4.9話
幕間7
■2021年 9月末
真城朔:夕方、波打ち際。真城朔:靴を脱いで、ズボンの裾をまくりあげて、
真城朔:日傘を肩に、砂浜をほてほてと歩いている。
真城朔:寄せては返す波にくるぶしまでを浸されては、
真城朔:その水平線の穏やかなさまを眺めている。
夜高ミツル:素足に、寄せては返す波にくすぐられる感触が伝わる。
夜高ミツル:「日が落ちるの早くなってきたなー」
真城朔:「うん……」
夜高ミツル:「結構涼しくなってきたし」
夜高ミツル:「残暑じゃなくて秋って感じだ」
真城朔:ミツルの言葉に、水平線に沈む陽射しへと視線を向け、言葉少なに頷く。
真城朔:「あんまり」
真城朔:「人、いなかったし」
真城朔:海にも、その前に行った水族館にも。
夜高ミツル:「ちょうどよかったな」
真城朔:平日だからというのも理由としては大きいだろうが、
真城朔:どちらにせよ、落ち着いて回れたことは確かだった。
真城朔:頷いて。
真城朔:足跡を残しながら波打ち際を歩いて、
真城朔:それが波にさらわれては、消えていく。
夜高ミツル:シーズンを過ぎた浜辺に、二人の他に人の姿はない。
真城朔:自分の足跡が掻き消されるのを振り返りもせで、ぼんやりと水平線を眺めている。
夜高ミツル:「そういえば真城とちゃんと海来たのって初めてかもな」
夜高ミツル:「海沿い通るのは結構あったけど」
真城朔:足を止めて、ミツルを振り返る。
真城朔:ぱちぱちと目を瞬いた。
真城朔:「夏」
真城朔:「海、人多い」
真城朔:「から」
夜高ミツル:「だなー」
真城朔:「…………」
真城朔:わずかに表情が曇る。
夜高ミツル:「人多すぎるのは俺もあんまりだし」
夜高ミツル:「このくらいがのんびりできていいよな」
真城朔:日傘の影にそれを隠しながら、小さく頷いた。
夜高ミツル:「泳ぐぞーって感じじゃないし」
夜高ミツル:「真城も俺も」
夜高ミツル:まあ、真城となら機会があればそれはそれで楽しめるのだろうけど
真城朔:「…………」
真城朔:「……落ちたら」
真城朔:「泳げる……?」
夜高ミツル:「泳げるけど……あー」
夜高ミツル:「着衣はどうだろうな……」
夜高ミツル:「経験ないな……」
真城朔:「……まあ」
真城朔:「そんなには」
真城朔:「あることじゃないけど」
真城朔:「俺もせいぜい三回くらい……」
夜高ミツル:「結構あるな……」
真城朔:「…………」
夜高ミツル:「まあ気をつけとくに越したことないよな」
夜高ミツル:「なんでも」
真城朔:頷いた。
真城朔:五年間めちゃめちゃ狩りやってて三回なので体感としてはそんなに……という感じ
夜高ミツル:「俺も一回くらい着衣水泳の練習しとくべきかなー」
夜高ミツル:とか言いながら、足元の海水を軽く蹴り上げる。
真城朔:その飛沫を眺めている。
真城朔:「川とか……?」
真城朔:「でかい川」
真城朔:「近い」
真城朔:信濃川。
夜高ミツル:「あったなー川」
夜高ミツル:「ちょっと真面目に考えていいかもな……」
真城朔:「夜で……」
真城朔:「寒くなるとは思うけど……」
真城朔:また水平線に目を向けて、
真城朔:沈みつつある太陽を見つめながら。
夜高ミツル:「まあそこは、水場に落とされるのが夏場とは限んねえしなあ」
真城朔:「……ん」
真城朔:足を止めて、ぼんやりと水平線を見ている。
夜高ミツル:真城を連れて千葉を離れてからおよそ一年。
夜高ミツル:ミツルと真城は今も狩りを続けている。
夜高ミツル:穏やかな波打ち際を歩きながら、自然とそういう話題になる程度には
