言のまま頷いた。
真城朔:ややためらいがちに顔を伏せる。
夜高ミツル:真城の近くに置いたシャンプーやらを、自分の方に引き寄せる。
真城朔:俯いている。
真城朔:濡れた髪が頬に、首に張り付いている。
夜高ミツル:ノズルを押してシャンプーを掌に出し、それを両手で軽く泡立てる。
真城朔:垂れ落ちた雫が浮いた肩甲骨を辿ってつうと落ちた。
夜高ミツル:「……さっきも言ったけど、人を風呂に入れるとかやったことないから」
夜高ミツル:「下手でも文句……は言ってもいいけど、まあ」
真城朔:「…………ん」
夜高ミツル:「文句くらいは言ってもいいから、諦めてくれ」
真城朔:緩慢に頷く。
夜高ミツル:「えーと、あ、目閉じてろよ」
真城朔:「…………」言われるままにきゅっと閉じた。
夜高ミツル:……なんか、妙に緊張する。
夜高ミツル:いやまあ、するか。当然か。
夜高ミツル:性別はともかく、他人の裸体がこんな目の前にあることって普段ないわけで……。
夜高ミツル:子供の頃に家族と風呂に入った以来じゃないだろうか。
真城朔:目を閉じたまま、じっとミツルを待っている。
夜高ミツル:とかなんとか、ごちゃごちゃと考えを巡らせながら
夜高ミツル:差し出された真城の頭に手をかける。
真城朔:竦めた首に、窪みを作った鎖骨に水が溜まる。
夜高ミツル:そうして、思い切って手を動かす。
真城朔:水に濡れてぺたんとした髪がミツルの指に乱される。
夜高ミツル:頭を洗うなんて毎日やってることなのに、他人にやるとこうも勝手が違うものか。
真城朔:癖のない髪。
真城朔:長く洗われていなかったのか、指の通りは悪いが、
夜高ミツル:わしわしと、慣れない手つきで真城の髪を洗う。
真城朔:それがするりと泡に解かれていく。
真城朔:ミツルのなすがままに任せている。
真城朔:時折力にまかせて頭が振れる。
夜高ミツル:そうなる度に手を止めて、頭を支え
夜高ミツル:それからおずおずと手の動きを再開させる。
真城朔:前に垂れた腕が隠すように股の間に挟まっている。
夜高ミツル:不慣れながら、洗い残す箇所のないよう気をつけて手を進めていく。
夜高ミツル:「……痒いところありますかー」
夜高ミツル:お決まりのセリフなど言ってみるが、別に場が和むわけでもない。
真城朔:「……ん……」
真城朔:小さく息を漏らすが、特に意味のある返答ではない。
真城朔:時折頭を引っ張られかけながらも、ぼんやりとされるがままになっている。
夜高ミツル:一通り洗えたかな、というところで頭から手を離す。
夜高ミツル:「……よし、じゃあ」
夜高ミツル:「流すから、目閉じたままにしてろよ」
夜高ミツル:シャワーを手に取り、再びお湯を出す。
夜高ミツル:真城の様子を伺い
夜高ミツル:「大丈夫か? 起きてるかー」
真城朔:「んー……」
真城朔:目を閉じたまま、唸るような声を返す。
夜高ミツル:寝そうだな……
夜高ミツル:「……流すぞー」
真城朔:小さく頷く。
夜高ミツル:それでも頷いたのを見て、ゆっくりと真城の頭にシャワーを当てる。
夜高ミツル:空いている方の手を真城の頭に回して、泡を洗い流していく。
真城朔:お湯に泡が流されて、癖のない黒髪のさまが再び見えてくる。
真城朔:回される手に頭を預けている。
真城朔:水を吸った髪がぺったりと頭の形を、首の線を浮き彫りにする。
夜高ミツル:やっぱりいつもよりは細いな、なんてことを思う。
夜高ミツル:泡がすっかり流れ落ちたことを確認して、手を離す。
真城朔:顔の造作に変化はないが、身体の描く線には明確な違和がある。
夜高ミツル:「……ん、頭はこんな感じで大丈夫かな」
夜高ミツル:リンスとかトリートメントとか、一応備え付けられてるが
夜高ミツル:そういうのを使う発想はない。
真城朔:緩やかで柔らかな起伏と、凹凸と、脂肪の柔らかさと。
真城朔:「ん……」
真城朔:重たげに上げた腕で自分の顔を拭って、ぼやぼやと頷く。
夜高ミツル:ついでに浴槽を軽く流してから、シャワーを止める。
夜高ミツル:洗い終わったら入れるよう、栓をしてお湯を溜め直す。
真城朔:「…………」
真城朔:瞼を上げて、止められたシャワーを見ている。
夜高ミツル:風呂の準備をすると、今度は一旦脱衣所の方に乗り出して、アメニティの中から使い捨てのボディタオルを取り出す。
夜高ミツル:風呂を溜めるために出しっぱなしのお湯でタオルを濡らす。
夜高ミツル:軽く絞って水気を落とし、ボディソープをタオルに取る。
真城朔:その様子を見ている。
夜高ミツル:タオルをこすって泡を立てながら
夜高ミツル:「……じゃあ、身体もやるけど」
夜高ミツル:「自分で洗いたい場所とかあったら……」
真城朔:「…………」
真城朔:とりあえず、頷いた。
夜高ミツル:「先に言ってくれたら、触らないようにするけど」
夜高ミツル:「まあ、途中でも」
夜高ミツル:「やだったら、止めるから言え」
真城朔:「ん」
真城朔:頷くだけで、特に自分から何か訴える様子はない。
夜高ミツル:すっかり泡でもこもこになったタオルを手に、真城の背後に移動して
夜高ミツル:「じゃあ、背中から……」
真城朔:背中にも同じように傷が残っている。
夜高ミツル:真城の後ろで、片膝をつく。
真城朔:それに頓着する様子はなく、ただミツルの声に頷いた。
夜高ミツル:「…………」
夜高ミツル:あちこちに傷のついた背中に、そっとタオルを当てる。
真城朔:男ではない身体の線の緩やかさと、
真城朔:そうそう見ることのない量の傷。
真城朔:タオルを当てられて、
真城朔:一瞬だけ背中が強張って、
真城朔:意識したようにその緊張を解く。
夜高ミツル:傷に触れないように、なんてことはどうも無理そうだった。
夜高ミツル:それでもなるべく傷を刺激しないように気を払いつつ、背中をタオルで擦る。
夜高ミツル:「……痛くないか?」
真城朔:「…………」
真城朔:「普通……」
夜高ミツル:「……痛いか、痛くないかだと」
真城朔:擦り寄せた太腿の間に腕を挟み込んだまま、ぼやぼやと答えたが。
真城朔:「……そんなには……」
夜高ミツル:「……痛いんだな、つまり」
