? EX「禍災」結果フェイズ
«prev | top | next»

結果フェイズ

結果フェイズ:糸賀大亮 1st

GM:陽の昇りつつある八崎市にサイレンの音が響いている。
GM:消防車のものではない。救急車のサイレンの音だ。
GM:八崎市全域を炙っていた炎はすっかり消し止められて、
GM:――それが、夜明けの直前に急にふっと全てが掻き消えたのだと、
GM:そういう噂を囁く声を、避難民でごった返す道をゆく中で小耳に挟んだ。

糸賀大亮:夜高と忽亡さんを救急隊に預けて、Memoryへの道を歩いていた。
糸賀大亮:腕は物を掴む程度なら何とか。ただ指が上手く動かなくて、事前に連絡を入れるのはあきらめた。
糸賀大亮:魔法の炎が消えて、燃え広がっていた火事が失せても、ズタズタにされた爪痕は消えはしない。
糸賀大亮:少し見回せば、その被害のひどさに打ちのめされ、立ち尽くすことはいくらでもできただろうし。
糸賀大亮:あるいは、さらに被害を広げるはずだった火が消えた、その理由に想いを巡らせることもできたけれど。
糸賀大亮:そのどちらも今はできずに、ただ悄然と歩いていく。
GM:街の被害は甚大の一言だった。
GM:失われた人命、行方不明となった者、身元不明の遺体。
GM:そのどれもが数え切れないほどで、
GM:しかし、一端の狩人に何ができることもない。
GM:『Memory』の入ったビルは、幸いにしてあれ以上の延焼を免れていた。
GM:怪我の手当てをされたらしい者や、一時的に避難していたらしい人間がぽつぽつとビルから出てくるのも見える。
糸賀大亮:痛む腕を持ち上げると、軍手に沁み込んだ血はすっかり乾いている。
糸賀大亮:ビルから出てくる人々とすれ違うようにして、『Memory』の扉を開いて、中へ入っていった。
皆川彩花:昨晩よりも人の減った店内で、彩花が救急箱を持って歩いている。
皆川彩花:扉から入ってきた人影に目を向けて、
糸賀大亮:店内を見回して、その姿をすぐに見つけて。
皆川彩花:「大亮さん!」

皆川彩花:小走りで駆け寄ってくる。
皆川彩花:「どうしたの、スマホ壊れた?」
皆川彩花:「あ、でも」
糸賀大亮:痛みを堪えるような表情で、顔を見返した。
皆川彩花:「狩り、終わったんだよね」
皆川彩花:「っていうか、怪我」
皆川彩花:「してるけど……」
皆川彩花:「えっと」
糸賀大亮:「……ああ」
糸賀大亮:「すまない」
皆川彩花:隣の席に救急箱を置いて、その蓋を開ける。
皆川彩花:「?」
皆川彩花:振り返った。
糸賀大亮:「スマホ、上手く打てなくて」
皆川彩花:「なんだ」そっと表情を和らげる。

皆川彩花:「別にいいよ、ぜんぜん」
皆川彩花:「帰ってきてくれたんだから」
皆川彩花:「それだけで」
糸賀大亮:「……」
皆川彩花:「ほら、座って」
皆川彩花:椅子を引く。
皆川彩花:「手当てしないと。今はどこも大変だもんね」
糸賀大亮:息をついて、椅子の前まで来てから、ひとつ肩で息をついた。
皆川彩花:「でも普段なら――」
糸賀大亮:「……伝えなきゃならないことがある」
皆川彩花:「え?」
糸賀大亮:「……狩りは、終わった」
皆川彩花:消毒液を取り出しながら、大亮の顔を見る。
糸賀大亮:「夜高と忽亡さんが重傷で、病院にいて」
皆川彩花:「…………」
糸賀大亮:「真城が」
皆川彩花:「っ」

糸賀大亮:言葉が詰まった。
皆川彩花:目を見開く。
糸賀大亮:「真城が、……吸血鬼と、相打ちに」
糸賀大亮:プルサティラのことを思い出していた。
皆川彩花:彩花の手から消毒液がこぼれ落ちて、床を転がる。
糸賀大亮:真城のための魔女。真城のために命を捧げ、死んでいった魔女。
糸賀大亮:目の前の彼女は、俺のために蘇った、俺のための、人間の少女だけれど。
糸賀大亮:でも、その皆川彩花という少女は、真城朔の幼馴染で。
糸賀大亮:誰よりも古い頃から、真城を知っていて。
皆川彩花:目を見開いたまま呆然としていた彩花の、
皆川彩花:「あ、いうち」
皆川彩花:唇が、その言葉の意味を掴みかねたようにぎこちなく動かされる。
糸賀大亮:「……たぶん、魔法を」
皆川彩花:「あいうち、って」
皆川彩花:「さっくん」
糸賀大亮:あの時、詰められるはずのなかった距離を、動くはずのなかった距離で詰めた真城は。
皆川彩花:「さっく、ん」
皆川彩花:「…………」
糸賀大亮:夥しい血を吐いて、白い花を散らしていた真城は。どう見ても限界を超えていた。
皆川彩花:立ち尽くす。
糸賀大亮:「……忽亡さんが、殺されていた、かもしれなかった」
糸賀大亮:「そこに割り込んで、無理を……傷も」
皆川彩花:「…………っ」

皆川彩花:「ちがう」
皆川彩花:「そんな」
皆川彩花:「そんな、の」
皆川彩花:「そんなこと……っ」
糸賀大亮:「……消えちまった」
皆川彩花:「なんで」
糸賀大亮:立ち尽くしたまま、俯いて、彼女と目が合わせられない。
皆川彩花:ふらふらと前に出て、大亮の肩に縋る。
皆川彩花:「ミ、ツルさん」
皆川彩花:「ミツルさん、いたのに」
皆川彩花:「さっくん」
糸賀大亮:腕を持ち上げて、彼女の肩に触れた。
皆川彩花:「さっくんと、一緒には……っ」
皆川彩花:頬を涙で濡らしながら、か細く声を荒らげる。
皆川彩花:大亮に触れられても涙は止めどなく、
皆川彩花:「いっしょに、ずっと」
皆川彩花:「ずっと」
皆川彩花:「いてくれるって」
糸賀大亮:「夜高も、立てなかったんだッ」
皆川彩花:「――――」
皆川彩花:荒い呼吸だけが、彩花の唇を漏れる。
糸賀大亮:「みんな、だれも、間に合わなかった」
糸賀大亮:「夜高じゃない……夜高だけじゃない」
糸賀大亮:「俺たちみんな、あいつが行くのを止められなかった」
糸賀大亮:「だから、夜高だけのことを言わないでやってくれ」
糸賀大亮:「……頼むから」
皆川彩花:「…………」
皆川彩花:彩花もまた俯く。

