結果フェイズ

GM
最後の裂帛で陸の狂気が4を突破し、軽度狂気を発症したため
GM
その結果だけまず決めてしまいましょう。よろしくお願いします。
安武 陸
よろしくお願いします。
GM
では、陸はMITを振ってください。
安武 陸
MIT 軽度狂気表(1) > 【誇大妄想】(判定に失敗するたびに【テンション】が1増加する。)
安武 陸
そっかぁ
GM
そうきたか……
GM
この出目には激情を使用できます。
GM
いかがしますか?
安武 陸
* ロケットペンダントを使用 破壊する幸福は【背徳】海野標
GM
畏まりました。
[ 安武 陸 ] 部位ダメージ : 3 → 4
[ 安武 陸 ] 耐久力 : 8 → 5
[ 安武 陸 ] 激情 : 0 → 1
GM
陸はロケットペンダントの効果により幸福『【背徳】海野標』を破壊。
これにより激情を1点獲得します。
GM
では、改めて。
安武 陸
* 激情 この1は4 お守り中毒へ
[ 安武 陸 ] 激情 : 1 → 0
GM
了解しました。
陸は軽度狂気『お守り中毒』を発症。
これは狂気が0点になるまで消えません。
また、結果フェイズに伴い陸、修也の狂気が1点減少します。
[ 安武 陸 ] 狂気 : 6 → 5
[ 敷村 修也 ] 狂気 : 2 → 1
GM
では軽度狂気の処理を終え、改めて結果フェイズへと突入しましょう。

結果フェイズ

海野標
「……ありがとうございました」
楠瀬新
「ええでええで。あんま気にせんとき」
楠瀬新
「……どんだけ力になれたかも、こうなると正直怪しいしな」
楠瀬新
「フォロワーの二人、俺からクラブの方引き渡しとく。
 ……ちゅうても、あれか。イマイチやらかしも分からん感じなっとるんやっけ?」
海野標
「……まあ、そうですね。
 クロニック・ラヴによる犠牲の殆どは覆されているはずです」
海野標
「クラブの方にも、どれだけ記録が残ってるか……」
楠瀬新
「ちゅうて野放しにするわけにゃあかんし、さりとて私刑するのも違うしなぁ。
 まあ魔女案件てことで、できる限り説明しとく」
楠瀬新
「いい具合にしてくれるやろ」
海野標
「ですね」
海野標
「……あ、そうだ」
海野標
ポケットを探る。
折り畳まれたチラシを取り出して開くと、楠瀬に渡した。
海野標
「これ、参考までに」
楠瀬新
「ん」
楠瀬新
「あー。……そういうやつか」
楠瀬新
「OK」
海野標
恐らくこれで、卯田千奈美へも連絡が行くだろう。
海野標
卯田千奈美に再会した高地結凪が、風香のことをどれほど話すかは分からない。
ハンターの世界に巻き込むことを厭うて全てを覆い隠すかもしれないし、
思い出を共有できる友達として、全てを打ち明けるかもしれない。
海野標
どちらにせよ、彼女らの話だ。
自分の知るところにはない。
荻原稜介がこれからどのように生きるかも含めて。
楠瀬新
「……しかし、あの二人」
楠瀬新
「残念、とは言わへ……いや……んー。いや」
楠瀬新
「残念やな」
海野標
「…………」
楠瀬新
「……なんちゅうか、若すぎんのよな。全部が」
楠瀬新
「振り返らない、ちゅうんかね」
楠瀬新
「そういうとこが一際強かったから、だから……」
楠瀬新
「……もうちょっと色々、適度にうまくやれるようなったらなぁとは思うてたけど」
楠瀬新
「でもそんならバレエ・メカニックに逆らわんのよな」
海野標
「……そうですね」
楠瀬新
「やりきれんわ。全く」
楠瀬新
「もうちっと俺もうまくやれたらよかったかね」
海野標
「いえ。十分していただいたと思っています」
海野標
「実際退いてたの、正解ですよ。
 あなたにはバレエ・メカニックの加護がないので」
楠瀬新
「かわいげなく理ゆうてくるなぁ」
海野標
「事実なんで」
楠瀬新
「そゆとこ師匠に似たか?」
海野標
どうでしょうね、と肩を竦めて流した。
海野標
「……だから、本当に感謝してますよ。
 埋め合わせはします。困ったら声かけてください」
楠瀬新
「ガキに頼ることなんざ、そうあらへんて」
海野標
「お姉さんの件とか。……あんま人に知らせたくないんでしょ」
楠瀬新
はた、と瞬く。
楠瀬新
「まったく」
楠瀬新
「ほんま、かわいげないわ」
GM
――保護犬カフェ『スペシャルフード』
赤木恵夢
「あ」
赤木恵夢
「標くん……」
海野標
「ん」
赤木恵夢
恵夢は保護犬カフェ『スペシャルフード』に顔を出すようになっていた。
まだ正式に店員にはなっていないが、ゆくゆくはそうなる予定が立っている。
赤木恵夢
ソファに腰掛けた足元には、怪我の手当てをされた福が寄り添っている。

恵夢の足元で伏せの姿勢で待機。標を見つけると、ゆる、としっぽを振った。
赤木恵夢
怪我に障らないように首元を撫でていた。
海野標
「……ん」
海野標
福の頭を軽く撫でてやる。

