「ひさとおにいちゃん!」
弾んだ声を上げてこちらに突っ込んできた小さな身体を咄嗟に受け止める。
抱き留めた童女が勢いよく顔を上げると、高い位置で結い上げた長い髪が生き物のように跳ねた。子供そのものの活発さが愛らしくて、景斗は童女の頭を優しく撫でた。
「知夏様、どうしました?」
「えへへ」
童女――知夏ははにかむような笑みを見せると、景斗に向けて両の掌を突き出した。
一杯に広げたその上に乗せられていたのは、
「……折り鶴、ですか?」
「うん! あのねあのね、あけこおねえちゃんがくれたの」
「朱子様が?」
景斗の表情に僅かに陰が差したのに、知夏は気付かない。
「うん、あけこおねえちゃんすごいのよ。いろんなものをつくれるんだから」
うさぎさんとか、おさかなさんとか、おはなとか、ふうせんとか。
指折り数える知夏の姿からは年齢相応のあどけなさを感じられて、景斗は僅かに胸が痛んだ。
けれど、この痛みにはとっくに慣れた。もっとも痛みを感じないくらいの域に達しているのが理想なのだろうが――景斗としては、自分にそこまでを求めるつもりはなかった。
「……知夏様は、朱子様がお好きなのですね」
「うん! だいすきよ」
千夏はぱっと景斗から離れると、その場で楽しそうにくるくると回った。何度も何度も繰り返し、心配になるくらいに回り続ける知夏だが、目を回す様子はない。むしろその速度を速めて楽しげだ。
「だってあけこおねえちゃん、きれいでやさしいもの! いろんなことをしっていて、すてきだわ! おはなしするのがとってもたのしい!」
そう語る童女の顔はひどく幼く、無邪気であると言う他ない。
「それにあけこおねえちゃん、とってもおりこうだわ」
無邪気なままのその笑顔で、知夏はそう言った。
「……利口、ですか?」
「うん! おとなしくしてるし、おにいさまにさからったりしないわ」
にこにこと、その笑顔に曇りはない。
「わかっているのよ、あけこおねえちゃん。そういうおりこうさん、わたしはとってもだいすき」
「そうですか」
「うん、そうなの。だからおばかさんはだいきらいなのよ。おばかさんは周りに迷惑かけてばっかりだわ、わたしはきらい。なおしてあげなきゃって、おもうわ」
そこで知夏は景斗を見上げた。言葉少なに相槌を打つだけになっていた彼を窺うように。
案ずるような様子を見せたその顔は、十分に庇護欲をそそるものだ。
「ひさと、どうしたの?」
「……なんでもありませんよ」
微笑む景斗を前に知夏は僅かに表情を曇らせる。小さな腕でを伸ばして、景斗を抱きしめた。
精一杯、大きく腕を広げて、大きな身体を包み込もうと。
「……ひさとおにいちゃんも、だいすきよ」
小さく囁かれた言葉に景斗は目を丸くした。
こちらを向く顔にも、すがるような声にも、作為的なものはなにひとつ感じられなかった。
実際、この童女は恐ろしく素直なのだろう。彼女の行動にも言動にも、何一つ作ったものはないのだろう。
おぞましさとあどけなさを自然に同居させているこの童女の本質を、景斗は何度も思い知らされていた。
「……ありがとうございます」
そして答えるこの言葉も、景斗としては嘘偽りのないものであるつもりだった。
抱き締め返したこの腕に確かに在る温かさに対して、ひとときの感情までもを取り繕おうとは思えなかったから。
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