糸賀大亮:置かれた手が、力なく震えている。
糸賀大亮:「…………すまない」
皆川彩花:頬を流れる涙を拭えもせで瞼を伏せて、
皆川彩花:「……う」
皆川彩花:「う、うん」
糸賀大亮:謝ったって仕方ない。
皆川彩花:ぎこちなく、首を振る。
皆川彩花:「ごめん、なさい」
糸賀大亮:真城は帰ってこない。
皆川彩花:「わたし」
皆川彩花:「わたし、こそ、……っ」
皆川彩花:その膝がくずおれて、
糸賀大亮:「……いいや……すまない」
皆川彩花:大亮の胸に少女の身体が収まる。
糸賀大亮:抱きとめることしかできなかった。
皆川彩花:血で汚れるのも気に留めず、おおきなその胸にすがりついて。
皆川彩花:「……さっくん」
皆川彩花:「さっくん、さっ、く」
皆川彩花:「さっくんの、バカあ……」
糸賀大亮:泣くその背を撫でることもできず、ただ手を置いたまま。
糸賀大亮:立ち尽くしている。
皆川彩花:「なんで」
皆川彩花:「なんで、そんな」
皆川彩花:「……っ」
皆川彩花:「絶対」
皆川彩花:「後悔した、くせに……」
皆川彩花:「バカ」
皆川彩花:「さっくんの、バカ……っ」
皆川彩花:ばか、ばかばかと、子供のように繰り返しながら大亮の胸で泣きじゃくる。
糸賀大亮:仲間を守れなかった。死なせてしまった。
糸賀大亮:死んだ真城が守ってくれたものが、ただここに残っている。
糸賀大亮:俯いたまま、泣く少女に寄り添っていた。それぐらいしかできることはない。
糸賀大亮:狩人にできることは少なくて、真城だって。
糸賀大亮:ほかの狩人より、ほんの少しだけそれが多いだけだったのに。
糸賀大亮:そのほんの少しがあの時真城を飛び出させて。
糸賀大亮:そうして、もう二度と帰ってこない。
糸賀大亮:……帰ってこないのだ。
糸賀大亮:その事実に改めて打ちのめされるように、もはやかける言葉もなく。
糸賀大亮:彩花ちゃんをただ抱きしめていた。
GM:失ったものは戻らない。
GM:今あなたの胸で泣くこの彩花も、あなたがかつて病院で出会った彩花ではない。
GM:あの彩花は魔女となって、あなたたちの手に掛かって、そして死んだ。
GM:戻らない。
GM:全く変わらないことだった。
GM:全く変わらない、どうしようもない現実が、狩人の前には立ちふさがるばかりで。
GM:昨晩の狩りで起こったのも同じこと。
GM:夥しい数の失われた人命の中に、
GM:たった一人、あなたたちのよく知る少年が紛れただけのこと。
GM:ただ、ただ、それだけのことなのだ。
糸賀大亮:それだけのことでも。
糸賀大亮:……それでも、不平等に胸が締め付けられ、傷つくことは避けられない。
糸賀大亮:俺が彩花ちゃんを生き返らせることを望んだように。大切なものだけでも助かってほしいと思うのは。
糸賀大亮:自然なことだからだ。その一番に大切なものを失った時……
糸賀大亮:……果たして、どうすればいいのか。
糸賀大亮:夜高は今、何を考えているだろう。意識がないのなら、せめて悪夢を見ていてほしくないと思った。

結果フェイズ:乾咲フラン

GM:フランの怪我は狩人たちの中でも最も軽い。
GM:乾咲邸に美メイドを残してきてもいる。優香に任せてもおけるだろうが、動ける以上は自分が指揮を取ったほうがいいだろう。
GM:この禍災の中で、一人でも多くの人間を救うために。
GM:――或いは。
GM:そのように自分を動かさなければ、耐えられなかったのかも知れない。
GM:「フラン様!」
GM:ご無事でしたか、と美メイドたちが乾咲邸に戻ったフランを出迎える。

乾咲フラン:「――ああ。」重苦しく、かさついた返答。――フランの肉体は無事だった。どうしようもなく惨めになるほどに。
乾咲フラン:だがそれも一瞬の事で、すぐに平時の雰囲気を纏ってみせる。「包帯を頼む。これからは私が指揮に入ろう」
GM:「畏まりました!」
GM:出迎えた美メイドたちは比較的年若い者たちで、フランが一瞬垣間見せた翳に気づけなかったようだった。
GM:そのうちの一人が応急手当の準備を始めようとしたところで、

野嶋優香:優香が医療キットを手にやってくる。
野嶋優香:「私がやるわ。大丈夫。あなたは――」
野嶋優香:倉庫のチェックリストを手渡して彼女に何事か指示を出した後に、フランに向き直る。
野嶋優香:「おかえりなさいませ、フラン様」
乾咲フラン:「やあ。手間をかけるね。」
野嶋優香:深々と腰を折り。
野嶋優香:「さあ、こちらに」手当のための椅子へと案内して、その足元に跪く。
野嶋優香:手慣れた様子でフランの逆脚の処置を始めていく。彼女の応急手当の早さは美メイドとなる前のことからで、特に信を置かれている。
野嶋優香:兄によくそうしていたから慣れているのだと語っていた。
乾咲フラン:怪我をした逆足を引きずることもなく、優雅に動いて着席し、ズボンと共に無残になった足を差し出した。
乾咲フラン:手慣れた優香の所作を見て、ぼんやりと、兄を手当してきたのだろうなと思う。
野嶋優香:怪我の状態を確認する。
野嶋優香:汚れを落として、消毒液を噴きつけ、滅菌ガーゼを貼り付けて包帯を巻く。
乾咲フラン:兄を手当する優香の姿をぼんやりと思い、これからの夜高の事をふと思った。
乾咲フラン:もしも彼らが生きてこれからも狩人をするのなら、彼らはきっと彼らどうしでお互いを治療していたんだろうな。なんて、場違いなことを考えてしまう。
乾咲フラン:もう真城は居ないのに、こんな事を考える筋合いは自分にはないのにな……と、手当される自分の足を他人事のように、ただぼーっと眺めていた。
野嶋優香:優香の応急手当が終わる。
乾咲フラン:「ありがとう。」どこか上滑りした、心ここにあらずといった礼をこぼす。
野嶋優香:こんなときでも美しく。何度も教えられた美メイドの所作で、背を伸ばしてすくっと立ち上がった。
野嶋優香:「……フラン様」
野嶋優香:優香はどこか重たげに唇を開く。
野嶋優香:「その、フラン様の私室、なのですが……」
乾咲フラン:「っ、?あ、ああ。」目をぱちくりと瞬かせてから顔を上げる。
野嶋優香:「…………」
野嶋優香:しばしの沈黙ののちに、優香はエプロンの懐に指を差し込む。
野嶋優香:そこから一枚の写真と便箋を取り出し、フランへと差し出した。
野嶋優香:「……差し出がましいことを、いたしました」
乾咲フラン:「…………」
野嶋優香:裏返された古い写真と、そこに添えられた便箋。
乾咲フラン:薄く口を開いたまま、その写真と便箋を受け取ってしまう。
乾咲フラン:「…………ありがとう。」ぎこちない音。
野嶋優香:「……私は」
野嶋優香:「私は、フラン様に、失わないでほしいと思いました」
乾咲フラン:「……」
野嶋優香:「そう願ったことを、行動に移してしまった」
野嶋優香:「独断で」
野嶋優香:「……あなたに」
野嶋優香:「あなたに、助けられましたから……」
乾咲フラン:「危なかっただろうに、まったく。」ぎこちない笑顔と共に、掠れた笑い声を漏らす。
野嶋優香:「真っ先に駆けつけましたから、まだそれほどでも」
野嶋優香:「フラン様のほうが、よほど……いいえ」首を振った。
野嶋優香:これこそ差し出がましいことだと。
真城碧:フランの受け取った写真には、かつての碧が変わらぬ笑顔で笑っている。
乾咲フラン:「……」その写真を、今は見る事が出来なかった。
真城碧:この先の未来で得るものも失うものも、何も知らない笑顔で、あなたの隣で彼女が笑っている写真であることを、
真城碧:あなたはそれを見ることもせずに思い出す。
真城碧:思い出せてしまうくらいに、見つめてきていたから。
野嶋優香:「……フラン様」
野嶋優香:優香がフランを見上げる。
乾咲フラン:静かに優香の方を見た。風が街の燻る香りを運んでくる。
野嶋優香:「大丈夫、ですか?」
乾咲フラン:「……ああ。」嘘をついた。
野嶋優香:「…………」
野嶋優香:一歩下がって腰を折り、フランへと深々と頭を下げる。
野嶋優香:それから物言いたげにフランへと目を向けるが、何も言えず。
乾咲フラン:柔らかな笑顔を優香に向けたまま、写真と便箋を、静かに懐に入れた。

