迷子を保護した話とか
クラブのチラシとか
最近あんまり拾いものをしてないというか
してる場合じゃないというか
ディドは普通に戻ってきた
殺すのをやめるつもりはなさそう
☆ ★ ☆
――具合が?
――ああ、なるほど……今身籠ってるのは竜種の……随分と長いな……それで……。
――ああ、いや。なに。そういうこともある。気に病むことはない。
――手配させよう。口からでいい。
――折角長い時間をかけているんだ、腹の子に何かあっては困るからね――。
潮騒は穏やかだ。
普段宿を取っているセルリアンではあの、地の底から響くような咆哮も聞こえてこない。
寄せては返す波の音にも、ゆらゆらと身を揺らされる感覚にも、少しずつ慣れてきた。今更クロニカの眠りを妨げるものにはならない。
では何故目覚めたのだろう。
シーツにくるまって考える。心にへばりつくような無気力も、錘を付けられたように上手くは動かない身体も、これらはもう随分と長く付き合ってきているものだ。
むしろ、だからこそ、クロニカの眠りは深い。休息をこそ求めて、活動を拒む。そういう風に身体が向いている。
その理由を、正しくクロニカは把握していた。
夢を見たのは、そういうことだろうか。
故郷で暮らしているうちは、そうそうこんな事態には陥らなかった。動く必要も大してなかったというのもあるが、そもそもの生活習慣が予防となっていた。
生活習慣、というよりは、自分の役目が、というか。どちらにせよ変わらない。長いスパンでのルーチンワーク。それを許すだけの長寿故に。
――ディドは、何事もなく戻ってきた。
そして何事もなく不機嫌だった。
何事もなく、というのは間違いかもしれない。エイニが姿を現して以来、というか、ディドに話を持ち掛けて以来、酷くぴりぴりとしていた。
エイニが連れ戻そうとしているのはクロニカだけで、ディドに害を加えるつもりはないはずだが、お構いなしの強い殺意を彼に抱いている気配があった。
クロニカにはその根本にあるものが分からない。彼を衝き動かす理由が。駆り立てるものが。
ディドは、誰にも追われていない筈なのに、何かに追われているように見えた。自縛的、というのともまた違うか。しかし制約に縛られているような。
それに自覚的であるようにも思えたし、そうでもないように思えたし、結局クロニカには理解し得ない世界に彼はいた。
ただ、殺す、やり方は考える、吐き捨てる中に明確な意思だけがあった。
クロニカにも、意思はある。あれが嫌だとか、これは好きだとか、それくらいの好き嫌いもある。
しかしディドほど凄絶に強いものではない。誰かを殺したいなどと思ったこともなかったし、自分の意思を貫くために命を邪魔者として排除する、などとは想像もつかないものだった。
そこまでして成し遂げなければならないものを、何一つ持ち合わせていないのだ。
そう。クロニカは何も持っていない。
クロニカが持つものは、与えられたもので、いつ誰に使われるかも、奪われるかも、クロニカの意思の外にあった。
ずっとそのように生きていたから、必死になって守るものもない。
ただ、死ぬことは避けたいし、避けた方がいいと思う、という程度の、脆弱な生存本能があるだけだ。
――その、生存本能が、
「…………」
鉛のように重く、泥が纏わりついたように、上手く動かない体の底で、静かに燻るものの理由か。
クロニカが見た夢も。求める所以も。その何もかもの。
息を吐いた。
静かな夜を乱さぬよう、細く長く、息を吐いて、深い呼吸をした。
泥濘のような微睡の中で、確かに熱を孕むものを、どうにか鎮めようとしていた。