夜高ミツル:狩りは二人にとって身近な、日常のことだった。
夜高ミツル:真城が足を止めたのに気づいて、ミツルも止まる。
真城朔:日傘の陰で、黄金に揺らめく海を眺めている。
夜高ミツル:夕日に照らされる、真城の横顔。
真城朔:その眩しさに今は暗色の目を細めて。
真城朔:自分とは違う、輝かしいものを、瞳に映して目を眇めていた。
夜高ミツル:以前ならなんとも思わなかっただろうその姿に、
夜高ミツル:ふと、感じるものがあるのは
夜高ミツル:自分の心境の変化によるものなのだろう。
夜高ミツル:「…………」
真城朔:日傘の下、照り返しに頬の丸さがわずかに浮き立つ。
真城朔:一年前と変わらない線の丸み。
夜高ミツル:その頬に、手を添える。
真城朔:触れられて、
真城朔:目を瞬いて、ミツルを見返した。
夜高ミツル:「……真城」
夜高ミツル:意味もなく、名前を呼んで
真城朔:波の輝きと同じものを見るように、
夜高ミツル:自身も日傘の陰に隠れるように、そっと顔を寄せる。
真城朔:同じように眩しいものを見るように、すぐに目を眇めてから、
真城朔:瞼を伏せた。
夜高ミツル:夕日に照らされる陰が、一つになる。
夜高ミツル:一瞬だけ触れ合って、すぐに離れた。
真城朔:「…………」
真城朔:ゆっくりと瞼を上げる。
真城朔:ごく近くでミツルを見つめながら、
真城朔:「ミツ」
真城朔:今更のように応えて名前を呼んだ。
夜高ミツル:「……ん」
夜高ミツル:顔が赤いのは、夕日のせいばかりではない。
夜高ミツル:……人前でいちゃつくカップルとか、何のためにやってるんだろうって
夜高ミツル:そんなに見せつけたいのかとか
夜高ミツル:恥ずかしくないのかとか
夜高ミツル:そんなことを、かつては思っていたはずだった。
夜高ミツル:思ってたはずなんだけど……。
真城朔:日傘を傾けて、そっとミツルの肩に頭を寄せた。
夜高ミツル:でも、そうせずにはいられないのだと
夜高ミツル:今は分かってしまう。
真城朔:服越しに触れ合いながら、
真城朔:また海を見ていた。
真城朔:「海」
夜高ミツル:寄せられた頭に手を置く。
夜高ミツル:潮風に乱れた真城の髪を、指先で整えて
夜高ミツル:「海だなー」
真城朔:されるがままに、心地良さそうに目を細めた。
真城朔:「あんまり」
真城朔:「ゆっくり見たこと」
真城朔:「なかった、から」
真城朔:「ずっと」
夜高ミツル:こうして身を寄せ合うのも、いつの間にか、当たり前の日常のことになっている。
夜高ミツル:「うん」
真城朔:「…………」
真城朔:「ふしぎだ……」
夜高ミツル:「俺も小さい頃来たきりで」
夜高ミツル:「まあ夏だからさ、海よりも人のほうが見えるくらいで……」
真城朔:頷いている。
夜高ミツル:「だからゆっくり見てると、なんかなー」
夜高ミツル:「違うよな」
真城朔:「…………」
夜高ミツル:「水平線とか普段見ることないし」
真城朔:「そもそも」
真城朔:「なんていうか」
真城朔:「…………」
真城朔:「見ても」
夜高ミツル:「ん」
真城朔:「仕方なかった、っていうか」
真城朔:「……海」
真城朔:「見たところで……」
夜高ミツル:「あー」
真城朔:言いながら、今はその海をぼんやりと見つめている。
夜高ミツル:「まあ、確かになあ」
夜高ミツル:「一人だったらこんなにゆっくり見てないな」
真城朔:「…………」
真城朔:小さく頷いた。
夜高ミツル:「真城といると」
夜高ミツル:「一緒にいて、あーだこーだ言ってると」
夜高ミツル:「なんか、なんでも楽しいってのはある」