真城朔:「…………」
真城朔:黙り込んでいる。
夜高ミツル:背中を擦る手を緩める。
夜高ミツル:が、まあ結局洗えなければ意味はないので。
夜高ミツル:「……ごめん、ちょっと我慢しててくれ」
夜高ミツル:「なるべく早く済ますから」
真城朔:「だいじょうぶ……」
真城朔:たどたどしく舌を回して、そのように答える。
夜高ミツル:タオルで背中を擦っていき、
夜高ミツル:そのまま、肩を通って右腕にタオルを這わせる。
真城朔:「…………」
夜高ミツル:手を取って、腕を軽く持ち上げる。
真城朔:されるがままに任せている。
真城朔:赤と青の滲む肌を、泡が彩っていく。
夜高ミツル:やわやわと、腕を洗っていく。
真城朔:いつもより柔らかい腕。
夜高ミツル:ホテルに来る途中で輸血パックを渡したのに、そこら中傷だらけで一向に治る気配がない。
夜高ミツル:それだけ酷く、血を抜かれているのだろう。
夜高ミツル:「…………」
真城朔:あれだけたっぷり眠ったのに覇気が戻らないのもそれが理由だろう。
真城朔:もとが無理をしていたというのを差し引いても、あまりにもぼんやりとしすぎている。
真城朔:重たげに瞼を落としかけては、何度も目をしばたいている。
夜高ミツル:こうして間近にいて、身体を洗っていると、
夜高ミツル:脱衣所で見たときよりも、細かいところまで傷が目に入ってくる。
夜高ミツル:それらはとても数え切れない程で。
夜高ミツル:もっと早く助けられてたら、と、何度も繰り返した後悔がまた頭を占めそうになる。
真城朔:浮いた背骨に剃られたような擦り傷。
真城朔:腰を掴まれた時の指と爪の跡。
真城朔:食い込まされて、抉られたようなそれと、
真城朔:獣欲に任せた歯型と。
真城朔:特に意味も意図も掴めない殴打の青痣。
真城朔:白い肌と、白い泡と。
真城朔:その中で血を滲ませるそれらが、やはりどうしても目に際立つ。
夜高ミツル:もくもくと、肩から腕、掌と洗い進めていき
夜高ミツル:その手の指一本一本まで洗ってから、手を離す。
夜高ミツル:少し位置を移動して、今度は左手を取る。
真城朔:離された右腕を脚の間に落とす。
夜高ミツル:左肩にタオルを這わせて、右腕と同様に
真城朔:背を丸める姿勢ではその膨らみもむしろ強調されて、
真城朔:身を震わすたびに、ふるりとそれも揺れる。
夜高ミツル:肩を洗い、二の腕を擦り、
真城朔:張りつめた乳房の先の尖るさまも、腕では隠しきれずにいる。
夜高ミツル:見てはいけないとも思うし、一方で目を逸してはいけないとも思って
夜高ミツル:いやでもなんか見ようとするのは違うし?
真城朔:俯いている。
夜高ミツル:結局どうしたらいいのかよく分からないまま、タオルを動かす先に集中する。
真城朔:「…………」
夜高ミツル:腕の方を洗い終えると、手を更に持ち上げて手の甲にタオルを当てる。
真城朔:指先がぴくりと震える。
夜高ミツル:タオル越しに自分の手で包むようにして、真城の手を洗っていく。
真城朔:包まれた手のひらで、それを握り返すこともできずに。
真城朔:ただぼんやりと視線をそちらへと向けた。
夜高ミツル:親指から、順番に
夜高ミツル:人差し指、中指、薬指、小指と。
真城朔:泡に包まれた指の間に触れられていく。
真城朔:ぬるりとした感触に擦られて、
真城朔:皮膚と皮膚が滑って、触れて、
真城朔:少しだけ、眉を寄せた。
真城朔:ボディソープの滑りを借りて、熱が重なっている。
夜高ミツル:ミツルの視線は互いの手に落ちたままなので、その表情の変化には気づかず。
夜高ミツル:ただ黙々と、指にタオルを添わせていき。
真城朔:爪の間に汚れが詰まって、やや黒ずんでいる。
夜高ミツル:それも落としてしまおうと、泡だらけの指で柔らかく指先を擦る。
真城朔:指に力が入りかけて、それをゆっくりと解く。
真城朔:代わりに足の指がきゅっと丸くなって、
真城朔:浴室の床と擦れて、泡の音にまぎれて消えるような小さな水音を立てた。
夜高ミツル:泡を絡めて、指先を滑らせて、
夜高ミツル:そうして最後に小指の先まで洗い終えてから。
夜高ミツル:そっと、その手を下ろす。
真城朔:手を降ろされて、ほうと息をついた。
真城朔:所在を失ったように視線を落として、降ろした腕を脚の間に滑らせる。
真城朔:唇を噛んだ。
夜高ミツル:「あー」
夜高ミツル:「前の方、は」
夜高ミツル:「どうしよう」
真城朔:「…………」
真城朔:困ったように、ちらりとミツルの顔をうかがう。
夜高ミツル:同じく顔を伺ったミツルと目が合う。
夜高ミツル:「やってもいいなら、」
夜高ミツル:「する、けど……」
真城朔:眉を寄せた。
真城朔:困っている。
真城朔:「…………」
真城朔:「……その」
夜高ミツル:「……ん」
夜高ミツル:促す。
真城朔:洗われた手のひらを内腿に這わせながら、
真城朔:「だい」
真城朔:「だい、じょうぶ」
真城朔:「だから、……」
真城朔:「…………」
真城朔:俯いてしまう。
夜高ミツル:「えー、と……」
夜高ミツル:「やっていい、の大丈夫?」
真城朔:「…………」
真城朔:長く沈黙した。
真城朔:やがて、かすかに頷く。
夜高ミツル:答えを待って、
夜高ミツル:頷いたのを見て。
夜高ミツル:「…………ん」
夜高ミツル:「わか、った」
真城朔:頷いたまま俯いている。
夜高ミツル:心を決めるような間を置いて。
夜高ミツル:「……じゃあ、」
夜高ミツル:立ち上がり
真城朔:俯きがちにちらちらとミツルの顔を窺っている。
夜高ミツル:どこに立ったらいいのかすらよく分からん……
真城朔:手持ち無沙汰に自分の内腿に指を這わせている。
夜高ミツル:よく分からんが、背中側から手を回すのが一番やりやすいような気がする。
夜高ミツル:ので、そうすることにして。
夜高ミツル:おずおずと、鎖骨の辺りにタオルを下ろす。
真城朔:肩に不要な力が入っている。
真城朔:傷に触れられていた時以上に、その背中が強張っている。
夜高ミツル:「……やっぱ、やなんじゃないか?」
夜高ミツル:手を動かす前に尋ねる。