鼻先を上に向け、クゥンと甘える。
赤木恵夢
標と福の戯れを見ながら、しかし表情を曇らせる。
赤木恵夢
「……その」
赤木恵夢
「ごめんね、標くん」
赤木恵夢
「あのときは……ひどいこと……」
海野標
「いや」
海野標
首を振った。
海野標
「無理もない」
赤木恵夢
「――え?」
赤木恵夢
「まって」
赤木恵夢
「まって、ねえ」
赤木恵夢
「うそ」
赤木恵夢
「だよね……」
海野標
「嘘じゃない」
海野標
「……死んだよ。叶恵は」
海野標
「光葉さんも」
海野標
誰に促されるまでもなく。
止められる気配すら振り切って。
海野標
自分が告げるべきだと、開口一番に彼女に告げた。
安武 陸
「…………」
安武 陸
修也は決戦の後改めて倒れたため、ここには来られていない。標の少し後ろで、俯く
赤木恵夢
陸の顔を見て、ぎこちない笑いすら掻き消える。
赤木恵夢
「…………」
赤木恵夢
「な」
赤木恵夢
「なんで」
赤木恵夢
「標くん」
赤木恵夢
「標くん、いた」
赤木恵夢
「よね?」
海野標
「…………」
安武 陸
なにか、標を庇う言葉を言おうとして。
安武 陸
何も言えずに。
安武 陸
また、床に視線を落とした。
赤木恵夢
「あ」
赤木恵夢
「あの時、みたいに」
赤木恵夢
「ほら、私、危なくなって」
赤木恵夢
「死にそうで、あのままじゃ死ぬって」
赤木恵夢
「そうなって」
赤木恵夢
「そうなって!」
赤木恵夢
「その時みたいに」
赤木恵夢
「カナちゃんのこと、だって……」
海野標
「あの時とは違った」
海野標
「……もう、手遅れだった」
海野標
或いは。
安武 陸
「違う」
安武 陸
「それは、俺のせいで……」
安武 陸
「俺の……せいなんです」
赤木恵夢
「え……?」
赤木恵夢
「なに」
赤木恵夢
「なんで」
赤木恵夢
「わか、っ」
赤木恵夢
「わかんないよ」
安武 陸
「俺が……」
安武 陸
「叶恵ちゃんや、光葉ちゃんを生き返らせるのを」
安武 陸
「こ」
安武 陸
「こと」
海野標
「それも違う」
赤木恵夢
「…………」
海野標
「赤木が言ってるのは、俺があの時みたいにできたはずだって話だろ」
海野標
「お前がクロニック・ラヴを拒んだのとは違う話だ」
安武 陸
「…………」
海野標
「たとえ、クロニック・ラヴが願いを叶えたとして」
海野標
「それでここで待つ赤木に、叶恵を帰してやれたわけじゃない」
海野標
「……それに」
海野標
「クロニック・ラヴを拒み続けたのは、あくまで俺だ」
海野標
「極論」
海野標
「俺があの場ですぐに命を断てば、二人は生き返ったんだから」
赤木恵夢
「わかんないよ!!」
赤木恵夢
叫びとともに、涙が散った。
赤木恵夢
「なんなの? 何の話をしているの?」
赤木恵夢
「標くんは、カナちゃんを生き返らせてくれないの?」
赤木恵夢
「あの時みたいにしてくれないの? できないの?」
海野標
「…………」
赤木恵夢
「し、っ」
赤木恵夢
「標くんが死んだら、カナちゃんは、生き返るの……?」
安武 陸
「…………」
赤木恵夢
「わかんないよ」
赤木恵夢
「カナちゃんを返して」
赤木恵夢
「カナちゃんに会いたいの」
赤木恵夢
「カナちゃんがいないと嫌なの」
安武 陸
標の言葉に、同意なんてできる訳がないが。
安武 陸
恵夢には、責める相手が必要だ。
赤木恵夢
手が伸びる。
安武 陸
自分が標なら、その立場を受け入れるだろうと思ったから。
赤木恵夢
標の胸元を掴んで、縋る。
安武 陸
ただ、冷たい床に視線を落とす。
赤木恵夢
「お願い」
赤木恵夢
「お願いします」
赤木恵夢
「私、どうなってもいいから」
赤木恵夢
「私が生き返ったの、二回もしてもらったの」
赤木恵夢
「なかったことにしてくれていいから」
赤木恵夢
「返すから」
赤木恵夢
「だから、カナちゃんを返して」
赤木恵夢
「あの時みたいに」
赤木恵夢
「――カナちゃんを、返して!」
GM
気を使った店員に促され、二人と一匹はバックヤードへと通される。
GM
少しごちゃついた手狭な部屋で、小さな椅子に腰掛けて話をする。
赤木恵夢
福を撫でている。
負傷し、主を失い、この店で過ごすことになった福の元へと。
恵夢は足繁く通っていた。
赤木恵夢
二人分。暖かいミルクティーが湯気を立てている。