乾咲フラン:「さあ……私達はまだ働かなきゃな。街が、こんな事になってるんだから。」
野嶋優香:「……はい」
野嶋優香:「誠心誠意、尽力致します」
野嶋優香:「フラン様の、助けになるよう――」
乾咲フラン:「……手間を掛ける。」
野嶋優香:「当然のことにございます」
野嶋優香:「助け合うこと、支え合うことを」
野嶋優香:「フラン様が教えてくだすったのですから……」
乾咲フラン:「……」教える事はできても、自分は助ける事ができなかった。
乾咲フラン:「……」お互いを支えとすべき人たちの片方を、自分は守れなかった。
GM:同じように支え合っていたその片割れ。
GM:失われ、欠け落ちてしまった、その姿。
GM:ひそやかに咲く白い花。
乾咲フラン:その原因に、たしかに自分がいた。
乾咲フラン:「今日は本当に、疲れたよ……」群衆の喧騒に向かって歩き出しながら、優香に笑いかける。
乾咲フラン:「これが終わったら、私は少し休暇を取ろうと思う。」
野嶋優香:「……ええ」ぎこちなく唇で笑みを作る。
野嶋優香:「それがよろしいかと存じます」
野嶋優香:「フラン様はずっと働き詰めでしたから……」
野嶋優香:フランに付き従うように、数歩後ろを歩く。
乾咲フラン:「はぁ、まったくそうだ……海外にでも行ってバカンスと洒落込んでこよう。」ハハ、と微かな笑い声。
乾咲フラン:「この家にも代理の者が来ると思う。」
乾咲フラン:「乾咲家の誰かが……当面の間の主となるだろう。」
乾咲フラン:「よろしく頼むよ。」
野嶋優香:「はっ」
野嶋優香:背中を伸ばす。
野嶋優香:「畏まりました」
野嶋優香:「フラン様ご不在の間も、美メイドとしてこの屋敷を守り抜きます!」

野嶋優香:気合の入った返答とともに、一瞬だけ瞳が戦闘色に赤くちらついた。
乾咲フラン:「ありがとう。」何度目とも解らぬ礼を述べて、そうしてフランと優香は群衆に紛れて、復興のために街に出る。
乾咲フラン:そうして、フラン……乾咲家の人間たちは街の救援に尽力した。
乾咲フラン:街が平静を取り戻し始めた頃、乾咲フランは静かに街から消えたという。
乾咲フラン:フランは、夜高の見舞いに顔を出す事は出来なかった。
乾咲フラン:美メイドがゆかりや夜高を何度か見舞いにやってくる事はあったが、フランが顔を出すことは無かった。

乾咲フラン:――そしてフランはとあるホテルの一室で、一人異国の夜景を見ていた。
乾咲フラン:夜景から手元の写真に視線を落とす。

乾咲フラン:「ごめんね……」
乾咲フラン:「…………」

真城碧:在りし日の碧の笑顔はそれに応えない。
真城碧:ほころぶような花の笑顔が、変わらずそこに在り続ける。
乾咲フラン:「私は……」
乾咲フラン:言葉を続ける事も無く、小さな小箱の中に便箋と写真を入れた。
乾咲フラン:その小箱に鍵を、閉めた。
乾咲フラン:窓を開ける。強く風が吹き込んでフランの髪を揺らした。
乾咲フラン:振りかぶって、鍵を投げる。
乾咲フラン:1度きらりと瞬いたきり、小さな鍵は夜に紛れ、見えなくなった。
GM:吹き付けた夜風の中に、
GM:一瞬、
GM:ひとひら、

GM:青い花弁。
GM:フランの目の端を過ぎって、すぐに見えなくなる。
GM:それは本当にそこにあったのか、或いは感傷が見せた幻覚であったか。
GM:誰にもわからない。
GM:失われたもの、見失ったものを確かめることなど誰にもできない。
GM:ただ、心に残したそれを想い続けることしか叶わない。
GM:それが人間の、無力な人間の、
GM:かろうじて許される、ただ一つの生き方だった。

結果フェイズ:忽亡ゆかり

GM:狩りの終わった後、重体だったミツルとゆかりは奇跡的に無事だった八崎大附属病院へと搬送されました。
GM:当時はミツルよりもゆかりの方が危険な状態――どころか、どうして一命を取り留めているのかわからないレベルと思われたのですが。
GM:いざ入院してみると、ゆかりの傷の治りが妙に早い。
GM:特に致命的だったはずの腹部と内臓の損傷が、異様に早く快癒したとのこと。
GM:それ以外の怪我は特別どうにもなりませんでしたが、そこは狩人の身。
GM:車椅子と補助さえあればなんとか病院内を回れるくらいには復活しました。
GM:そしてその日。
GM:看護師の助けを借りて、ゆかりはミツルの病室を訪れる。
GM:カーテンも窓も閉め切られた一室。
GM:電灯ばかりが眩しく、ベッドに横たわる患者を照らしている。
忽亡ゆかり:「……やあ」

忽亡ゆかり:照らされた患者へと声をかける。
夜高ミツル:「…………」
夜高ミツル:声をかけられて、
GM:看護師はゆかりを残して既に病室を出ています。
夜高ミツル:ぼんやりと沈んでいた視線が、ゆかりの方を向く。

夜高ミツル:「……忽亡、さん」
忽亡ゆかり:「……ひどい顔だぞ」
夜高ミツル:目の下には隈が色濃く、声にも覇気がない。
夜高ミツル:「そう、ですか……」
夜高ミツル:元気そうに振る舞った方がいい。
夜高ミツル:気丈にしていた方がいいはずだ。
夜高ミツル:頭では分かっていても、そうする気力はどうしても湧いてこなかった。
忽亡ゆかり:「いや、でもちゃんと生きてるね!死んじゃいないか心配だったんだ」
夜高ミツル:「…………」
夜高ミツル:「死な、ないで、」
夜高ミツル:「って」
夜高ミツル:「真城が……」
夜高ミツル:何度も何度も、真城に救われた命。
夜高ミツル:生きることを、願われた命だ。
忽亡ゆかり:「……そう望まれてるのは分かっても、生きるのは辛いじゃん」
夜高ミツル:「…………」俯く。あるいは頷いたのか。
夜高ミツル:死なないでと願われたことは、死ねない理由でしかない。
忽亡ゆかり:「冗談じゃないよ。本当に、君が死にゃしないか心配だったんだ。今もそうだよ」
夜高ミツル:生きる理由が
夜高ミツル:生き続ける理由が、見つからない。
夜高ミツル:「……心配かけて、すみません」
忽亡ゆかり:「あの時とは逆だね」
夜高ミツル:「……」
夜高ミツル:「あの、時」

夜高ミツル:「俺は、何も……っ」
夜高ミツル:「何も分かってなかった……!」
夜高ミツル:両手が強くシーツを掴む。
忽亡ゆかり:「しんどいもんだよ」
忽亡ゆかり:「何もしたくない、立ち直る気すら起きない。そんな気分なのに周りの人間は元気になれとか、生きろとか言う」
夜高ミツル:「本当に、自分の、一番大切な」
夜高ミツル:「自分の全てだって人を、」
夜高ミツル:「なく、すのが」
夜高ミツル:「こんなに……っ!」
夜高ミツル:唇を噛む。
夜高ミツル:「……何も、分かってなかった」
忽亡ゆかり:「……大事だったんだね。真城のこと」
夜高ミツル:「…………」
夜高ミツル:「はい……」
夜高ミツル:「真城……」
夜高ミツル:「真城、が」
夜高ミツル:「真城のために生きていくって」
夜高ミツル:「ずっと、ずっと一緒に」
夜高ミツル:「その、はずだったのに」

忽亡ゆかり:たどたどしく紡がれていく言葉を、黙って聞いている。
夜高ミツル:涙がとめどなく頬を伝って、唇はうわ言めいた言葉を紡ぐ。
夜高ミツル:「あんな、」
夜高ミツル:「あんな風に……っ」
夜高ミツル:「あんな、死に方を、させるために」
夜高ミツル:「生きてもらったんじゃ、なかった、のに」
夜高ミツル:「……っ、」
夜高ミツル:「ちが、ちがう、」
夜高ミツル:ゆかりを責めるような言い方になってしまったことに気づいて、取り繕う。
夜高ミツル:「……すみません」
忽亡ゆかり:「うん」