真城朔:「…………」
真城朔:「楽しい?」
夜高ミツル:「え」
夜高ミツル:「楽しいけど」
夜高ミツル:そこに疑問を挟まれるとは思ってなかった顔。
真城朔:じっとミツルを見ている。
夜高ミツル:「楽しいよ」
夜高ミツル:「真城といると」
真城朔:少し視線が下がった。
夜高ミツル:念を押すように繰り返す。
真城朔:日傘を握る指にきゅ、と力が籠もる。
夜高ミツル:「楽しいし」
夜高ミツル:「嬉しいし」
夜高ミツル:「これからもずっと、って」
夜高ミツル:「そう思う」
真城朔:「…………」
真城朔:「ずっと……」
夜高ミツル:頷いて。
夜高ミツル:「ずっと、だ」
真城朔:どこか身の置き所のないように肩を強張らせている。
真城朔:一方でミツルから離れることはしないまま、
真城朔:できないまま。
夜高ミツル:寄せられた身体の、その体温を感じながら
夜高ミツル:そっと、その癖のない髪に指を通している。
真城朔:沈む夕陽の、ますます赤くなった陽射しに頬を染めて、
真城朔:かすかに眉を寄せている。
夜高ミツル:……この手を離してほしいと、真城は
夜高ミツル:今も、そう思っているのだろうか。
真城朔:帰り道を見失った幼い迷子めいた、惑いの色。
夜高ミツル:そうであっても、そうであるならば尚更、
夜高ミツル:これからもずっと隣にいたいと、
夜高ミツル:そう言い続けるしかなかった。
夜高ミツル:「……真城と行きたいとこも、やりたいこともいっぱいあるんだ」
夜高ミツル:「一生かかってもやりきれないくらい」
真城朔:「……そんなに」
真城朔:「なにを……」
真城朔:波の音にすら掻き消されそうな小さな声。
夜高ミツル:「だってまず日本一周が終わってないだろ」
夜高ミツル:「日本って狭い狭い言うけど結構広いよなー」
真城朔:「…………」
夜高ミツル:「海外とかも行ったことないから行ってみたいし」
真城朔:「……ことばが……」
夜高ミツル:「なんとかなるだろ」
真城朔:「……俺」
夜高ミツル:楽観的に言って笑う。
真城朔:「パスポートとか」
真城朔:言い訳がましく言い募る。
夜高ミツル:「あー……」
夜高ミツル:「それも、まあどうにか……」
真城朔:闇なんとかでどうにでもなる気はするが。
夜高ミツル:「なんとかなるって」
真城朔:「…………」
真城朔:反論のすべを見失って、首を竦めている。
夜高ミツル:「案外、色々どうにかできるって」
夜高ミツル:「この一年で分かったし」
真城朔:「……うう」
真城朔:意味なくうめいた。
真城朔:未来の話に躊躇って、
真城朔:逡巡を見せる今でさえ、
真城朔:ミツルの隣からは離れられずにいる。
夜高ミツル:「真城と一緒に、どこでも行きたいから」
夜高ミツル:「パスポートは、うん」
夜高ミツル:「落ち着いたら調べてみるかー」
真城朔:「…………」
真城朔:「……危ないとこは」
真城朔:「よくない」
真城朔:観念したようにそう呟く。
夜高ミツル:「行かない行かない」
夜高ミツル:「危ない目にあわせんのやだし」
真城朔:「俺は」
真城朔:「どうにでもなるけど……」
夜高ミツル:「なるとしても!」
夜高ミツル:「真城がすげー強いとかは、俺がお前を心配するのとは関係ねえの」
真城朔:「…………」
夜高ミツル:「だから、行くならちゃんと危なくないとこにするから」
真城朔:「……ん」
真城朔:「うん……」
真城朔:頷いて、小さく息を吐いた。
夜高ミツル:「……真城に俺のことで心配かけるのもやだしな」
夜高ミツル:「よくないし」