恵夢に撫でられながら、しかしずっと出入り口の方を見つめている。
いつか主人が迎えに来ると、思っているのかもしれない。

福は光葉が死んでから、以前よりずっと、精彩を欠いてしまった。
餌を食べる量も減り、動きも緩慢で、急に年老いてしまったかのようで。
赤木恵夢
そんな福を撫でてやりながら、ぎこちなく笑う。
赤木恵夢
「福さんね」
赤木恵夢
「よく、構ってくれるの」
赤木恵夢
「優しいね」
赤木恵夢
「主人に似たのかなぁ……」
海野標
「……そうかもな」
海野標
二人分。顔を思い浮かべる。
海野標
優しさと厳しさの配分に、それぞれ差はあったように思うが。
不器用な意思の強さといい、よく似た兄妹だった。
赤木恵夢
「……光葉さんとも」
赤木恵夢
「もっと、話せたら、よかったなぁ……」
赤木恵夢
「そうしたら福さんとも共通の話題、いっぱいあったのに」
赤木恵夢
福を撫でる。
ミルクティーにはなかなか手が伸びない。
赤木恵夢
暫し、沈黙ののち。
赤木恵夢
「……標くんは」
赤木恵夢
「その、なんていうか……」
赤木恵夢
「だいたいなんていうか、知っちゃってるまま、って、聞いた……けど……」
海野標
「……まあ」
海野標
「前の運命のことは、だいたい」
赤木恵夢
ひえ……
赤木恵夢
「……じゃあ、言っちゃっていいかあ」
赤木恵夢
「あのね、私ね」
赤木恵夢
「カナちゃんにね」
赤木恵夢
「狩人の恋人はダメ、って言われてて」
海野標
「…………」
赤木恵夢
「私、そりゃないよぉって思ってて……」
赤木恵夢
「あ、そういう意味じゃないんだけど」
赤木恵夢
「だから」
赤木恵夢
「だって、カナちゃんが狩人じゃない」
赤木恵夢
「そうしたら、カナちゃんのやってること理解してくれるのも、狩人のひとじゃない?」
海野標
「……まあ、そうか」
赤木恵夢
「そうだよ」
赤木恵夢
「私、カナちゃんのこと、ちゃんと理解してくれる人じゃないと」
赤木恵夢
「やだなあって思ってて……」
赤木恵夢
「あんなに」
赤木恵夢
「あんなに頑張ってるのに」
赤木恵夢
「誤解して悪く言ってくるような人、絶対やだから」
赤木恵夢
「それはけっこう、聞けないかも、なんて……」
赤木恵夢
「…………」
赤木恵夢
「……思ってたけど」
赤木恵夢
「でも、関係なくなっちゃった……」
海野標
「…………」
赤木恵夢
「……それにね」
赤木恵夢
取り留めもなく話す。
赤木恵夢
「カナちゃんにも、酷いこと」
赤木恵夢
「言っちゃってたなって」
海野標
「……何」
赤木恵夢
「…………」
赤木恵夢
「……私、一回消えたでしょう」
赤木恵夢
「にわとりの前に出て、虹色の炎の中に、わーって」
海野標
「うん」
赤木恵夢
「それでね、その時」
赤木恵夢
「カナちゃんにね」
赤木恵夢
「幸せになって、って残したの」
海野標
「…………」
赤木恵夢
「本音だったよ」
赤木恵夢
「本気でそう思って、願ってたの」
赤木恵夢
「……でも」
赤木恵夢
「すっごく、ひどかったね……」
赤木恵夢
「もっと怒られなきゃダメだったと思う」
赤木恵夢
「もっと」
赤木恵夢
「いっぱい、話して」
赤木恵夢
「いろんなこと、聞いて……」
赤木恵夢
涙が落ちる。
握り締めた拳の上に弾けて、やがて伝い落ちてスカートを濡らす。
赤木恵夢
「ああすればよかった、こうすればよかった、って」
赤木恵夢
「そんなのばっかり」
赤木恵夢
「標くんに、返して、なんて言う前に」
赤木恵夢
「私、自分のしなきゃいけないこと、いっぱいあった……」
海野標
「…………」
赤木恵夢
「カナちゃんのこと、行かせなきゃ良かった」
赤木恵夢
「ううん」
赤木恵夢
「それよりもっと前」
赤木恵夢
「夜出歩いてる、怪我してる、って分かってたのに」
赤木恵夢
「危ないことしてるんだろうって分かってたのに」
赤木恵夢
「お母さんみたいにちゃんと叱って、捕まえて」
赤木恵夢
「そんなこと絶対ダメだよ、やめて、って伝えて」
赤木恵夢
「ずっといっしょにいて……」
赤木恵夢
「ずっと」
赤木恵夢
「ずっと……」
赤木恵夢
「そうしなきゃ」
赤木恵夢
「いけなかったのに……」
赤木恵夢
「お姉ちゃんなんだから……」
赤木恵夢
「妹のこと、守らないと」
赤木恵夢
「私が……」
海野標
それで叶恵が止まったとは思えないが。
海野標
口に出すのも野暮であることは、理解する。

そっと、恵夢の握りしめた手に濡れた鼻先を軽く押し付ける。
赤木恵夢
「あ」
赤木恵夢
「福さん……」
赤木恵夢
身を屈める。
赤木恵夢
腕を伸ばして、福をそっと抱きしめる。

