十二日目
妹の手がかりが掴めたとて、リーにできることは殆ほぼないと言ってよかった。
なにせその手の調査に関して自分はずぶの素人だ。それを割り切って自分はただこうしてハイドラライダーとして、或いはそれに付随した仕事で収入を得て、その殆どを情報屋への報酬に充ててきた。
しかしだからと言って、その足跡を目の前に示されてただ待ち続けることもできなかった。
十年以上追い求めたその行方だ。その手がかりが掴めた。気ばかり焦る。渡された膨大で煩雑な資料を意味もなく読み込んで、どうにもならない思考ばかりを巡らせてしまう。
最悪の方向に傾き掛けるそれを意識して食い止めても尚、夢を見る。
祈ることしかできない口惜しさを久しぶりに痛感していた。
「――リー! 開けなきゃ扉壊すわよ!!」
そのように思い煩い寝不足の日々を送っていたために、彼女の甲高い声はひどく耳に響いた。
積み上げられた資料を隣にテーブルで突っ伏して眠っていたリーは、一瞬自分が今どこにいるかすら見失った。夢に見ていた。何を。横顔を、荒れ果てた日々を、あたたかな、
「あー……クッソ」
ぼさぼさの髪をかき上げて立ち上がる。ふらつきながら部屋の扉を開けると、メリスがこちらを見て目を瞠った。
「……んだよ」
「そ、掃除しに来たのだけど、……何、その顔」
「寝てたんだよ……やっかましくがなりやがって、ホントにオマエ令嬢か」
「寝てたの? 本当に? 寧ろ徹夜明けですって顔してるけれど」
どうやら彼女にも分かるほどには酷い顔をしているらしい。
鏡で確認する気にもならず欠伸を噛み殺して目を擦った。それなりに眠ったとは思ったが視界が霞む。やはり横にならないと駄目か、と自分の身体の軟弱さに辟易した。
ベッドに向かうリーの背中に、勝手知ったる、という様子のメリスの声が掛かる。
「寝不足なら寝てていいから、とりあえずこのゴミ屋敷を掃除させて頂戴」
「あーあーうるせえ……」
勝手にしろ。声は蚊のように細く情けなかったが、今更頓着する気にもなれなかった。何が楽しくて自分の部屋に押し掛けるやら。感謝もされない、報酬もないのに物好きなことである。金持ちは概して悪趣味という印象を抱いているが、この娘も例外でないように思えた。
それにしても酷いだのなんだのいい気になって論評するのを無視して布団を被る。暗くなった視界に安堵して、身体を丸めて瞼を閉じる。安物のベッドはすぐに軋みを上げるが、このくらいがリーには丁度良く快適だった。なにやら引っくり返しては投げ捨てるうるさい音が耳を打つが、それを気にならないくらいに心地よく、加えてリーは疲れ果てていた。暖かい夢うつつにまどろむ。
だから、
「……リー」
震える声で名前を呼ばれて、まずそれが、鬱陶しかった。
「あんだよ……」
「ごめん、なさい。起こすつもりは、無かったのだけど」
教えて欲しいことあって。この期に及んで何の用事だか。部屋を好きにさせているのだから邪魔しないでくれ、そう思いながらもぞもぞと布団を這い出して、
「……この子、知り合い?」
メリスの示した写真に、一瞬で意識を引き戻された。
その手から写真を奪い返し、代わりに腕を引き留める。
「……メリス、お前、なんか知ってるのか?」
語調は自然ときつく――詰るように荒くなる。彼女が脅えていることにすら気付けなかった。気付いたとしても頓着しなかった。
眼差しは恐らく睨みつけるそれに相違なかったのだろう。
「……おともだち、だったの」
「どこで知り合った。今はどこにいる」
「おや、しき。地下、一緒に遊んで、でも今は」
しらない。
拗ねたような泣きそうな声。
それに慈悲を抱くこともなく、
「分かった」
十分だった。手を放す。
これ以上は何を問うても意味はない。あとは専門の者に任せるのが良い。
そう判断してジャケットを羽織り、顧みることをしないで部屋を出た。
「――カークライト家だ」
端末越しに情報屋へと告げる。
妹が――ミリアがメリスの家にいたということは、カークライト家に買われたと考えて間違いがなかった。
では用途は。まさか売春目的ではなかろう。家政婦というのも考えづらい。であればメリスの口からそのように漏れていただろうし、何より地下で遊ばせておく理由がない。今は何も知らないというのもおかしな話になる。
では。それなら。
「取引の痕跡があるはずだ。そちらから辿れ、大丈夫だ、スジは信用できる。間違いない。……ああ、頼んだ」
それなら、ミリアは。