真城朔:「…………」
真城朔:「……ミツに」
真城朔:「変なこと」
真城朔:「させてる……」
真城朔:ぽつりぽつりと、たどたどしく。
夜高ミツル:「あー……」
夜高ミツル:「そういうのは、だから」
夜高ミツル:「大丈夫だって」
真城朔:「ミツが」
真城朔:「ミツは」
真城朔:「そういう風に、言って」
真城朔:「……言うだろう、って」
真城朔:「俺は」
真城朔:「…………」
夜高ミツル:「言うけど……」
真城朔:「分かって……」
真城朔:ふるりと身体を震わせて、涙を落とす。
真城朔:「分かって、言う、のは」
真城朔:「……そうさせて」
真城朔:「そうさせようと、して」
真城朔:「してる、のは」
真城朔:「……俺が」
夜高ミツル:「俺が頼れって言ってるんだから」
夜高ミツル:「いいんだよ、それで」
真城朔:顔を覆う。
真城朔:「…………」
真城朔:「……俺が」
夜高ミツル:「遠慮されたら、そっちの方が困るし……」
真城朔:「付け込んで……」
真城朔:「そう、させたくて」
真城朔:「されたい」
真城朔:「……なら」
真城朔:「させちゃ、だめなのに……」
夜高ミツル:「……なんで」
真城朔:喉の奥に、泣き声を押し殺す。
夜高ミツル:「されたいことがあるなら、言えばいいんだ」
真城朔:「だめなんだ……」
真城朔:「のぞむ、ようにしちゃ」
真城朔:「こんな」
真城朔:「……こんなの」
夜高ミツル:「……いいよ」
夜高ミツル:「望んで、いい」
真城朔:「おかしい」
真城朔:「いやだ……」
夜高ミツル:「急に、変えるのは難しいだろうけどさ」
夜高ミツル:「俺は」
夜高ミツル:「お前がしてほしいことをしてやりたいし」
真城朔:「…………」
夜高ミツル:「だから、頼ってほしいし」
真城朔:しゃくりあげる音を押し殺している。
夜高ミツル:「……今は、俺とお前しかいないんだし」
夜高ミツル:「いいんだよ、だから」
真城朔:「いっぱい」
真城朔:「ころしたのに……」
夜高ミツル:「……うん」
真城朔:「…………」
真城朔:「だめだ……」
真城朔:「こんなの」
真城朔:「こんな、……」
夜高ミツル:身体を寄せて、背中から泡だらけの真城の身体に腕を回す。
夜高ミツル:「……いいんだって」
真城朔:「ひ、……っ」
真城朔:「う」
真城朔:びくりを身体を竦ませる。
真城朔:息を吐く。
真城朔:顔を隠せなくなって、ぼろぼろと涙を落とす。
夜高ミツル:「……俺が、そうしてほしいんだ」
真城朔:「…………」
夜高ミツル:「……お前がやってきたこと、無視するわけじゃなくて」
夜高ミツル:「ただ」
夜高ミツル:「それを考えるのは、今じゃなくていいと思うんだ」
真城朔:「……かんがえないと……」
夜高ミツル:「そんな状態で?」
真城朔:「忘れたら」
真城朔:「俺が、これを」
真城朔:「忘れたら」
夜高ミツル:「……忘れろ、とか言わねえよ」
夜高ミツル:「無理、だろうし」
真城朔:「…………」
真城朔:「でも……」
夜高ミツル:「無理だろうし、よくないし」
夜高ミツル:「だから……なんだろう」
夜高ミツル:「受け入れてほしい、かな」
真城朔:泣きながら首を傾げる。
夜高ミツル:「してほしいと思ったことをされる、っていうのを」
真城朔:「…………」
夜高ミツル:「……難しいこと言ってると思うけど」
真城朔:「でも」
真城朔:「でも……」
夜高ミツル:「受け入れるのだって、簡単じゃないだろうけど」
夜高ミツル:「だから」
夜高ミツル:「すぐに、じゃなくてもいいんだ」
夜高ミツル:「ゆっくりでいいから」
真城朔:「…………」
真城朔:「こんなの」
真城朔:「こんな」
真城朔:「……望んだら……」
夜高ミツル:「いいよ」
夜高ミツル:「望んでいい」
夜高ミツル:「今受け入れられなくても、これからもずっとそう言う」
真城朔:「…………」
真城朔:「……うう」
真城朔:「う」
真城朔:「で、も」
真城朔:「でも、…………」
夜高ミツル:「……でも?」
真城朔:「……よく、ない」
真城朔:「ちがう、し」
真城朔:「こんな」
真城朔:「こんな、の、……」
夜高ミツル:「……良くなくても」
真城朔:「ミツは」
夜高ミツル:「俺はそうしたいんだ」
真城朔:「…………」
真城朔:「……ミツは」
真城朔:「だって」
真城朔:「そういうのじゃ、ない……」
真城朔:ぽろぽろと泣いている。
夜高ミツル:「……?」
夜高ミツル:「そういうのって」
真城朔:浴槽を満たして溢れた湯が足を浸していく。
真城朔:肩を竦めている。
真城朔:恐れるように瞼を伏せて、震えている。
真城朔:「やだ……」
夜高ミツル:「何が」
真城朔:「ちがう、から」
真城朔:「ほんとは」
真城朔:「こんなのも」
真城朔:「………っ」
真城朔:力の入らない腕で、ミツルの抱擁を押しやろうとする。
夜高ミツル:「……だから」
夜高ミツル:それでも真城の身体を離さないまま
夜高ミツル:「俺がしてることは全部、俺がしたいからやってるだけなんだって」
夜高ミツル:「気にすることねえんだよ」
夜高ミツル:「昨日みたいに、バカだって笑ってりゃいいんだ」
真城朔:「バカなのは」
真城朔:「俺、でっ」
真城朔:「こんなのは」
真城朔:「違う」
真城朔:「ミツを、困らせる……」
真城朔:「おかしい」
真城朔:「俺が」
真城朔:「俺は、おかしくて」
夜高ミツル:「……落ち着け」
夜高ミツル:「真城」
真城朔:「おかしいのが、……っ」
真城朔:「いやだ」
真城朔:「やだ……」
夜高ミツル:抱き寄せる腕に力を込める。
真城朔:「う」
夜高ミツル:「真城」
真城朔:「……あ」
夜高ミツル:「俺は何も嫌じゃないし」
夜高ミツル:「困ってないし」
夜高ミツル:「後悔もしてない」
真城朔:「…………」
夜高ミツル:「後悔してないっつーか、むしろ」
夜高ミツル:「こうして良かったって思ってるし」
真城朔:「……でも」
真城朔:「困らせる……」
夜高ミツル:「困る、っていうか」
夜高ミツル:「うまくできないし、気の利いたことも言えなくて、だから」
