十二日目
「――リー! 開けなきゃ扉壊すわよ!」
ドンドンと、本当に扉を壊す勢いのノック。はしたないとは思ったけれどこれも彼の部屋の衛生の為で仕方がないのである。
そう、今日部屋を訪れた理由もまた部屋の掃除だった。別に私が掃除をしなきゃいけない理由はないけれど、でもやはりあの惨状をふと思い出してしまえばじっとはしていられず気付けば足を運んでいたというわけだ。
といっても、部屋主が鍵を開けてくれなきゃどうしようもないわけで。
全力で扉を叩いたにも関わらず部屋の向こうからはうんともすんとも返事はなく、やっぱり駄目か、今日は諦めようかと踵を返そうとした時。
「……んだよ」
開いた扉。しめたと思って覗かせた彼の顔を見つめて、しかしそのあまりの酷い表情に一瞬言葉を失った。
「そ、掃除しに来たのだけど、……何、その顔」
「寝てたんだよ……やっかましくがなりやがって、ホントにオマエ令嬢か」
「寝てたの? 本当に? 寧ろ徹夜明けですって顔してるけれど」
暗い。すっごく暗い。隈も酷い。寝起きの顔が酷いのは誰でも共通だと思うけれど、彼の顔は寧ろ寝起きというよりは寝れていないというか。
やはり近頃休めていないのだろうかと不安を抱えつつ、彼の背に見える室内の惨状はそれでもやはり退くわけにはいかないと思わせるには十分なものだった。
「寝不足なら寝てていいから、とりあえずこのゴミ屋敷を掃除させて頂戴」
「あーあーうるせえ……勝手にしろ……」
言われなくても勝手にするつもりだ。ベッドに戻って布団を頭まで被ったリーの姿を横目に部屋に入って窓を開ける。
部屋はこの前よりも酷い有様で、とりあえず何処から手をつけたものかと考えながら服を拾い上げ隅に、明らかなゴミは袋に。暫くこの作業を続けていけば区切りも見えてくるだろうかと考えて、文句をぼやきながら作業を続ける。
「あ」
と、そうやってゴミを崩していけば、積み上げられていた書類の束のバランスも一緒に崩れてしまってばらばらと広がった。
こういうのは棚にちゃんと入れておくべきだ。溜息を吐きながらとりあえず広がったそれらに手を伸ばして纏め直し、一体なんの書類なんだかと文面に眼を落としてたところでがさり。束から一枚のクリアファイルが零れ落ちる。
落ちたものを拾うのは当然だ。ファイルへと視線を移し拾い上げようとし、
時が止まった。
「――――」
息を忘れる。瞬きも出来ない。血の気が引く。
一枚の写真、疲れ果てた少女の表情。
思い出、地下室、笑ってくれたあの子、姿を消した、
「…………う、そ」
掌からばさばさと書類が零れ落ちた。それに構わないで震えの止まらぬ手でファイルを拾い上げた。
目眩を抑えふらふらと立ち上がりベッドへと近づく。
聞いてはならないと脳は警鐘を鳴らしているのに、その耳鳴りを放って名前を呼んだ。
「リー」
「あんだよ……」
たまたま、彼の書類に混ざっていただけの、写真かもしれないって。
「ごめん、なさい。起こすつもりは、無かったのだけど」
期待とも呼べぬそんな感情を胸に。
「……この子、知り合い?」
気怠げに布団から顔を覗かせた彼は、けれど写真に気付けば表情を一変させ写真を引ったくり、それだけでなくきつく私の腕を掴んだ。
「……メリス、お前、なんか知ってるのか?」
そうして彼の言葉の強さに、表情に、腕を掴む力に、否応なしに全て理解する。
「……おともだち、だったの」
「どこで知り合った。今はどこにいる」
掴まれた腕が痛い。
「おや、しき。地下、一緒に遊んで、でも今は」
『――ジルの移植手術について』
今は。
「しら、ない」
「……分かった。十分だ」
手が離れる。ベッドから起き上がって、ジャケットを羽織った彼が何も言わずに部屋を出て行く。
その後姿を呼び止め追いかけようとして、でも床に置かれていた何かに足を引っ掛けて無様に転んだ。
慌てて顔を上げてももうその後姿は見えない。
追いかけようとしたのに足に力が入らなくて、それでも無理に立ち上がろうとしてまた転ぶ。
痛みの中、思い出すのは眼にしてしまった一つの記録。
『……当初予定していたドナーの臓器使用についてはレシピエントの強い意向により中止。
組織より適合性の高い女児を発見、ドナーはそちらに切り替え年内を目処に生体移植を行う。
女児は移植日より一週間前に屋敷へと移送予定。また当初のドナー、』
ぼろぼろと零れ落ちた涙は床を濡らす、漏れ出る嗚咽に胸がただ苦しい。
『――メリスに関しては、ナタリーの同意を得た後、ジルの要望通り正式に屋敷へと迎え入れる』
背を丸める。
ごめんなさいと謝っても、伝える相手が居なければ意味なんて無かった。