忽亡ゆかり:「大丈夫、大丈夫だよ」
夜高ミツル:「違うんです……」
夜高ミツル:「忽亡さんが、生きてて、くれて」
夜高ミツル:「それは、俺は、本当に」
夜高ミツル:「うれ、しくて」
忽亡ゆかり:「私も」
忽亡ゆかり:「君が生きててくれて、嬉しい」
夜高ミツル:「……っ、」
夜高ミツル:「でも、」
夜高ミツル:「真城、が」
夜高ミツル:「いないんです」
夜高ミツル:「どこにも……」
夜高ミツル:「真城の、」
夜高ミツル:「真城のための、俺なのに……」
忽亡ゆかり:「……なんだろうな」
忽亡ゆかり:「私は別に、彼と特別親しかったわけでもなければ、仇ですらあったわけで……」
忽亡ゆかり:「それでも、居なくなってふと気づいたんだ」
忽亡ゆかり:「私、彼のこと、意外と好きだったなって」
夜高ミツル:「……忽亡さん」
夜高ミツル:その言葉に、ぼんやりとゆかりの顔を見る。
夜高ミツル:その間にも涙はぼろぼろと溢れ出して、拭われることなく落ちてはシーツを濡らしていく。
忽亡ゆかり:「…………彼さ」
忽亡ゆかり:「ずっと、私に申し訳なさそうにしてたじゃない」
夜高ミツル:「……はい」
忽亡ゆかり:「だからなあ……」

忽亡ゆかり:「意地張ってないで、もうちょっと早く許してあげればよかったかな、って」
夜高ミツル:「…………」
夜高ミツル:真城の最期に、ゆかりがかけていた言葉をぼんやりと思い出した。
夜高ミツル:同類だと。とっくに許しているのだと。
忽亡ゆかり:「……あれ、彼に届いたかなぁ……」
夜高ミツル:「……そう、だったら」
夜高ミツル:「そうだったら、いいです……」
夜高ミツル:あの時、自分の言葉すら届いていたかどうか定かではない。
夜高ミツル:真城の罪を一つ許す言葉は果たして、届いたのだろうか。
忽亡ゆかり:「…………私が、どん底に居たとき」
忽亡ゆかり:「君はさ、私に生きろって言った」
夜高ミツル:「…………はい」
夜高ミツル:俯いて、小さく応える。
忽亡ゆかり:「正直」
忽亡ゆかり:「こっちはそれどころじゃねえ、と思った」
夜高ミツル:「…………」
忽亡ゆかり:「だって、どん底から浮き上がろうにも、浮き上がる気すら起きないんだもんな」
夜高ミツル:こくりと頷く。
忽亡ゆかり:「元気な時はさ……人って生きる理由なんて無くても生きていけるじゃない」
忽亡ゆかり:「でも、ダメになってくると……生きる理由と死ぬ理由を探し始める」
夜高ミツル:「……」
夜高ミツル:「生きる、理由……」
夜高ミツル:ゆかりの言葉をなぞる。
夜高ミツル:「生きる理由……」
夜高ミツル:「……生きる理由が、見つから、ない」
夜高ミツル:「ないん、です」
夜高ミツル:「もう」
忽亡ゆかり:「……みんなが望んでる」
夜高ミツル:「何も」
夜高ミツル:「死ねない理由だけは、あって、それで」
夜高ミツル:「それで、今は生きてるけど、でも……っ」
夜高ミツル:「真、城……っ」
夜高ミツル:「真城が、いないのに……っ」
夜高ミツル:「何の、ために」
夜高ミツル:「どうして生きたらいいのか」
夜高ミツル:「分からない……」
忽亡ゆかり:「…………」

夜高ミツル:行きたいところがあった。
夜高ミツル:やってみたいことがあった。
夜高ミツル:見たい景色があった。
夜高ミツル:試したい味があった。
夜高ミツル:全部、全部全部全部!
夜高ミツル:真城が隣にいないならなんの意味もない!
忽亡ゆかり:「私は…………」
忽亡ゆかり:口を開いて、しかし閉じる。
夜高ミツル:「真城……」
夜高ミツル:「ま、しろぉ……っ」
忽亡ゆかり:自分もまた、喪失から立ち直る術を知らない。
忽亡ゆかり:喪失の穴を埋めるのは失ったものだけだという事だけを強く認識していたからこそ、自分の言葉が彼の芯を揺さぶることはないと分かっていた。
忽亡ゆかり:自分は真城朔ではないのだから。
忽亡ゆかり:「それでも」
忽亡ゆかり:「私は、君に救われたんだよ」
夜高ミツル:嗚咽も、涙も止めどなく。
夜高ミツル:肩を震わせ、シーツを千切りそうな程に掴んで、真城の名を呼ぶ。
夜高ミツル:ゆかりの言葉が届いているのかいないのか。
夜高ミツル:気丈に振る舞って見せたい相手はいない。
夜高ミツル:守りたい人は、もうここにはいない。
忽亡ゆかり:再会したときは大人になったように見えたけれど、今の彼は、初めて見た時よりも小さく見える。
忽亡ゆかり:見ているのがつらくて、抱きしめたい気持ちを押さえて、震える肩に手を置いた。
忽亡ゆかり:「できることがあったら、言って」
夜高ミツル:肩に手を置かれて、やっとゆかりの顔に視線を戻す。
夜高ミツル:「……あ、」
夜高ミツル:「りがとう、ございます」
忽亡ゆかり:「私を強引に救い出した君は、私のヒーローだった。君が居なかったら、今の私は無かった」
夜高ミツル:「…………」
忽亡ゆかり:「あの時の君はかっこよかったからさ。一度くらいはなってみたいんだ。正義の味方ってやつに」
夜高ミツル:「……俺、」
夜高ミツル:「俺、は」
夜高ミツル:「俺はただ、何も」
夜高ミツル:「分かってなかった、だけで……」
忽亡ゆかり:「関係ない」
忽亡ゆかり:「救われたんだよ」
夜高ミツル:「…………」
夜高ミツル:「……はい」
夜高ミツル:ぼんやりと、頷く。
夜高ミツル:「……」
夜高ミツル:躊躇うように、視線が宙を彷徨って

夜高ミツル:「ま、た」
夜高ミツル:「来て、くれますか」
夜高ミツル:「一人で、いると……」
夜高ミツル:「耐えられ、ない」
夜高ミツル:「寂しい」
夜高ミツル:「寂しいん、です」
忽亡ゆかり:「同じ病院なんだ」
忽亡ゆかり:「歓迎してくれるなら、毎日でも来るよ」
夜高ミツル:「ありがとう、ございます」
忽亡ゆかり:「わかるよ」
忽亡ゆかり:「わかる」
忽亡ゆかり:「私も、そうだった」
夜高ミツル:「ずっと、」
夜高ミツル:「一緒に、いたから……っ」
夜高ミツル:喪失を自覚して、また涙が溢れる。
忽亡ゆかり:「うん」
夜高ミツル:「お願い……します……」
忽亡ゆかり:「いっぱい泣いて、いっぱい甘えていいんだよ」
夜高ミツル:乞うように頭を垂れた。
忽亡ゆかり:残酷な行いで、無責任な行いだ。
忽亡ゆかり:そう思っていても、放っておけるはずもない。
夜高ミツル:「……っ、うう」
夜高ミツル:「あああ……っ」