夜高ミツル:「もっとうまくやれたら良いのに……ってのは思うけど」
夜高ミツル:「頼られるのは、嬉しいよ」
真城朔:「…………」
真城朔:腕の中で、ひくりと身体が震えた。
夜高ミツル:「ていうか、困らせてるのは俺の方な気がするし……」
真城朔:涙に乱れた呼気が熱めいて、
真城朔:それを整えることもできずにいる。
夜高ミツル:肩に回していた手を上げて
夜高ミツル:真城の濡れた頭に沿わせる。
夜高ミツル:落ち着かせるように、頭を撫でて。
真城朔:俯いて、顔を覆った。
真城朔:「……こんなの」
真城朔:「こんなこと」
真城朔:「したいはず、ない……」
夜高ミツル:「……なんで決めつけるんだよ」
真城朔:「…………」
真城朔:「だって……」
真城朔:「ずっと」
真城朔:「そうならなかった、し、…………」
夜高ミツル:「あー、」
夜高ミツル:「こうしたいって思ったのは、あの日からだし……」
真城朔:「え」
夜高ミツル:ていうか前の真城に同じことしてたらぜってえ笑われてただろ……
真城朔:ぱちぱちと目をしばたく。
夜高ミツル:「え?」
真城朔:「…………」
真城朔:固まっている。
夜高ミツル:「でもまあ、お前と一緒にいたいってのは、前からずっと変わってないつもりだけどな」
真城朔:「…………」
真城朔:「あ」
真城朔:「……う」
真城朔:「……………………」
真城朔:瞼を伏せて、ますます泣き出す。
夜高ミツル:「学校来てほしかったのも、お前に会いたかったから、だし……」
夜高ミツル:「え」
夜高ミツル:「真城?」
真城朔:「……っ」
真城朔:「いや、だ」
真城朔:「俺」
真城朔:「俺、おかし、くて」
真城朔:「やだ」
夜高ミツル:「何が」
真城朔:「きもちわるい……っ」
真城朔:しゃくりあげながら、ぼろぼろと泣いている。
夜高ミツル:「……落ち着けって」
夜高ミツル:「大丈夫だから」
真城朔:泣きながら首を振る。
真城朔:居心地が悪そうに身を竦めている。
夜高ミツル:「……真城」
夜高ミツル:「大丈夫だ」
夜高ミツル:繰り返す
真城朔:「…………」
夜高ミツル:「俺は、お前がどんなでも大丈夫だよ」
真城朔:何も言えないまま泣いている。
夜高ミツル:「俺は、真城のこと大切で」
夜高ミツル:「一緒にいたいし」
夜高ミツル:「分かりたい」
夜高ミツル:「だから、なんでも言ってほしいし」
夜高ミツル:「望んでほしいし」
真城朔:「……でも」
夜高ミツル:「そうしたら、俺ができることはなんでもするから」
真城朔:「…………」
真城朔:「……ミツが」
真城朔:「したくないこと」
真城朔:「させたく、ない」
真城朔:「ただでさえ、俺の、せいで」
夜高ミツル:「……少なくとも」
真城朔:「……俺の……」
真城朔:「…………」
夜高ミツル:「ここまでしたことで、したくないことなんてなかったけど」
夜高ミツル:したくないこと自体はあったけど、
夜高ミツル:それは結局、できないままになっている。
夜高ミツル:これからもすることはないだろう。
真城朔:「…………」
真城朔:「したく、なくても」
真城朔:「それは」
真城朔:「俺のせい、で」
真城朔:「そうなるのは、嫌だ……」
夜高ミツル:「したくないことはちゃんと言うよ」
夜高ミツル:「俺も言うし、お前も言えよ?」
真城朔:「それが」
真城朔:「……それが」
真城朔:「ちゃんと、わかるなら、…………」
真城朔:「…………」
真城朔:俯いた頬を涙が濡らしている。
夜高ミツル:「分かるよ」
真城朔:「わかんなくなるんだよ……」
真城朔:ぼそぼそと抗弁する。
夜高ミツル:「……まあ、でも」
夜高ミツル:「正直、そもそもしたくないことなんてそんななくて」
夜高ミツル:「お前を殺したくない」
夜高ミツル:「傷つけたくない」
夜高ミツル:「離れたくない」
真城朔:「…………」
夜高ミツル:「……そんなもんかな」
真城朔:「……ミツは」
真城朔:「考えてないだけだ……」
夜高ミツル:「何をだよ」
真城朔:「…………」
真城朔:「……俺のほうがおかしいんだよ……」
真城朔:「おかしい、から」
真城朔:「いやだ……」
夜高ミツル:「おかしいって、さっきからずっと言ってるけど」
夜高ミツル:「……何が?」
真城朔:「…………」
真城朔:黙り込む。
夜高ミツル:「……悪いけど、言ってくれないと」
夜高ミツル:「俺は分かんなくて……」
夜高ミツル:こういうところが、もっとうまくできれば……と思ってしまうところなのだが。
真城朔:「…………」
真城朔:「……ミツは」
真城朔:「そんなの」
真城朔:「嫌なはずで……」
夜高ミツル:「……だから」
真城朔:「嫌に決まってる……」
夜高ミツル:「決めつけんなって」
真城朔:ぼろぼろ泣いている。
真城朔:「こまる……」
夜高ミツル:「嫌かそうじゃないか、決めるのは俺だ」
夜高ミツル:「考えてもないことだったら、まあびっくりしたり……」
夜高ミツル:「あと、悩んだりとか?」
夜高ミツル:「まあ、あるかもだけどさ……」
真城朔:「……こまる……」繰り返した。
夜高ミツル:「遠慮だろ」
夜高ミツル:「そういうの、いいんだって」
真城朔:「…………」
真城朔:長くぐすぐすと泣いている。
夜高ミツル:「別に嫌じゃないかもしんねーだろ」
夜高ミツル:「聞かないとわかんないけどさ」
真城朔:唇を震わせてはそれを噛み締めて、
真城朔:ぼろぼろと泣きながら俯いて、
真城朔:長く長く、それを繰り返した末に。
真城朔:「……うれしくて……」
真城朔:か細い声で涙混じりに吐き出した。
真城朔:言ってしまったことを後悔するように首をすくめる。
夜高ミツル:抱きしめた姿勢のままなので、そのか細い声も拾い上げる。
夜高ミツル:「……何が?」
真城朔:全身を強張らせている。
真城朔:ますます声を掠れさせながら、
真城朔:「……さわ」
真城朔:「られ、て、……」
夜高ミツル:「…………」
夜高ミツル:やたらと言いにくそうにしていたのはそういうことか、と
真城朔:「いやだ……」
夜高ミツル:「……そっか」
真城朔:「俺が」
真城朔:「俺が、望んで」
