-DAY19-


迷子を保護した話とか
クラブのチラシとか

最近あんまり拾いものをしてないというか
してる場合じゃないというか

ディドは普通に戻ってきた
殺すのをやめるつもりはなさそう



☆ ★ ☆



 ――具合が?
 ――ああ、なるほど……今身籠ってるのは竜種の……随分と長いな……それで……。
 ――ああ、いや。なに。そういうこともある。気に病むことはない。

 ――手配させよう。口からでいい。
 ――折角長い時間をかけているんだ、腹の子に何かあっては困るからね――。



 潮騒は穏やかだ。
 普段宿を取っているセルリアンではあの、地の底から響くような咆哮も聞こえてこない。
 寄せては返す波の音にも、ゆらゆらと身を揺らされる感覚にも、少しずつ慣れてきた。今更クロニカの眠りを妨げるものにはならない。

 では何故目覚めたのだろう。
 シーツにくるまって考える。心にへばりつくような無気力も、錘を付けられたように上手くは動かない身体も、これらはもう随分と長く付き合ってきているものだ。
 むしろ、だからこそ、クロニカの眠りは深い。休息をこそ求めて、活動を拒む。そういう風に身体が向いている。
 その理由を、正しくクロニカは把握していた。

 夢を見たのは、そういうことだろうか。
 故郷で暮らしているうちは、そうそうこんな事態には陥らなかった。動く必要も大してなかったというのもあるが、そもそもの生活習慣が予防となっていた。
 生活習慣、というよりは、自分の役目が、というか。どちらにせよ変わらない。長いスパンでのルーチンワーク。それを許すだけの長寿故に。



 ――ディドは、何事もなく戻ってきた。
 そして何事もなく不機嫌だった。
 何事もなく、というのは間違いかもしれない。エイニが姿を現して以来、というか、ディドに話を持ち掛けて以来、酷くぴりぴりとしていた。
 エイニが連れ戻そうとしているのはクロニカだけで、ディドに害を加えるつもりはないはずだが、お構いなしの強い殺意を彼に抱いている気配があった。

 クロニカにはその根本にあるものが分からない。彼を衝き動かす理由が。駆り立てるものが。
 ディドは、誰にも追われていない筈なのに、何かに追われているように見えた。自縛的、というのともまた違うか。しかし制約に縛られているような。
 それに自覚的であるようにも思えたし、そうでもないように思えたし、結局クロニカには理解し得ない世界に彼はいた。
 ただ、殺す、やり方は考える、吐き捨てる中に明確な意思だけがあった。

 クロニカにも、意思はある。あれが嫌だとか、これは好きだとか、それくらいの好き嫌いもある。
 しかしディドほど凄絶に強いものではない。誰かを殺したいなどと思ったこともなかったし、自分の意思を貫くために命を邪魔者として排除する、などとは想像もつかないものだった。
 そこまでして成し遂げなければならないものを、何一つ持ち合わせていないのだ。

 そう。クロニカは何も持っていない。
 クロニカが持つものは、与えられたもので、いつ誰に使われるかも、奪われるかも、クロニカの意思の外にあった。
 ずっとそのように生きていたから、必死になって守るものもない。
 ただ、死ぬことは避けたいし、避けた方がいいと思う、という程度の、脆弱な生存本能があるだけだ。



 ――その、生存本能が、

「…………」

 鉛のように重く、泥が纏わりついたように、上手く動かない体の底で、静かに燻るものの理由か。
 クロニカが見た夢も。求める所以も。その何もかもの。



 息を吐いた。
 静かな夜を乱さぬよう、細く長く、息を吐いて、深い呼吸をした。
 泥濘のような微睡の中で、確かに熱を孕むものを、どうにか鎮めようとしていた。