夜高ミツル:「真城」
夜高ミツル:「真城……っ」
夜高ミツル:「俺、真城、が」
夜高ミツル:「好き、だった」
夜高ミツル:「今だって」
夜高ミツル:「誰、より」
夜高ミツル:「大切で」
夜高ミツル:「一番、で」
夜高ミツル:「なのに……っ」
夜高ミツル:「最期だったのに……」
夜高ミツル:「好きだ、って」
夜高ミツル:「言えなかった…………っ」
夜高ミツル:思いが、後悔が溢れ出す。
忽亡ゆかり:「……うん……」
夜高ミツル:「分かって、」
夜高ミツル:「最期だって、分かってた、のに」
夜高ミツル:「──……っ!」
忽亡ゆかり:伝わっている、とは言えなかった。たとえ傍から見て、仲睦まじく見えても。
忽亡ゆかり:きっと心の奥の気持ちは、伝わった気持ちよりも、口にした気持ちよりも、ずっと大きなもののはずだから。
忽亡ゆかり:ただ、とん、とん、と、ゆっくり優しく肩を叩くことしかできない。吐き出させることしかできなかった。
忽亡ゆかり:ゆっくり、ゆっくりと言葉を吐き出させながら、彼を撫で続けた。

忽亡ゆかり:日は傾き、空は赤い。
忽亡ゆかり:ずいぶんと長い時間が経っていた。
忽亡ゆかり:また来る、と何度も念を押して、ゆかりはその部屋を後にする。
糸賀大亮:病室から廊下に出たゆかりの、車椅子の進路の先に、見知った顔が歩いてくるのが見えた。

皆川彩花:隣に浮かない表情の彩花がうつむきがちに歩いている。

皆川彩花:さんくちゅありとしての活動が忙しいのか、Memoryの制服のままだった。
糸賀大亮:あなたの姿を認めて、ぺこりと頭を下げる。
皆川彩花:大亮が頭を下げたのに気付いてかゆかりを見、遅れて頭を下げる。
忽亡ゆかり:「あ、どもっす」
糸賀大亮:「お疲れ様です。……夜高は……」と聞きかけて、窓の外の傾いた日にちらりと目を向ける。
皆川彩花:「……ん」会釈。
糸賀大亮:「また、あとで。……時間があったらそっちにも挨拶しに行くので」
忽亡ゆかり:「奥に居ます。……会ってあげて下さい」
皆川彩花:「…………」頷く。
糸賀大亮:頷いた。彩花を伴って、ゆかりと入れ違うように病室へ入っていく。
GM:ゆかりが看護師に伴われて病室に戻ると、

忽亡かなた:「姉さん」
忽亡かなた:そこにはかなたが待っていた。
忽亡かなた:八崎大学は休校中ですが、かなたはボランティアとして日々街の復興に尽力しています。
忽亡かなた:面会時間ギリギリの訪問はそのボランティアが忙しいためですね。
忽亡かなた:一般人にしては大変な怪我でしたが、ゆかりの傷に比べたら全く軽いので。今はほぼ治っています。

忽亡ゆかり:「かなたぁ!」
忽亡かなた:「ギリギリでごめん」
忽亡ゆかり:「いいんだよ。かなたこそ大丈夫?怪我は?無理してない?」
忽亡かなた:看護師から車椅子を引き継いで、ベッドのそばへと。
忽亡かなた:「もうほとんど治ったから大丈夫だよ」
忽亡かなた:「車椅子からそんなこと言うんだからさ、姉さんは……」
忽亡ゆかり:「大丈夫大丈夫。私もすぐに治るって」
忽亡かなた:「……まあ」
忽亡かなた:「最初に聞いたより全然早く治ってはいるけど」
忽亡かなた:「でもそれこそ無理しないでくれよ、姉さんも」
忽亡ゆかり:「……うん」
忽亡かなた:ゆかりの身体を支え、車椅子からベッドに横たわるのを手伝います。
忽亡かなた:「…………」
忽亡ゆかり:「アイタタ……」
忽亡かなた:「もう」

忽亡かなた:「…………」
忽亡かなた:「生きて帰ってくれて、良かったよ」
忽亡かなた:「……本当に……」
忽亡かなた:ゆかりの身体に布団をかけながら。
忽亡ゆかり:「…ほんとにね。ちょっと特攻かけすぎたね」
忽亡ゆかり:「気付いた時には、やばいケガになってた」
忽亡かなた:「冷静になってよー……」
忽亡かなた:「退院したらさ」
忽亡かなた:「一緒に作るんだから、ハンバーグ」
忽亡かなた:「約束なんだからな!」
忽亡ゆかり:「餌で釣る気かあ?」
忽亡ゆかり:「それは……効くなあ……」
忽亡かなた:「餌で釣って姉さんが帰ってきてくれるなら釣ります」
忽亡かなた:即答して。
忽亡ゆかり:「実際、気力は十分だよ。治るためなら何でもやる所存」
忽亡かなた:「……うん」
忽亡ゆかり:「並の患者が腰を抜かすような怖い治療や痛い治療もへっちゃら!」
忽亡かなた:「それは……」
忽亡かなた:「すごいね……」
忽亡かなた:感嘆に声を漏らしながら、かなたが時計を見る。
忽亡かなた:「……ごめん、そろそろかな」カバンを肩に担いで、
忽亡かなた:「あ、プリンとか今日も冷蔵庫入れといたから」
忽亡かなた:「適当に食べて」
忽亡ゆかり:「ありがと」
忽亡ゆかり:「……また、来てくれる?」答えが分かっているから、いつもはしない質問。
忽亡かなた:「明日も来るよ!」
忽亡かなた:即答。
忽亡ゆかり:「……っ、ふふっ」

忽亡ゆかり:おかしそうに笑う。
忽亡かなた:「もう、何をいきなり……」
忽亡かなた:「……その……」
忽亡かなた:「だから」
忽亡かなた:「愛してる、から」
忽亡かなた:「姉さんのこと」
忽亡かなた:「だから、明日も来ます!」
忽亡かなた:「当たり前だろ!」
忽亡ゆかり:「うん」
忽亡ゆかり:「うん。嬉しい」
忽亡ゆかり:「当たり前みたいに享受してるけど、これが私の生きる原動力なんだな」
忽亡かなた:「…………」

忽亡かなた:今更のように恥ずかしくなってきたのか顔を赤らめている。
忽亡かなた:「それは」
忽亡かなた:「よかった、です……」
忽亡ゆかり:「来てくれないと、寂しいからね。明日も待ってます」
忽亡かなた:「……うん」
忽亡かなた:「それじゃあ、また明日」
忽亡ゆかり:「愛してるよ、かなた」
忽亡かなた:「愛してます、姉さん」
忽亡ゆかり:「ふふっ。またね!」
忽亡かなた:首の下で小さく手のひらを振る。
忽亡かなた:そうしてかなたは病室を出ていった。
GM:面会時間が終わる。
GM:病室に残されたのは、一人。
GM:愛する者を見送った後の狩人が一人、病室のベッドに横たわる。
忽亡ゆかり:「ふうっ」
忽亡ゆかり:先ほどの会話を、反芻する。
忽亡ゆかり:幸せだな、と思った。
忽亡ゆかり:それは、真城が割り込まなければ零れ落ちていた幸福だ。
忽亡ゆかり:自分が死んで、弟が一人ぼっちになる。そうしたら、弟は耐えきれるだろうか?
忽亡ゆかり:命を救われた。それも、自分の命の価値が、自分にとって最も重い瞬間に。
忽亡ゆかり:自分は、愛する者が居ない世界での、幸福の掴み方を知らない。
忽亡ゆかり:夜高ミツルの世界の中心には真城朔が居た。彼がミツルの世界を照らしてた。
忽亡ゆかり:登場人物の一人にすぎない自分が、彼のために何ができるだろう。
忽亡ゆかり:救うのは自分でなくてもいい。自分に成し遂げられることが、ちっぽけな延命に過ぎなくてもかまわない。
忽亡ゆかり:最後に彼が「救われた」と思ってくれれば、それでいい。生きる事を悔やみさえしなければ──。
忽亡ゆかり:「……ああ、本当に」