夜高ミツル:「真城が嬉しいなら、俺は嬉しいし」
真城朔:「ミツを」
真城朔:「ミツに、そんな」
真城朔:「…………っ」
夜高ミツル:「俺もさ、真城とこうしてるのとか」
夜高ミツル:「手を繋いだりとか」
夜高ミツル:「そうすると」
夜高ミツル:「真城がここにいて」
夜高ミツル:「生きてるって、分かるから」
真城朔:「…………」
夜高ミツル:「だから、嬉しい」
真城朔:「でも」
真城朔:「俺は」
真城朔:「俺の、は、…………」
真城朔:「……そんな」
真城朔:「あったかいの、じゃ」
真城朔:「ない……」
真城朔:「…………」
真城朔:「気持ち悪い…………」
真城朔:声に嫌悪を滲ませて、吐き捨てる。
夜高ミツル:「……真城?」
真城朔:「いやだ……」
真城朔:「俺も」
真城朔:「そうなら」
真城朔:「それだけ、なら」
夜高ミツル:真城の意図が掴めないまま、それでも声色の変化を気にして様子を伺う。
真城朔:「…………っ」
夜高ミツル:それだけなら。
夜高ミツル:つまり、自分が言ったような気持ちだけではない、ということで。
真城朔:下ろしていた腕を自らの脚に這わせて、
真城朔:その指先を、股の間に潜り込ませた。
真城朔:濡れた音が立つ。
真城朔:「――ふ」
夜高ミツル:言いたいことの輪郭が掴めないまま、
真城朔:「ぅ、あッ」
夜高ミツル:その手の動きに、
夜高ミツル:水音に、
夜高ミツル:声に、
夜高ミツル:思考が止まる。
真城朔:喉がしゃくりあげて、声が跳ねる。
夜高ミツル:「……っ、」
真城朔:「あ、……んっ、く」
夜高ミツル:驚きに、目を見開く。
真城朔:びく、と抱きすくめられた肌が粟立つ。
真城朔:ぼろぼろと涙を零しながら、
夜高ミツル:「…………ま、しろ」
真城朔:「――ミツ」
真城朔:「ミツ、……ミツ、が」
夜高ミツル:混乱したまま、その名を呼ぶ。
真城朔:「ミツは、……っ」
真城朔:「あ」
真城朔:「ん、っく」
真城朔:「う――」
夜高ミツル:それだけじゃない、それ以外の気持ちは、つまり。
夜高ミツル:こういうこと、だったのか。
真城朔:内腿を擦り合わせながら、頭を垂れる。
真城朔:熱い息を漏らしながらぐちゅぐちゅと耳障りな音を立てて、
夜高ミツル:「…………っ、」
夜高ミツル:思考をかき乱す音。
真城朔:「あっ、ぁ」
真城朔:「ミツ、ミツ……っ」
真城朔:「ミツ――ッ」
夜高ミツル:「ま、しろ」
夜高ミツル:かけられる言葉が思いつかないまま
真城朔:名を呼びながら、その腕の中で大きく身を震わせる。
夜高ミツル:応えるように再びその名を呼んで。
真城朔:緊張に強張った身体が跳ねて、
夜高ミツル:回した腕に、無意識に力が篭もる。
真城朔:それがゆっくりと弛緩していく。
真城朔:肩で息をしながらミツルの腕の中に収まって、
夜高ミツル:その様子を、腕の中に感じている。
真城朔:まだぼろぼろと泣いている。
夜高ミツル:離すことも、目を逸らすことも、止めることもできなかった。
真城朔:ミツルの肩に顔を埋めている。
夜高ミツル:頭がぼんやりする。身体が熱いのは、浴室に篭もる熱のせいだけではないだろう。
真城朔:ミツルの肩に顔を埋めながら、
真城朔:「……っ」
真城朔:ぼろぼろとその肩に涙を落としている。
夜高ミツル:「…………その、本当に、俺、察しが」
夜高ミツル:「悪くて…………」
真城朔:「……っ」
真城朔:「お、れが、……っ」
真城朔:「おかし、くて」
真城朔:「おかしい」
真城朔:「いやだ」
真城朔:「こんなの、そんな気も」
真城朔:「ミツには、ない、のに」
夜高ミツル:「……俺」
真城朔:「……俺が」
真城朔:「勝手に、……ッ」
夜高ミツル:「……俺、お前のこと好きになってたって」
夜高ミツル:「言われたんだ、プルサティラに」
真城朔:「…………」
夜高ミツル:「血を吸われて、そうなってたって」
夜高ミツル:「それ、言われて」
真城朔:「…………」
夜高ミツル:「まあ、驚いた、びっくりはしたんだけどさ……」
真城朔:ぱちりと瞬きをする。
夜高ミツル:「でも、なんていうか、嫌じゃなくて……」
真城朔:「…………?」
夜高ミツル:「ていうか、別に自分でそんな変わってた気しなくて」
夜高ミツル:「変わってないなら元から好きだったのか……?とか」
真城朔:「……プルサティラ」
真城朔:「が……?」
夜高ミツル:ぐるぐるした思考のまま喋っているので、要領を得ない。
夜高ミツル:「ん? ああ」
夜高ミツル:「そう言われた、んだけど……」
夜高ミツル:「……えーと、だから」
夜高ミツル:「まず、そういうの、考えてもなかったってことは、なくて」
真城朔:「…………」
真城朔:まばたきのたび、睫毛を濡らした涙が散る。
夜高ミツル:「考えて、嫌ってこともなくて……」
真城朔:「…………」
真城朔:「……そ、れは」
真城朔:「俺の、せいじゃ」
夜高ミツル:「考えてた時、お前いなかったし」
真城朔:「…………」
夜高ミツル:「俺は、前と今でそんなに自分の気持ちが変わった気はしてないんだけど」
夜高ミツル:「それでもお前のせいか?」
真城朔:「……気づけてない」
真城朔:「だけ、かも」
真城朔:「だし」
真城朔:「頭、冷えたら……」
夜高ミツル:「頭冷やす時間なら」
夜高ミツル:「昨日までの一ヶ月でいくらでもあったっつーの」
真城朔:「…………」
真城朔:何も言えずに泣き始めた。
夜高ミツル:「えーと、なんだ、どこまで話した……?」
夜高ミツル:「あー、だから……」
夜高ミツル:「俺が、お前をそういう意味で、好きなのか」
夜高ミツル:「……正直、まだ答えは出てないんだ」
真城朔:涙を落としながらミツルの話を聞いている。
夜高ミツル:「……ただ、考えてみて、少なくとも嫌じゃなかったし」
夜高ミツル:「真城ともっと一緒にいたいって思うのが」
夜高ミツル:「他の人に対してなんかしら思うのとは違う、ってのは分かってて」
真城朔:「ちがう」
夜高ミツル:「……何が」
真城朔:「…………」
真城朔:首を傾げた。
夜高ミツル:あ、繰り返しただけか?
