呼ばれて飛び出て、というわけではありませんが、とりあえず架禄さんに母屋に呼び出されたシャインくんはにへらって笑って簡単な単衣姿で、わりと慣れた感じでずかずかと乗り込んでってぺたりと座って、そこに結界が張ってあることは決して珍しいことではないので、久しぶりの呑みこまれそうなほどの静寂に身を浸したりして、でも彼の息づかいや血潮の巡る音は確かに耳を打つから、完全な静寂ってことには最終的には鳴り得なかったのですが。どうしても。
「架禄さん? なんですか一体用事って」
と、うさみみはそのままでうさぎさんとは別れてわりとむっすりというか態度の悪さに定評のあるシャインくんは、冠のない直衣姿で座りこんでた架禄さんに視線を投げられて、ついでに射抜かれて、少々怪訝に思ってやや表情を引き締めました。あくまで、やや、でしたが。あんまり真面目じゃないので、シャインくん。
でも架禄さんは依然として真っ直ぐにシャインくんを見てるし、顔はどっか厳しげでなんだか怖いので、これはなんか面倒なことでも起きたのかなあと、でも最近自分がやらかしたことなんてそうないし、と思うとやっぱりシャイン君的には釈然としません。まあどうせ暇だしって、わりと色々とお世話になってるしって、こう普通に相席というか呼ばれたぶんは呼ばれてやって、呼ばれるままにこの室を訪れたわけですが。結界まで張るくらいだからなんか重要なんだろうなーとは思いましたけど、わりと職権乱用というか公私混同というか、物凄く私的な用事でも平気で結界張ったりするような男なんで、まあもしかしたら父親の話でもするつもりなんかねーって感じにシャイン君は思ってて、よおしじゃあ彼の人の素晴らしさをとくとくと語りつくしてやろうじゃねえか覚えてろよって妙な所に意気込んでて、まあ、大好きですからねえ。別に架禄さんが色々気に病んでることなんて知ったこっちゃありませんし。
というか一番気に病んでるのはシャインくん本人なんですけれども、それが彼が父親を慕わない理由にもなりませんし、架禄さんが父親を嫌うことを許す理由にもなりませんのです。
「……お前、その耳全然取れねーな」
「いきなり何なんですかアホらしい。そんなことのために呼んだんですかアンタ、だったら帰らせてもらいますよオレ」
「ピリピリしてんなぁ。いいだろそれ、身体張ったお笑いみたいなもんじゃねーか。見世物小屋行けばいい金になると思うぜ、お前金足りないんだろ?」
「なんか前もそんなこと言われたよーな……陰間小屋行けだのなんだの」
物凄く他愛ない感じで架禄さんは軽薄にへらへら笑って、でもなんかその笑みはいつもの笑みだけど、いつもの笑みじゃないなあとシャインくんはそう思ったりしました。血は繋がってないけど兄弟というか、兄弟とは露とも思ったことはないけれど父親を通して繋がるものがある中で、父親のことが片や大嫌いの片や大好きの相反する二人でしたけれど、でも共通して大切なものを持っていました。それも今は亡くて、片や遺志を継ぎ片や依処を失くした二人で、でもシャインくんは依処を手に入れたのです。縋る先をその掌に。
それは一時的に掌からすり抜けてしまっているけれど。
「で、本当に要件なんなんですか? オレアンタと長話とかはっきり言ってまっぴらなんですよ、わざわざ呼ばれてやってるうちにさっさと要件済ませちゃってください」
やや口調がきつくなってきたシャインくんです。まあうさみみとかいい加減すっごく腹に据えかねて来てますからね、いらつくのも仕方がない話です。そもそもがあんまりシャインくん、架禄さんにはいい印象ないというか、わりと遠慮がない相手ではありますけれど、それが逆に甘えているような部分も感じさせられたりしますけれど。
それはともあれ、この場の空気はとても悪いです。結界によって清冽な空間を作り上げられたはずなのに、雰囲気ばかりは暗く澱んでいて険悪です。なにか呼びこんでしまいそうなくらいです。むしろ、ここから生まれる。みたいな。
「あー……いや、まあ、色々聞きたいことがあったんだよ」
「……は?」
「なんだよ。俺がお前に何か聞いちゃ悪いかよ。いいからちょっとこっち来い」
手招きされて、訝しげな色をますます深めていくシャインくんです。なんでそっち行かなきゃいけないの、てなもんです。本当に。
「……手招きしたら人が来てくれるとか当然のように思うべきじゃないと思います」
「あー。じゃあいいわ、こっちから行く」
「え」
あっさり言って重そうな腰を軽々と上げた架禄さんは、そのまま座ってるシャインくんの前まで来ました。背の高い身体を見上げて、シャインくんの頭が真上を向きます。高すぎて表情が窺えなくて、けれどそんなのは別に珍しいことではありませんでした。
「ほら、来てやったぞ」
「……いや、なんでそんな上から目線なんですか。別にそれぐらい当たり前でしょう」
「ああ、そうだな」
そこまでやり取りを交わしてから、違和感をぬぐい切れないシャインくんは改めて架禄さんを見ました。問い詰めようと思って口を開いたシャインくんの隣に架禄さんが膝をついて、顔が近くなります。父親と同じ顔に覗き込まれて、シャインくんは一瞬言葉を失いました。
そして問いかけた言葉は最後まで発せられることはありませんでした。シャインくんの脇腹を、灼ける様な痛みが貫いたので。
指貫に潜ませていた刃を抜くと、目の前の細い身体に突き刺した。肉を抉る感触が手に伝わる。そこで初めて改めて、これが生きてそこに在る生き物であることを再認識する。
血潮が溢れ、組み敷いた身体を赤く染め上げている。呆然としたような目がこちらを見上げている。いっぱいに開かれた瞳、赤い唇はたどたどしく動く。
「、か……ろく、さん」
ぎこちない動きのそれは妙な艶めかしさを孕んでいて、血の気を失って白い肌との好対照がその感をさらに強めた。魅入られたような気分になって、刃を握る掌に力を込め、深く突き刺し床に突き立てる。
「なに、し……あ、ぁあ、ッ……!」
痛みに喘ぐ喉がいっぱいに逸らされる。脂汗の浮いたその首筋は、少し力を込めてやれば簡単に折れてしまいそうに思えた。それは錯覚に他ならないが。
唇を噛み、こちらを睨み上げる瞳は痛みに歪んでいたが、ただひとつのことを訴え続けてもいた。
何故、と。
「……お前さあ、今、暇だろ?」
別に隠す理由もなかった。問われるのなら、そのまま受け止めて答えを返してやれるくらいの余裕もあった。
だから説明してやろうと思ったのに、身体の下で苦しげな息を漏らすこれは、理解できないというような目線を送ってくる。
「暇だからって好き勝手やられちゃ困るんだよ。……お前はもうこの国のこととかどうでもいいかもしんねーけど、俺としてはそーもいかねえ」
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なんかよくわかんないの出てきた。
制止を願ったなれの果てに続きそうだけど微妙に整合性とれないなー。