忽亡ゆかり:「生きるのって、大変だなあ……」

結果フェイズ:糸賀大亮 2nd

GM:血のように赤い夕焼けが、カーテン越しに病室内を照らしている。
皆川彩花:その病室のベッドにぼんやりと横たわるミツルを見て、彩花はそっと眉を寄せた。

糸賀大亮:病室に足を踏み入れて、ベッドへ向けて歩いていく。
糸賀大亮:「……よう」

夜高ミツル:来客の気配にそちらを向いて
夜高ミツル:そこに彩花の姿を認めて、表情が強ばる。

皆川彩花:大亮に伴うようにこつこつとベッドへと寄っていくが、
皆川彩花:その途中でひたと足を止めて、唇を噛む。
夜高ミツル:視線が彷徨って、落ちる。
夜高ミツル:「……どうも」
皆川彩花:「…………っ」
夜高ミツル:泣きはらして赤くなった目を伏せる。
皆川彩花:そしてその場で、
皆川彩花:何も言えないままに泣き崩れて膝を折った。
皆川彩花:「……っう」
夜高ミツル:「…………」
皆川彩花:「あ、ぁ」
皆川彩花:「っ」
夜高ミツル:嗚咽が聞こえる。
皆川彩花:「さっ、く」
夜高ミツル:その姿をまともに見ることができない。
皆川彩花:「さっくん、……っ」
皆川彩花:頬をぐしゃぐしゃに涙が伝い落ちて床を濡らす。
糸賀大亮:屈み込んで、肩に手を置いた。
糸賀大亮:「……やっぱり、少し休んでくるか」
皆川彩花:「っ」首を振る。
皆川彩花:「も、もう」
夜高ミツル:真城とは、自分より遥かに付き合いの長い幼馴染の少女。
皆川彩花:「じかっ」
皆川彩花:「じかん、ない」
皆川彩花:「……から」
夜高ミツル:彼女がいつも真城の幸せを願っていたことを知っている。
皆川彩花:「……っ」
皆川彩花:「ご」
皆川彩花:「ごめんな、さい」
皆川彩花:「ごめんなさい……っ」
皆川彩花:「わたし」
皆川彩花:「わたし、こんな」
皆川彩花:「わたし、なんか、が」
皆川彩花:「いまさら」
皆川彩花:「こんな――」
夜高ミツル:のろのろと首を振る。
糸賀大亮:「……」
夜高ミツル:「……ごめん」
夜高ミツル:「……守るって、」
夜高ミツル:「約束、した」
夜高ミツル:「のに……」
夜高ミツル:それはプルサティラと交わした約束だったけど、それでも。
皆川彩花:「…………だ、って」
皆川彩花:「わたし」
皆川彩花:首を振る。
皆川彩花:「わたしは、なにも」
皆川彩花:「なにもしてない!」
皆川彩花:「違うの」
皆川彩花:「ミツルさんとは、違うの」
皆川彩花:「なにも」
皆川彩花:「なにもしてない、のに」
皆川彩花:「こんなふうに……っ」
夜高ミツル:「…………」
皆川彩花:涙は止めどなく頬を濡らし、しゃくりあげては小さな背が震える。
夜高ミツル:視線は向けられないまま、彩花の言葉を聞いて俯いている。
糸賀大亮:その背を撫でている。視線は、夜高の方を向いている。
糸賀大亮:「お前だけのせいじゃない、と言っても……仕方ないだろうな」
皆川彩花:泣きながら頷く。
夜高ミツル:「俺、が……」
夜高ミツル:「守らないと、守るんだって」
夜高ミツル:「そう言って……」
皆川彩花:「ミツル、さん」
皆川彩花:「ミツルさん、さっくんに、いろいろ」
皆川彩花:「なんでも」
皆川彩花:「して、た」
皆川彩花:「してた、の、知ってる」
皆川彩花:「知ってる、から」
皆川彩花:「だから、……っ」
夜高ミツル:「……全然、足りない」
夜高ミツル:「足りなかった」
皆川彩花:「……う」
皆川彩花:「うぅ、ぅ」
夜高ミツル:「真城が、ずっと、苦しんで……」
夜高ミツル:「その分の、何倍も」
夜高ミツル:「何十倍も幸せに、」
夜高ミツル:「幸せに、したかったのに……っ」
糸賀大亮:返事もできずに、ただ頷くように顎を引く。
皆川彩花:「……っ」
皆川彩花:「さっくん、は」
皆川彩花:「でも、ミツルさん――ミツルさんと」
皆川彩花:「いっしょにいるの」
皆川彩花:「好きで……っ」
皆川彩花:「うれしくて」
夜高ミツル:「……っ、」
皆川彩花:「だか、ら」
夜高ミツル:「……うん」
皆川彩花:「しあわせで」
皆川彩花:「それは、ミツルさん」
皆川彩花:「ミツルさんが、いてっ」
皆川彩花:「いてくれたから」
皆川彩花:「で、……っ」
皆川彩花:顔を覆う。

皆川彩花:「ひどい」
皆川彩花:「ひどい、よ……っ」
夜高ミツル:「……」
皆川彩花:「なんで――なんで」
皆川彩花:「さっくん」
皆川彩花:「バカ」
皆川彩花:「もっと」
皆川彩花:「もっといっしょに」
皆川彩花:「いたかった、くせに……」
夜高ミツル:「……俺も」
夜高ミツル:「もっと、ずっと……」
夜高ミツル:「いた、かった……」
皆川彩花:泣きながら、何度も頷く。

夜高ミツル:一度は落ち着いていた涙が、また溢れ出す。
夜高ミツル:「もっと、ずっと、ずっと」
夜高ミツル:「何年も、何十年も先まで」
夜高ミツル:「色んなところに行って」
皆川彩花:「……っ」
皆川彩花:「うん」
夜高ミツル:「したことないことを試して」
皆川彩花:「うん……」
夜高ミツル:「二人で、」
夜高ミツル:「真城と一緒なら」
夜高ミツル:「どこでも、何をしてても」
夜高ミツル:「二人なら、生きてけるって」
夜高ミツル:「そう、思ってたんだ……」
糸賀大亮:「……ああ」
糸賀大亮:頷いて、それ以上かける言葉は出てこなかった。
皆川彩花:彩花も無言のままにぼたぼたと涙を落としている。
夜高ミツル:この狩りが終わったら、今度は南に発つはずだった。
夜高ミツル:立ち寄るだろう場所を調べて、ここに行こうとか、あれを食べたいだとか
夜高ミツル:そんな、計画とも呼べない未来を描いていた。
夜高ミツル:もう、それも叶わない。
糸賀大亮:一体、どんな言葉がかけられるだろう。
糸賀大亮:一年前、真城を助けるために。
糸賀大亮:夜高にはたくさんの試練が降りかかって。
糸賀大亮:信じがたい事実がたくさん明かされて。
糸賀大亮:多くの選択を強いられた。それを、乗り越えてきた。……けれど今は。
糸賀大亮:乗り越えるべき問題も、倒すべき敵も、何もない。
糸賀大亮:「……怪我は、どれぐらいで治りそうだ」
糸賀大亮:しばらく二人の嗚咽を聞いた後で、小さくそう切り出した。
夜高ミツル:「……さあ……」
夜高ミツル:聞いたような気もする。けれど覚えてはいなかった。
夜高ミツル:どうでもいい。
夜高ミツル:早く治ろうが、長くかかろうが、
夜高ミツル:退院して喜ばせたい人も、長引いて心配をかけたくない相手も、もういないのだから。
糸賀大亮:「……そうか」
皆川彩花:涙を指で拭いながら、唇を噛んでいる。
夜高ミツル:「……歩けるようになったら、多分……」
夜高ミツル:経験からなんとなく、そう答えた。
夜高ミツル:ゆかりのように、内臓にダメージを受けたわけではない。
夜高ミツル:あの場で止血されず放置されていれば死んだかもしれないが、そうならなかった以上はさして重篤な傷でもない。
糸賀大亮:「……次の満月までに治って」
糸賀大亮:「狩りをするつもりがあるなら、連絡しろ」
夜高ミツル:「…………狩り」
夜高ミツル:ぼんやりとその言葉をなぞって、視線を上げる。
糸賀大亮:彩花ちゃんに立てるかどうか小さく聞きながら、自分も立ち上がる。
皆川彩花:大亮に頷く。その腕を掴んで、なんとか立ち上がった。
糸賀大亮:「金輪際、狩りなんか辞めるつもりなら、それでもいい」
夜高ミツル:「…………」
夜高ミツル:「考えてなかった……」
皆川彩花:「……どっちでも」
皆川彩花:「どっちでも、できること」
皆川彩花:「するから……っ」
糸賀大亮:「今はまだ、先のことなんか考えられないだろうが」
糸賀大亮:「心の隅には留めておけ。……俺は」
糸賀大亮:「お前と会った時みたいな俺みたいな生き方は勧めないけど、それでも」
糸賀大亮:「……狩人なら、狩りはできるだろ」
夜高ミツル:「…………」
夜高ミツル:小さく、頷く。
糸賀大亮:「また来る。……飯、食えそうならちゃんと食えよ」
夜高ミツル:「……はい」
皆川彩花:ミツルを見て、涙を止められないままに大亮に頷く。