受け入れる。穏やかな鼓動。体温。
赤木恵夢
生きている。
赤木恵夢
それを感じている。
赤木恵夢
「……ごめんね」

鼻を鳴らす。気にすることはない、というように。
赤木恵夢
「ん」
赤木恵夢
「ありがとうね、福さん」
赤木恵夢
頬を擦り寄せた。
赤木恵夢
そのままの姿勢で標を見上げる。
赤木恵夢
「……でも」
赤木恵夢
「だから、私」
赤木恵夢
「ちゃんとするよ」
赤木恵夢
「カナちゃんも、きっと、あの時の私と同じだったと思うから」
赤木恵夢
「幸せに、って」
赤木恵夢
「きっと、私とお母さんのこと……」
海野標
「…………」
赤木恵夢
「だから、がんばるよ」
赤木恵夢
「がんばるの」
赤木恵夢
「ちゃんと」
赤木恵夢
「…………」
赤木恵夢
「……でも」
赤木恵夢
「ね、標くん」
赤木恵夢
「お願い」
赤木恵夢
「聞いてくれる?」
海野標
「……何?」
赤木恵夢
「…………」
赤木恵夢
「もし、私が」
赤木恵夢
「魔女とかフォロワーとか、そういうのになっちゃったら」
赤木恵夢
「その時は」
赤木恵夢
「ちゃんと、止めてね……」
海野標
「…………」
海野標
「善処する」
赤木恵夢
「……怒られるかと思った」
海野標
「俺が言えた口じゃないからな」
赤木恵夢
「そっか」
赤木恵夢
「そういえば、そっかあ……」
海野標
冷めきったミルクティーを喉に流し込む。
海野標
また来る、と、口ではそのように告げたがどうだろう。
海野標
さんくちゅありで仲間を得た彼女にとっては自分は既に不要の存在かもしれないと思うし、
そのように決めつけて放置してしまうのもひどく無責任に思われた。
海野標
様子を窺うくらいのことはしよう、と結論を出す。
海野標
決断を急ぐことに意味はないとは言わないが、安易なそれが災禍を招くことを自分はよく知っている。
GM
六分儀大附属病院、その入院病棟、とある個室。
GM
カーテンの引かれた薄暗い部屋。
GM
ノックの音が修也の耳に入る。
敷村 修也
「………」
敷村 修也
「どうぞ」
海野標
扉が開かれる。
海野標
「……どうも」
海野標
学生服はやめて青いパーカー姿、何かビニール袋を提げている。
敷村 修也
既視感のあるやりとり。
ハロウィンの後と違うのは、病室には見舞いの品もなくがらんとしている。
海野標
パイプ椅子を出して腰掛ける。
敷村 修也
「…………」
敷村 修也
「……一般の面会は全部断ってんだ」
海野標
「そう」
海野標
「……剥こうか?」
海野標
りんごを出してくる。
敷村 修也
「……そうだな」
海野標
「ん」
海野標
袋から紙皿とプラフォークを出して、ポケットからはナイフ。
海野標
身を屈めて剥き始める。
ビニール袋へと皮が降りていく。
敷村 修也
「……恵夢さん、なんて言ってた」
海野標
「何、ていうか……」
海野標
「まあ、色々聞いたな」
海野標
手は止めぬまま。するすると皮が降りていく。
海野標
「どん底は抜けたみたいだった」
海野標
「見せかけてるだけかもしんねえけど」
敷村 修也
「……そっか。それは、よかった」
海野標
「お前は」
敷村 修也
「まぁ、体の方は順調だよ」
海野標
「…………」
海野標
一度手を止めて、顔を見る。
敷村 修也
血色は戻ってきている。クマがあるわけでもない。
敷村 修也
「なんだよ」
海野標
「体の方、なんてわざわざ注釈つけるんだから」
海野標
「続きがあるかと思ったんだがな」
海野標
再開。
敷村 修也
「……あの夜で心が折れました。もうできません。なんて、言えないだろ」
海野標
「いいや」
海野標
「それが事実なら、そう言っていい」
海野標
「狩りの最中に折れられる方が困るからな」
敷村 修也
「あー………それはそうだけどさ、……いや、うん。そうだな」
敷村 修也
「………」
海野標
「…………」
海野標
皮を剥き終えた。
紙皿を出してまな板代わりに、すとんと縦に割る。
敷村 修也
「自分で決めて、やるって言ったけど。それでもちょっとキツいだけだ」
海野標
「そうか」
海野標
「まあ、できる限り周囲を頼れ」
海野標
「松井さんとか心配してたろ」
GM
手土産はないが、何度か顔を出してくれている。
敷村 修也
いつも通りのようにふるまおうとして、怒られた。
松井正幸
ガキはガキらしく泣き喚けと頭を押さえつけて。
松井正幸
そんなところまで優等生ぶるなと、病院なのに怒鳴られた。
敷村 修也
大声を出して泣いた。
自分の無力さに、2人を死なせてしまった悔しさに、それを漏らすことをできなかった苦しみに。
敷村 修也
感情を露わにして。
松井正幸
その間、ずっと頭を撫でてくれていた。
松井正幸
荒っぽい手つきで、それでも恐らく出来うる限りの優しさでもって。
敷村 修也
両親にも、標にも、安武さんにも見せることはない。
師匠の前だけで泣き喚いた。
敷村 修也
5年前にはできなかった分まで。
声を出して涙を流した。
海野標
りんごを切り分けている。きれいな八等分。
敷村 修也
「松井さんにも言われたから、大丈夫」
敷村 修也
「キツけりゃさっきみたいに言うし頼る」
海野標
「そうか」
海野標
切り分けたりんごにプラフォークを添えて、修也へと差し出す。
敷村 修也
「ありがと」
敷村 修也
右手に比べれば自由に動かせる左手でフォークを掴む。
その手の中で、道具としての役目を果たさないまま弄ぶ。
海野標
ぎこちない手つきのさまを眺めている。
海野標
「……実際」
海野標
「俺はお前が心配だよ」
敷村 修也
「………」
海野標
「負い目とか、責任感とか」
海野標
「そういう話じゃねえからな」
海野標
「普通に心配してんの。お前の今後とか、そういうのを」
敷村 修也
「……前もこんなようなやりとりしたなぁ」
海野標
「誤魔化すな」
海野標
自分でフォークを取ってりんごを刺した。修也の口に乱暴に突っ込む。
敷村 修也
口に突然放り込まれたりんごを咀嚼する。
海野標
「頼るべき相手には頼れてんのは知ってるし」
海野標
「当然俺もやめねえから、狩人やめろとも言わないけど」
海野標
「それはそれとして、普通、心配だろ」
海野標
「こんなん」
海野標
二切れ目を刺している。
敷村 修也
口止めしていたりんごを嚥下する。
敷村 修也
「……。心配してくれて、ありがとな」
敷村 修也
「今後っていっても、まだあんまり考えられてないよ」
敷村 修也