真城朔:らしい。ぼんやりと泣いている。
夜高ミツル:「あー、いや」
夜高ミツル:「だから」
夜高ミツル:「真城といたい、なんでもしてやりたいってのを」
夜高ミツル:「他の人に対しては、そんなことは思わないってこと」
夜高ミツル:「糸賀さんたちとか、そりゃお世話になったから、恩返しできるならしたいけど……」
真城朔:「…………」
夜高ミツル:「それでも、真城に対して思うほどじゃない」
真城朔:「……俺も」
真城朔:「ミツ以外には」
真城朔:「別に……」
真城朔:「…………」
夜高ミツル:「……そう、言われるのも」
夜高ミツル:「いやじゃない……ていうか」
夜高ミツル:「正直、嬉しい」
真城朔:「…………」
真城朔:「……都合が、よすぎる……」
夜高ミツル:「……こっちの方こそ、だ」
夜高ミツル:「好きかも、しれないって、思って」
夜高ミツル:「そう思った相手も……とか」
真城朔:「…………」
夜高ミツル:「いや、言ってるとマジで、都合良すぎて」
夜高ミツル:「いや……マジか?」
真城朔:「…………」
夜高ミツル:状況に対して、マジ?という気持ちになっている。
真城朔:黙り込んだまま、ミツルの腕に身体を預けている。
真城朔:その身体からゆっくりと力が抜けていく。
夜高ミツル:「……かっこ悪いな、俺」
夜高ミツル:「お前にあんな風に言わせて、泣かせて」
真城朔:「…………」
夜高ミツル:うなだれて、真城の肩に頭を預ける。
真城朔:「……俺が」
真城朔:「悪い」
真城朔:「から……」
夜高ミツル:「俺だろ」
夜高ミツル:はー、と大きく息をつく。
真城朔:ゆっくりと首を振る。
真城朔:何度かまばたきを繰り返して、
真城朔:目を閉じた。
夜高ミツル:「……これは、かっこわるいの上塗りなんですが」
夜高ミツル:謎敬語
夜高ミツル:「考える時間、もらえるか」
夜高ミツル:「ちゃんと、考えたいから」
夜高ミツル:「簡単に決めたくない」
真城朔:「…………」
真城朔:「ん…………」
真城朔:吐息混じりの、かすかな相槌。
夜高ミツル:「お前のこと、好きだって思うのが」
夜高ミツル:「友達だからなのか」
夜高ミツル:「……それだけじゃ、ないのか」
夜高ミツル:「考えて、答え、出すから」
真城朔:「……ミツが」
真城朔:「ミツの」
真城朔:「……ミツの、好きに」
真城朔:「したら」
真城朔:「いい…………」
真城朔:小さな声でそう答えて、
真城朔:その語尾がやがて吐息に消え入る。
真城朔:完全に力の抜けた身体がミツルの胸に預けられて、
真城朔:真城の立てるそれが寝息であることに、やがて気づくだろう。
夜高ミツル:「え?」
真城朔:ミツルの胸に体重を預けて、すうすうと小さな寝息を立てている。
夜高ミツル:「……寝たのか!?」
夜高ミツル:この状況で!?
真城朔:柔らかな身体が無防備に腕に収まっている。
夜高ミツル:マジか……。
真城朔:だらりと腕はおろされて、泡と水滴を垂れ落とす胸が静かに上下して。
夜高ミツル:この状態で寝落ちされるのは、まあ、信頼されてる……と思っていいのか?
夜高ミツル:いやそれにしても……いや……。
夜高ミツル:先程の光景が、どうやっても頭から離れない。
夜高ミツル:そもそも女子の裸を見るのだって初めてで、それが……
夜高ミツル:…………
夜高ミツル:……ふと、下半身に違和感があることに気づく。
夜高ミツル:視線を下ろして確認するまでもない。
夜高ミツル:深く、ため息をつく。
真城朔:ミツルの心中など知る由もなく眠っている。
夜高ミツル:頭の中がぐちゃぐちゃだ。
夜高ミツル:だけど、差し当たって。
夜高ミツル:あれこれと考えるよりも、自分の腕の中で寝息を立てる真城をどうにかしてやらないといけないだろう。
夜高ミツル:すっかり忘れていたが、身体を洗っている途中だった。
夜高ミツル:途中で、まだ洗ってない箇所があって。
夜高ミツル:「え…………」
夜高ミツル:「どうすんだ…………」
夜高ミツル:自問自答。
真城朔:まとわりついた泡が身体を伝い落ちて、
真城朔:床に溢れた湯に流されて、とけていく。
夜高ミツル:手に握ったままのボディタオルと、真城の身体に交互に視線をやる。
真城朔:弛緩した身体。傷だらけの、泡にまみれて濡れた。
夜高ミツル:前の方も洗っていいって言われてて……触られるの嬉しいって……
夜高ミツル:いやでも……本人が寝てるし……
夜高ミツル:さっきまでは、真城の身体を見ていても
夜高ミツル:そこに残る傷に対して、怒りとか無力感とか
夜高ミツル:そういう気持ちのほうが先に湧いてきて。
夜高ミツル:それで、まあなんとか、なんとか平静を保っていられた。
夜高ミツル:でも、あんな姿を見せられてしまって。
夜高ミツル:はっきり言って「そういう気持ち」なしに身体を洗える気は、もうしなかった。
夜高ミツル:でも……汚れを落としきらないままで終わるのも……なんか……。
夜高ミツル:いや、それは身体を触りたい口実なのでは?
夜高ミツル:ぐるぐる。
真城朔:「…………ん」
夜高ミツル:「……あ?」
夜高ミツル:起きた?
真城朔:ミツルの腕の中で、小さな息を漏らす。
真城朔:かすかな身動ぎとともに、
真城朔:「…………」
真城朔:「ミツ……」
真城朔:それだけ零して、また寝息を立て始めた。
夜高ミツル:「…………」
夜高ミツル:「ましろ」
夜高ミツル:意味もなく、名を呼び返して。
真城朔:返事はない。
真城朔:静かに無防備のままに眠りに落ちている。
夜高ミツル:「……」
夜高ミツル:手に持ったタオルを、
夜高ミツル:おそるおそる、真城のお腹の辺りに持っていく。
真城朔:柔らかな肌の弾力が指に伝わる。
夜高ミツル:散々悩んで、結局きれいにしてやりたい気持ちが勝った。
夜高ミツル:柔らかい腹部に、タオルを滑らせる。
真城朔:肌とボディタオルの擦れる水音が立つ。
夜高ミツル:肌の上を往復させながら、手は徐々に上の方に伸びていって。
真城朔:水の流れ落ちる音とは違う、粘性の水音。
夜高ミツル:膨らみの前で、恐れるように手が止まる。
夜高ミツル:少しの間、往生際悪く逡巡して。
夜高ミツル:……深呼吸。
夜高ミツル:「もし嫌だったら後で土下座とかするから……」
夜高ミツル:そう言って、遠慮がちにタオルをその胸に伸ばした。
真城朔:他の部位とは違う弾力。
夜高ミツル:どこよりも柔らかな感触が、手に伝わる。
真城朔:「ん」
夜高ミツル:「……!」
夜高ミツル:びく、と体が跳ねる。
夜高ミツル:手が止まる。
真城朔:吐息混じりの声は意味をなさず、すぐに寝息に紛れていく。
真城朔:僅かに頭が振れて、それでもミツルに預けられた体重はそのままで。
夜高ミツル:心臓に悪い。色んな意味で。
夜高ミツル:……手早く済ませよう。
夜高ミツル:とはいえ、雑にするわけにはいかない。
夜高ミツル:丁寧に、手早く、気付かれないように……。
夜高ミツル:なんかめちゃめちゃな気がするけど、そもそも思考がずっとめちゃめちゃなので
夜高ミツル:もうよく分からない。
夜高ミツル:そもそも別に気づかれないようにする必要もないのでは?