糸賀大亮:彩花ちゃんを支えて、病室を出て行く。
皆川彩花:大亮に支えられるようにして夕闇に赤く染め上げられた病室を歩きながら、
皆川彩花:「大亮さ、ん」
糸賀大亮:「……ああ」
皆川彩花:「家具」
皆川彩花:「家具、見に行こう」
皆川彩花:「今度」
糸賀大亮:「…………うん」
糸賀大亮:「そうしよう」
皆川彩花:大学は休学でいつ卒業出来るかも定かではない、
皆川彩花:行く予定だった家具屋も燃えて、
皆川彩花:街は今も深い爪痕を残されたままだけれど。
皆川彩花:「行くの」
皆川彩花:「見に、行くの」
糸賀大亮:「うん」
皆川彩花:「したいこと、するの」
皆川彩花:「生きて……っ」

皆川彩花:またぼろぼろと泣き出しながら、
皆川彩花:それでもどうにか、自分の足を動かしている。
糸賀大亮:「……楽しみにしてる」
皆川彩花:「うん」
皆川彩花:「……うん」
皆川彩花:「そう、じゃ」
皆川彩花:「そうじゃないと」
皆川彩花:「そうしないと」
皆川彩花:「さっくん」
皆川彩花:「さっくんに、そうしてほしかっ、たって」
皆川彩花:「思えない」
皆川彩花:「思っちゃ、いけない……」
糸賀大亮:「……」
糸賀大亮:その背を支えながら、人のいない病院の廊下の向こうへ、ぼんやりと目を向けた。
皆川彩花:「これ」

皆川彩花:「これって、都合よく考えてる、かな?」
糸賀大亮:「いいや」
皆川彩花:「自分がそうしたいからって」
皆川彩花:「さっくんがもうできないのに」
皆川彩花:「目を逸らして、都合よく……っ」
糸賀大亮:「……」
糸賀大亮:「生きている人間が」
糸賀大亮:「何をしようと、死んだ相手には何もしてやることができない」
皆川彩花:「…………」
糸賀大亮:「昔、忽亡さんが、そういうことを言っていた」
皆川彩花:「……うん」
糸賀大亮:「結局、筋でも何でも」
糸賀大亮:「生きてる側の自己満足で」
糸賀大亮:「……都合いいも悪いもなくて」
糸賀大亮:「自分を責めるのも自分しかいない」
皆川彩花:「…………」
糸賀大亮:「ただ、真城は」
糸賀大亮:「……落ち込むだろ。自分のせいで、誰かが」
糸賀大亮:「やりたいことをできなかったら」
皆川彩花:「……う、ん」
皆川彩花:「そう」
糸賀大亮:「俺は真城のことは、夜高や彩花ちゃんほど知らないけど」
糸賀大亮:「そういう奴だった……」
皆川彩花:「だね、……そう、…………」
糸賀大亮:「……帰してやりたかった」
皆川彩花:だけど。
皆川彩花:もう、いないのだ。
皆川彩花:落ち込むことすらできはしない。
皆川彩花:あの背が伸びて、強がるようになってもいつまでも小さいまま、内気な臆病者のままだった幼馴染は、
皆川彩花:何かを知って、何を感じて、喜ぶことも悲しむこともなくなった。
皆川彩花:それは彼のほんとうの幼馴染として過ごした皆川彩花も同じ。
皆川彩花:同じことなのに、
皆川彩花:彼の死ばかりが、
皆川彩花:私にはこんなにも、悲しい。
皆川彩花:「……帰ってきて、ほしかった」
皆川彩花:「ミツルさんと」
皆川彩花:「行きたいところ、行って……」
糸賀大亮:「うん」
皆川彩花:「したいこと、して」
皆川彩花:「生きて」
糸賀大亮:「……うん」
皆川彩花:「生きて……っ」
糸賀大亮:どこまでいっても、人が死んだ事実は変えられない。
糸賀大亮:彩花ちゃんはここにいるけれど、プルサティラがあそこで死んだように。
糸賀大亮:忽亡さんの弟が殺されて、今の彼とは違うように。
糸賀大亮:人が死ぬのは哀しい。哀しいことが少しでもなくなるように。
糸賀大亮:……少しでもいい方向へ向かって歩いて行けたら。そう思ってきた、けれど。
糸賀大亮:それでも零れ落ちてゆくものをなくすことはできなくて。
糸賀大亮:大切な人を失って悲しむ人々に、俺のできることなどほとんどない。
糸賀大亮:多少ばかりできると思っていたことでさえ。……届かなかった。
糸賀大亮:どうしても想像する。
糸賀大亮:自分の手から大切なものが失われた時、俺は狩人を辞めるだろうかと。
糸賀大亮:いつも、答えは同じだ。
糸賀大亮:でもそれは、俺だけの話だ。その問いを今の夜高に突きつけることさえ、酷だったろう。
糸賀大亮:それでも言わずにいられなかったのは、俺があいつを見てはいられなかっただけという、それだけのことで。