真城朔:こくこくとまた頷く。
夜高ミツル:既に高校中退やらD7襲撃やらで散々心労をかけている。
夜高ミツル:狩りに出ることだってそうで。
夜高ミツル:それらは仕方ないにしても、避けられる危険ならちゃんと避けておきたい。
真城朔:ミツルの内心を知ってか知らずか、
真城朔:沈みつつある夕陽に、日傘を下ろした。
真城朔:かちゃかちゃと手際良くそれを畳んでから、ミツルの背中に両腕を回す。
夜高ミツル:「!」
真城朔:胸に頬を預けて、息をついた。
真城朔:「……ミツが」
真城朔:「危ないのは」
真城朔:「いやだ……」
夜高ミツル:目をみはったのは一瞬で、すぐに慣れた仕草で真城の身体を抱き寄せる。
夜高ミツル:「……うん」
真城朔:身を擦り寄せて、瞼を伏せる。
真城朔:ミツルの胸に耳を当てている。
夜高ミツル:「狩り、は」
夜高ミツル:「やめられないけど……」
夜高ミツル:「それ以外は」
夜高ミツル:「それ以外のことは、ちゃんと気をつける」
真城朔:「…………」
真城朔:「狩りは」
真城朔:「そもそも」
真城朔:「俺のせい、だから……」
真城朔:抱きしめる腕に力を込めて、俯く。
夜高ミツル:「……まあ二人でやめられるんなら」
夜高ミツル:「それがいいって今も思ってるけど……」
夜高ミツル:「……でも」
真城朔:「…………」
夜高ミツル:「それが、真城の譲れない部分なら」
夜高ミツル:「俺も、ほら、かなり」
真城朔:「…………」
夜高ミツル:「譲れない部分があるわけで……」
真城朔:「……ん」
夜高ミツル:「……だから、いいんだよ」
真城朔:ゆっくりと瞼を上げて、ミツルの顔を見る。
夜高ミツル:応えるように、ミツルも両腕に力を込める。
真城朔:太陽がほとんど沈んでしまって、
真城朔:薄闇に紛れるようにますます身体を寄せながら、
真城朔:「ミツ」
夜高ミツル:「……ん」
真城朔:小さくその名前を呼んだ。
真城朔:「ミツ……」
夜高ミツル:「……真城」
真城朔:昼と夜のあわいに揺蕩いながら、
真城朔:その背中を、服の裾をぎゅっと握りしめて、切なげに眉を寄せた。
夜高ミツル:変わらず打ち寄せる波の音に混じって、パチパチと火花の弾ける音が響く。
夜高ミツル:すっかり日の暮れた砂浜。
真城朔:手持ち花火の散らす色とりどりの光を、ぼんやりと夜色の瞳に映している。
夜高ミツル:「花火、マジで久しぶりだ」
真城朔:頷く。
真城朔:「打ち上げ花火」
真城朔:「見かけたりとかは、あったけど……」
真城朔:こういうのは、と軽く手持ちの花火を回す。
夜高ミツル:「やんねえよなー」
真城朔:頷く。
真城朔:しゅわしゅわと手に持っている花火が消えて、
真城朔:水を張ったバケツにそれを入れた。
真城朔:ちゃぷん。
夜高ミツル:後を追うように、ミツルの持っていた花火も勢いをなくして、消えた。
真城朔:しゃがみこんで、新しいのを探っている。
夜高ミツル:横からそれを覗き込む。
真城朔:探る手を止めてミツルを見上げた。
夜高ミツル:「?」
夜高ミツル:首を傾げる。
真城朔:合わせて首を傾げて。
真城朔:「どれにする?」
夜高ミツル:「真城が選んでからで」
夜高ミツル:先に見てたんだからと促す。
真城朔:「…………」
真城朔:難しげな顔をして、適当に一本抜き取った。
夜高ミツル:「そもそも、久しぶりすぎて線香花火とそれ以外くらいしか分かんねえってのもある……」
真城朔:スタンダードなすすき花火。
真城朔:「なんか」
真城朔:「色が変わるやつと……」
真城朔:「大きい線香花火みたいな……」