夜高ミツル:でもなんか……よくないことをしている気がして……。
真城朔:ミツルにもたれた頭がまた身じろいで、寝息を吐く唇がより近くなる。
夜高ミツル:誰に向けたものかも分からない弁明めいた思考を展開しつつ、とにかく手を動かしていく。
真城朔:「あ」
真城朔:「……ん」
真城朔:「…………」
夜高ミツル:「…………」
真城朔:意識のないまま、意味もなく声を漏らす。
夜高ミツル:その、吐息に混ざる声の意味が
夜高ミツル:さすがに、分からないはずはなくて。
夜高ミツル:とは言えいちいち手を止めて長引かせる方が色々……良くないので……
夜高ミツル:なるべく気にしないように努めて、
夜高ミツル:胸の上まで洗い上げた。
夜高ミツル:「…………ふー……」
夜高ミツル:大きく息をついてはじめて、いつの間にか息を詰めていたことに気づく。
夜高ミツル:疲れた。すごく。精神的に。
真城朔:ミツルの気も知らず眠っている。
夜高ミツル:眠っている真城の身体の下に腕を入れて、体勢を変えさせる。
真城朔:脱力した身体がなすがままにされる。
真城朔:力の入らない人間相応の重さが腕にかかる。
夜高ミツル:その重さに苦労しながら、横抱きの姿勢のまま自分の膝の上に下ろす。
真城朔:伸びた脚が投げ出される。
真城朔:今はもう脚を閉じる力も失われていて。
夜高ミツル:右脚を持ち上げる。
夜高ミツル:……いやこれ冷静に考えてヤバいな?
夜高ミツル:ヤバいのでは?
真城朔:ただ何もかも無防備なままに、ミツルの手のなすがままに。
夜高ミツル:ヤバいな、と思いつつ、ここまでやってやり残すわけにもいかないので。
真城朔:横に寝かされて落ちた頭が俯けられている。
夜高ミツル:やはり傷の目立つ白い足にタオルを当てて、擦る。
真城朔:抱きしめているときはその細さが気になっていたが、下半身の線はむしろ普段よりも。
夜高ミツル:ひとつ”難所”を越えたあとなので、案外無心でいけている気がする。
夜高ミツル:気がするだけかもしれない。
夜高ミツル:わからない、何もかも。
夜高ミツル:分からないまま右脚を洗って
夜高ミツル:左脚も、同様に。
夜高ミツル:……両脚の間ばかりは、流石に本人の同意なしに触る気にはなれない。
真城朔:小さな声が時折漏れるが、泡と水の音に紛れている。
夜高ミツル:思いの外苦労して一通り洗い終えると、真城の身体を一旦床に寝かせる。
真城朔:力の入らない四肢が浴室の床に投げ出される。
夜高ミツル:シャワーを取るために、立ち上がる。
夜高ミツル:……己の下半身で存在を主張してくるものは、無視する。
夜高ミツル:出しっぱなしになっていた蛇口の湯を止めて、シャワーの方に切り替える。
夜高ミツル:それを持って、真城の方に戻る。
真城朔:泡まみれの胸が寝息に上下している。
夜高ミツル:「よ、っと……」
夜高ミツル:首の下に手を回して、持ち上げる。
夜高ミツル:上半身を起こして、支えながら、シャワーで泡を流していく。
真城朔:「ん」
真城朔:「……う」
夜高ミツル:シャワーの水音の中でも、時折溢れる真城の声を敏感に拾ってしまう。
真城朔:不意にくすぐったそうに首を竦める。
真城朔:しかし意識を覚醒させるほどの刺激には繋がらないのかそれも長くはなく、
真城朔:すぐに力が抜けて、またされるがままに戻る。
夜高ミツル:洗い流すのは、洗うよりも遥かに早く終わった。
夜高ミツル:再び真城の身体を浴室に寝かせて、バスタオルを取って戻ってくる。
真城朔:泡の流された濡れた身体に、数々の傷痕が再び目につくようになる。
夜高ミツル:起きている間に血を飲ませてやれればよかったな、と思う。
夜高ミツル:傷を刺激しないように気をつけながら、柔らかなバスタオルで濡れた身体を拭う。
真城朔:「……んん」
夜高ミツル:……結局拭く時に全身触るんだよな。
夜高ミツル:どうせ触るんだからちゃんと洗っておいてよかったな、とぼんやり思った。
夜高ミツル:湯の流れる音の止まった浴室で、その声は先程より確かに耳に響いた。
夜高ミツル:あらかた濡れた身体を拭き終えて、
夜高ミツル:タオルを真城に被せて、身体の下に腕を差し入れる。
夜高ミツル:ぐったりと力の抜けたその肢体を持ち上げるのに苦労しつつ、
夜高ミツル:壁を使って、なんとか立ち上がる。
真城朔:投げ出された爪先がゆらゆらと揺れる。
夜高ミツル:ややふらつきながらも、腕の中の真城を落としたりぶつけたりしないよう注意を払って
夜高ミツル:浴室を出て、脱衣所を通り抜ける。
真城朔:もうすっかり寝入ってしまっている。
夜高ミツル:そうして、ベッドに真城の身体を横たえる。
真城朔:洗われているときのように小さな声を漏らすようなこともなく、
真城朔:ただ静かな寝息を立てて、ベッドの上に横たえられて、
真城朔:力の入らない身体はそのままに。
夜高ミツル:ベッドに水滴が落ちて、それでようやく自分の方が水浸しのままなことに気づく。
夜高ミツル:脱衣所の方に向かいながら、乱雑にスウェットを脱ぐ。
夜高ミツル:それを適当に洗面台に置いて。
夜高ミツル:ホテルに備え付けられているナイトウェアを羽織る。
夜高ミツル:もう一つあるそれを手に、また真城の方に戻って。
夜高ミツル:転がしたり、腕を持ち上げたり……苦心しつつ真城に着せてやる。
夜高ミツル:そうすると、やっと一段落ついた、という気持ちになって。
夜高ミツル:大きく、ため息をついた。
真城朔:服を着せられると傷の大方も隠されて、
真城朔:そうして横たわって寝息を立てる様子は、健やかなそれであるように見える。
夜高ミツル:「…………」
夜高ミツル:やるべきことを終えて気が抜けると、
夜高ミツル:思考がどうしても、先程のアレに引き戻されてしまう。
夜高ミツル:静止することも、目を逸らすこともできず、
夜高ミツル:脳裏に焼き付いてしまった光景が、
夜高ミツル:鮮明に、思い出せてしまう。
夜高ミツル:艶かしく指が動くさまが、それに合わせて響く水音が、
夜高ミツル:自分の名前を呼ぶ、声が。
夜高ミツル:「…………っ」
夜高ミツル:やるべきことに集中することで一旦収まりかけていた熱が、再び昂るのを感じる。
夜高ミツル:「……」
夜高ミツル:「…………」
夜高ミツル:立ち上がって。
夜高ミツル:よろよろとトイレに向かう。
夜高ミツル:一度鎮めないことには、とても他のことを考えられなさそうだった。
夜高ミツル:扉をくぐり、閉める。
夜高ミツル:視線を落とせば、硬くなった中心がナイトウェアを持ち上げている。
夜高ミツル:見られなくて良かった、とも思うし、
夜高ミツル:真城のあんな姿を見てしまった以上は、見られたほうがなんか……公平だったのでは?