「でも、自分で考えて自分で決めないとな」
海野標
「……大学は?」
GM
今回の狩りにはクラブのバックアップがあったため、
修也の怪我は交通事故に巻き込まれたものとして処理されている。
GM
少女二人が死亡、少年一人が重態に陥ったトラックの交通事故。
そのように誤魔化されたため、推薦そのものには影響は出ていない。
GM
それでも立て続けの大怪我に、なにやら口さがない噂は立っているが。
敷村 修也
「体がなおれば卒業まで高校にだって通うし、大学にも進学する」
敷村 修也
「それはいままでと一緒」
海野標
「そ」
海野標
二切れ目を突っ込んだ。
敷村 修也
しゃりしゃりと咀嚼音がわずかに漏れる。
海野標
「自棄っぱちを感じねえでもないけど」
海野標
「ま、やろうと思えてんなら良かったよ」
敷村 修也
「自棄じゃねぇよ。慣れちゃいけないけど、でも俺の当たり前はもう"こっち"だ」
敷村 修也
「こっちを選んだからには、ちゃんとしたいだけだ」
敷村 修也
「もちろんそりゃ……やめたり諦めたりする道だってあるだろうけど」
敷村 修也
「……あの夜にクロニック・ラヴに言ったように、そう決めたんだよ」
海野標
「…………」
海野標
三切れ目。
敷村 修也
餌やりされているようでわずかに眉が寄る。
実際のところは定期的に口に運ばれるりんごを食べる人だ。
海野標
定期的にりんごを口に運んで食べさせています。
海野標
黙らせているとも言う。
海野標
「文句はねえよ」
海野標
「やるって決めたんなら、できる範囲で力にもなるし」
敷村 修也
「………。そりゃ、助かる」
敷村 修也
りんごを飲み下しながら応える。
敷村 修也
「………なぁ」
海野標
「なんだ」
海野標
四切れ目にフォークを突き立てている。
敷村 修也
尋ねるために開いた口を、自分から閉じる。
海野標
突き立てたそれを差し出さずに、修也の言葉を待っている。
敷村 修也
聞きたいこと、聞けないこと。言いたいこと、言えないこと。
それはたくさんの棘になる。
標にも自分にも、その棘は硬く鋭い。
海野標
修也を待つ。その瞳に恐れはない。
敷村 修也
「………どう喋っていいかわからなかったんだよ」
海野標
「?」
敷村 修也
「あのハロウィンの後も。今この時も」
敷村 修也
「お前のことを忘れてたこと。どう喋ってたかもピンとこない」
敷村 修也
「どういう態度でいても、お前に嫌な思いをさせてるんじゃないかって」
海野標
「…………」
敷村 修也
「……で、今それを言った。もしかしたらなんだそんなことって思うかもしれないけど」
海野標
「思った」
海野標
りんごを修也の口に突っ込んだ。
敷村 修也
さくさくと小気味よい音が鳴る。
海野標
「そもそもなあ」
海野標
「お前がそうなったの、全部俺が原因だろ」
海野標
「それで嫌な思いするとかどんだけ身勝手だ俺は」
敷村 修也
「うるせーよ、それでも気にすんだよこっちは」
海野標
「忘れろ忘れろ」
海野標
「一端に距離詰めてきやがって」
海野標
「気ィ使うんならわざわざエミュってんじゃねえよ」
敷村 修也
「それぐらい言えるようになったってことだよ。わかってるくせに」
敷村 修也
「心配してんのお前だけじゃねーんだよ」
海野標
「…………」
海野標
「……今更」
海野標
「お前に心配されるまでもない」
海野標
「けど」
敷村 修也
「今更ってお前なぁ……」
海野標
「俺は選んでこっち来てんだよ」
海野標
「だから止まらなかったし」
海野標
「お前らがどう足掻こうが、俺が勝手に死んだらそこで終わりなんだから」
海野標
「そうしなかった俺に全面的な責任があったわけ」
海野標
「そんなんもひっくるめて、俺はとっくに選んでる」
海野標
「二人が死んでもそうだったし」
海野標
「……お前が死んでも、多分止まらなかったよ」
敷村 修也
「………」
海野標
おら、とりんごをまた突っ込みながら。
海野標
「最初に言ったけど、別に気に病んでるとかじゃないからな」
海野標
「因果を整理するとそうなるって事実の話だ」
敷村 修也
口の中のりんごを噛みながら、責任大好きヤローめと悪態をつく。
海野標
食べさせながら。
海野標
「……まあ、だから」
海野標
「あれだな」
海野標
「お前が俺を心配してるってんなら、俺から言うことがいくらかある」
敷村 修也
「んだよ」
海野標
「死ぬな」
海野標
「消えるな」
海野標
「自棄っぱちになって危険に身を晒しすぎるな」
海野標
「いいから、とにかく」
海野標
「できる限り長生きするように努めろ!」
敷村 修也
「…………」
敷村 修也
「……わかってるよ」
海野標
「お前に死なれたら嫌だぞ、俺」
敷村 修也
「約束する」
海野標
「約束しろ。ついでに覚えとけ」
海野標
りんごを修也の口に突っ込む。
海野標
「俺がひなたのことを話せる相手、もうお前しかいねえんだよ」
敷村 修也
「………おう」
海野標
「忘れんなよ」
敷村 修也
「忘れるわけねーだろ」
海野標
「ならいい」
海野標
残りの二切れ。茶色くなりつつある、その片方を取って齧る。
敷村 修也
残りの一切れを素手で掴む。
海野標
うわって顔した。
敷村 修也
……んだよ。
海野標
いや……ちょっとどうかと……
敷村 修也
視線を受けながらりんごを齧る。
海野標
口を動かしながら見ている。
敷村 修也
やがて最後のりんごも胃の中へと消える。
病室には備え付けの時計が刻む音だけがなっている。
海野標
「……また来る」
海野標
と、腰を上げる。残ったりんごは2つほど並べていき。
敷村 修也
「またな」
敷村 修也
短く声をかけた。
海野標
「ああ」
海野標
「また」
海野標
あっさりと背を向ける。
海野標
別れを惜しみはしない。また会えるから。
海野標
それを信じて生きていくと、決めている。
敷村 修也
忘れたくなくて止めてしまった時間から。
敷村 修也
そこから進むために歩み始めた足で。
敷村 修也
夢のようなひと時に別れを告げて。
敷村 修也
自分で選んだ道を生きていく。
敷村 修也
今までに過ごしてきた時間はかけがえのない思い出。
敷村 修也
この先に待っている時間は未知のもの。
敷村 修也
後ろを見ているだけでも、前を向いているだけでも。
どちらかだけでは進むことはできない。
敷村 修也
時々後ろを振り向きながら、きちんと行先を見定めながら。
敷村 修也
自分の足で歩いていく。
GM
 