真城朔:「…………」
真城朔:結局また首を傾げた。
真城朔:ミツルに花火の袋を差し出す。
夜高ミツル:「色々あるな……」
夜高ミツル:差し出されるままに受け取って
夜高ミツル:まじまじと眺める。
真城朔:「ねずみ花火とか、へび花火とか」
真城朔:「聞いたことあるけど」
真城朔:「見たことない」
真城朔:適当なセットだから今回はないし。
夜高ミツル:「あれなー……」
夜高ミツル:「あれ……結構……」
真城朔:「?」
夜高ミツル:「怖かったんだよな……」
真城朔:「怖い」復唱。
夜高ミツル:「めぐるがこっちに放ってくるから…………」
夜高ミツル:渋い顔をしている。
真城朔:「…………」
真城朔:「危ない……」
夜高ミツル:「まあ、子供の頃だったから」
夜高ミツル:「さすがに今はそんなことねえはず」
夜高ミツル:満月の日には、花火よりよっぽど怖いものの相手をしているわけだし。
真城朔:頷いた。
夜高ミツル:話しながら、袋を持ったままなことに気づいて結局適当に一本抜き出す。
真城朔:袋を元の場所に戻す。
夜高ミツル:筒型の手持ち花火。
真城朔:ライターを取り上げて、
真城朔:ミツルの花火へと差し出して、火をつけた。
夜高ミツル:先端に火がつくと、勢いよく火花が飛び出す。
夜高ミツル:「うわ」
真城朔:「すごい」
夜高ミツル:思いの外勢いよく出たことに驚いて
夜高ミツル:慌てて真城から離すように方向を変える。
夜高ミツル:「びびった……」
夜高ミツル:「そういえばこういうのもあったな……」
真城朔:「いろいろある」
真城朔:頷きながら、その火花にそっと自分の持っている花火の先を寄せる。
真城朔:貰い火を灯して、色鮮やかな火がまた噴き出した。
夜高ミツル:火を取りやすいように少し花火を傾けて、
夜高ミツル:それが終わるとまた離す。
真城朔:派手に火を散らす筒花火から少し離れたところで、炎色反応の鮮やかなさまを見つめている。
真城朔:「…………」
真城朔:「なんとなく」
真城朔:「これが、一番普通な気がする」
夜高ミツル:色とりどりの光を散らす花火よりも、その光を受ける真城の方を見つめていた。
夜高ミツル:「だなー」
真城朔:瞳の中に火花が散る。
夜高ミツル:「手で持つ花火と言えばって感じ」
真城朔:控えめにくるりと回して、夜闇に軌跡を描いた。
真城朔:「いろんな色」
真城朔:「出るし」
夜高ミツル:「うん」
夜高ミツル:「きれいだよな」
真城朔:「……うん」
真城朔:頷いた。
夜高ミツル:ミツルの持っていた手筒花火の勢いが弱まり、火が消える。
夜高ミツル:「あ」
夜高ミツル:「勢いある分なんか短いな」
真城朔:「火薬が」
真城朔:「多いと、危ないから……」
真城朔:手に花火を持ちながらぼんやりとした答えを返す。
真城朔:手持ちのすすき花火が色を変えて、その勢いが弱まっていく。
夜高ミツル:いまだ火薬の匂いを漂わせる花火をバケツに放り込む。
夜高ミツル:「この勢いで時間も長いと、火薬どんだけいるんだよだもんな」
真城朔:「危なくなる……」
真城朔:答えるうちにまた花火が潰えた。
真城朔:煙をあげるそれを同じくバケツに放り込んで、
真城朔:「…………」
真城朔:「……海と」
真城朔:「同じ」
真城朔:不意にぼそりと呟いた。
夜高ミツル:「海も危ないもんな」
真城朔:きょとんと目を瞬く。
真城朔:「…………」
夜高ミツル:「……あ、そういう話じゃなかった?」
真城朔:「……いや」
真城朔:「海も、危ない」
真城朔:「けど」
真城朔:「…………」