糸賀大亮:「……家具を、見に行こう」
糸賀大亮:繰り返して、涙に震える小さな背を撫でた。

結果フェイズ:夜高ミツル

夜高ミツル:手の中の鍵を握りしめる。
夜高ミツル:何もかもが花と消えた中で、唯一残されたものだった。
夜高ミツル:真城に渡していた、ミツルがかつて住んでいたアパートの合鍵。
夜高ミツル:今はもう、どこにも繋がらない鍵だ。
夜高ミツル:掌に収まる、小さな金属。
夜高ミツル:それから自分のスマホの中のたくさんの写真や、いくつかの動画。
夜高ミツル:LINEの履歴。
夜高ミツル:ずっと一緒にいて使う機会は少なかったから、これはさほど多くない。
夜高ミツル:亡骸すらも、残らなかった。
夜高ミツル:夜空に高く舞い上がっていった、白い花弁を思う。
夜高ミツル:留められなかった。
夜高ミツル:繋ぎ止められなかった。
夜高ミツル:面会時間の過ぎた日の落ちた病室には、自分の他は誰もいない。
夜高ミツル:今までは、入院した時も真城がずっと一緒だった。
夜高ミツル:闇病院は融通が利くから、退院するまでずっと泊まり込みで。
夜高ミツル:だから目が覚めたときに隣に真城がいないことなんて、この一年間で数える程しかなかった。
夜高ミツル:今も、目を覚ますと無意識に真城の姿を探してしまう。
夜高ミツル:手は真城のぬくもりを求めて彷徨ってしまう。
夜高ミツル:いないのに。
夜高ミツル:真城はここに、
夜高ミツル:どこにも、
夜高ミツル:居はしないというのに。
夜高ミツル:「…………」
夜高ミツル:誰もいない病室は静かだった。
夜高ミツル:「ましろ……」
夜高ミツル:ミツ、と
夜高ミツル:応えてくれることはもうない。
夜高ミツル:真城の名前を呼ぶのが好きだった。
夜高ミツル:どちらからともなく名前を呼んで、応えて、それを何度も繰り返して
夜高ミツル:バカみたいにも思うけど、それだけのことが本当に幸せだった。
夜高ミツル:真城朔が、夜高ミツルの幸福だった。
夜高ミツル:嬉しいことも楽しいことも、全部真城だった。
夜高ミツル:一人でやっても仕方ない、興味も持たないようなことも、真城とならなんだって楽しかった。
夜高ミツル:けれど、もう真城はいない。
夜高ミツル:だから嬉しいも楽しいも幸せもなくて、
夜高ミツル:ミツルの中に充ちていた暖かいものが全て消え失せてしまったようだった。
夜高ミツル:──寂しい。
夜高ミツル:どうしようもなく、つらくて、苦しくて、寂しい。
夜高ミツル:あの時、一緒に死ねれば良かった。
夜高ミツル:そんなことも思ってしまう。
夜高ミツル:あんなにも寂しがりの真城を一人で逝かせたりしないで
夜高ミツル:せめて、一緒に逝ってやればよかったのに。
夜高ミツル:死なないで、と。
夜高ミツル:そう言ってくれた真城の思いに背くことだと分かっていても。
夜高ミツル:「……酷いよ、真城」
夜高ミツル:真城の願いなら、なんだって叶えてやりたかった。
夜高ミツル:D7に戻りたいとか、罪を裁かれたいとか、どうしても聞けない願いもあったけど。
夜高ミツル:それ以外、できることならなんだってしてきた。
夜高ミツル:これからも、そうするつもりだった。
夜高ミツル:『死なないで』
夜高ミツル:だから、そう言われたら生きるしかないんだ。
夜高ミツル:こんなにも、生きる意味が見つからないのに。
夜高ミツル:寂しいのに。
夜高ミツル:真城がいない世界で、生きていたくなんかないのに。
夜高ミツル:「酷いよ……」
夜高ミツル:病室の静けさに呟きが溶け込む。
夜高ミツル:真城を亡くして、これからどうやって生きていけばいいのかなんてまるで分からない。
夜高ミツル:狩りのことだって、言われるまで思い出しもしなかった。
夜高ミツル:元はと言えば真城を助けるために始めて、そして続けてきたものだった。
夜高ミツル:一人になった今、それを続けるのかというと……どうにも分からない。
夜高ミツル:守りたい、助けになりたい人はいない。
夜高ミツル:仇が討てる訳でもない。
夜高ミツル:それでも、どうせ何もかもに意味がないんだから。
夜高ミツル:せめて、真城がどうしてもと望んでいたことを自分が続けるのは
夜高ミツル:少しくらいは、意味がある行いのようにも思えた。
夜高ミツル:──どうしても
夜高ミツル:何をするのが真城のためになるか
夜高ミツル:どうしたら真城が喜ぶか
夜高ミツル:真城を悲しませないでいられるか
夜高ミツル:そんなことを、今でも考えてしまう。
夜高ミツル:この一年間、ずっとそう考えて行動して生きてきたから。
夜高ミツル:何もかもが真城のためだったから。
夜高ミツル:真城のためなら、何を捨てるのも惜しくなかった。
夜高ミツル:痛くたって笑ってられた。
夜高ミツル:強くあろうと思えた。
夜高ミツル:だから今だって、そう思ってしまう。
夜高ミツル:何をしたって真城には届かないし、喜ぶことも悲しむことももうないのに。
夜高ミツル:……次の満月は、いつだっただろうか。
夜高ミツル:そもそも今があの災禍の日から何日後なのかも定かではなかった。
夜高ミツル:確かめようとも思わなかったから。
夜高ミツル:自分が狩りを続けることを、真城は絶対に望まないだろう。
夜高ミツル:それでも、生きてほしいと望まれたからには、生き続ける理由がほしかった。
夜高ミツル:これ以上真城のために何もできなくても、真城のためになると信じられることがしたかった。
夜高ミツル:意味がなくなった世界で、意味があると思える行為がしたかった。
夜高ミツル:「……ごめん」
夜高ミツル:それは、真城が守ってくれた命を擲つ行為かもしれない。
夜高ミツル:それでも、真城以外の何もかもを振り払ってきた自分には、もうこの生き方しか残されていないように思えた。
夜高ミツル:真城と二人ならば、狩りなんて金輪際辞めてしまって平穏な日常を過ごしていたかったけど。
夜高ミツル:それはもう、届かないから。
夜高ミツル:平穏なだけの日常を過ごしても、きっと真城を思い出してつらいばかりだから。
夜高ミツル:「ごめん、真城……っ」
夜高ミツル:「ごめんな……」
夜高ミツル:一度謝りだすと、胸の内から後悔が溢れてくる。
夜高ミツル:守れなくてごめん。
夜高ミツル:一人で行かせてごめん。
夜高ミツル:狩りを辞められなくてごめん。
夜高ミツル:ごめん、真城。
夜高ミツル:どれ程謝って頭を垂れても、真城は何も答えてくれない。
夜高ミツル:都合のいい幻聴すら聞こえはしない。
夜高ミツル:何もない。
夜高ミツル:何も。
夜高ミツル:いつだって手の届く所にあったぬくもりも
夜高ミツル:何度も何度も繰り返し自分を呼んでくれた声も
夜高ミツル:繋いで歩いた手も
夜高ミツル:見つめ合った瞳も
夜高ミツル:何も、ない。

夜高ミツル:──真城のことが、好きだった。
夜高ミツル:最初はただの同級生、友人だった。
夜高ミツル:それがいつからか、真城と会うことが学校に行く楽しみになっていて。
夜高ミツル:初めての狩りの日以来、真城の知らなかった面を知る度に
夜高ミツル:放っておけないと思った。
夜高ミツル:力になりたいと思った。
夜高ミツル:自分の人生さえ、捧げてもいいと思った。
夜高ミツル:色んな人に助けてもらって、迷惑をかけて、
夜高ミツル:やっとの思いで自分の隣にいてもらえるようになって。
夜高ミツル:そうして初めて、自分は真城のことが好きだったのだと自覚した。
夜高ミツル:真城のことが好きで、幸せになってほしくて。
夜高ミツル:何度も何度も思いを伝えてやっと真城と通じ合った日は、この上なく幸せだった。
夜高ミツル:拭えない罪があることとか、
夜高ミツル:人とは違う厄介な体質とか、
夜高ミツル:寿命の差とか、
夜高ミツル:それらを真城自身が嫌って、傍にはいられないと泣かれることとか。
夜高ミツル:そんなことだって、全部含めて好きだった。
夜高ミツル:真城のためなら悩むのも困らされるのも苦じゃなかった。
夜高ミツル:今の真城がいない苦しみに比べたら、それも幸せとさえ呼べるものだった。
夜高ミツル:真城にならなんでもしてやりたかった。
夜高ミツル:あの日から、
夜高ミツル:真城の手を取ったあの日から、
夜高ミツル:自分の人生も
夜高ミツル:身体も
夜高ミツル:心も
夜高ミツル:魂も
夜高ミツル:何もかも全てが、ただ真城のためにあった。
夜高ミツル:今更、他の何かのためになんて生きられはしない。
夜高ミツル:自分の人生は、ただ真城のためだけに捧げたものなのだから。
夜高ミツル:「……真城」
夜高ミツル:「好きだよ、真城」
夜高ミツル:何度も何度も、繰り返した言葉。
夜高ミツル:最後の最後に、言えなかった言葉。
夜高ミツル:「好きだよ、好きだ、真城のことが」
夜高ミツル:「大好きで」
夜高ミツル:「大切で」
夜高ミツル:「……」
夜高ミツル:「愛、してる」

夜高ミツル:「愛してたんだ……」


ブラッドムーン「あなたへの花」
EX「禍災」おしまい

――やがて来る、いつものあしたに続く

< prev back next >