夜高ミツル:という、よく分からない気持ちもある。
夜高ミツル:下着に手をかけて、腰の下まで引き下げる。
夜高ミツル:「…………」
夜高ミツル:屹立したそれに手を添えて、握る。
夜高ミツル:「っ、」
夜高ミツル:手を、動かす。
夜高ミツル:そうしながら思い浮かばれるのは、やはり
夜高ミツル:真城の白く柔らかな身体だとか、
夜高ミツル:自分の名を呼ぶ唇とか、
夜高ミツル:先程の光景とか、
夜高ミツル:……よくないことをしている、気がする。
夜高ミツル:考えさせてくれとか言っておいて、こんな。
夜高ミツル:こんなことを。
夜高ミツル:そうは思っても、一度動き始めた手はどうにも止められない。
夜高ミツル:「……っ、……」
夜高ミツル:「…………ま」
夜高ミツル:「ま、しろ……」
夜高ミツル:今も寝ているはずの相手の名前を呼ぶ。
夜高ミツル:一度その名前を口にすると
夜高ミツル:ミツ、ミツ、と何度も自分を呼んでいたその姿を思い出してしまって。
夜高ミツル:「……ましろ」
夜高ミツル:何かに突き動かされるように、性急に手を動かす。
夜高ミツル:「真城、ましろ……っ」
夜高ミツル:「────っ!」
夜高ミツル:「…………」
夜高ミツル:肩で息をしながら、
夜高ミツル:吐き出された欲望の形を、ぼんやりと眺める。
夜高ミツル:──やってしまった。
夜高ミツル:してしまった。真城で。
夜高ミツル:……その上。
夜高ミツル:ちらりと、視線を自分の下半身に向ける。
夜高ミツル:見るまでもなく分かっていたことだが、一度欲を吐き出して尚、そこはまだ硬さを保っていた。
夜高ミツル:「マジか…………」
夜高ミツル:「マジか………………」
夜高ミツル:どうしよう。
夜高ミツル:いやどうするも何も、鎮めないと戻れないわけで。
夜高ミツル:……再び、手を動かし始める。
夜高ミツル:ようやく、トイレを後にする。
夜高ミツル:気まずい気持ちで、真城が寝ているはずのベッドに目をやる。
真城朔:真城はそこで眠っている。
真城朔:何があったかも知らないままに安らかな寝息を立てている。
夜高ミツル:小さく、何に対してか分からない安堵の息をついて。
夜高ミツル:静かに、真城が眠るベッドの脇に移動する。
真城朔:穏やかな寝顔。
真城朔:きれいに清められた手のひらが、敷かれた布団に沈んでいる。
夜高ミツル:寝顔の穏やかなのを見ると、安心する。
夜高ミツル:気が抜けると、急に眠気に襲われる。
夜高ミツル:あるいは、ずっと感じていたのを今まで無視していたのか。
夜高ミツル:いつもならば眠るにはまだ早い時間だが、昨日の疲れがまだ残っているのもあるだろう。
夜高ミツル:……いや、昨日より今日の方が大変だった気がしてきた。
夜高ミツル:真城も眠ってしまっていることだし、自分も素直に睡魔に身を任せることにする。
夜高ミツル:空いている方のベッドに身体を投げ出して、部屋の明かりを落とす。
夜高ミツル:横を向けば、少し先の暗闇の中に真城のシルエットがぼんやりと浮かんでいる。
真城朔:静寂の中に真城の寝息が聞こえてくる。
夜高ミツル:それを確かめて、目を閉じる。
夜高ミツル:……目を閉じると。
夜高ミツル:急に、不安に襲われる。
夜高ミツル:……目を覚ました時、
夜高ミツル:隣のベッドに真城がいなかったら、とか。
夜高ミツル:そんな不安が。
夜高ミツル:バカげてる、と思う。
夜高ミツル:思う、けど。
夜高ミツル:一度浮かんだ不安は、なかなか追い払うことができず、むしろ
夜高ミツル:考えないようにすればする程、大きくなる気すらして。
夜高ミツル:「……」
夜高ミツル:結局、身体を起こして隣のベッドの脇に移動する。
真城朔:真城は深く眠っている。
夜高ミツル:しゃがみ込んで、真城の手を取る。
真城朔:人の体温。
真城朔:まだこちら側にいるものの、熱。
夜高ミツル:手を取って、座ったままベッドに上半身をもたれかからせて。
夜高ミツル:昼に寝落ちた時と同じ体勢になる。
夜高ミツル:掌に感じる熱に、ゆっくりと不安が解ける。
真城朔:手のひらの中の指が、
真城朔:不意にぴくりと動いて、やがて力が込められる。
真城朔:きゅ、とミツルの手を握り返して。
真城朔:それは決して強い力ではないけれど。
夜高ミツル:その動き一つで、心から嬉しいと感じられる。
夜高ミツル:「……真城」
夜高ミツル:「おやすみ」
夜高ミツル:小さく小さく、つぶやいて
真城朔:返事はない。
真城朔:代わりに指に少しだけ力が込められたような気がして、
真城朔:どちらにせよ、それはかすかな変化に過ぎないのだが。
夜高ミツル:その熱と柔らかさを掌に感じながら、
夜高ミツル:何か、確信めいた気持ちとともに
夜高ミツル:今度こそ、眠りに落ちていった。