夜高ミツル:花火の袋を手に持ったまま、少し焦ったような顔で真城を見返す。
真城朔:つと花火袋に視線をやる。
真城朔:「……花火も」
真城朔:「しても」
真城朔:「仕方、ない」
真城朔:「から」
真城朔:「…………」
夜高ミツル:「……ああ」
夜高ミツル:「ん」
真城朔:言いながら、ミツルの花火袋に手を伸ばす。
夜高ミツル:「そうだな」
真城朔:特に吟味もせず取り出したのは、結局同じすすき花火。
夜高ミツル:ミツルも同じものを手に取っている。
夜高ミツル:袋を置いて。
夜高ミツル:「真城といるから、だな」
夜高ミツル:「海も花火も」
真城朔:「……ん」
真城朔:「うん」
真城朔:「…………」
真城朔:「……いるから」
真城朔:花火を手に持ったまま、黙り込む。
夜高ミツル:「一緒だから」
夜高ミツル:「一人だったら、したいとも思わない」
夜高ミツル:「しても仕方ないようなことでも」
夜高ミツル:「やってみたいし」
夜高ミツル:「楽しいし」
真城朔:「…………」
夜高ミツル:「なんとなくだったけど、買ってみてよかったなー」
真城朔:黙り込んだまま、火をねだるように花火を差し出した。
夜高ミツル:差し出された花火の先に、ライターで火を灯す。
真城朔:花火がまた火を噴く。
真城朔:ミツルに噴きかからないように方向を反らして、
真城朔:それをぼんやりと眺めながら。
真城朔:火花の散る音。
夜高ミツル:手に持った花火を、真城の持つ方の先端に近づけて火を貰う。
真城朔:波の音よりもずっと騒々しい、
真城朔:その二重奏のあいまに。
真城朔:「…………」
夜高ミツル:2つの花火が、火を散らす。
真城朔:「ミツがいるから」
真城朔:「生きてる……」
夜高ミツル:「……」
夜高ミツル:「……うん」
真城朔:瞳は花火を見つめていた。
夜高ミツル:生きてほしいと、そう願って
夜高ミツル:その願いで、真城は今も生きている。
夜高ミツル:失うことなく、今も隣りにいる。
真城朔:青い炎が火花を散らしている。
真城朔:その光に、やはり眩しそうに目を眇めていた。
夜高ミツル:「……真城が」
夜高ミツル:「生きててくれてるのが」
夜高ミツル:「それが」
夜高ミツル:「一番、俺にとって嬉しいことだ」
真城朔:「…………」
真城朔:花火を見ている。
夜高ミツル:火花に照らされるその横顔を見つめている。
真城朔:青い炎が緑に色を変えて、白い花火を撒き散らし始める。
真城朔:真城は黙ってそれを見つめていた。
夜高ミツル:真城から、人生をかけた願いを、そのために犯した罪を償う術を取り上げて、
夜高ミツル:そうして、今も自分の隣に繋ぎ留めている。
夜高ミツル:縛り付けて、いる。
夜高ミツル:それが勝手なことだと理解していても、
夜高ミツル:それでも、手を離すことは到底考えられなくて。
真城朔:緑色の炎が赤く燃え上がり、ぱちぱちと激しい火花を散らす。
夜高ミツル:「……真城」
夜高ミツル:「好きだよ」
真城朔:ミツルの手持ち花火も遅れて同じ赤になって、
真城朔:その言葉にミツルを振り返った真城の頬の色を染めていた。
夜高ミツル:花火に照らされる真城を見ながら、唐突にそう告げる。
真城朔:花火から手を離せないまま、
真城朔:もどかしげに唇を震わせる。
夜高ミツル:その言葉でまた真城を傍に繋ぎとめるように。
真城朔:やがて炎は勢いを失って、夜闇の暗さと、波の音が戻ってくる。
真城朔:「…………」
真城朔:「ミツ」
夜高ミツル:さして間を置かず、ミツルの花火からも光が消えた。