GM
それでは
GM
みなさまお揃いでしょうか。
安武 陸
はい
赤木 叶恵
へい
敷村 修也
はーい
迷ノ宮 光葉
はい
GM
では#4「海より深く、なお深く」最終回
GM
始めていきましょう。
GM
よろしくお願いします。
赤木 叶恵
よろしくおねがいします
迷ノ宮 光葉
よろしくお願いします
安武 陸
よろしくお願いします
敷村 修也
よろしくお願いします
GM
◆結果フェイズ
海野標
空が夕暮れに染まる時間。
海野標
学生向けの安アパートが並ぶ住宅街を、パーカー姿の少年が歩いている。
海野標
手にはビニール袋を2つ提げて、長く伸びる影の中を、どこか茫洋と。
海野標
やがてアパートに到着する。
海野標
錆びた階段を一段一段と登り、部屋のドアの前に立って、ドアノブを回す。
海野標
鍵がかかっている。開かない。
海野標
ポケットから鍵を出し、それを回して扉を開けた。
安武 陸
部屋には誰もいない。
海野標
「…………」
海野標
「ただいま」
海野標
返ることのない挨拶をして、部屋へと上がる。
安武 陸
生活感の満ちた部屋に、しんと冷えた空気だけがいる。
海野標
ビニール袋を片方、テーブルに置く。中身がごろりと小さな音を立てる。
海野標
もう一方は生ゴミを捨てて、手を洗う。
安武 陸
書き置きも何も残されていない。
海野標
部屋の中を見回す。
安武 陸
それは別に特別なことではなく。
安武 陸
予定が合わなければ、そんなこともある。
海野標
ぼんやりと部屋の真ん中へと歩いて、ベッドへと腰を下ろした。
海野標
スプリングの軋む音。
安武 陸
遠くに、電車が走る音が響く。
安武 陸
しばらくすると、外から階段を登る音。
海野標
スマートフォンをいじっていた手を止める。
安武 陸
足音は部屋に近づいて、部屋の前で鍵を取り出す音。
安武 陸
開いている鍵を閉めて、一瞬間を置いて、また解錠。
海野標
ぼんやりと玄関の方を眺めている。
安武 陸
扉を開く。
安武 陸
「帰ってたんすね。おかえりなさ~い」
海野標
「……ん」
海野標
「ただいま」
安武 陸
扉を閉めて、バッグを置く。
海野標
「っていうか、逆だろ」
海野標
「いい加減慣れろ」
安武 陸
「いや~、なんか癖で」
海野標
どんな癖だ、とため息をつく。
安武 陸
バッグからノートPCを取り出して、こたつの上に置く。
安武 陸
「やっぱ二週目だと、卒論楽っすわ~」
海野標
「いいんだか悪いんだか……」
海野標
それを眺めている。
海野標
灰葉家は炎に燃え落ちた。
海野標
以来標はこうして陸の部屋で寝泊まりするようになった。
海野標
最初は適当なホテルにでも、と思ったが。
安武 陸
偶然、たまたま。 来客用の布団を買う予定があったので。
安武 陸
ちょっと強引に、うちでいいじゃないですか、という話になった。
海野標
諾諾とそれを受け入れて、そろそろ一月。
海野標
今ではこの部屋から高校に通っている。
出席日数が相当まずいので、特別に補習を受け続ける日々だ。
安武 陸
二人の生活もそれなりに慣れたが、帰ってきた時だけはすこしぎこちない。
安武 陸
ノートPCを開いて、帰路で気になった部分を少し直す。
安武 陸
「今日、行ってきたんでしたっけ」
海野標
「ん」
安武 陸
「どうでした?」
海野標
ビニール袋を攫って、中から追加で買ったりんごを出す。
海野標
「まあ、ぼちぼちかな」
海野標
「結構話はできた」
海野標
りんごを洗って、包丁を出して、その皮を剥き始める。
安武 陸
俺がしますよ、とか、そういう気は使わない。
安武 陸
食事は当番制だが、他は他。
安武 陸
ぱちぱちとキーボードを叩く。
海野標
「ひと段落つき始めた感じはする」
海野標
「良くも悪くも」
安武 陸
「…………」
海野標
するすると皮を三角コーナーへと落としていく。
安武 陸
「そっかぁ」
海野標
「そうだ」
海野標
詳細を伝えた方がいいと思ったり、言っても仕方ないとそれを否定したり。
海野標
頭の中で思考を整理して、呑み込む方に傾きかけて、
海野標
やめる。
海野標
「修也の」
海野標
「ああいう感じは、結構、燃え尽きた後の狩人に多い」
海野標
「から、しばらく気をつける」
安武 陸
「…………」
安武 陸
「まぁ、燃え尽きもしますよ」
海野標
「虚勢張ってはいたけどな」
海野標
「松井さんもいるし、心配しすぎても仕方ないけど」
海野標
まな板を出して、りんごを割る。
安武 陸
「……俺も、今度行ってみます」
海野標
「それがいいと思う」
海野標
「……赤木からは」
海野標
「自分が魔女かフォロワーかになったら止めてくれ、ってさ」
安武 陸
「…………」
海野標
八等分。
海野標
種を取り、皿を出して盛る。
安武 陸
「なんて返事しました?」
海野標
「善処する」
海野標
まな板と包丁を片付ける。
細めのフォークを二本添えて、テーブルに戻る。
安武 陸
「……そっか」
安武 陸
「……最悪な話していいですか?」
海野標
腰を下ろす。
海野標
「何」
海野標
りんごをテーブルに置きながら。
安武 陸
「恵夢ちゃんが魔女になった夢を見るんです」
海野標
「…………」
安武 陸
「それで、叶恵ちゃんを生き返らせようとする」
安武 陸
「でも、バレエ・メカニックみたいにきれいに生き返らせれないんですよ」
安武 陸
「それで、ゾンビみたいな叶恵ちゃんが出てくるんです」
海野標
「…………」
海野標
「……逆夢だといいな」
安武 陸
「俺は……」
安武 陸
「俺は」
安武 陸
「二人を、殺すんです」
海野標
「俺は何してるんだ」
安武 陸
「さぁ」
安武 陸
「俺の夢ですからね~」
海野標
「じゃ、やっぱ逆夢だろ」
安武 陸
ノートPCを閉じて、あーあ、と背伸びをする。
海野標
そのさまを見ながら。
海野標
「……少なくとも」
海野標
「一人じゃ、させねえよ」
海野標
りんごを取った。
安武 陸
「でしょうね」
安武 陸
「そういうの、許してくれなさそう」
安武 陸
頬杖をついて、りんごを食べる標を見る。
海野標
「お前が俺を出し抜けるとも思わないしな」
海野標
しゃくしゃくとりんごを齧っている。
安武 陸
「思えないな~」
安武 陸
「むしろ俺が出し抜かれそう」
海野標
あれ以来、学生服を着るのは高校に行く時くらいになった。
海野標
今までは狩りの時もお構いなしだったのに。
海野標
「…………」
海野標
「……しねえよ」
安武 陸
「そうしてくれると、嬉しいなぁ」
安武 陸
「これからも魔女と戦うだろうし、あんまり与太で済ませられる話でもないし」
海野標
「……そうならないようには、努めるけどな」
海野標
「福さんもいてくれたし」
安武 陸
「福さんも……、元気、出るといいですね」
安武 陸
たまに保護犬カフェに寄ることがある。 福には、少しでも元気になって欲しいと思う。
安武 陸
そして、それが難しいことも理解している。
海野標
それはこの事件に関わった全員がそうだった。
海野標
誰もが傷を負って、誰もが失って、それでもこの運命を歩んでいる。
海野標
運命変転魔法『クロニック・ラヴ』は失われた。
海野標
都合の悪い運命を覆す力の庇護から出て、
海野標
もはや何もかも取り返しのつかぬ箱庭の外へ。
安武 陸
ぼんやりと、皿の上のりんごを見る。
安武 陸
「……修也くんのお見舞いにも、りんご持っていったんすか?」
海野標
「まあ」
海野標
「…………」
安武 陸
前もりんご持っていってたよな、なんて思いながら、こたつの上にあごを乗せる。
海野標
食えよ、と陸の方に押しながら。
海野標
「姉貴がな」
海野標
「好きだったんだよ」
海野標
「あいつ、覚えてるか分かんねえけど」
安武 陸
「…………」
海野標
のろのろと自分の分をもう一切れ取る。
安武 陸
標の口から、姉の世間話を聞くのは初めてだ。
安武 陸
「覚えてたらいいな」
海野標
「……そうだな」
海野標
口に運ぶ。齧る。
安武 陸
自分もりんごを一切れ手に取って、齧る。
海野標
冬のりんご。透き通った蜜の色。
海野標
室温にぬくまりつつある甘酸っぱさ。
安武 陸
「今日、メシどうします?」
安武 陸
「なんか結構でかいりんごですけども」
海野標
「適当になんか炒めるか」
海野標
「野菜余ってたろ」
安武 陸
「それもいいですけど」
安武 陸
「今朝たまたま松井さんに会って」
海野標
「…………」
安武 陸
「おすすめの店を……」
安武 陸
りんごを持っていた手を、下ろす。
海野標
「…………」
海野標
腰を上げた。
海野標
「それだけは食っとけ」
海野標
陸の手元をさす。
安武 陸
「別に」
安武 陸
「食べますよ、残りくらいは」
海野標
「おすすめの店行くなら無理に詰め込むことないだろ」
海野標
ラップを取ってきて、りんごの皿にかけている。
安武 陸
「茶色くなりますよ」
海野標
「凍らせるかな」
海野標
冷蔵庫の前で微妙に迷って、まあいいか、と冷蔵の方へ。
安武 陸
一切れだけ食べて、残りが運ばれてゆくのを見る。
安武 陸
手元の、選んだ一切れのりんごを見る。
海野標
「……リク」
海野標
立ったまま、陸へと声をかける。
安武 陸
「なんすか」
海野標
「…………」
海野標
声をかけておきながら表情を曇らせたが、
海野標
やがて諦めたようにはあ、と息をついた。
海野標
その目の前に膝をつく。
海野標
表情を覗き込むように顔を近づけて。
安武 陸
目の前の少年を見る。
海野標
あなたが望み、手を掴み、今ここに生きる少年の。
海野標
「……まあ、そもそも」
海野標
「先延ばしにしてきた俺が悪かったんだよな」
安武 陸
「…………」
海野標
俯きかけたが、すぐに顔を上げる。
海野標
「……お前が、してたことで」
海野標
「嫌だったことは何にもないよ」
安武 陸
「……そう」
安武 陸
「なん、ですか」
海野標
「正直困ったり、どうしたもんかと思ったことはあったけどな……」
海野標
「そもそもが、勘違いしてるかもしれないけど」
海野標
「バレエ・メカニックは、討伐されたことであの運命を手放す羽目になったんじゃない」
海野標
「あのままお前の願いを叶えずに消えることもできた」
安武 陸
「そっかぁ」
海野標
「…………」
海野標
「だから、バレエ・メカニックは」
海野標
「……俺は」
海野標
「そうしたくて、あの運命を手放したんだ」
海野標
「お前に無理矢理従わされたわけじゃない」
海野標
「俺の意思でそう決めて、そのようにした」
安武 陸
少年から、顔を逸らす。
安武 陸
「言ってることはわかりますよ」
海野標
「…………」
安武 陸
「師匠はそう思うだろうなっていうのもわかる」
安武 陸
「でもさ、責任がどこにあるかっていうのは、事実をどう切り取るかでいくらでも変わるじゃないですか」
安武 陸
「俺にとっては、俺のせいだし」
安武 陸
「そう思うのをやめることは、できないと思います」
海野標
「分かってねえな、お前は!」
海野標
手を伸ばす。
海野標
言葉を遮るように頬を挟んで、自分の方へ向けさせる。
安武 陸
「…………」