夜高ミツル:「……ん」
真城朔:「ミツ」
真城朔:「…………」
夜高ミツル:月明かりと街灯だけが、ほのかに二人を照らしている。
夜高ミツル:「真城」
夜高ミツル:「真城……」
真城朔:燃え尽きた花火を手に持ったまま視線を落として、
真城朔:「…………」
真城朔:「ミツ……」
真城朔:結局、名前を呼ぶことしかできずにいる。
夜高ミツル:真城の手から花火を取り上げて、自分の分とまとめてバケツに投げ込んで
夜高ミツル:それから、空いた両腕で真城を抱き寄せる。
真城朔:「っ」
真城朔:抱き寄せられて、身体が強張った。
夜高ミツル:「……好きだよ」
真城朔:「…………」
真城朔:ちらりとミツルの顔を窺って、視線を落とす。
夜高ミツル:背中に腕を回して、細い体を腕の中に閉じ込めて。
夜高ミツル:身体を寄せて、温もりを分け合う。
真城朔:その背中に、恐る恐るに腕を添えた。
夜高ミツル:それに安心したように、更に強く真城を抱きしめる。
真城朔:「ん、……」
真城朔:小さく息を漏らして、目を閉じた。
真城朔:ミツルに体重を預けてしまう。
夜高ミツル:その身体が、以前より細くなっているような錯覚を覚える。
夜高ミツル:そう、錯覚だ。
夜高ミツル:変化しているのは、自分の方で。
夜高ミツル:この一年で、少しだけだが背が伸びた。
夜高ミツル:身長以外……体つきや顔なんかは、なんとなく成長したかも?程度のものだが
夜高ミツル:この先、何年、何十年と年を重ねていけば。
夜高ミツル:…………。
真城朔:ミツルの胸で静かに呼吸をしている。
真城朔:一年前と変わらない姿で、その腕の中にいる。
夜高ミツル:そんな考えを、思考の外に追いやる。
夜高ミツル:自分と真城の見た目の年齢は離れていく一方で、
夜高ミツル:それは種族の差がある以上、抗えないものだ。
夜高ミツル:だけど、今はまだそうじゃない。
真城朔:ゆっくりと目を開けて、真城がミツルを見上げる。
夜高ミツル:その瞳を見つめ返す。
真城朔:視線が合わされて、惑いに瞳が震えて、それでも逸らすことはできないでいる。
夜高ミツル:まだ考える必要のないことよりも、
夜高ミツル:目の前にいる真城と、彼と共に過ごす今のことを考えていたかった。
夜高ミツル:惑いを見せるその顔に、静かに顔を寄せる。
真城朔:それを拒まずに、また目を伏せた。
真城朔:ミツルの背に縋る腕に力が籠もる。
夜高ミツル:唇が触れ合う。
夜高ミツル:触れるだけの、啄むような口づけを繰り返す。
真城朔:そのたび乞うように指がミツルのパーカーの裾を握りしめて、
真城朔:やがては熱に濡れた瞳を揺らして、ミツルの顔を見つめる。
夜高ミツル:繰り返す度に、ミツルも熱を上げていき
夜高ミツル:そうしてやっと、ここが外だということを思い出したのか
夜高ミツル:名残を惜しみながら顔を離す。
夜高ミツル:「……」
真城朔:「あ」
真城朔:「…………」
夜高ミツル:「……帰る」
夜高ミツル:「か」
真城朔:「…………」
真城朔:無言のまま、頷いた。
夜高ミツル:放置された袋の中、花火はまだ残っている。
夜高ミツル:「……残りはまた明日かな」
夜高ミツル:などと呟きながら
夜高ミツル:花火やバケツなどを手早く片付けて。
真城朔:頷いている。
夜高ミツル:きれいに後片付けを終えると、行くか、と真城の手を取る。
真城朔:また頷いて、ミツルの手を握り返して、
夜高ミツル:手を繋いで、夜の海を後にする。
真城朔:手を引かれるままに海に背を向けた。
真城朔:その海に、半分の月が揺らめいている。