海野標
「責任の所在の話をしてるんじゃねえんだよ」
海野標
「俺が、お前にされて、嫌だったことはなかったって話をしてるんだよ!」
安武 陸
「…………」
安武 陸
「うん」
海野標
「……俺は」
海野標
「お前に味方してもらえて、嬉しかったよ」
安武 陸
「…………」
海野標
「続けていいんだって思えた」
海野標
「……生きてていいんだって、思った」
海野標
その足元に踏みしめた命と犠牲を常に知らされて尚。
海野標
存在を肯定されて、そして、生きていくことを。
海野標
俯く。陸の顔を捕まえたまま、自分だけが顔を伏せる。
海野標
「……でも、多分」
海野標
「お前がいないと無理だ」
安武 陸
「俺」
安武 陸
「おれは……」
安武 陸
俯く。
海野標
「…………」
安武 陸
「おれは」
安武 陸
声が震える。
海野標
「お前は?」
安武 陸
「叶恵ちゃんが死んだのとか」
海野標
「うん」
安武 陸
「光葉ちゃんが死んだのとか」
海野標
「……うん」
安武 陸
「クロニック・ラヴが……、空韻風香が死んだのとか」
安武 陸
「御影さんが死んだのとか」
海野標
「…………」
安武 陸
「ものすごく、嫌です」
海野標
陸の頬に指を添えて、その涙を拭う。
海野標
「……そうだな」
安武 陸
「こんなの、嫌にきまってる」
海野標
「嫌だよ」
海野標
「俺も、嫌だ」
安武 陸
「いいはずがないんだ」
安武 陸
「俺がそうした、俺のせいだって」
安武 陸
「そう思うのを、やめられない」
安武 陸
「でも」
海野標
「でも?」
安武 陸
「……でも」
安武 陸
鼻をすする。
安武 陸
「師匠の」
安武 陸
「海野標の味方ができたのは」
安武 陸
「全然、後悔してない」
海野標
「…………」
安武 陸
「すごく嫌だけど、全然後悔はしてない」
海野標
「……そうか」
安武 陸
「絶対に、生きていてほしかった」
海野標
「うん」
海野標
腕を回して、背を撫でる。自分よりも大きな背を。
安武 陸
自分より小さい少年の肩に顔を押し当てて、呻くように泣く。
安武 陸
「生きてて、くれて」
安武 陸
「ありがとう」
海野標
「……うん」
海野標
「うん……」
安武 陸
しばらく、部屋に嗚咽だけが響く。
海野標
それを抱き留め、背を撫でながら、やがてゆっくりと口を開く。
海野標
「俺は、生きてるよ」
海野標
「生きてく」
海野標
「そうしなきゃいけないって知ってるし」
海野標
「そうしたいって、思おうとしてる」
安武 陸
「……うん」
安武 陸
「俺たちは、生きていかないといけないんだ」
海野標
「ああ」
海野標
「……でも、多分」
海野標
「一人だと、できない」
海野標
「一人だと、それを忘れちまう」
海野標
風香。
一人ずつ仲間を増やしていた風香。
お前もそれを知っていたんだろう。
一人では、いつか挫けてしまうことを理解していたんだろう。
海野標
お前の側に立ってやれなくて、ごめんな。
海野標
パーカーの袖で、涙を拭う。
海野標
改めて陸の顔を捕まえて、それを覗き込む。
安武 陸
「…………」
安武 陸
「俺」
海野標
「リク」
海野標
目を瞬いて、
海野標
なんだ、と促す。
安武 陸
言葉が被さって、いや、と視線を落とす。
海野標
「聞かせろ」
安武 陸
「…………」
安武 陸
「俺」
海野標
「聞きたい」
安武 陸
「俺……」
海野標
「うん」
安武 陸
「どうせもう、師匠が側にいないとだめですよ」
安武 陸
「ひとりでなんて、立てない」
海野標
「はは」
海野標
「被ったな……」
安武 陸
「……なんか、終わってるなぁ」
海野標
「かなり不健全だよな」
海野標
「これ」
安武 陸
「普通によくないと思います」
海野標
「……まあ、でも」
海野標
「死なれるよりマシだ」
安武 陸
「……そっすね」
安武 陸
「師匠が死なないためなら、いくらでも終わりますよ、俺」
海野標
「終わらせないように気をつけるよ」
安武 陸
「俺も師匠がヤバくならないようにがんばりまーす」
安武 陸
もう一度鼻をすすって、体を離す。
海野標
少し離れて、お互い涙で濡れた顔を見る。
安武 陸
「あーあ、イケメンが台無し」
安武 陸
ティッシュを取って、標にも差し出した。
海野標
「自分で言うか?」
海野標
受け取って、目元を拭う。
安武 陸
鼻をかんだり、涙を拭ったりして。
海野標
最後に鼻をかんで、ゴミ箱に捨てる。
安武 陸
「一個だけ、後悔してることがあります」
海野標
陸を見上げる。
安武 陸
「もっとちゃんと、鍛錬しとけばよかったなって」
安武 陸
「努力でなんとかなったとも思えないけど、できることはあった」
安武 陸
「だから、これからもっと強くなりたい」
海野標
「……そんじゃ、鍛え直しだな」
安武 陸
「はい」
安武 陸
「力を貸してもらえますか、師匠」
海野標
「当然だ」
海野標
「……俺はずっと、お前の味方だよ」
安武 陸
笑う。
安武 陸
「そうでしょうとも!」
GM
きざはしから星が落ちて。
GM
降り注ぐ愛の痛みを知り。
GM
彼女の見る夢を共に惑いて、
GM
身を尽くし消えたその手を掴んだ。
GM
そして海より深く、なお深く。
GM
刻み込まれた傷の痛みを抱えながら、
GM
この運命を生きていく。

TRPG『ブラッドムーン』 斎藤高吉/冒険企画局

「R:クロニック・ラヴ」

PC1:パクチ

PC2:せつこ

PC3:月夜

PC4:aisa

シナリオ:水面

スペシャルサンクス:ありおり

GM:さかな

 

FIN